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小説になりきれない小説群  作者: ちゅうか
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タダアイタイ

ただ、会いたい

千瑚せんこは妖怪の巣と言われる怪來かいらい山へ仲間と共に向かっていた。

山へ踏み込むのは非常に危険だったが、

今は何よりも使命を全うしなければならなかった。

千瑚の心の中には常にある人の面影がある。

その方が選び抜かれた部下達と共に妖怪の討伐へ向かい、

行方不明になったと報せが来た。

自分はその方を探す任務を与えられていた。

その方と初めて出会ったのは、

千瑚が妖怪退治屋である自分の力を試す為に初めて出た、

妖怪退治屋の里の中で行われた試合だった。

十五になったばかりの時のことだ。もう三年も前になる。

その試合は山の中でひっそりと行われた。

実際に腕を競い合うのは妖怪退治の修業をかなり積んだ男女ばかりで、

経験の浅い千瑚達は見学を余儀なくされていたけれど、

千瑚は師に腕を認められた矢先だったので試合に出る許可が出たのだった。

里長が座る席の隣にその方はいた。初めて見る姿だった。

その方は里長同様顔を隠していたが、不思議と目が引き付けられた。

千瑚は里長の付き人なら参加しない、と思ったけれど、その方は

「私も参加致します」

と里長に声をかけ、千瑚の前に下り立った。

素晴らしい腕だった。力、型、速さ、技の切れ。

先程の声を思い出す限り若い男だと思うのだが、

師のように歳と厳しい修行を重ねた達人と言われた方が納得出来る。

千瑚は敗北後、その方が何人かを相手に圧勝し、

元いた位置に戻る様子を見つめていると、背後に何者かの気配がした。

振り向くと師がいた。

「どうだ、今の御方は強いだろう」

と言った。

「里長のご子息だ。お前と同じく儂の教え子で、非常に筋がよい。

試合で初めて戦った相手があの方とは、お前は運が良かったな」

師は、里長が息子の見聞を広める為にある場所に住まわせていたこと、

里長が実力を認めたので里へ呼び寄せたこと、

その方は十八歳で、名前は真石ませきだと教えてくれた。

千瑚はあぁ、あの方は真石様と言うのだ、また会えるだろうかと思った。

それ以来、千瑚は、真石を見掛ける度に目で彼の姿を追った。

千瑚は真石と関わった事を思い出した。

一つは千瑚の里と妖怪退治の依頼人が集まる会議でのこと。

千瑚は会議室の扉前を護っていた。

里長達が次々と入室していく間、黙って跪ずき、頭を下げる。

会議の途中、問題が起きた。里に妖怪が侵入したのだ。

それだけなら特に珍しい話しではない。

問題はその妖怪はかなりの大物だったと言う事だ。

仕留めるのに時間がかかるほど被害は増大する。

この時、妖怪を仕留めたのが師匠である飛津とびつと真石だったのだ。

千瑚は戻って来る真石の腕に切り傷を認めた。

「真石様、腕を」

真石は目を細めた。千瑚は素早く丁寧に薬草と布を巻いた。

そして会議室前に立った。

後はまた何事も無かったかのように会議が続けられた。

会議が終わった後、真石は跪ずき、頭を下げている自分に声をかけてくれた。

「面を上げよ」

澄んだ瞳を見て、千瑚は吸い込まれそうな気がした。

「お前は、先の試合で私と手合わせした女だな。名は確か…千瑚」

千瑚は驚くと同時に嬉しかったが

「はい」

とだけ返事を返した。真石も

「そうか」

とだけ言い、それ以上何も言わず去った。

千瑚はほんの少しの間だけぼんやりしていた。

この時を境に、千瑚は真石の指示で動く事が増えた。

真石は千瑚を護衛として、稽古の相手として側に置くようになった。

そしてついこの間、二人の間に決定的な事が起こった。

千瑚は山の中で、一人で稽古をしていた。

真石や師匠達は怪來山に巣食う妖怪を根絶やしにする為の会議に参加していた。

時が過ぎ、日が沈みかけた頃真石がやってきた。

「千瑚。今夜、私は飛津達と共に怪來山へ向かう」

と言った。真石はそこで言葉を止めてしまった。千瑚は不思議に思った。

何故、私を連れて行くと言わないのだろう。

「はい」

真石は千瑚に向かいふっと笑んだ。

「肩慣らしをしたい。来い」

千瑚はその言葉を聞くなり剣を抜いて真石の方へ突き進む。

「次の満月までに戻らなければ、お前は私を探しに来るのだ」

真石は剣を抜かずにかわした。

「貴方は帰って来ます」

勝負は中々着かない。

「ですから、私の出番はありません」

「そうか」

そのうち、さっと飛び込んだ一瞬、真石は千瑚の剣を払い落としていた。

腕は格段に磨かれている千瑚だが、真石は常にその上を行っている。

千瑚は彼に向かい礼をする。その拍子に千瑚の髪止めが解け、

艶やかな黒髪がぱらりと下りた。

「ほう」

千瑚は結び直そうとしたが、真石は制した。

「お前が髪を下ろした姿を見るのは初めてだ」

「そうでしたか」

「あぁ。雰囲気が随分変わるな…お前が着飾ったらどう変わるのか、益々見てみたくなった」

千瑚はほんの少し頬を赤く染めた。

「私の隣で、花嫁として着飾ったお前を皆に見せたい」

と、真石は千瑚の髪に軽く触れながら独り言のように言った。

千瑚の恥ずかしそうに微笑した顔は美しい。

「勿体ないお言葉です」

そんな事を思い出した。

千瑚はもう一度周囲を見回した。

言いようのない不安が湧いて来て、

千瑚は自分が泣きそうになっているのだとわかった。

改めて神経を研ぎ澄ます。

真石様は無事か?どんな姿でもいい、切実に彼に会いたかった。

私はまだ自分の気持ちを伝えていない。

だから、早く探し出して伝えなければと思う。

戯事だとしても、嬉しかったと。本音ならばもっと嬉しいのだと。

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