173話 試練開始
「それでいくら勝ったの、リリア?」
「わからぬ」
エリーの当然の質問にリリアが首をかしげた。
適当だな! それで儲けたとか商才があるとか騒いでたのかよ。
「六万ゴルドと少しだ」
そう賭け屋のおっさんが横から答えてくれた。六〇〇万円ほどか。
「思ったより少ないな」
「そりゃあ王都とは規模が違うわよ」
そうエリーが言う。それもそうか。
「それでこのお金はどうしたらいいかの?」
稼ぐだけ稼いで、特に目的もなかったらしい。思えばこいつがお金を使ってるのを見たことないな。
「リリアが儲けたお金よ。好きに使えばいいわ」
「サティは何かいらぬか?」
サティがふるふると首を振る。リリアが自分で使うつもりがないならヒラギス居留地の予算に補填してもいいが、まだあっちも数億円手付かずのままだ。
まあそのまま取っておけばいい。そう言おうとしたところで、何か思いついたようだ。
「そうじゃ! タチアナよ。お前のところの借金はいくらじゃ?」
「あと八万ゴルドくらいだと思う」
「よし、少々足りぬがこれはタチアナにくれてやろう。借金の足しにするがいい」
「ええ!? でも……」
「妾はお前の道場の門下生になったのじゃろ? この金は月謝の前払いということでよい」
確か三ヵ月で金貨一枚取られてたな。六〇〇万で金貨六〇枚なら、年四枚として一五年分か。どんだけ長期で修行する気だ。
見るとエアリアル流の老剣士カーベンディはまだ近くにいたから、リリアはタチアナちゃんを連れて話に行った。
「お主のところにこやつの道場の借金があるじゃろ?」
「ああ、聞いておるよ。夜逃げされるとは災難じゃったな」
「ここに六万と少しある。受け取るがよい」
正確には六万と三九〇ゴルドだ、そう一緒に付いてきていた賭け屋が言った。
「ふむ。確かに預かった。これだけ返してもらえれば残りの返済はそう急がなくて良いじゃろう。残金を確認して後ほど使いをやろう」
「せっかくじゃ。残りも今日中に稼いでくれようぞ」
あと二〇〇万円か。賭けで儲けるつもりだろうが、二〇〇万円程度なら狩りのほうが手っ取り早いんだが、賭けで儲けたいお年頃なのだろう。
「エルフの姉ちゃん、わたしが強くなって稼げるようになったら倍にして返すからね!」
「おお、期待しておるぞ」
まああぶく銭の使いみちとしては悪くあるまい。
さて、こっちはいいとして俺たちの試練である。
「おっさん、俺らの賭けはどうなってる?」
当然賭けの対象になっているはずだし、自分に賭けて俺も少し儲けたい。
「まずはゴブリンクラスを抜けられるかどうかなんだが……」
「さすがにゴブリンでは負けないぞ」
一番弱いウィルでもオーガの上位ってところだ。
「ま、そうだろうな。だから今からオーガの修練場に移動して、そこでゴブリンクラスの試しをする。賭けの募集はそれを見てからだ」
とりあえずオーガの修練場へと移動をしながら話すことになった。山道を少し登ったところにあるという。
「で、だ。お前さんたち、実際のところはどの程度の腕だ?」
「そんなことペラペラ話して、何か俺たちにいいことがあるのか?」
「さっきたっぷり儲けただろう。あまりやりすぎると、反感を買うぞ? ここで正直に話してくれれば、そこらへんは上手くやれる。どうせ腕はこのあとたっぷり見せるんだ」
確かに腕を隠してがっぽり儲けたなんて広まると、無駄な反感を買ってしまうかもしれない。王都は人口が多い分、多少やりすぎても目立たなかっただけだ。
「んー、そうだな。剣の腕だと俺はサティに少し劣るが、魔法攻撃を含めれば俺のほうが強い」
「あれより強いのか! サンザには勝てるか?」
「サンザの動きを見てないから剣だけだとわからんが、魔法を使えればああいう真正面から来る相手ならいいカモだな」
それでもサンザはまだ三位。さらに上がいる。
「一位と二位もいるんだろ?」
「二位は不在で今日いるのは一位だけだ」
二位は出稼ぎ中らしい。ここはヒラギスにも近いから、たぶんそっち方面だろう。
「そっちの二人は?」
「ウィルとシラーはオーガの上位くらいだろうな」
二人ともドラゴンクラスくらいいけるだろうと思っていたが、一〇〇人抜きを見ると、九〇番台でも勝てるかどうか怪しい。ステータスは上回っていても、経験と技量で負けているのだろう。修行がまだまだ足りないし、道中は魔法の殲滅が多くて、ふたりともレベルが1ずつしか上がってない。
「なるほどなるほど。そっちのほうが賭けとしては盛り上がる」
「ところでこっちも聞いておきたいことがあるんだが、もうカーベンディみたいな隠し玉はいないんだろうな?」
「あれは俺たちも驚いたんだぜ? 昔強かったのは知ってたが、いまでもあんなに動けるとはな」
普通はある程度の歳になると、切った張ったからは引退するから、こういう場所には出てこないのだが、あの老剣士はエアリアル流主催の一〇〇人抜きということで、特別に出てきたようだ。
そうじゃなきゃ、ここの修練場の現役の面子じゃないから試練には参加はできないそうだ。
「ここの面子は全員把握しているから、ああいうのは居ないと断言できる」
「じゃあもう一つ、ランキングの一位だがどんな剣士だ?」
情報収集は大事だ。
「そいつは剣聖の孫でな」
剣聖の孫なのにオーガ? 才能がなかったのかね。いやでも一位ならたいしたものか。
「幼少から剣技を仕込まれたんだが……金儲けのほうが楽しくてな。普段はゴブリンやオーガの指導をしながら、イベントの時はこうやって賭け屋とかやって、我が家の家計を助けてる。つまり俺がオーガクラス一位のリュックス・ヘイダだ。よろしくな!」
おっさんがラスボスかよ! 堅気にしてはいい体をしてるし強面だし、賭けを堂々と仕切ってるから、きっと裏稼業の人間だろうと思ってた。
「昔はじいさんが稼いでいて問題がなかったんだが、引退後は財産が目減りする一方でな。俺がそれを立て直してやったんだ」
しかも街のこっち側は剣聖の所領という扱いで、屋台とかの上がりも一部せしめているのだと言う。
そうだ。こいつがこの街の剣士の元締めなら、苦情を言っておこう。
「俺たちエアリアル流に喧嘩ふっかけられて迷惑したんだけど」
「話は聞いている。だが勧誘が少々強引なくらいでは、咎めるほどでもないな」
「えー?」
あれが少々強引ってレベルか?
「あそこの道場は人気があるんだぜ? ここのところは飛び抜けた剣士はいないが、それなりに実力者も揃ってるし、おすすめできる道場の一つだな。入ってみたら案外気に入ったかもしれないぞ? しかも勝って終わったんだ。賭けで儲けもしたし、何が不満なんだ?」
そう言われるとサティにはいい修行になったし、リリアは儲かったし、こいつも利益を上げている。痛い目を見て損をしたのはエアリアル流だけである。
「元道場生らしい兵士を使って脅しをかけてきたんだけど、それはどうなんだ?」
「ここの兵士はどこかの道場生ばかりだぞ。そいつらが道場生募集の手伝いするくらいは普通だろう。まあでも、やりすぎて今回は天罰が下ったんだろうさ」
天罰か。まあそう言えないこともないな。
「あの、フランチェスカさんはどうしてるんスかね?」
話が途切れたところで、ウィルが後ろから口を挟んできた。
「知り合いか? 何日か前、ご領主様に連れられてドラゴン入りして、ここ数日しごかれてるぜ」
「フランチェスカには試練とかはなかったのか?」
「腕試しはしたが、アーマンドの推薦があったそうだし、王国の公爵令嬢だろ? 気軽に見世物には出来んよ」
フランチェスカと一緒にいけば、こんなイベントパス出来たのか。でもそうすると、村へのオークキング襲撃を防げなかったし、言っても仕方ない話だな。
「俺たちも王都でアーマンドにフランチェスカと一緒に腕を見てもらっててさ。俺とサティも推薦されてるんだけど。あと師匠のヴォークト殿からも剣聖の修行を受けてこいって言われてる」
「じゃあなんで……ああ、そこにエアリアル流か」
どうやらフランチェスカは俺たちのことを外部に漏らさないという約束を、きちっと守っているようだ。
「そうそう。元々普通にここに来るつもりだったんだけど、ビエルスについていきなり絡まれて一〇〇人抜きなんてことになってさ。俺は病み上がりで無理はするなって言われてるし、できれば試練はパスしたいんだが」
「本当に推薦をもらってるのか? サティちゃんならまあ分かるが、それにしてもフランチェスカ嬢がお前らのことを一言も言ってないってのは……」
ここでうちのことは口止めしてもらってると言うのも、口止めの意味がない。
「まあどっちにしろ戦ってもらって賭けをやらんと俺の食い扶持が稼げん。今更辞めますってわけにもいかんぞ?」
ヒラギスの件でどっと剣士が流出して、今はどこも苦しいらしい。それで夜逃げだったり、エアリアル流の強引な勧誘だったりか。
「あんたは行かないのか?」
「ヒラギスは儲からんだろう? それにここの戦力も余り減らすわけにもいかんしな」
ここも魔境が近いんだった。シオリイで冒険者が街の防衛の一端を担ってたみたいに、ここは地元の剣士が自警団、それもとびきり強力なのを編成しているらしい。
「そっちの二人には推薦はないのか?」
「二人はここに来る話が決まってから合流してね。推薦はないけど実力は十分あるから、こいつらは存分に試してやってくれ。強いのと戦うのはいい経験になるしな」
話してるうちに、オーガクラスの修練場に到着した。ゴブリンクラスの修練場はただのグラウンドだったが、こっちは小ぶりながらスタジアムになっており、観客をいれて入場料を取るのだという。
中に入ると満席で立ち見が出るほどの観客。そして待ち構えているたくさんの剣士。
「言った通り、まずはゴブリンクラスの何人かと立ち会ってもらう。オーガはその後だな」
むろんゴブリンで負ければそこでおしまいだがなと、付け加えられる。
「ゴブリンといえど上位なら、オーガ下位とほとんど差はない。油断はしないほうがいいぞ。俺としてもお前らがあっさり負けると賭けの種が減って困るんだ」
リュックスの実力が気になるが、一〇〇人抜きみたいな無茶振りをされなければ、それ以下の相手は俺なら普通に倒せる。フランチェスカがドラゴンクラスなら、俺も大丈夫だろう。問題はウィルとシラーちゃんだ。
「ウィル、シラー。剣聖に会いたきゃ死ぬ気でがんばれよ」
「ういっす!」「むろんだ!」
よしよし。二人ともサティの戦いを見たあとだし、気合入ってんな。
さて、面倒だが俺も気合を入れるか。一度でも負ければ終わり。あまり手は抜けない。
待っていると三人の剣士がリュックスに連れられて来た。
「この三人が相手だ」
ウィルとシラーちゃんのところには一人。
「俺だけ三人?」
「魔法剣士としての腕を少し見せてもらわないとな」
どうせ上に上がるのは決まってるから適当でいいのに。
まあちゃっちゃと片付けるか。
「誰からだ?」
俺の言葉に一人が進み出た。
「一つだけ確認しておくが、周りに被害の出る魔法とかは……」
「エアハンマーだけにしておく」
エアハンマーは距離で減衰しやすい。俺のエアハンマーでも十分に距離を取れば、危険はほとんどないはずだ。
「助かる。開始の合図とかはないから、いつでも始めていいぞ」
リュックスがそう言うと、一人目の相手以外は脇の方へと退いた。
一〇〇人抜きみたいに特に立ち位置とかないのはいいが、距離が近くね? 剣が普通に交差する距離に相手が立っている。
まあそれでどうにかなるようなことはないか。
剣を構える。
「いつでもどうぞ」
相手にそう告げる。
「そっちからでいいぜ」
ふむ。ここまで接近戦を挑んでおいて待ちか。
「では遠慮なく」
【エアハンマー】詠唱開始――相手は魔力に反応して動いた。俺の相手に選ばれるだけあって、魔力感知はきっちりあるようだが――エアハンマー発動!
どふっ、とモロにエアハンマーを食らって真後ろに吹き飛んでいった。
「魔法剣士に魔法を使わせるとは馬鹿が」
次の相手がそうのたまう。だがしかし、用心したからといって俺のエアハンマーが止められるなら、フランチェスカはあんなにぼこぼこにされることもなかっただろう。
二人目は先手を打とうと動いたのだが、同じこと。
俺のエアハンマーを止められず、同じように吹っ飛んでいった。
「おい、剣の腕も見せてくれ」
三人目をやる前にリュックスからそう苦情が入った。まあいいけど。
「よかったな。次は魔法攻撃はなしだ」
三人目と相対し、そう告げる。
一〇〇人抜きでビエルスの剣士の腕はたっぷり見せてもらった。このクラスで俺が負ける要素はない。
軽く剣を合わせると、打ちかかってくる相手の剣を躱し一撃を浴びせる。
「これじゃあ……」
リュックスは俺の腕が見れなくて不満のようだが、用意した相手が弱すぎる。
「当然です。マサル様はわたしより、フランチェスカ様よりずっと強いんですから!」
近くでリュックスと観戦してたサティが言った。
でもずっとというのはどうなんだろうな、サティ?