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小説になりきれない小説群  作者: ちゅうか
12/20

文字を刻まなかった人々

話しの内容と少し逸れますが、人種差別が減る事を願って

ベルモラーダ国にある、サキヒ人により建造されたサムハイ遺跡から少し離れた、

誰も手をつけた事が無い地表より一メートルぐらいの所に、

考古学者の一団が、奇妙な方法で埋葬されていた人骨を発見した。

その骨は背の高い男性で、男性は腕の中に心臓を象った水晶を抱き、

何種類もの獣や鳥の骨に囲まれた状態で埋葬されていた。

墓を暴いた際、不思議な事が起こった。突如砂嵐に襲われたのだ。

「私も砂漠では何度か砂嵐に遭ったが、あんな場所で砂嵐とは珍しい。

目にも口にも砂が入って来たよ」

と、考古学者の一人、初老の男シアングは遺跡に腰かけ、

薄汚れたタオルで汗を拭きながら言った。

遺跡がある場所は珍しい銀の光が灯るヘスデの花や、

枝から葉の代わりに良質な無数の糸を垂らしている何千年も経た立派なゴオレラの木があり、

他にも緑の草原に空から落ちて出来る複数の滝の間にあった。

一行が年代を特定出来るような遺物を探していると、

チュレネと言う太った金髪の女性考古学者が、

骨の周囲より磨かれた石版の破片を幾つも見つけだした。

「ねぇ皆!これ見てちょうだい。文字が書いてあるのよ。

意識したのか知らないけど、文字の掘りの深さが所々変化してて綺麗なグラデーションだわ」

「本当か!?見せてくれよ!!」

チュレネの隣にいた新入りアルバイトの逞しい黒人青年、

ドレッドのレキーが白い歯を剥き出し興奮しながら言った。

「さぁ、あなたは何て書いてあるか読めるかしら?」

彼女は笑いながら彼にかけらの一つを渡した。

「えっと『我らの神が自然など様々な物に宿っている』かな」

シアングがかけらを覗く。

「惜しいな『彼らの神は自然にも動物にも音楽にも宿っている』だ」

シアングは他のかけらも調べた。

「ふむ…やはりサキヒ人には石版に、装飾のように文字を書く習慣があるのか…」

この石版には装飾に金が使われていた。

金が使われているのは石版を使っていた人物が高貴な身分である印だ。

その時、シアングの通話機に、

最初に発掘された男性の骨を仲間と調べていた助手のラカッシュの声がした。

『シアングさん、何か発見ありましたか?』

「チュレネ君が、あの骨があった場所から石版の破片を見つけた。

埋葬品でほぼ間違い無いだろう。そちらは?」

『興味深いですよ。この骨はサキヒ人ではありません。

数百年前のシルベンア人です。我々の遠い祖先ですね』

シアングは首を傾げた。

「シルベンア人?」

シルベンア人は今から数百年前、サキヒ人と同時期に、

この地からパベカ海を挟んだラソデ地方で栄えた民族で、

その血はサキヒ人同様現在も脈々と受け継がれている。

「何故この地で栄えたと言われるサキヒ人ではなく、シルベンア人がここにいるのだろう?」

『さぁ…骨の主は若くして死んでいます。気の毒に、ひどい栄養失調だったようですね』

「ラカッシュすげぇや。骨だけでそんな事まで分かるんだ」

シアングが何度も頷いているレキーの方に目をやり、微笑んだ。

「人間の体は病気や栄養失調になると体の成長を止めて回復を図ろうとする。

その痕跡が骨に刻まれるんだ。樹の年輪と大体一緒さ」

「へ?年輪?」

「年輪と年輪の間隔等で、その年の降水量とかが分かるの」

チュレネが口を挟んだ。

「樹の年輪…そうだ」

シアングが近くにあった、過去に何本か切り倒されたゴオレラの切り株を叩いた。

「少し気になってな。なぁに、すぐ終わる」

シアングは巻き尺を取り出し、パソコンも持ち出して樹の年輪を調査してみた。

シアングの予想通り、数百年前は台風が多かった事を示していた。

「サキヒ人がこの地で栄えていたなら、

どうやら骨の主は嵐でこの地に流れ着いたとするのが妥当な気がする」

だが、そこでシアング達は行き詰まってしまった。

他の箇所の発掘作業に取り掛かろうとすると砂嵐に襲われ、

すぐに作業を台なしにされてしまい、

結局発見されるのは骨に関係すると思われる遺物ばかり。

レキーが心配そうな目でシアングを見た。

「なぁ先生、ひょっとして俺ら変なもんに邪魔されてないか?」

彼は隣に立っているチュレネに目を移した。

「おばさんもそう思わね?」

チュレネが溜息をついて彼を見つめた。

「変なものって?」

「わかってんだろ」

「うーん、現実的じゃないから…砂嵐はおかしいと認めざるを得ないけど。ね、シアング?」

だがシアングは黙って何かを考え込んでいた。

「ミスター・シアング」

シアングは顔を上げ、声がした方を向いた。

「ツァンヤナ、何か見つかったかね?」

シアングは言った。

ツァンヤナは幅の広い帽子を被り、長い茶髪をなびかせ、

敏捷なシカのようにすらりと立ち、何とも言えない表情を浮かべていた。

「いいえ…ミスター・シアング。提案するわ。

時間は沢山あるのだし、発掘は一旦ストップして分析に回りましょ?

ま、分析っても石版しか無いけど、文字を繋げてみましょうよ。面白いものが出て来るかも」

「そうだな…こうして何もしないよりはマシか」

「俺パス」

レキーがリュックから水の入ったペットボトルを取り出した。

「頭使う作業は先生達に任せるよ」

そう言って勢いよく水を飲み干した。

「俺はその辺を掘ってるから、後で結果教えてくれな」

「あんたが加わらないのは歓迎だけど、砂嵐を呼ばないでね」

傍らでツァンヤナが笑った。

レキーは、石版の破片を見ながらあれこれと言葉を交わしている仲間達を後にして、

あの骨が見つかった場所から近い掘りかけの穴に入り、鼻歌を歌いながら掘り始めた。

今度は、砂嵐が来る気配は無い。

「レキー」

慎重に発掘作業を進めていると、時間があっと言う間に経過する。

ツァンヤナの声が穴の近くから聞こえて来た。

「あ!?」

「ちょっとこっち来て、見てご覧」

何が書いてあったのだろうと胸を踊らせ、彼は声を張り上げた。

「わかった!」

レキーは穴の外へ出て目を見張った。

目に入って来たのは、本のように、長方形に綺麗に並べられた石版の破片だった。

長年の風化で、認識するのが困難な部分や穴も見受けられるが、

その表面の文字の陰影が、少し離れた所で見ると大小の複雑な図形に見える。

「たまげたな、こんな仕組みになってたのか?」

「お。レキー、来たか」

「先生、こりゃすごいですね。ミステリーサークルのパズルみたいだ…」

「うむ、余程頭の切れる人物だったのだろう」

シアングは言いながらしゃがんで、石版を指差した。

「ここから読むといい。途中欠けている部分がかなりあるが、何とか読める。

いい発見だよ、これは…」

レキーもしゃがみ込んで、ちょっとした絵程の大きさの石版に一生懸命目を通した。

分からない部分が多かったが、分かる部分だけをすくっても、

石版には書いた人物の苦しみで溢れていた。

「先生、パッと見て俺が知らない字が沢山ある…」

レキーが呟いた。

「でもな!やっぱこの人、サキヒ人の住んでるとこに流れ着いたんだな。

それはわかりましたよ」

シアングは目を細め、頷いた。

「そこまで読めたなら上出来さ。

なら、文字を教えるついでに、後は私が読もう。まずはここだ」

シアングの、文字を辿る指先が、少し白くなった。

「『サキヒ人の間には病気が蔓延しており、

彼等は毎日、聖水の女神に必死に祈り続けている。私はその聖水に目を付け、調べてみた』

この次は読めないが、ここに

『…てくれると信じている』

と書いてある。次は

『人々は…精霊にお酒を捧げてから体にすりこんでいた。

本来ならこの聖水に、正しく精霊と酒の力を宿せば、

強力な浄化作用によって、怪我や病気などたちどころに治ると言うのに!』」

「続きがかなり欠けてますね」

レキーが残念そうに呟いた。

「そうだな。かろうじて

『…サキヒ人は…して、生成した水を、声を発する不思議な水と不気味がり、

まいて台なしにしてしまった…しかし』

まで読める。ここで一段落だ」

「成る程、酒って書いてあるのはわかったんですがね」

「サキヒ人は、酒を病気や怪我の治療に使っていたからな」

「あの、不思議な水って?」

「これは、間違ってはいないと思うけど」

ツァンヤナの口調は自信に満ちていた。

「聖水とは別に、意志を持った水の事よ。

やり方は知らないけど、優れた祈祷師は水に意志を宿らせる事が出来るそうよ。

その水と会話すると、色々な事が分かるって。きっと、そのこと」

「へぇー」

レキーは素直に感心して、視線をシアングに戻した。

「よし、次はここから」

シアングは続けた。

この後数行は、彼が帰国を諦め、

異文化を理解しようとしてシルベンアの言葉や文字を捨てたこと、

持てる知識を使い、人々を救おうと努力したこと、

しかし彼の知識や力が大きすぎた為に、妬まれ、恐れられた事をにおわせていた。

最終的に、彼はサキヒ人とは違う容姿や言葉だったのを理由に、飢餓の塔に閉じ込められた。

そう、課されたのは飢餓死だった。

「可哀相になぁ…ほんっとやってらんねぇよな…果たしてあの骨は生贄にされたものか。

それとも囚人で処刑されたものかとか言ってた頃が懐かしいよ」

レキーが涙目で言った。

「あぁ。だが、当時の価値観からすれば珍しくない反応だ」

シアングは先に続く文字を読んだ。

「『ある日、夢を見た。夢の中で、私は老齢に達していた。

皮肉な事に、老齢に達した自分が物を与えられながら、

柵を隔て、何も与えられずに苦しむ妻や息子を見ながら、

死んでいかなくてはならない夢だった』」

(そうか、家族がいたんだ…)

レキーは、心の中でぽつりと呟いた。

「『…が…全て無駄だった。今度は目が覚めていたにも関わらず、目の前に幼い息子が現れ、

「父よ、私の肉を食え」

と言うので、

「馬鹿を言うな」

と窘めた。息子が再び口を開いた。

「あなたにはその権利がある。私に血を分け、肉を与えたのはあなただから」と…』

既に、飢えから来る幻覚も入っていただろう」

「長かったけど、もうすぐ終わりですね」

「あぁ。『目が覚め…鏡を覗き込むと、悪魔が写っていた』これで終わっている」

シアングは再度石版を眺めた。浮き上がった記号は、何かを思い起こさせる。

「この、浮かび上がっている記号に、隠されているメッセージは無いかしら?」

チュレネは、複雑な記号だけが刻まれた巨大な石版を見た事があった。

解読すると、その土地のあらゆる文化、風習などが分かる仕組みになっていた。

「この記号については、私もずっと考えていた。

当たり前過ぎて見落としていたよ、大昔のシルベンア文字なのは確かだ」

「あら、本当?シルベンア人にはこう言う文字もあったの」

「さすが、この場に唯一いらっしゃるシルベンア人ですねミスター。

早速お聞きしますが、何と読むのですか?」

と、ツァンヤナ。

「ルシホ・クレトメス・イダア。と読める。意味は簡単だよ」

シアングがゆっくり言った。

「私の名は、ルシホ。帰りたい」

一行が再び発掘作業に戻った所で、レキーが大声を上げた。

「イェイ先生!骨らしいもんが出て来ました!!」

シアングが、差し出された白いかけらを手に取り、しげしげと眺めてから頷いた。

「よくやったじゃないか、レキー。紛れも無い人骨だよ」

シアングが言った。

「皆、この近くを手分けして掘ってみよう」

すると、何故今まで見つからなかったのかと言うぐらい、

あの骨の周囲から続々と人骨や埋葬品が見つかった。どうやら墓地だったらしい。

次の日の朝、出土した骨のサンプルと遺物の一部をラカッシュに預け、結果を待つ。

再びシアングの通話機に、ラカッシュの声がした。

『シアングさん、皆サキヒ人で間違いありませんよ。

それにどの人骨にも、ありとあらゆる箇所に祈りの文字が刻んでありますね』

レキーは首を傾げた。

「あぁ、そういやそうだったな。けど何でそんな事を?宗教的なもんですか?」

シアングが答えた。

「あぁ、魔よけと同時に、天への道を迷わないように。

そして無い肉体に戻らないよう、願いを込めて刻むんだ」

シアングは続けた。

「ルシホの骨には、文字が刻まれていなかったな…」

「ミスターシアング。

これは勝手な推測ですが、その土地の宗教で葬られなかった理由は、

人々が容姿も言葉も違う彼を…ルシホを恐れていたか、動物の骨の件も併せて考えると、

忌み嫌っていたとするのが妥当だと思いますが、いかが?」

「そうだねツァンヤナ。私も同じ事を考えていたよ」

だから、こんなひどい状態で埋められていたんだろう。

帰国の日、シアング達は駄目もとで、

ルシホの骨を国へ持ち帰りたいとベルモラーダ国政府へ依頼。

意外にも、政府はすんなりと応じてくれた。

その後、一行はすぐに飛行機に乗った。

シアングの荷物には、あの骨と遺物も丁寧にカプセルに保存されて入っていた。

ルシホは喜んでいるだろうか。

恐らく、この素晴らしい天気は、彼が喜んでいる証拠に違いない。

チュレネが隣の席のレキーに目をやる。

「不思議よねぇ…。彼はずっと故郷へ帰りたがっていて、

死者再来を防ぐ文字を刻まれていなくて、

だから彼は、あんなに大勢の人の中で、一番最初に発見されたのかしら」

レキーが嬉しそうに言った。

「それしかないっしょ。それにもう、彼は身元がはっきりしたね。彼はルシホだ」

「きっと、彼が私達を。

いいえ、ミスター・シアングと、ミスター・ラカッシュを呼んだのね…」

ツァンヤナは呟いた。

「今ではそう思えるよ。何にせよ良かった。

ルシホは、彼に相応しい方法と場所に埋葬される」

と、シアング。

ラカッシュは、明るい表情を浮かべているシアングに向かい、微笑みかけた。

「シアングさん。私が彼なら、私達を見てこう思っているでしょうね」

ここにいるどの人間を見ても、自分とシアング以外、誰一人として同じ人種はいない。

「『容姿や言葉が違って、何が悪いんだ!』

ってね」

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