210話 進軍、ヒラギス南方方面軍
前回のあらすじ
・ヒラギス奪還作戦四日目~五日目。戦場で行われる二日続けての立ち会い稽古
「マサルの子供が欲しい」
ティリカが唐突にそんなこと言い出した。過酷な立ち合い稽古が終わった後の夜、へろへろになりながらも部屋で日誌を書いていた時のことである。疲れたからと翌日に持ち越してしまうと、進軍が始まって時間が取れなくなる可能性もあると思ったのだ。
ちなみに立ち会いはサティ以降全敗した。驚いたのは、やはりというか当然というべきか。軍曹殿が恐ろしく強かったということだろう。
これまで見てきた指導する剣とはまったく違う、相手を倒すための剣。膝がきかないなら、膝を使わねばいい。足に負担をかけない独特の歩法から繰り出される鋭い剣筋は、剣聖をして「ソードマスターの称号を」と言わしめたほどである。
俺が万全なら勝てたかどうかわからない。そう軍曹殿は苦笑しつつ称号は固辞されたが、アーマンドやホーネットさんなどの師範代クラスの腕はあるんじゃないだろうか。
ブルーブルーにだけは勝ち目もあった。魔法を受けようとしてくれるからね。でも師匠に魔法禁止を言い渡されて、剣のみで戦ったよ。それはもう勇敢に。ちくしょう。
その稽古の後ゴケライ団の面々と軽く話をしてから、泊まる場所や処遇はエリーにぶん投げてコームの町に戻ってきたのだ。ヒラギス軍のトップにもコネが出来たし、ゴケライ団の運用に関しては融通が利くだろう。
それでゴケライ団のこととかを日誌に書きながら、ふとブルムダール砦の養育院のことが気になってティリカに尋ねたのだ。何も言わないから問題はなかったのだと思うが、今ならエリーのほうには余裕がある。
それでティリカが話してくれたのだが、ヒラギスでの作戦が始まれば忙しくなるし、どの道ずっと居られるわけでもないのはわかっていたし、いつ離脱しても大丈夫なように、信頼出来る人に後は託してあるのだそうだ。聖女様の立ち上げたプロジェクトである。資金も潤沢になった。当面の運営に関しては何の心配もなく、あとはヒラギスの戦況、戦後の状況次第ということらしい。
で、養育院のことを話している最中、黙り込んだと思ったら唐突に子供が欲しいの発言である。
「ティリカちゃんの子供!」
「おお、子供! 欲しいのう」
子供と聞いて女性陣が色めき立った。
「養育院の子供は可愛かった。赤ちゃんもすごく可愛かった」
ティリカはずっとアンに付いて回ってその手伝いをしていた。通常誰からも恐れられる真偽官ではあるが、そこの養育院の子供たちにはよく懐かれたらしい。
「マサルに迷惑はかけない。だから……」
何か俺がすごいろくでなしみたいな言い方はやめとこうね。先延ばしにしていたのは確かだがそれもちゃんと話し合ってのことだし。むろん俺の意向が大きく影響したのは間違いないのだが、それでもいずれとは思っていたのがこのタイミング。ティリカはそんなに子供が欲しかったのか。
「俺はね、ティリカ。みんなで楽しく暮らせればそれでいいんだ」
本当にたったそれだけのことなのに、修行に戦争に、ちょっと大変すぎなんじゃないだろうか。
「うん」
「だからティリカがそれで幸せになれるならそれが俺の幸せだよ」
ティリカは滅多に我儘言わないし、望みがあればなるべく叶えてやりたい。戦争中にすることかと思うが、ヒラギス全体の状況も見えてきた。考えてみれば子供が生まれるにも十月はかかるのだ。今から仕込むのも悪くない気がしてきた。
「子供が出来たらきっと楽しいですよ!」
「そうだな。ヒラギスも思ったより楽勝みたいだし、ティリカがすぐに欲しいなら遠慮はいらないぞ」
「マサル……」
いい雰囲気ではあるが、残念ながら今日はもう体力がない。それになし崩しに一緒にいる見学エルフちゃんたちが固唾をのんで状況を見守っている。今はさすがに何もしないからね?
「じゃあ明日にでもアンやエリーに話そうな」
子供はアンも欲しがってたし、きちんと話してからだな。
「ありがとう、マサル。わたしは今、すごく幸せだと思う」
そう言ってティリカがぎゅっと抱きついてきた。
しかし子供か。パパになるのだとか実感はまるでないが、俺の子供。俺とティリカの子供。ふむ。悪くない。それどころか実にいいな。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌日から南方方面軍の進軍が始まった。北門からバルバロッサ将軍率いるヒラギス中央部攻略軍。南門からエルド将軍率いる東方部攻略軍がそれぞれ出立。
俺たちはむろんエルド将軍に帯同して、途中の町や村を制圧しながらヒラギス中央東部の魔境との境にある砦を目指す。砦を封鎖してそれ以上の魔物の侵入を防ぐのが最初の目標だ。
バルバロッサ将軍の方はその名の通りヒラギス中央部を制圧しつつ、ひたすら北へと支配領域を広げていくこととなる。
どちらが大変かは判断が分かれるところだ。中央部の方が戦域は広くなるが、東部の魔境を抑える砦も激戦が予想される。
そしてヒラギスの約半分、南方方面を完全に制圧すれば、全軍でもってヒラギス北方を目指す。ヒラギス首都、そして最北方の砦を抑え、魔物の侵入を遮断し、ヒラギスから魔物を完全に駆逐する。
俺たちの仕事は露払いである。軍の先頭近くに付き従い、魔物の群れを発見し次第、魔法で吹き飛ばす。軍が残りを駆逐する。町や村を発見するとまた俺たちが魔法で攻撃する。軍が突入し制圧する。そうしてひたすら進む。
制圧した町や村は後続の軍がやってきて必要があれば整備して防衛拠点とする。俺たちは先へと進むこともあるし、そのまま留まり休息することもある。
「楽でいいな」
進軍二日目、三つ目の町に入ったところで誰に言うでもなく呟く。町の制圧も最初に魔法を打ち込むだけで以降は全部軍がやってくれる。エリーが楽だと言ってたのがよくわかる。安全な場所から魔法を撃つだけで戦いが終わるのだ。
「それはエルド将軍のセリフじゃろうな」
兵士がその分働いてはいるのだが、あっちもあっちで俺たちが主力を吹き飛ばした後だ。算を乱した魔物を、統制の取れた圧倒的に優勢な戦力で殲滅するだけの楽な戦いとなる。しかも最前衛はエルド将軍直属の近衛軍精鋭部隊である。負ける要素がないし、相当に楽でもあるだろう。
だが楽は楽なのだがその進みは遅い。一番重要な水と食料が魔法と現地調達でほぼ賄えるとはいえ補給は必要だし、あまり突出して孤立する危険は冒せない。大軍が一日に移動できる距離も限られている。
だが進軍して二日。俺もようやく先日の稽古の疲労が取れてきたところだ。急がせようと思えば可能なのだろうが、そうする理由もさほどない。
「エルド将軍がお呼びです」
適当な宿舎を確保して休んでいると、オレンジ隊の一人が俺たちを呼びに来た。明日の打ち合わせだろう。今日はこの町で泊まりになるだろうが、もしかするとここで一旦行軍を止めて丸一日か二日、休息を入れるのかもしれない。
「エルフの里での戦いは覚えているな? 少し歯ごたえがなさ過ぎる。警戒は緩めないように」
エルド将軍のところへ行く前に、オレンジ隊に釘を刺しておく。楽だ楽だと言っても、ここは最前線。徐々に魔境が近くなっている。それにどうも楽すぎるのだ。魔物の層が薄い。ヤバイ魔物が居ない。今の所どこか他の戦線が苦戦しているという情報もない。
エルフの里で俺たちでさえ苦戦した、間断ない魔物の波がここまでどこにも見当たらない。もちろん途中の村や町には魔物が大量に居たし、俺たちがいなければ軍もそれなりに苦戦しただろう。だがこの程度だと到底思えない。空から近場を軽く偵察した限りでは大規模な伏兵もないようだが、どこかで反撃の機を伺っている可能性は十分にある。
「はっ、守護者様」
俺の言葉にエルフが頭を下げる。だがあの時よりもメンバー各人の魔力は増えている。俺とエリーとアンとティリカだけだった魔法使いも、リリアとルチアーナにシャルレンシアも加わった。魔物の波が押し寄せてもエルフの里の二、三倍程度の戦力なら楽に持ちこたえられる魔力量はある。それにエルフの里と違って前衛戦力が十分すぎるくらいに揃っている。心配しすぎかもしれないが、最後まで油断だけはするまい。
「やはり守護者殿も感じておったか」
この二日、きちんと俺の周囲を守っていた師匠が言う。
「ええ。魔物の動きが鈍すぎますね」
北方にしろ南方にしろ、最初に当たった魔物の群れは質も量も相当に高く感じたのだが、その後が拍子抜けの感がある。
「うむ。主力がまだ出てきておらんな」
油断してほいほい進んだところでドカンと来られては、俺たちと違って兵士たちは飛んで逃げるわけにもいかない。
「どのみち中央部攻略軍と足並みを揃える必要があるのでな。ここらで休息を取る予定であった」
俺の懸念をエルド将軍に伝えると、そんな返答があった。東部攻略軍だけなら無理をして行軍速度を上げることは可能だろうが、バルバロッサ将軍の中央部攻略軍のペースもある。歩調を合わせておかないと、側面や後方からの魔物の襲撃なんてことにもなりかねない。
それに進軍速度が遅いとはいえ二日間、兵士たちは戦いながら、警戒しながらの移動だ。体力も神経もすり減らす。疲れ知らずなのは一日交代でやってくるオレンジ隊だけだな。羨ましい。
とにかくここで休息と拠点化のため、二日間の足止めである。城壁は相当破壊されて早急に復旧しないといけないし、後発の拠点防衛部隊の到着も待たねばならない。二日間も最低限の日数といったところだろうか。
ゆっくりとした歩みであるが、焦っても仕方ない。俺たちだけですぐにでも東部砦を落とすのはやろうと思えば可能だろうが、維持が出来ねば意味はない。当初の計画の遊撃も考えたのだが、結局は軍の動向にヒラギス攻略が左右されて、それならば完全に共同して動くほうが俺たちと軍、双方のリスクが減る。ここでのリスクすなわち死である。危険は少ないほうがいい。歯がゆくはあるがここはじっくり進めるべき場面だろう。拠点を着実に整備し、後詰めと補給線をしっかり確保する。
「城壁の復旧は手伝おう」
「何から何まで済まぬな、エルフの守護者殿」
「容易いことだ」
実際土木工事は得意技である。この二日間、唯一の見せ場である魔法攻撃も他に経験値を稼がせるため、俺は何にもしてない。せいぜい探知での警戒くらいである。師匠もさすがに修行とか言い出さないし、ここらで少しは働いてもいいだろう。
出来る所で時間短縮していかないと、今後の進軍計画も話し合ったのだが、今のペースだと東部砦まではまっすぐ行って一〇日ほど。今回のような休息をいれることを考えると二〇日はかかる計算だ。それでも魔物を駆逐しながらだと考えると最短、破格といっていいペースだ。
軍の構想ではヒラギス南部の攻略に三カ月。北方にもう三カ月。それも順調にいってという話であって、最大で次の雨季が来るまでの九カ月、ヒラギスでの活動を見込んでいたのだそうだ。
むろん俺としてはそんなに時間はかけてはいられない。南方に一カ月。北方にもう一カ月。それですべてに片を付ける。
それにはやはり中央部攻略軍の進軍速度が問題だな。バルバロッサ将軍は俺たちの手伝いは嫌がるだろうし、これ以上のパーティ分割も問題がある。
まっすぐ東部に向かわずに中央部に寄り道するルートを進言してみてもいいかもしれない。いやそれよりも中央部攻略軍の進軍ルートを調べて、俺たちだけで行って事前につぶしてやろうか。
戦果を奪うという嫌がらせも兼ねたお手伝いだ。リリアのフライならバルバロッサ将軍のところまで一時間もかからないはず。今日もまだ午後も半ばだし、明日明後日とここで待機で時間はたっぷりある。
「おお、それはいいアイデアじゃな!」
話してみるとリリアも乗り気であるが、まずは城壁の修復に取り掛かろう。大きく壊れた場所は三カ所。作業には手もつけていない状態だ。エルド将軍のところに魔法使いは少ないし、土木関係は後方部隊待ちが基本である。おっつけやってくるのだろうが、その前に済ませてしまおう。
最初に崩壊した城壁部分の警戒に当たっている兵士たちに退避してもらう。次に土魔法でガレキと中途半端に残った城壁の除去をする。城壁を作る。
エルド将軍に容易いことと言ったのはまったく言葉通りで、たった三ステップで工事は完了である。出来も悪くない。むしろ作りたてで真新しい見た目だし、強度も俺が作っただけあって他よりも強固な作りとなっている自信がある。
瞬く間の城壁の修復にざわついている兵士たちを尻目に次へと向かう。激戦の爪痕か、ちょっとした破損も結構ある。やると言ったからには完璧にこなしておかないとな。ついでに直しておこう。
「もう修復が終わったのか!?」
報告に戻ったらエルド将軍に驚かれた。このあと用事があるから手早くやったからね。
「城門部分は土魔法では無理なゆえ、そちらで作られるが良かろう。それでこの後のことじゃ。バルバロッサ将軍のところへと遊びに行こうと思うのじゃが」
先程俺がした話をリリアが繰り返す。
「相変わらず戦好きであるな」
軍の予測だと半年間である。そんな長期間こんなところで拘束は御免こうむる。ティリカの子作りのこともある。俺は早くお家に帰りたいんだ。
エルド将軍に中央部攻略軍の位置を教えてもらい、さっそく向かう。戦場を横切るように直行ルートで、もし途中に魔物の集団がいればついでに殲滅をしていく。
中央部攻略軍の居場所へはすぐに到着した。まだ別れて二日。隣町と言っていい距離である。
どうやら町を落とすべく戦闘中の模様で、がっちりとした布陣を敷いて、町へ向かって着実に魔物を削っていっているようだ。
聞いた話ではこの町はすでに落としている予定だったが、やはり予定は予定。遅れているようだ。これは是非とも手伝ってやらねばなるまい。
魔法を撃っている集団が見えたので低空からゆっくりと接近する。もはや焦げ茶色のローブは知らぬ者もおらず、攻撃されたり誰何されたりはまったくなく、難なく老メディファスの元へとたどり着く。
「おお、エルフ殿ではないか」
「手間取ってるようではないか? 手伝ってやろう」
リリアが単刀直入に告げる。
「別に手間取ってるわけではないが……」
「東のほうは町を落として二日ほど休息でな。少々暇なのじゃ」
リリアが老メディファスの相手をしている間にシャルレンシアには詠唱を始めさせた。どの道バルバロッサ将軍から許可が貰えるとは思えないから、ここは勝手にやらせてもらう。
「この後の行軍予定はどうなっておる? ふむふむ。ならば明日も来て手伝おう。ああ、バルバロッサ将軍には内密にな」
話してるうちに範囲雷撃が炸裂した。これだけ派手にやって内緒も何もないものだが、建前というのは大事である。後コネもだな。老魔法使いと誼を通じていたお陰で情報はすぐ手に入ったし、こうして簡単に受け入れられもした。
「前進するぞ」
雷撃は軍の陣から城壁を超えるくらいまでの範囲を殲滅しつくしている。後は町の内部である。
「うむ。ではな、メディファス殿。我らが魔法を撃った後、すぐに突入するがよかろう」
町の殲滅はリリアがやって、その後、軍が突入していくのを空から確認する。どうやら軍のいる側にほとんどの魔物が集まっていたらしく、町の周囲にもさほど生き残りがいない。たった二発でお仕事完了。相変わらず俺の出番がなくて物足りないくらいである。
「大丈夫そうだな。ラクナの町へ寄ってから戻ろう」
このことはエリーたちにも報告しておいたほうがいいだろう。
ラクナの町の防衛は相変わらず問題はないようだ。連日魔物はやってくるが、すっかり守りを固めた町を落とせるほどの規模でもなく、軍の防衛体制もエリーたち抜きでも盤石と言える状況になってきている。
それとブルーブルーの手綱はエリーでは難しかったようだ。言うことを聞かないのをエアハンマーでぶちのめして回収したそうで、次に軍曹殿がやったらちゃんと戻って来たそうだ。
「声に迫力が足りないのかしらね?」
そんなことをエリーが言っていた。ホーネットさんもふんわりとした声だものな。俺もたぶん無理だろう。
ゴケライ団はラクナの町の防衛の一端を担い、日々実戦経験を重ねているそうだ。
加護メンバーも順調に経験値を稼いでスキルを強化していっている。
南方方面軍の進撃は着実に進んだ。
五日、一〇日。そして二週間。ついにヒラギス東部の砦を制圧。
俺たちはわずか半月ほどの日数で、ヒラギスのほぼ半分を奪還したのだった。
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