187話 ソードマスター
「魔法がなければその程度か! ざまあねえな!」
座り込んで休憩していたら話しかけてくるやつがいた。10位のセルガルか。
「今日はちょっと調子が悪かっただけだ」
調子が良ければ、体力が万全なら強化なしでこいつに勝てるだろうか? サティとシラーちゃんはこいつに勝ってる。サティはともかく、シラーちゃんと今の俺なら能力的にそう差はないはずだ。
「はっ。剣だけで戦ったら39位だ。こりゃだめだって剣聖様に見限られたんだろ?」
勝ち抜き戦の結果で俺のランキングは39位となったそうだ。ウィルやシラーちゃんでも10位以内の相手に勝っていたことを考えると、ずいぶんと不甲斐ない結果ではある。
それで剣聖が俺を見限るとかはあり得ないが、しかしどうするか。どうやれば強くなれるんだろう?
「なあ」
「あ?」
「お前は剣を始めてどれくらいになる?」
「なんでそんなことを聞く?」
「俺は魔法使いだろ? 剣を始めたのはずいぶん遅かったんだ」
まあ魔法も剣も同時なんだが、本当のことを言っても話が進まない。
「……物心がついた時からずっとだ。俺の家は地元にある道場でな。お前の道場とも近いぞ?」
嫌そうにだがそう教えてくれた。俺の道場は道場じゃないけど、ご近所さんか。それでエアリアル流の味方をしてたんだな。だが今は都合がいい。ちょっと聞いてみよう。
「じゃあ剣の稽古の仕方とかは当然知ってるよな?」
ここまでずっと実戦形式で鍛えてきたが、軍曹殿も時間があれば他の穏当なやり方があると言っていたし、もっと普通のやり方があるはずだ。
「はあ? そりゃ俺は指導もやるから知ってるが……」
「いやさ。俺ずっと冒険者で、稽古も実戦形式ばっかでさ。ちゃんと練習みたいなことしたことなかったわ」
せいぜい軽く素振りをしたくらいだろうか。
「お前良くそれでここまでこれたな」
「人間死ぬ気でやればなんとかなるもんだ」
死にたくない一心で、とにかく強くなろうと実戦的な立ち会いばかりになっていた。ここらで一度、基礎的なことを学んでおくのも悪くないだろう。
上で聞いてもいいが、何をやらされるかわからん。常識的基本的なことからまずは始めたい。
「ちょっと教えてくれよ。お昼おごるからさ」
「ここの飯はタダだぞ。でもそうだな。上の話をしてくれるってんなら少しくらいなら教えてやってもいい」
俺はドラゴンクラスには一週間はいた計算になるが、初日は剣聖にやられて引き返し、二日目はブルーブルーとやっただけ。三日間は休み。昨日は走り込みで一日が終わり、今日は朝一で下に戻された。
考えてみると上では何ひとつ教えてもらってない。剣聖、ちょっと手抜きじゃないか?
「お前、上へは?」
「行ったことはない」
話せることはそう多くはないが……
「ブルーブルーは知ってるな? 上へ行ってすぐに立ち合わされたんだが――」
お返しにセルガルがしてくれた話によると剣の稽古には三つの過程があるという。
まずは見て学ぶ。
その次は型だ。見て覚えた動きを繰り返し体に叩き込む。初心者は簡単な素振りから始める。
そして最後に実戦で実際に使ってみる。
「実戦だけで強くなろうってのも間違ってないが、この三つをバランス良く鍛錬しないといずれ頭打ちになる」
飯の後、闘技場に場所を移して複雑な型をやって見せてもらった。
剣を振り足を運び、守り打つ。流れるような動きはまるで剣舞のようだ。
「型の練習は退屈で時間もかかるし効果はすぐに感じられないし、いくら繰り返しても強くなれないっていう奴もいるが、俺は重要だと思っている」
脳筋かと思ったら案外真面目で理論派なんだな。
「もう一回。もう一回見せてくれ」
「これ以上は有料だ」
「ご近所さんの誼で教えてくれよ」
賭けの儲けもリュックスに取り上げられて、今はちょっと金がない。
「型なんてビエルスの道場ならどこでも教えてくれるぞ。俺はもうちょっとで上に上がれそうなんだ。人の面倒なんぞ見てられるか」
今さらどこかに入門もなあ。仕方ない。剣聖かデランダルさんに聞いてくるか。型くらいならすぐに教えてくれるだろう。
「おい。せっかくだしちょっと相手をしていけよ」
「型を教えてくれるのか?」
「時間がかかるから嫌だ。お前さっきのやつ、覚えるのにどれくらいかかると思ってんだ?」
結構長かったし流れを覚えるだけで一時間や二時間は最低かかるだろうか。ちゃんと覚えるには数日いりそうだ。
とりあえず今見せてもらった型を忘れないうちにやってみるか。上に行くにしても後日だ。今日はダメージも食らったしいい加減疲れた。
「えーっと、こうかな?」
思い出しつつやってみたが、三つ目の動きくらいでもう怪しくなってきた。
「見せたのは一番難しいのだ。初見じゃ無理だな」
「じゃあもっと簡単なのを教えてくれよ」
「だからやだって言ってんだろ」
どうせ側で見てるなら教えてくれたっていいのに。
「なんだ。型の稽古か?」
声をかけてきたのは3位のサンザである。どこか目立たない場所でやりたかったが、ここらで練習スペースは闘技場の中くらいしかないらしい。
「こいつが型の一つも知らないってんで」
「なら俺がとびっきりのを教えてやろう」
そう言って見せてくれたのは烈火剣。ドンッと踏み込み、剣をまっすぐ振り下ろすだけの単純な型だ。
何度か実戦で見て自分でも見様見真似でやってみたが、改めてじっくり見せてもらい教えてもらえるのはありがたい。
「スムーズに動くことを心がけるんだ。力を込めるよりタイミングのほうが重要だ」
ふむふむ。やってみるとそう簡単でもないな。
「これ一つ極めればどんな相手でも斬れるようになる」
「型なら不動もやっておけ。この前のは見れたもんじゃなかった」
ブリジットちゃんもやってきて不動の型を教えてくれた。不動は動きが何種類かあって全部見せてくれ、むろんサンザ同様しっかりとした指導付きである。
烈火に不動。そして軍曹殿に教えてもらった雷光。あとは流水だが、流水の使い手は周囲には居ないようだ。
「サンザさんブリジットさん、ありがとうございます」
納得できるまで型を繰り返して見てもらい、二人に礼を言う。
「その調子でしっかりと稽古をすれば、いずれ上に上がれるさ。まあ上がれない俺が言うことじゃないが」
「一度は私に勝ったんだ。仲間に置いていかれたのは辛いだろうが、元気出せ」
あれ? これってオーガに落とされて意気消沈してるみたいに思われて、それで親切にされてるのか。
元気がないのは純粋に疲れてるだけで、下に来たのも実力の近いオーガのほうがいい稽古になるからという理由だし、強化を取り直せばいつでも上に上がれるだけの実力は戻る。
こうやって気を使われるのは非常に申し訳ない。
「それは別に気にしてないさ」
むしろサティたちが俺がいなくて寂しがってるんじゃないだろうか。剣聖はどっかで隠れて見てそうだ。
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「「おかえりなさいませ、マサル様!」」
ここ最近はビエルスの道場屋敷に戻るとエルフさんと獣人ちゃんたちが出迎えてくれる。
五名ずつ総勢一〇名の俺専属のメイドさん部隊である。揃いのメイド服も揃えてみんな可愛らしい。
修行をするにあたって道場屋敷の家事その他をどうするのかという問題があった。俺やウィルやシラーちゃんはそんな余裕はないし、多少余裕があるからとサティにやらせるわけにもいかない。
それならと例の獣人のハーレム予備軍から何人か、お手伝いを連れてこようということになった。機密保持はティリカに判断を任せれば心配ないだろう。
だがそれを知ったエルフからそれに待ったがかかった。
「人手が必要なら是非ともエルフからお願いします。お給金など必要ありませんし、家事や身の回りのお世話はもちろん、魔法も使えて護衛もこなせます!」
協議をしに行ったエルフの里で、土下座せんばかりに頼まれた。加護が貰える可能性があるのだ。必死である。
普段から世話になっているエルフを無下には断れないし、リリアからもお願いされて、結局獣人とエルフから同数の五人ずつ選抜することになった。
俺たちは修行をしている間、リリアが一人になるのもどうしようかと思っていたのだが、それも解決した。
突然屋敷に一〇人も増えたのは実は俺は子爵家の当主で、その護衛と身の回りの世話係が遅れて到着したという、ほぼ真実を言っておけば問題はないようだ。
むろん説明したのはそこそこ親しくなった、例えばお隣さんのみでそれも口止め付きだ。すでにビエルスではどうしようなく注目されてる気がしないでもないが、これ以上目立つようなことは控えたい。
リリアはお隣さんの道場で、メイド部隊ともども剣の修行をつけてもらっている。エルフは戦える者が集められたが剣は専門じゃないし、獣人とリリアはほぼ初心者だ。
見学に行けば初心者向けの稽古を見れるはずと、セルガルたちに型を教えてもらった翌々日に見に行った。
その前日もちろん走り込みでまた一日が終わった。夜明け前に出発して、戻ったのはまた真夜中。型について聞く時間などないし、そんな気力は欠片もなかった。
二回目の山歩きは甘やかしてはいかんとの剣聖の言葉で、遅れれば一人である。
ウィルにすらすまなそうに置いて行かれ、暗闇の山道の一人歩きは辛いわ寂しいわ、魔物の警戒もいるわで非常に辛い。マジで辛い。そのうちまた倒れるんじゃなかろうか?
お隣さんの道場はうちの子たちを除いても門下生がかなり増えていた。きっとうちの綺麗どころ目当ての男どもだろうと思ったら、女の子も何人かいた。どうやら女の子はエルフちゃん達が目当てのようだ。
剣士スタイルのエルフちゃんたちはとても見目麗しい。
その稽古の様子を見ながら師範のルスラン・エルモンス氏に指導内容を根掘り葉掘り尋ねていく。むろん俺は元ドラゴンクラスの現オーガの強豪剣士なので、初心者向けの稽古内容を知りたいのも身内を心配してという名目である。
知った内容はだいたい常識的なものだった。というか軍曹殿に初心者講習会で教わっていた内容も多い。あの時すでに剣術はレベルを上げてたから、他の初心者メンバー向けだったこともあってスルーしてたようだ。
それに走り込みでヘロヘロになってたし、たぶんろくに頭に入ってなかっただろう。稽古も俺は立ち会い中心だったしですっかり忘れていた。
基本的な型もクルックとシルバーたちが教えてもらっていたのを見た記憶がおぼろげながらあったし、サティがよくやっていた素振りもそうだった。
軍曹殿は必要なことはきっちり教えてくれていたようだ。今度こそ忘れないよう、記憶に刻みつけておこう。
その週はオーガには顔を出さず、走り込みと基礎の習得に費やした。
余裕がなかったのもある。まずは体力がつかないと、疲労困憊でオーガに行っても39位あたりでまたぼこぼこに負けてしまうだけだ。
それで走り込みのない日は一人、村屋敷の道場に篭って型の稽古をしていた。
休み休み。
サボってるんじゃない。でもちょっとは休まないとやってられない。ほんと辛いんだって! 隔日で丸一日走るって頭おかしいだろ!?
それがくたくたになる程度で無事に過ごせているのも回復魔法のお陰だろう。でなきゃ一回走れば筋肉痛で数日身動きが取れないはずだ。
立ち会い稽古も戻ってきたサティと時間があればやっていた。シラーちゃんは疲労で使い物にならないが、サティは俺の稽古の相手から、身の回りの世話まで出来うる限りやっていた。
多少疲労の色が見える時でも、俺の身の回りの世話だけはメイド部隊にも譲る気はないらしい。
「稽古も誰よりもやってるのに、サティ姉様はとんでもないです……」
「わたしはそれくらいしか取り柄がないですし」
初日の走り込みですらヤギを担いで戻って平気な顔をし、すでに午前中に走り終えて稽古するようになっていて何を言うんだろうか。
だがサティが手慣れた世話をやってくれるのはいいことだ。一〇人増えたメイド部隊は、むろんハーレム許可も降りていて、俺の手出し待ちなのだが今のところお相手する余裕がなさすぎて保留中である。
記念すべき初めてが疲れた状態であっさり終わるとか許しがたいし失礼だろう。とりあえずはそれぞれとの交流をしっかりして、仲良くするだけにとどめている。
ウィルは道場屋敷が手狭になったからと、道場屋敷のハーレム化の邪魔をしては悪いと剣聖の修練場で寝起きするようになった。フランチェスカと同居して仲を深めたいとの考えもあるようだ。修行修行でどっちもそんな余裕はないだろうが。
あとどうでもいいけどウィルの正体が速攻でデランダルにバレた。幸いにも他には黙っててもらえたらしい。
だがそんな休息的な型稽古の日も、剣聖に見つかってしまった。ビエルスで昼ごはんを取って、村に戻ろうしたところを捕獲されてしまったのだ。
「ほう。一人で型の稽古をやっていたのか。感心感心。ワシが少し見てやろう」
それで嫌そうな顔をしたのが敗因だった。
「ちゃんとやってるんだろうな?」
「いやあ……」
あんまりやってないのがバレてしまい、剣聖の付きっきりでの指導の下、一日の練習メニューもしっかりと指定された。
型を基本から系統立てて教えてもらえたのはいいが、素振り各千回ってなんだよ……
「ワシが見てない日もサボるなよ? ティリカ殿にチェックしてもらうからな」
終わった。オーガで適当に練習してたほうがまだマシだったろうか?
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
一週間二週間、一ヵ月と修行は続き、走り込みにも慣れ過労で倒れることもなく、ついに日暮れ前に戻れるようになった。大変な進歩である。
だが他の三人はそれ以上に進歩していた。中でも特にサティだ。
一ヵ月を少し過ぎたある日。オーガの闘技場で剣聖の御前試合が行われたのだが……
「よくぞリュックスを倒した、サティ・ヤマノスよ。これよりソードマスターを名乗るが良い」
サティはたった一ヵ月の修行でリュックスを倒してしまった。
剣聖の言葉に、わああああっと満員の闘技場で歓声が上がる。新たなるソードマスターの誕生に会場が沸き立った。
「サティに奥義を授けよう。明後日だ。明日は稽古はなしにする。十分に体を休めておくがいい」
奥義は未だ未習得である。
サティは恐ろしく強くなった。そしてさらに強くなる。
「よくやった、サティ」
「はい。でもまだまだです」
剣聖と戦った後、サティはあれくらい強くなれればと言っていた。その時は無茶だと思っていたが、こうなると現実味を帯びてきた。
シラーちゃんとウィルもかなり強くなったという。ビエルスへ修行に来たのは大正解だった。
だが俺はいまだに一人、素振りと型の稽古である。剣聖はそのまま続けろというし、そのうち型のマスターになりそうだ。ほんとにこんなことしてていいのだろうか?
ブリジットたちには気にしてないと以前答えたが……サティたちにずいぶんと置いて行かれた気がする。