201話 高貴なるエルフ
これまでのあらすじ
・ヒラギス奪還作戦2日目夜
・奪還したラクナの町で帝国軍との話し合いをした、その続き
むろんリリアのヒラギス首都奪還宣言で会談はお開きとはならずに、その後は軍議となった。魔物次第とはいえ、防衛計画の詳細をある程度は詰める必要がある。俺たちに関して教えたのはダークオレンジ魔道親衛隊という名称と人数くらい。一部攻撃魔法は見せてはいるが、こちらの戦力も多少は開示しなければ帝国軍側としても動きにくいだろう。
だがまあ防衛に提供するオレンジ隊に関しては秘密も何もない。魔力はずっと温存してあって満タン状態だし、冒険者換算でAランクに相当する実力者が多数。範囲魔法を使える高位の魔法使いというのはとても貴重な存在で、それが一〇〇名。魔力切れ対策にマジックポーションも多数持ち込んであるし、たとえ切れたとしてもほぼ全員が弓を扱え、全員防衛戦の経験者でもある。ラクナの町の防衛に大いに役に立つことだろう。
補給も必要ない。装備や矢玉はもちろん、水や食料なんかも自前で用意済み。むしろ軍に必要なら融通しようかと提案される有様だ。
不機嫌そうな将軍を尻目に、リリアから話を聞く部下の兵士たちの表情は明るかった。面子だなんだという将軍と違って前線で戦う兵士を率いる指揮官たちだ。多大な戦力の提供は生死に直結する。素直に有難いのだろう。
俺たちに関しても話が出たのだが、「軍事機密じゃ」の一言で追及を断念したようだ。高位の魔法使いはどこでも貴重だ。眼の前で全力を見せたにせよ、それ以上の詮索をされたくないのはわかるのだろう。
話が急展開した発端は、そのオレンジ隊が親衛隊なのになぜ義勇兵なのかという部分だった。しかも王の親衛隊ではないとリリアは断言してしまった。実際違うしな。虚偽報告は真偽官を連れてこられると一発でばれてしまうからしないほうがいい。
なら誰のための親衛隊なのか? リリアの親衛隊というのが一番しっくりくるのだろうが……
「ハイエルフじゃ」
「ハイエルフ?」
耳慣れない言葉だったのだろう。将軍の副官が聞き返してきた。
(はいえるふ? ハイエルフっていつかマサルが話してた、物語とかに出てくるっていう……)
エリーたちのほうでも困惑の声があがっていた。
俺も突然出てきた突飛な単語に驚いていたのだが、話のネタにダークエルフがいるならハーフエルフやハイエルフが居ないのかとリリアと話した記憶がある。人間とエルフの混血は極稀にいるのだが、必ずどちらかの血が強く出て、ハーフという感じにはならないのだそうだ。
そして薄々わかってはいたがハイエルフもむろんこの世界には存在しなかったはずだ。だがリリアはその設定をとても面白がって色々と尋ねてきた。特別な力を持つエルフの上位者。それに一番近い存在はまさにリリア本人だろう。
「エルフの中でも特別な力を持つ、王にすら従わぬ至高の存在。それがハイエルフじゃ。ダークオレンジ魔導親衛隊はハイエルフを守り、支援するために作った部隊でな」
師匠が面白そうに、フランチェスカが驚いた顔でリリアの話を聞いていた。いやマジで、そんな設定新しく作ってどうすんだ。だがもはや止めるには遅すぎる。
「誰も知らぬのも無理はない。わざわざ教えなかったからの」
圧倒的なまでに強大な魔力を持つハイエルフはエルフの至宝だ。おいそれと存在を明かすわけもない。それに地理的なこともある。エルフの里は魔境と接するどころかほとんど魔境に突き出た、恐ろしく危険な領地だ。戦力の切り札たるハイエルフをそうそう外に出すことも出来ぬと、まるで真実であるかのようにリリアは語りきった。
「であるからしてハイエルフに関しては情報が厳重に秘されておるし、一時的にでも指揮権を渡すことは出来ぬ」
ふうむ。だが案外筋は通っている。謎のハイエルフという存在をでっち上げることによって加護のことは誤魔化せる。真偽官に突っ込まれたらどうするのかとか、俺やエリーたちのことはどうするのかとかあるのだが……
それもどうにかなるだろうか? 加護を持ったエルフを公式にハイエルフと呼ぶことにしてしまえばいいのだ。そこに嘘は存在しない。俺たちに関してはエルフ王は一族と思って頼ってくれとか言ってたから名誉エルフってことにでもしてしまえばいい。そして色々明るみに出た時は隠していたエリーのゲート魔法もハイエルフが外部に出る理由の一つにもなる。有事にはいつでも戻れることは大きい。
「そなたらもハイエルフの存在は一切広言してはならぬ。良からぬことを考える輩はどこにでもいるのでな」
捕獲して奴隷紋か奴隷の首輪で縛ってしまえばエルフとて容易に支配されてしまう。実際かつては見目麗しく、魔力も強いエルフを捕らえて奴隷とするようなことが横行していたという。現在は強力な奴隷紋は違法のようだが、こんな世界でどこまで信用できるものか。警戒するのは当たり前、魔族のことを除いても用心に用心を重ねる必要があるのだ。
「しかしハイエルフの方はなぜ国からお出になったです?」
実際に振るわれた俺の魔法を目にしたものは、その強大な魔力にハイエルフの存在を疑いもなかったのだろう。そして誰一人知る者がいないほど徹底的に秘された理由に関しても。
だがそうなると、それほど極秘で貴重な存在がなぜ今ここにいるのか疑問が生じる。ヒラギスはエルフの領地からは遠く縁もゆかりもない。どこかから要請があったわけでもない。
「知っておるか? ここヒラギスにも三十三名のエルフが暮らしておったそうじゃ」
「ほう。ではそのエルフの方々の頼みで?」
「軍と共に魔物の足止めをすべく戦い、そして誰一人帝国領にまでたどり着いてはおらんかった」
ヒラギスが滅ぶ混乱の最中、その行方を知るものはほとんど居なかったが、どうやらヒラギス軍とともに殿を務め、避難民が逃げる時間を稼ぐための魔物の足止めをしていてそのまま……ということのようだ。
「それは……」
全滅と聞いてさすがに声もないようだった。
「我らはその弔いに来ておるのじゃ」
たとえ神託がなくともリリアはヒラギスで戦いたがっただろう。そこに嘘偽りは一片たりともない。そしてそれ以上ハイエルフに関して疑問を口にする者もなく軍議は無事終わり、この世界にハイエルフという存在が初めて認知されたのだった。
まあ少なくともリリアたちが死ぬまでの何百年かはハイエルフが現実に存在することになるのは間違いないし、この件での不都合は遠い未来、俺やリリアの子孫が負うことになるのだろうか?
だが今現在としては謎めいたハイエルフは神の使徒という存在を隠してくれる上手い言い訳になりそうなのは確かだ。
どこかで破綻しなければだが……
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「やっぱり南も見ておくべきね」
軍議から戻った俺たちを宿舎の庭まで出て迎えてくれたエリーが言った。南方の攻略は順調との知らせがあったのは今日のお昼くらいだったそうだ。戦場では何が起こるかわからない。一度確認に行って転移ポイントも確保しておくべきだろう。
欲を言えば事前にやっておきたかったところだが、こんな唐突に戦場に突入することになるなんて誰も思ってもいなかったし、エリーはエリーで相当忙しかった。
実家の開拓の手伝いだけでなく新しく出来た鉱山の差配に、ヤマノス家の領地もオルバ・ナーニア夫妻に任せてあるとはいえ、立ち上げたばかりの味噌と醤油作りに、旅の途中でスカウトした蒸留酒作りの職人も到着していて、その面倒も見なければならなかった。
こうして改めて列挙してみると、修行期間俺たちの中で一番忙しかったのはエリーだったのかもしれない。余計なことに時間を割く余裕はほとんどなかっただろう。
「明日の朝だな」
すでに日はとっぷりと落ちている。今日も朝からずっと忙しかったし、今からというのもさすがにない。俺だけならこの程度は問題はないが、ヒラギス奪還は始まったばかり。緊急事態の知らせでもあれば別だが、二日目から夜通し移動などの無理はすべきではないだろう。
「そうね。暗いうちに出て、夜明けくらいにあっちに着けばいいかしらね?」
それで問題がなければこっちにひっそりと戻って、誰にも気づかれることもない。
「そうしよう」
俺とエリーが相談してるうちに庭に魔法の明かりが灯され、ウィルたちの剣の修練が始まっていた。それでみんなしてぞろぞろと出てきていたのか。
俺もやっとかないとな。剣の修業はまだ途中も途中。毎日の修練を欠かさないように師匠からは言いつけられている。今日くらいはいいと俺は思うんだが、こいつらは真面目だな。まあ寝る前に俺も軽く運動しておくか。
「ウィル、今日は疲れただろう?」
ふと気が付いたことがあって動きを止めたの見計らってウィルに声をかける。
「え? なんすか? 兄貴? 俺はそれほど疲れてもないっすけど……」
滅多にない優しげな言葉に珍しくウィルがうろたえている。
「気配察知を使いっぱなしだと神経が疲れるんだよ。覚えたてならまだ慣れてないだろ?」
視覚がもう一つ増えるようなものだ。ティリカなんかは召喚獣との併用で最初は倒れかけた。
「あー、確かにそうっすね」
「いまシラーとやりながら使ってたか? 気配察知は剣にも使える」
「へー」
「やってみせよう」
そう言って背中のマントをばさっと顔の前面に被せて軽く縛る。
「これで視界はまったくなくなった。サティ」
こちらの意図を察して剣を抜いたサティが足音を殺して動く。修業の一環で何度もやったことだ。その時は単に目をつぶってやったが。
するすると真横に移動したサティが音もなく切りかかってきた。中段……と見せかけてフェイントの下段。防がれたサティはさっと飛び離れて、またじりじりと位置を変えて――
「ほんとに見えてないんですか? すごい!」
「あれ真剣ですよね!?」
「あ、また躱した!」
ウィルに見せるためにやったことだが、エルフちゃんたちにも好評なようだ。
サティの動きが変わった。近接戦を挑んでくるようだ。探知に距離は関係ないが、細かく早い動きをされると視覚なしだと少々やっかいだ。サティめ、修業だからと厳しくやるつもりなのだろう。今日は軽くって思ってたのに、さすがに言わないとそこまでは斟酌してくれんか。仕方ない。
集中を高めてサティの剣を受け、流し、躱す。気配察知は生体のみを探知するから無機物の剣筋を完全に知ることは出来ない。勘と経験、それと剣の風切り音で補完するのだが、短い軌道で速い剣を繰り出されるとその難易度が跳ね上がる。
目隠し状態にも関わらず真剣を使用した、実戦さながらになった激しい剣戟に観客も息を呑む。俺も周囲に気を配る余裕は……
ほんの僅かな違和感。観戦しているエルフの輪が乱れ、誰かが輪の内部に踏み込んで来た。まずい。サティのように足音を殺し俺の背後を取る、明確に殺意のある動き。
目隠しを取る暇もない。サティの剣を跳ね上げ……跳ね上げられない。サティの力で強引な剣はあっさりと抑え込まれた。そして後ろの闖入者は接近しつつ剣に手を掛けようとしていた。
「ひっ」
闖入者に気が付いたエルフちゃんから短い悲鳴が漏れる。
膝を落とし、限界を超えた力を絞り出し、今度こそサティの剣を跳ね上げる。だが剣はもう間に合わん。左手を振り後方の襲撃者の剣へとプレートメイルの手甲を合わせた。最悪腕一本。
ギンッ。だが襲撃者の剣を手甲で弾くことに無事成功した。そしてそのまま体を捻り、サティと襲撃者から距離を取った。双方からの追撃はない。
「師匠……」
顔に被せていたマントを取る。こんな悪質な悪戯をするのは師匠くらいしかいない。宿舎はエルフが警備しているはずだが、師匠相手で通常の警戒では防ぐのは無理だし、サティも最初からわかっていて続行したのだろう。
「あの状況で良くぞ防いだ。流石ワシの一番弟子よ」
徘徊用の怪しげなローブを着た師匠が機嫌良く言う。流石一番弟子じゃねーよ。手甲には深く傷が入り、師匠が少しでも本気だったら、もしくはエルフ謹製の頑丈なプレートメイルでなかったら手首のあたりが切り落とされていたかもしれない。サティのほうは寸止めが期待出来ても、師匠は本当にやりかねんところがある。腕一本切り落とされたくらいなら、すぐに治療すればくっつくとか何度か言っていた。
奥義で無理やり力を出した副作用で膝が痛む。今日はたっぷり働いたから修行は軽くと思ってたのに、なんでダメージまで負ってるだろうか。
「やはりまだ使いこなせんようだな」
膝に回復をかけている俺に師匠が言う。
剣術の修行は順調だったと言っても良いだろう。たくさんの強い剣士と間断なく戦い、技術と経験をたっぷりと磨いた。体力もかなり強化した。
だが奥義が問題だった。サティはあっさり習得してソードマスターの称号をもらっていたのだが、俺はといえば使えることは使えるのだが、威力の調整に難があった。パワーが出過ぎてしまうのだ。そうして膝なり腕なりどこか痛める。一撃で撃って終わりでは文字通り最後の切り札だ。今みたいになかなか応用が効くが、実戦ではそうそう使えそうもない。
現状でも使いこなせないから加護の肉体強化をしては危険だろうと、強化を戻すのも当分お預けだ。むしろ奥義を封印して強化を戻したほうが一気に強くなれそうな気もするのだが、ヒラギス奪還作戦の真っ最中にやれることでもない。
ダメージを消して一息つく。師匠とは数日ぶりだ。話すことが……あるか? こっちの動きはだいたい把握しているようだし、俺たちのやりたいことはリリアが言った。ああ、そうそう。エルド将軍のことがあったな。
「明日の未明に、俺たちだけで南方を見に行こうと思うんですが、師匠も来られますか?」
「約束通りエルド将軍に紹介しよう」
南方はどんな具合だろうか。順調そうならゲートポイントを設定するだけで終わるはずだ。北方軍は協力的になったことだし、南方軍は北方軍より戦力があるみたいだから、手出しする必要はまったくないかもしれない。
「はい。では明日はお願いします」
だがまあ何かあったときに備えて一度会っておくべきだろう。
今日すべきことはこんなところか? いや、ハイエルフのことがあった。関係者で公式設定をしっかり周知しておくべきだ。そうなるとエルフの里にも連絡を入れる必要もあるな。
みんなを集めて、エルフの里に移動して一気に話してしまうのが早いだろうか? さっさと済ませて明日に備えて……
「リリア様。ご来客です」
「こんな時間に誰じゃ?」
「ヒラギス軍指揮官のネイサン卿と、神殿騎士の方です」
だがまだまだ解放はしてもらえないようだ。ネイサン卿はともかく、神殿騎士は聖女様は居ませんってお帰り願うわけにはいかないかな。ダメなんだろうなあ……
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