250話 査問会
「たった一発すら当てられないのか!? 勇者殿の足はほとんど動いてないんだぞ!」
「いや、そんなこと言われましても……」
「足を止めるな! 勇者殿を休ませるんじゃない!」
これで何人目だ? 一〇〇人過ぎたのは誰かが騒いでいて、そこから五〇は超えてるはず。
上司の檄で迂闊に近寄ってきた騎士を、スコンスコンと二人まとめて片付ける。倒れた一人は完全に意識を無くし、もう一人も打撃のダメージで蹲って呻いている。さっきからずっとこんな感じだ。
剣の間合いに入ったとたん瞬殺されるんだから、飛び込むのには勇気がいることだろう。軽装備の兵士や騎士は瞬殺。重装備だとさすがに普通に一本取るだけで倒せはしないが、動きが鈍すぎて、温存した足で簡単に各個撃破できる。
五〇人でまだまだ余裕だったし、二〇〇くらいはいけるんじゃねと思ってたのだが、一〇〇人超えたあたりから体が動かなくなってきた。やはり五人同時、しかも途切れず来るというのは負荷が相当なものだった。体力をごりごり削られる。
防御に回って休もうにも相手は五人。四方から囲んで攻撃され、守りに徹してもたいして休めない。それでひたすら攻撃に徹することにしたのだ。
それもなるべく力を抜いて、速さ優先でやっていたのだが、ある時を境にやたら打撃の威力が高まりだした。
剣の速さも重さも最初より弱くなっているはずだ。
だが何故かはなんとなくわかる。集中力が異様に高まって、相手の動きが手にとるようにわかるのだ。隙が、弱点がみえる。それだけじゃない、剣のもっとも威力の高い打撃点。スピードとパワーの一番乗る僅かな範囲に的確に当てられるようになった。
もともと俺は相手より動きは速いし、その動きも探知により視線が外れてもはっきりと見えている。相手の動きを見てから動く。後の先。相手の動きを見てから動いてなお、先手を打てる余裕があった。
ヒラギスでの戦いが終わってから師匠にはずいぶん絞られたから、それが突然覚醒したのかと最初思ったのだが、ちょうど当てはまる現象に思い至った。
ゾーン。それともランナーズハイか? アドレナリンがバシバシ出ている感覚。体がやけに軽く、よく動く。奥義とはまた違った、限界を超えた感覚。
攻撃の手が止まった相手にゆっくりと近づく。意を決した騎士たちが一斉に飛びかかってくるのを、くるりと一周して五人まとめて瞬殺する。
「次だ」
師匠も戦闘はこんな感じなんだろうか。面白いし、楽しい。
新たに出てきた五人を容赦なく瞬殺する。次の五人。さらに五人。
だがそこで後続が出てこなくなった。目の前に集中していたのを周囲を見回し、あたりが静かになっているのに気がついた。
「あの、兄貴。もうそのくらいで……」
ウィルがそう俺に声をかけてきた。もしかしてやりすぎた? めっちゃドン引きされているような。そういえば軽い余興くらいのはずだった。
「そうか」
そう言って剣を下げる。もっと戦っていたかったが、疲労が限界を超えているのも確かだった。
「まあなかなか楽しめた」
「兄貴、やっぱ怒ってないですか?」
拉致監禁された意趣返し。そう見えないこともないのか。
「めちゃくちゃいい笑顔で倒してましたよ……」
そう言われて帝国の騎士や兵士を見ると、彼らは視線をさっと逸した。まあいいか。体がやたらよく動くので楽しすぎてやりすぎたと言うよりいくらかましだろう。
「すごい、すごいです!」
俺を迎えたサティがそう声を上げ、見学者からもやっと歓声があがった。
「これが勇者!」
「帝国騎士団を歯牙にもかけないとは!」
「勇者殿がいれば帝国も安泰ですな!」
サティのところへ戻った俺に、姫姉妹も目をキラキラさせて話しかけてきた。
「勇者様はなんてお強いのかしら!」
「わたしこんなの見たことありませんわ!」
姫姉妹の好感度があがったようだ。いや、上げても何もしないけど。
「いやいや。兄貴はまだこんなもんじゃありませんよ。魔法も全然使ってませんし」
ウィルまで嬉しそうにそんなことを言っている。
「かなりお疲れのご様子。よろしければ回復魔法をかけて差し上げましょうか?」
ウィルに何か言おうとしたところで、そう話しかけられたのでそっちへ振り向くと、見るからに高位の神官服を着た上品そうな雰囲気のおばさんが居た。
「これは申し遅れました。私、諸神の神殿の神殿長を務めさせて頂いておりますフローレンス・モンターナと申します。よろしくお見知りおきを、勇者様」
固まっている俺にそう挨拶してきた。式典には神殿関係者は居なかったはずだ。たぶん話を聞きつけてやってきたのだろう。そりゃ連日これだけ大騒ぎすりゃあね……
帝国ですら神殿の権威には逆らわないそうだ。招待されていなくとも式典に入ることなど何の問題もないことだろう。
特に信仰の分野においては地上における神の代行ともいえる存在で、その組織は世界中に張り巡らされている。敵対どころか、ちょっと睨まれるだけでも大変なことになりかねない。
だが俺は相当睨まれるようなことをしてしまっているのだ。
禁呪。術者の命を削り、使用はもちろん、言及すら禁じられている回復魔法。禁呪である理由もちゃんと説明されて、それを完全に納得した上で俺は使用を躊躇わなかった。
フローレンス神殿長が名乗りがてら回復魔法をかけてくれたので礼を言う。
聖女様のところへは行かず、まず俺のほうへ来たのか。ヒラギス前は主に聖女様に対して色々言ってきていた神殿だったが、ヒラギス後は俺に対しても何度も呼び出しをかけてきていた。
「ヒラギスでの勇者殿の活躍は神官たちの間でも大きな話題となっておりました。それに今しがた目にした素晴らしき剣技の数々」
長居しすぎたな。リリアの挨拶が終わればさっさと帰れば良かったんだ。だがこの後は鉄筋の伝授という重要な仕事も残っている。
「ぜひとも神殿にも勇者殿のご来訪を賜りたいものです」
そう言って頭を下げられては、たくさんの人に見られている状況では断れない。断る理由がない。
「もちろん。こちらからご挨拶に行こうかと思っていたところです」
ティリカが聞いていれば何か言いたそうにしたことだろうが、これは社交辞令。優しい嘘なのだ。
神殿は確実に何かを察していることだろう。いよいよ年貢の納め時だろうか。俺の事情を知る者も増えたし、そもそも神殿とは異世界に来てからずっと関係が深い。ずっと避けて通るわけにもいかない。
まあ何もなくて、単に勇者を見たいだけとかで、本当に挨拶だけで終わるかもしれないし。
そしてエルフ式城壁強化法、通称鉄筋工法。その普及のために式典後に再び帝王と対面する。
「最初に言っておきますが、この件についての対価は一切要求しません。その代わり、技術の普及に最大限協力していただきたい」
俺はもちろんエルフにしても、世界各国に教えて回るなんてことは手に余る。
「必要とあらば転移術師にも協力させよう。王国以外の国。東方国家、南方国家すべてにこの技術を伝えるのが当方の希望じゃ」
俺に続いて言ったリリアの言葉にも了解したと、帝王が頷く。
「前置きはこれくらいにしてさっそく説明を始めるかの」
リリアの言葉でエルフの鉄筋工法担当が説明を始める。帝国側は帝王とウィルの他には内政担当の大臣や築城や建設の専門家という人物が何人か参加していて、先ほどからそわそわして技術の開示を待っている。
「まずはこの図を御覧ください」
そう言って、テーブルの上に紙を広げる。
「こ、これは!? 横からの力に対して鉄で補強することを思いつくとは、なんと単純にして効果的な……」
帝国の専門家の人は図解を見て一瞬で理解をしたようだ。もとより簡単な構造だ。
「土魔法使いがやるのが一番早いのですが、それにも限度があります。帝国にはコンクリート工法という技術がありますよね?」
コンクリートがあるんだ? 幸いなことにコンクリートは秘匿されていたとかそんなことはなく、単にあまり使われていない技術というだけのことのようだ。俺にしてもエルフにしても土魔法でやっちゃうから必要なかったし、全然知らなかったわ。
後で聞いたところによるとコンクリートはあまり普及してないそうだが、同系統の技術のモルタルというのが、レンガのつなぎによく使われているそうである。
「なるほど、このエルフ式城壁強化法をコンクリートと組み合わせれば、魔法使いの必要がなくなりますな」
「しかし鉄の使用量が気になりますぞ」
「それは強度との兼ね合いになりますね。鉄の太さと、配置と密度を変えて、効率の良い工法を研究しているところです」
たとえば同じ分量の鉄を使うとして、鉄の太さを半分にして鉄筋の配置を倍にして強度は変わるのか? それとも鉄の量を半分にして強度は半分になるのか? 最低限どのくらいの量の鉄で城壁の強度は保てるのか?
「今のところバランスの良いと思われる分量は、城壁一立方メートルに対して鉄が……」
「そうなると十分な鉄の確保が……」
「いまある城壁の補強であれば……」
「強度ははるかに落ちますが、竹を鉄筋の代わりとして……」
エルフと帝国の技術者が活発に議論を重ねていくのを、俺たちは大人しく聞いているだけである。疲れたしもう帰っていいかな?
「やはり鉄の確保が課題ですか」
「そうですね。まずは魔境沿いの砦に優先していくしかないでしょう。うちもすべてを鉄筋に変えるには、鉄がまだまだ足りなくて」
「エルフですら施工はまだとは、まったく新しい技術なので?」
「ええ、ですが効果は確かなものです」
「そこは疑いを差し挟む余地はまったくありません。ただこの素晴らしい技術を考案した方にぜひとも賛辞を送りたいと」
「それは……ご勘弁ください」
それでいい。別に俺が考えた訳じゃないし、手柄を主張しても面倒になるだけだ。
「ではその方にお伝え下さい。最大級の賛辞と感謝を。この技術は人族すべての宝となりましょう」
それは鉄筋の本当の開発者に言ってやってくれ……
そこからは本当に細かい技術的な話になってきたので、帝王ともども会議から脱出する。
「なるほど。これがウィルフレッドの言う高潔で情の厚い人物ということか」
帝王に何を言ってんだ、ウィルは。鉄筋も俺の発案とは言ってないはずだが、先ほどの反応で察したのだろう。特に使徒は新たな技術をもたらすと有名だしな。
「あれも敵対せずに、素直に助力を求めるべきだったのだな」
それはまったくその通りだ。
「何か他に有用な技術はないのかね?」
いやそんなこと言われても……ないこともないけどさ。
「雷受槍というのがありましてね?」
御大層な名前がついているが、つまるところただの避雷針である。エルフに避雷針を教えた時に、槍の穂先を使ったのでこの名が付いた。ビエルスでの修行している期間に、雷を怖がるエリーのために導入した技術である。
「雷で時々建物が燃えることがあるでしょう? それを防ぐためのものです。ああ、俺に聞かないでも、残ったエルフに聞いてもらえれば知ってますよ」
せっかくだしこいつも広めて貰おうと、鉄筋と一緒に広めるように言っておく。
「他には? 他にはないのか?」
んー、ないこともないけど、ちゃんと覚えてて異世界でも使えそうな技術ってそんなにないんだよな。うろ覚えでいいなら結構あるんだが。
「そうそう、コイル式バネって知ってますか?」
「おお、あれももしや勇者殿の考案なのか? 素晴らしいとの評判を聞いて王城でもコイル式バネのベッドをいくつか購入してみたのだが、これが本当に快適でな」
コイル式バネを作ったのは俺たちが結婚した後くらいだったはず。それがもう帝国にまで広まってたのか。
「先ほどの剣技も驚いたが、これが使徒というものか。なるほどエルフが心酔し、神殿が気にかけるというものだな」
神殿が気にかけるのは違う部分だと思うよ。その神殿を訪ねるのは明日である。あー、行きたくない。行きたくない。
帝王陛下、今からでも俺を拉致監禁でもしてくれないかな? あの賓客用の部屋で、メイドとフルコースの料理付きでさ……
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「では査問会を始めましょう。この者に対する告発内容を」
挨拶だけとかそんなことは全然なく、拉致監禁とどちらが良かっただろうかと考える。
「この集まりはあくまで告発に関して、まずは本人に聞いてみようという場であって、たとえ告発が真実だったとしても、いますぐマサル殿をどうこうしようという話ではないのでご安心ください」
そう言うフローレンス神殿長はあくまでも和やかな雰囲気である。だがご安心くださいと言われて安心できるものではないのだ。
「この者の名はマサル・ヤマノス。告発は二つあります」
一人の神官が文書を読み上げる。五人の神官が俺の前に座り、真偽官までいる。一応護衛にサティと、ティリカにも付いてきてもらっているし、武器もそのままだ。まあ取り上げたところで魔法使いには意味がないし、アイテムボックスもある。徹底するなら隷属の首輪でもするしかないし、そこまでするつもりはないらしい。
というか俺にせよサティにせよ、帝国軍の精鋭がまとまってかかっても止められなかったのだ。ヒラギスでの戦果も知っているだろうし、穏便に運びたいというのも本当なのだろう。
「一つは勇者を騙ったという疑い。そしてもう一つはヒラギスにて禁呪を使った疑いがもたれております」
勇者はともかく、二つ目に関しては申し開きのしようもないほど真実である。そして聖女様が後回しにされたことでも、事の重大さが窺い知れる。
「勇者の話に関しては異議があります」
とりあえず無難なほうから反論を試して見ることにした。
「言ってみなさい」
「俺は勇者だと名乗ったことは一度もありません。むしろ周囲の者がそう言って困惑しているほどです」
神官が真偽官に確認をするが、真偽官も俺の言葉を真実であると認めた。
「しかし勇者と呼びかけられて訂正はしなかったではありませんか?」
「俺のことを勇者じゃないと知っている身内ですら、やっていることは勇者そのものだと言うのです。勇者のように行動し、勇者の使っていた魔法を使う」
仲間もまるで、いますぐ魔王討伐にでも行きそうな顔ぶれである。
「俺が自分は勇者じゃないと言えば、むしろそちらのほうが周囲を困惑させるでしょうね」
「では勇者ではないと?」
「断じて勇者ではありません。それっぽいだけです」
「しかし神託の巫女様がこの者は間違いなく勇者だとおっしゃっているのは……」
別の神官がそんなことを言い出した。その名前が出たのは二度目だな。誰だ、勝手に。
「その神託の巫女様という方に、神託でもあったのでしょうか?」
「そのような話は聞いておりませんね」
「それは不思議な話ですね。会ったこともない、神託もない。その方は噂話だけで俺のことを勇者と言っておられるのでは?」
俺の指摘に神官たちが顔を見合わせる。
「勇者の件に関してはマサル殿に落ち度はないようですね。まあ勇者と勝手に名乗ったところで何らかの罪になるわけでもないのですが、神殿としてはその真偽を確認せざるを得なかったことをご理解ください」
にこりと笑顔で神殿長が言う。
「では二つ目の告発、禁呪に関することに移りましょうか」
「禁呪に関する説明は受けている。そう聞いているが、間違いないかね?」
一人の神官がそう俺に確認する。
「間違いないです」
使ったら絶対ダメって言われました。
「ヒラギスで禁呪を使ったことに関しては?」
「使いました」
あっさり認めた俺の言葉に、神官たちの顔色が一斉に変わる。もはや嘘を言っても仕方がない。
「それ以前に使ったことは?」
「ありません」
「禁呪の、実際の詠唱方法に関しては誰かから聞きましたか?」
「誰にも聞いてません」
「使おうと試したことはありますか?」
「ありません」
「ではぶっつけ本番で使えてしまったと?」
「そうです」
「我々禁呪を知る者にしても、その使用法に関しては明かされることは一切ありません。優秀な治癒術師なら使える可能性があるとは教えられておりますが……参考までにどのようにして使えたか、お聞きしても?」
「ただ神に祈りました。そして通常の回復魔法の詠唱を」
「それだけですか?」
「それだけです」
祈りは効果があったのだろうか? だが普通に気合を入れて詠唱したとして、すんなりとできたとも思えないのも確かなのだ。
神官たちはざわざわと小声で相談している。俺の位置からは普通では聞こえない距離だ。
「マサル殿はこれまで神殿にとても協力的で、折に触れて支援や助力を惜しまなかったと聞いております」
「それにヒラギスでの働き。処罰するのも簡単ではありますまい?」
「帝王陛下ですら勇……マサル殿には気を使っている様子」
「それに魔法使いとしても治癒術師としても飛び抜けて優秀だと聞いておりますぞ」
「報告によれば対象者は完全に死亡していたそうです」
「人の手による死者蘇生……実に不敬ではありませんか?」
「ですが取り込むことを考えるべきでしょうね」
神殿長の言葉で方針は決したようだ。あっさり決まったあたり、ある程度俺の扱いは考えていたようだ。しかしまたか。どこに行っても勧誘される。
「結論が出ました。我々としてもマサル殿に何か罰を与えようという気持ちはないのです。人を、親しい方を救いたいという気持ちは神官であればよく理解できるものです」
神殿長が優しげにそんなことを言う。
「ですが禁呪の使い手を野放しにしたくもないのです」
わかりますね、と神殿長が言う。いや、わからんし。
「マサル殿が神殿に入って神官となるならこの件に関して不問と致しましょう」
黙っている俺に神殿長が続ける。
「もちろん神殿に閉じ込めておこうという話ではありません。今の活動をある程度は続けてもらっても構いません」
ウィルパパの部下になるのとどう違うんだろうな。たぶん神官になるほうがマシなのだろうが、それも程度問題だ。
「俺は敬虔なる神の信徒です」
神殿長の顔がぱっとほころぶ。では、と神殿長が言いかけた言葉を遮って言う。
「だから神以外には従わない」
神殿長の顔が強ばった。
「使うなと言われた禁呪を使ったことは謝ろう。だがそれも救うべき人を救っただけだ」
「ですがそれほどの力を持つものを自由気ままにさせておくわけにはいきません」
だから神殿が管理すると?
「どれほど力があろうと、神殿に逆らってまともに生きていけると思わないことだ」
「いくら光魔法を習得したといえ、神の名を振りかざすとは!」
「不敬! 不敬ですぞ!」
「エルフかぶれはこれだから!」
神官たちが口々に言い出す。エルフも同じ神を信奉しているのだが、神殿に依らない、独自の信仰を貫いているので、一部からの評判はとても悪い。
「神託があるんだ」
「神託? そのような話はどこからも……まさか!?」
「俺は使徒だ。神託も直接もらっている。俺の行動は神の意志に沿ったものだ」
まあ概ねそうだ。少なくとも神殿に管理される謂れはない。
「神託を騙るのは即日処刑もあり得る重罪ですよ?」
何言ってんだか。そっちにも真偽官が居て何も言わないだろ?
「ティリカ」
俺の呼びかけに後ろで静かにしていたティリカが前に出る。
「三級真偽官、ティリカ・ヤマノスである。この者が使徒であり、何度も神託を受けていることが真実であると、真偽官の名と、我が身にかけて保証しよう」
「マサル・ヤマノス、ティリカ・ヤマノス共に真実を述べていると、一級真偽官ポールス・キャメルスが確認した」
真偽官二人の宣言に誰も言葉がない。
「な、ならどうして最初からそう言わないのです!」
震える声で神殿長が言う。
「最初は力がなかった。もし使徒だと言ってたらどうなってたと思う? 今でも神殿は俺を手中にしようとしているよな? 後ろ盾も何もない駆け出しの冒険者が、神殿に何か言えたとでも?」
実際初期の頃にバレたらどうなってたかわからんし、ビエルスでの修行やヒラギスでの戦いを邪魔されては困ったことだろう。
「我々も別に悪意があってのことでは……」
「もちろんそうだろう。だから俺は神殿にはちょくちょく協力しているんだ。だけどな、善意であろうと行動を制限されると困るんだよ」
世界の破滅を防ぐために俺は動いている。世界を救うのと、嫁との生活を楽しむので精一杯で、この上神殿に関わっている暇などない。
「まさか神殿が神託の遂行を妨害はしないよな?」
神殿を成り立たせている神の権威。それを持ち出されては反論のしようもないだろう。
俺の脅しに返事はない。もう話すべきこともない。
「ま、待ってください。神託とはどのような内容なのですか!?」
帰ろうと立ち上がった俺に神殿長がそう尋ねてきた。
「エルフを救えとか、ヒラギスで戦えとかそんなことだよ」
「神殿として神託を共有すべき……」
「その必要はない。俺は神と直接契約をしている。そこに余人が立ち入る余地はない」
契約書に署名までしたのだ。
「それに真偽官もいるし、神官……聖女も居て神託の内容は確認してもらっている」
俺の言葉に神殿長もようやく諦めの表情を浮かべた。
「神託。聖女。そして勇者……」
俺に聞こえないと思って、ぶつぶつとそんなことを呟く神殿長。
「そうそう。聖女に対する呼び出しも今後はしないでくれ」
ついでに言っておく。
「俺にせよ聖女にせよ、神殿の認定は必要ないんだ」
「つまり聖女も紛うことなき本物であると?」
「逆だ。俺の勇者と一緒で、周りが聖女と言っているだけで、別にそんな神託があったわけじゃないしな」
「しかし……ずっと行動を共にして、使徒マサルの、神託の遂行のお手伝いをしているのでしょう?」
そうだな。
「そしてその能力、人柄ともに聖女と呼ぶに相応しいものと聞いております」
そうだね。
「それはもう聖女そのものでは?」
そう……なるのかな?
「わかりました。帝国神殿は今後、使徒マサルと聖女アンジェラに対し、最大限の協力を約束しましょう」
すまん、アンジェラ。いや、そっちはまあいい。
「協力は必要ない。干渉しないでくれたらそれでいい」
用があればこっちから出向けばいいしな。そうですか……と残念そうな神殿長に続けて言う。
「帝国神殿だけのことなのか?」
神殿全体を代表してるのかと思ったわ。
「神国の大神殿は帝国神殿の上位にあたる組織です。この件は大神殿に報告せざるを得ません」
それはまあいい。情報が拡がってしまうのも織り込み済みだ。
「俺が使徒であることはなるべく知られたくないが、表立って喧伝するようなことがなければ別に構わない」
でももう一回神国の大神殿とやらに呼び出されて、こんなことをするのか? いやいや。
「ちゃんと報告して、干渉されるのを嫌っているときちんと周知しておいてくれ」
「わかりました。最後に一つだけ疑問なのですが……神託があって光魔法も使えるならば、それはもう勇者ではないのですか?」
みんなそう言うんだ。ナンデダロウネ……




