教科書の中の犬を助けた男の子
風が話してくれた、ある優しい男の子の話
「もしもしお嬢さん、昨日こんな事があったんですよ」
通りすがりの風が話してくれました。
「私がある小学校の側を通りかかった時、
ふと教室の中をのぞきたくなったんで、中に入ってみました。
皆、一生懸命教科書を読んでいましたよ」
私は頷きました。風が続けます。
「その時先生がね、ある男の子に質問をしたんですよ。
『そこ!今の質問の答えは何だ?』
って。分かる訳が無いんです、その子は先生の話を聞いてなかったんで。
『…分からないです…』
男の子はしょんぼりとうなだれて、仕方なくそう答えてました。可哀想ですよね」
「でも、それは先生の話を聞いてなかったから仕方ないんじゃないの?」
私が問うと、風はそこで言葉を切り、
「違います!違うんです!男の子は悪く無いんです!」
と叫びながら私の近くを一周して続きを話し始めました。
「『余計な事をしているからだ!』
先生がまた怒鳴って、つかつかと歩いて男の子の側に立ちました。
ここ、ここからが本番なんですよ!」
風はまた私の近くを一周して戻ってきました。
「『だって…この犬可哀相じゃん…』
男の子は俯いて、涙を堪えて消え入りそうな声で言いました。
そうなんですよ、男の子は教科書の中の犬を可哀想に思ってたんです!わからずやの先生は
『だから何だ』
と不機嫌そうでしたけどね。いいですか、ここからよく聞いて下さいね。
『こいつらから逃がしてあげようと思ったんだよぅ…』
男の子がまた呟くと、教室中にどっと笑いが起こったんです。
あぁ、本当に、何て意地の悪い子ども達でしょう!」
風は金切り声を上げ、今度はずっと遠くまで駆けて行って、
また戻って来ました。私は微笑みました。
「落ち着いて、続きを話して頂戴よ」
「は、はい。それでですね、先生は不思議そうに首を傾げて言ったんです。
『?教科書を見せなさい』
きっと、男の子が真面目な表情で教科書に何かしていたのを思い出したんですね。
私は男の子が何してたか知ってますけど、まぁ話を聞いて下さいな。
で、先生が男の子の教科書を見ると、そのページに描いてあった
『鎖に繋がれ、意地悪な子ども達に石を投げ付けられても動けず、泣いている犬』
の鎖は一部分だけ消えていたんです。もうお分かりでしょう?
男の子は教科書の中の犬をいじめっ子から助けてあげようと思って、
鎖の部分を一生懸命消しゴムで消していたんです。先生ははっとして
『静かに!これは大切な事だ』
と言って、笑う子ども達を静かにさせました。まぁ、当然ですよね。
私は全て知っていましたから何を今更と思ってしまいましたが。
『そうか…お前は一生懸命犬の事を考えていたのか。先生が悪かったな…』
謝って、男の子の頭を撫でてあげる先生の目には、うっすらと涙が滲んでいましたよ」
私はそれを聞いて男の子の優しさに感動し、ため息をついてしまいました。
同時に、男の子のその後がとても気になりました。
「お前の事だから、その後男の子がどうなったかも知ってるんでしょう?」
風が得意げに答えます。
「もちろんですとも!男の子は、家に帰ってからこの事を父親に報告したんです。
『…でさ、そしたら何か涙目になって謝って来たんだ』
男の子のお父さんも、中々優しそうな雰囲気の人でしたよ。やはり親子ですね。
『そうか…』
お父さんは何もかも分かってるようでした。
『父ちゃん、俺、先生を泣かせるような悪い事したんかな?』
心配そうに自分を見つめる男の子に、お父さんは微笑んで首を横に振ってあげたんです。
『何も』
こう言って、限りなく優しい目で男の子を見つめ、頭を撫でてあげてたんです」
〜頂いたコメント〜
名前:ぇめ 2008-05-22 18:11
読んでいて涙が出ました。悪者が登場しないお話は本当に心が暖まります。中華さん、素敵な作品をありがとう!