idle talk 1
確認、とは言っても、あのときの記憶はひどくあいまいで、わたしから全て語るのは難しいかもしれないわね。相互確認といきましょう。
「いいい痛い! 痛いっ! ううっ……痛いよう……」
そうね、そんな感じだったわ。初めて抗ガン剤を使った時も、わたしはこんなふうだった。しかもそれはたちが悪かった……抗ガン剤のことじゃなくて、わたしが。
夕方とかなら仕事のない時間帯に母さんが見舞いに来て、励ましてくれた。でも、そのときわたしは、痛みに耐えていたんだ。まるで、わたしが強い人間みたいに。
でも、そんなことはぜんぜんなくて、ただ、母さんにわたしの苦しむ姿を見せたくなかっただけなんだ。誰もいなくなって、一人きりになってから、ようやく痛みに気がついたように、体を丸めて、こんなふうに……。
口調が変わってる? ああ、そうね。あのころは、こんな話し方だったから。
あの時、わたしはもう次がないって確信してた。次がきたら、わたしがわたしじゃなくなっちゃうって思ってた。
あなたに……耕史に出会ったのは、そのころだったわね。それから、あの遊びを始めたのも。
最初のお題は……。そうね、そうだったわ。
「ナノマシンが医療に貢献する日は来るのかどうか」
耕史は、真剣な顔で言っていたわ。ナノマシンと言えば、SFによく出てくる万能機械。作家によっては局所治療に使われる医療用機械だったり、通信器具と言う名の電子牢獄だったり、はたまた不可思議な造形を作り出す意志を持った群体だったりする。
ナノサイズの微細な物質が人体に入ると、体内の細胞を傷つけて、結果的にがんのリスクを高めることになる。分かりやすい例えを言えばアスベストがそう。極論を言うと、ナノマシンとはアスベストを体内に取り込むようなものだ。だから局所治療には適さない。治療をする度にがんのリスクを高めていてはかなわないからだ。
これらの話が出たのも、わたしや耕史がこのお題で相手を言い負かすためにせっせと調べたからだ。
ちなみに、わたしが出したこの論に対する耕史の反論は、こんな感じ。
「がんのリスクがあるのは、携帯電話とかの電波も同じだよ。今ではどこもかしこも電波だらけだし、がんのリスクは高くなっているんだから、ナノマシンによるリスクを懸念するよりも、体内から恒常的に健康を見張るほうが先決だよ」
ところで、このお題でのディベートは今でも決着がついていない。そうよね?
そう、このときのわたしたちは、相手が異性とかどうとか、全くもって考えていなかった。耕史はともかくとして、わたし自身があきらめていたってこともある。
だって、まあ見た目は悪くないけど、SF小説ばかり読んでいて、未来の技術と、意識の連続性とかに思いを馳せる、口ばっかり強い女子中学生が、どうして男子の注目になるの? まあ、こんなわたしでも耕史という彼氏がいるのだから、世の中わからないものだけれど。
そして、この時のわたしは、自分の病気のことなんかもうどうでもよくなっていた。耕史もわたしの病気のことは知らなかったし、わたしも話そうとは思わなかった。後でわたしの病気のことを知って慌てるあなたの姿は、とってもおもしろかったわ。
それから半年が経って、二度目の抗ガン剤治療のときになっても耕史が研修をやめなかったのが、わたしにとっての運の尽きだったわけね。
人間、誰しも苦痛には弱いもの。時には全面的に人に頼ってしまうこともある。わたしの場合、それが耕史だったってわけ。
はいそこ! 笑わない! にやけない! デレ期とか言わない! 確かに治療が終わってからしばらくはそうだったけど!
……そういうわけで、わたしと耕史が疑いようもなくつきあい始めたのは、そのころから。まったく、あなたは最低な看護師ね。
まあ、つまり、あなたが知っているわたしというのは、十五のころ、一度目の抗ガン剤治療を終えた後のわたし、ということになる。
それじゃあ、次の項目。確認してみましょうか。
あなた以外の、わたしを覚えている人間について。わたしが一次死者になるまでに最後に会った、大勢の友達について。
きっと、彼らがわたしを覚えているから、わたしという一次死者が生まれるのだから。