202話 リシュラの聖女様
ここまでのあらすじ【コミック1巻発売中】
・ヒラギス奪還戦2日目夜。ようやく軍との交渉も終わったところに来客が……
もう面倒になったので神殿騎士団とかの交渉はリリアにぶん投げて俺は宿舎に引っ込んで休憩することにした。どうせ俺が居ても後ろで見てるだけになるしな!
「マサル、お風呂あるわよ」
宿舎に入ってすぐの広間に戻ったところでエリーが教えてくれた。宿舎にはまだ家具も設備もほとんどない中、俺が入りたいだろうとエルフさんが優先で作ってくれたのだそうだ。素晴らしい。
外からの襲撃に関してはオレンジ隊からも人をやって厳重に警戒されているし、リリアのほうの状況も召喚獣を潜ませて監視中だ。鎧を脱いでくつろいでも、もう大丈夫だろう。
「じゃあ先にお風呂を貰おう」
サティに鎧を外して貰いながら、エリーが今日最後の予定を再度確認してくるのを聞く。ハイエルフの設定の周知のためにエルフの里へ。そのついでに宿舎用の家具や長期の籠城のための物資の搬入をして欲しいらしい。
それとオレンジ隊の一〇〇名が入るには宿舎一つじゃさすがに足りないので、もう一棟か二棟建てたいという。確かに宿舎には半分も戻ってないはずだが、広間はエルフちゃんたちで相当混雑している。
これは明日以降でもいいが外の面倒が片付いたら今日俺がやってしまうことにした。エリーの土魔法では俺の半分くらいのサイズの建物しか作れない。
外では神殿騎士たちがリリアに上手くあしらわれていた。一応アンを出せとの要求はしていたが、今更事を荒立てる気はないようだ。リリアは知らぬ存ぜずで通すことにしたようだ。居ると言ってしまえばどうしても会わずには済ませられないだろうし、そうなると面倒事が起きる可能性がつきまとう。
お風呂は一〇人以上入れそうなサイズだったがサティと貸し切りだった。みんなは外のやり取りが気になるようで、引き続きティリカの実況を聞いていたいらしい。サティは聴覚探知でその実況がお風呂場でも聞けるようだ。
それでサティと二人広いお風呂で洗っこをしていると外が修羅場の様相を呈してきた。神殿騎士団からも護衛を出したい。側に置いておきたいと言ってきたのだ。むろん断った。転移やフライで移動しまくるのに邪魔すぎる。それに……
「信用出来ぬ。上の者に攫えと命じられて従わないわけにもいくまい?」
「攫うなどと!」
「連れ戻せと言われてはおらぬのか? それとも保護か? 連れ去られるほうにとって大きな違いはなかろう」
言葉に詰まる神殿騎士の隊長にリリアが畳み掛ける。
「聖女だなんだと勝手に祭り上げ、上の命令があれば平気で手のひらを返すのじゃろう? そのような信用ならぬ味方など不要。我らの視界の外で好きに遊んでいれば良かろう」
辛辣な言い方であるが、今は余裕がない。余計な荷物は不要だ。
ここで神殿騎士の隊長がならば神殿を抜け、聖女の私兵となるとか言い出した。
「俺はこれより神殿を離れ、聖女様の私兵となる。隊は副長に任せる」
「しかしそれでは!?」
「今こそ人生での為すべきことがわかった。俺のすべてを……」
「いや待って!?」
オレンジ隊に紛れて話を伺っていたアンがここでたまらず飛び出した。
「おお、アンジェラ様!」
「お願いだから神殿を離れるなんて辞めてください!」
「そうです、隊長! ただでさえ上がうるさいのに個人的に派閥を作ったりなんかしたら……」
アンが副官の人の言葉に必死に頷いている。
そもそも聖女というのもまだちゃんと認定されたものではないのだ。いずれ正式に、という話ではあるようなのだが、いまのところ現地で勝手に崇めて呼んでいるだけ。
そして募金活動で派手にやったこともあって一時神殿の上のほうから中止命令も出たこともあったらしい。それもすぐに再開の許しが出たようなのだが、何やら上層部でアンの聖女認定を巡って懐疑派と擁護派で争いでもあるのでは? ということだった。
ややこしいのは保護命令が味方であるはずの擁護派から出ていることだ。いっそ懐疑派が優勢になれば聖女認定もなくなっていいのだろうが、それはそれでいらぬ敵が増えても困るし、なにより現状は擁護派が優勢のようだ。
「わかりました。聖女様のおわすこの町を全力でお護りいたしましょう!」
アンと部下の説得で神殿からの離脱は思いとどまり、町の防衛に尽力するってことで落ちついた。
次はヒラギス軍指揮官のネイサン卿である。この人はここまでの俺たちの働きに礼を言いに来たようだ。
峠を突破するにあたって一番槍の帝国軍が潰走した後、次に先陣を割り当てられたのはヒラギス軍だった。それが無傷でラクナの町へと到達出来たのだ。ラクナの町の奪還も合わせて多大な功績である。
「我が主、ヒラギス公王に成り代わり礼を申します」
そう言って深々と頭を下げた。
「それから……部下に聞くまでまったく知りませなんだ。聖女様にはヒラギス帝国居留地に多大なる援助をしていただいたそうで」
ここ二日の戦いの礼のあと、ヒラギス居留地のことに話が移った。
「それは神官としての役割を果たしただけです」
「役割だけなどととんでもない話ですぞ!」
ネイサン卿が話すのは、疲弊した避難民の病や怪我の治療に始まり、多額の寄付に食料の支援。養育院の建設。居留地に建物をいくつも建て、井戸やトイレ、農地や公衆浴場をも建設。特に恵まれなかった獣人たちに対しては武術の指南や簡単な学校まで作った。
そして赤い羽根募金で多額の寄付を集め、時折自ら狩りに出かけては、大量の獲物を持ち帰りこれもすべて避難民へと提供。
引きこもって領地からほとんで出てこなかったエルフの部隊を引っ張り出したことや、リゴベルド将軍との会談でヒラギス首都奪還を宣言したのまでアンの功績だと噂されていたようだ。
そもそもがネイサン卿が突然戦場に現れたエルフのことを調べた時、即座にあがったのが聖女アンジェラの名だったらしい。
聖女様のところには何人ものエルフが出入りしていた。恐らく聖女様の御威光で縁のあるエルフに働きかけたのだろうと。そこから更に聖女のことを調べてみると芋づる式にアンの功績が露見したという流れだ。
「聖女様のお噂は耳に届いてはいましたが、まさかこれほどのことをしていただいていたとは……」
本来ならヒラギスの上層部がするべきすべてのことを俺たちで代行した形だ。ネイサン卿は恐縮至極の様子だ。
しかしこれ、やったこと全部ばれてるね! しかもかなり詳細である。まあ現地の人には隠しようもないものなあ。それでも調べるまで上のほうは知らなかったというし、聖女様の功績ってことで俺たちのことは出てこなかったのはそれなりに隠蔽出来てるということだろうか。単に一日の調査では時間不足だっただけなのかもしれないが。
「私は神官としてほんの少し手助けしただけで、大したことはやってないんですよ」
そのすべての功績をアンは否定した。治療は神官の通常仕事だし、養育院は手伝った程度。寄付はみんなの努力。寄付金や狩りの獲物もほんの少し提供したのを大げさに言われているだけ。建物や学校にはほとんど関わってない。エルフはリリアが言ったとおり、死んだエルフたちの弔いだ。
まあ俺たちみんなでやったことだし、俺たちのことを持ち出す事もできない。相当数は否定するしかない。
感謝されるほどでもないし、礼をされる謂れもない。そうアンは締めくくったのだが……
「なるほど、これがリシュラの聖女と言われる所以」
だがこうなってしまうとどうしようもない。事実が厳然としてある以上、下手な否定は謙遜としか取られない。別に気にするなと言っても恩を受けたほうは余計に感謝する。
短期間にあげた業績はとても一人でやったと思えないほどの巨大さで、しかも神殿からの帰還命令に反してでも最前線で共に戦うことを選ぶ。
それを為すのが女神のように美しい神官である。感動しないわけがない。
「こ、このような素晴らしい御方をヒラギスに遣わされたことを神に感謝せねば」
ネイサン卿はアンジェラを拝まんばかりで、感動のあまり声を震わせ涙まで流している始末だ。
「いやほんとーに、あまり気にしないでもらったほうが……」
アンがおろおろして言っているが、こうして上層部にまで知れ渡った以上、聖女の名声はさらに高まりそうだ。
「アンも大変だなー」
他人事として外部から眺めている分には面白い見ものではある。
「大変ですね!」
湯船でちゃぷちゃぷしながらサティがなぜか楽しそうに同意した。そういえばサティはなんだかいつもより機嫌が良さそうだ。まさかアンが困っているのが面白いわけでもないし、なにかいい事でもあったのだろうか?
「やっぱりマサル様が一番強いんだなって」
問えば、えへへと表情を可愛らしく崩してサティが言う。
「そうか?」
「そうですよ! 目隠し状態なのにお師匠様と二人がかりで仕留められなかったんですよ。あんなこと誰にも出来ません!」
聴覚探知ではお師匠様の隠形を見破るのは難しいからサティでも厳しいか。確かにあんなことが出来るのは世界広しといえど俺だけだろう。
奥義習得からこっち、剣術のほうはぱっとしなかったからなー。サティには勝てなくなったし、フランチェスカや他のメンツとは勝ったり負けたり。ウィルとシラーちゃんともさほど差がなくなってしまった。
「追撃もなかったからな」
一撃だから助かった。修練で周りが味方だけになったとはいえ油断しすぎた。探知は出来ていたのだ。戦場であれば、一直線にこちらへ向かってくる動きにもっと早く気がついたはずだ。
山道での師匠の襲撃と同じ手痛いミスだ。あれが本物の襲撃者であれば、今頃俺は生きてはいまい。剣聖まではさすがに居ないが、俺程度の剣士ならごろごろといるのだ。
「大丈夫です。一瞬でいいんです。ほんの少し耐えてくれればわたしたちがなんとかします」
なるほど。サティと師匠の奇襲に、たとえ一撃だけでも耐えたという事実は重要だな。俺程度の剣士なら相当数いるが、サティと師匠並の敵が同時に襲撃してくるなどということはまずあるまい。
どんな敵でも、どのような状況でも、一撃耐える。そうすれば周りがなんとかしてくれる。
「そうだな」
サティは修行で本当に強くなった。必要とあれば剣聖相手ですら必要なだけ耐えきるだろう。
「サティはとても頼りになるな」
「おまかせください! それと魔法もすごかったです! エルフさんたちもすごくびっくりしてましたよ!」
久しぶりの本気魔法だったが、制御が心なしか楽になった気がするな。魔法に慣れたか、それとも剣の修行で精神力が上がったからだろうか? 第二宿舎建造でちょっと試してみようか。
おっと。リリアとアンの会談はなんとか終わったようだ。もうちょっとサティとゆっくりしてたいところだが、まだまだ仕事は山積みだ。時間があれば遊んでから出るのだが、まあ状況が状況だ。こんなところで色っぽい雰囲気でお風呂から出ていくのも不真面目すぎるだろう。我慢我慢。
お風呂から上がるとみんな戻ってきていて、アンがぐったりした様子だった。
「お疲れ」
「失敗だったかなあ」
せっかく隠れてたのに顔を出しちゃったことだろう。
「あそこで出ないと、神殿の役目から解き放たれたアンの熱心な信者が誕生してたところだったぞ」
日本ではそれをストーカーと言う。まだ神殿に属してお仕事しながらのほうが幾分かましだろう。
「私なんてここだと本当に地味なほうなのに」
スペック的には目立ったところがないと言えないこともないが、それも俺たちが基準なだけで、どちらも最高レベルの治癒と攻撃魔法を兼ね備えている神官なんてどこを探してもいないだろう。ジョブで言えばもう賢者だな。
しかし今の所攻撃魔法も多少は使える程度に思われていて、もしそっちも範囲魔法をばんばん撃つレベルだと知られればどうなることやら。
まだ今の聖女様は後方支援に! なんて言ってもらえる現状のほうがマシだろう。
さらにメイスも棍棒術がレベル5で神殿騎士団など歯牙にもかけない実力である。ただこれは上げただけでろくに修行もしてないので、暇が出来たら一度みっちり仕込む必要があるな。
「地味ってアン……」
エリーが呆れたように言う。アンは出会った時も美人だったが、エルフ産の最高級の化粧品やヘアケア用品が入ってくるようになって、肌の色艶や長くて美しい金髪は光輝かんばかりになっている。
放って置くとアンは忙しさにかまけて見た目のことはあまり気にしないので、通ってずっと世話をしていたのはエリーである。その甲斐もあって焦げ茶の地味なローブ姿でも、顔を出せば醸し出すオーラは隠しようがない。エルフに混じっていてもひときわ目を引くほど。そりゃすぐに聖女とか言われるわ。
「まあしゃべってないで仕事しようか」
アンのことは俺にはどうしようもない。なんなら後でしっぽり慰めてやろう。
「そうね。エルフの里へ急ぎましょう」
当座はオレンジ隊に混じっていれば周りは静かだろう。攻撃魔法は全部エルフとハイエルフの仕業ってことにしてしまえるし、そのハイエルフの話をしにいかねば。
全員で連れ立ってエリーのゲートで移動するとエルフ城はいつもより慌ただしい雰囲気に包まれていた。
「王様は追加のオレンジ隊の選抜中?」
一次募集は若手で優秀。しかも俺のお手つきの可能性もあるということで相当数が絞られたのだが、今回の二次募集。ラクナの町の防衛戦がメインということで基準は能力のみにしたところ、えらい数の応募が来たそうで、それを王様自らホールで選抜中とのことである。
「おお、マサル殿! 先程明日出立の九十九名の選抜が終わったところでしてな。どこに出しても恥ずかしくない強力な精鋭を揃えました!」
「ええ? あまりここの戦力を減らすのもまずくないですか?」
「たかが百や二百減ったところでエルフの里は小揺るぎもしませんぞ」
前回の反省から備蓄や防衛体制のさらなる強化。それと大規模な魔物の襲撃に対しては王国や冒険者ギルドに対してのすばやい支援要請と即応体制も整えたそうである。
「それに今はマサル殿の助力もありますからな」
緊急時の戦力としてだけでなく、物資面での支援も期待出来る。王国の最辺境のエルフの里である。交易ひとつ取っても輸送の手間はもちろん、やり取りだけでも時間がかかり、そう簡単にはいかなかった。それが俺に頼めばどんな品でも一瞬である。
「今回は神託の戦いということで特に皆が張り切ってましてな。長老がたも後百年は戦ってみせると重い腰を上げてくださって」
大変に有り難いことだし、張り切っているところに水を差すこともあるまい。
「そういえば皆さんお揃いで、どうされましたかな?」
今更俺たちが勢揃いして来たのに気がついたようだ。普段はエリーに誰か一人か二人くっついてくる程度であるが、師匠までいる。
「それです父上。実は少々面白いことを思いつきまして」
リリアがハイエルフの設定について説明を始めた。
「なるほど。ハイエルフか……」
突飛な話にさすがに王様も考え込んでいる。
「そうです。帝国や他の国ではエルフはずいぶんと低く見られております。ヒラギスでの戦いで武名を高めるだけでは少々インパクトが足りませぬ」
エリーのお兄さんのところへと行った時もずいぶんとぞんざいな扱いだったと聞く。それをまだ気にしていたのか。
「いずれエルフの名を聞くだけで誰もが敬意を払うくらいにせねばなりません。そうでなくてはマサルの後ろ盾として頼りにはなりませぬ」
エルフが帝国で舐められては後ろ盾として機能しているとは言い難い。その発言権が高まれば、何かあった時にそれだけ俺たちが楽になる。
軍との交渉でひたすら強気だったのも、オレンジ隊もハイエルフも結局は全て俺のため。俺の力となるためだったか。
「良かろう。リリよ、此度の戦でハイエルフの名、深く世界に刻んでくるがよい」
「はっ、必ずや!」
エルフには本当に頭が上がらんな。
コミック連載は9話が掲載されてます
発売されたコミック1巻ともどもよろしくお願いします!




