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ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた【書籍12巻、コミック12巻まで発売中】  作者: 桂かすが
第九章

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172話 一〇〇人抜き

4月25日、書籍8巻発売です。よろしくお願いします。





 一瞬遅れ、遠巻きに周囲を囲む見物人たちから歓声があがった。


「セルガルはオーガクラスで一〇位だぞ。それがたった一撃だと……」

「油断したな」

「やつはオーガでも所詮は二桁。一桁入りしたこともない雑魚よ」


「き、きっと偶然いいのが入っただけだ!」


 そう言うトスバンの声はうわずっている。


「次は?」


 サティが促すが、顔を見合わせるばかりで誰も出てこない。


「これで銀貨二枚じゃ割にあわなくねーか?」


 そう誰かが言った。倒した賞金が金貨一〇枚で、参加賞が銀貨二枚か。

 先発のセルガルは治癒術師に治療をもらってもまだ目を覚まさない。確かに銀貨二枚でサティとガチでやるのは割りに合わないな。それにサティが一〇〇人抜きをすれば、参加賞の銀貨二枚、一〇〇人で金貨二〇枚は丸損だ。ここは是非とも大損してもらおう。


「賞金も約束してあるし、すでに金は払ったんだ。きっちり戦ってもらうぞ!」


「多少やるようだがあの体格だ。一〇人も相手をすればヘロヘロになるだろ」


 偉そうに控えている剣士が言った。


「そうだ! 少しずつでいい。疲れさせろ! ダメージを与えろ! こっちには一〇〇人もいるんだ! お前ら、行け!」


 次は見た顔だ。リリアに絡んでた手下たちを出すことにしたようだ。

 一人目がサティに一撃で斬り伏せられた。


「次だっ、休ませるな!」


 即座に出てきた二人目はサティの剣に吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がりぴくりとも動かなくなった。

 三人目も瞬く間に倒された。

 これは強い弱い以前に、余裕のない状況でいきなりサティと戦わされて完全に浮き足だってるな。

 次々に出てきてサティに挑むが、よくて一合。ほとんどが剣すら交えることすら出来ずに、容赦なくサティに倒されていった。

 そしてセルガルから数えて一〇人目で、対戦相手が出てこなくなった。手下は打ち止めらしい。


「馬鹿な。こいつらは俺が目をかけて育てた精鋭だぞ……」


 ダメージどころか、サティは息を切らせてもいない。休ませない作戦だったようだが、まったくの犬死にである。

 エアリアル流に観客から罵声が飛んでいる。


「おい、不甲斐ねーぞ!」

「そうだそうだ! こっちは五人抜きに賭けてたんだ!」

「全然相手にもなってねーな。ありゃひょっとすると……」


 どうも何人抜きできるか、賭けの対象になっていたらしい。知ってたら一〇〇人抜きに賭けたのに。もしかすると今からでもいけるかね?


「こりゃ本物だぞ。どうするよ?」

「こっちから手を出すな。守って手の内を出させるんだ」

「だが誰から行く?」


 敵側は作戦や出る順番を考えて、一旦休止のようだ。それで賭屋を探してみると、目立つ旗を立てていてすぐに見つかった。賭け屋はガタイのいい強面のおっさんだった。真剣な表情で集めたお金を数えて、何やら書き付けている。


「まだ賭けられるか?」


 そうお金を勘定している賭け屋に声をかける。


「もう締め切ったが……何人抜きに賭けるつもりだ?」


「一〇〇人抜き。全勝に金貨一枚だ」


「む? お嬢ちゃんのお仲間だったか。なかなか自信があるようだな。なんなら別に握るか?」


 個人個人で差し向かいで賭けようかという提案だ。例えば金貨一枚を双方が賭けて、勝ったほうが取る。一番原始的な賭けだな。


「レートは?」


「一〇〇人抜きとそれ以外でやるなら……二対三ってところか」


 こっちが金貨二枚で相手が三枚か。儲かるにせよちょっと倍率が悪いな。


「一対二にしろよ」


 それくらいなら賭け金が倍だ。旨味がある。


「ふうむ……」


 だが賭け屋は俺の提案に渋い顔だ。すでにサティの戦いを見せたのがまずかったのだろう。やはり儲けようと思えば最初からにすべきだった。


「なんなら一対一でも良い。妾がいくらでも受けようぞ 」


 迷っている賭け屋に、後ろからリリアがそう提案してきた。


「そりゃいいが、エルフさんよ。金はあるのか?」


「手持ちはそんなにないぞ、リリア」


 握るとなると賭け金は相手次第でいくらでも釣り上がる。相手が百万ならこっちは百万。一億なら俺たちは一億用意しなければならない。むろん勝てば総取りだが、負けたときの用意もなしでは相手が受けるとは思えない。


「口座にはまだあるじゃろ」


「一応な」


 冒険者ギルドの口座資金は居留地用に取ってあるが、まだ使ってないから、数億円が丸々残っている。


「ギルドの正式な口座か? 見せてみな」


 中身は他言無用と断ってから見せてやる。


「ほう。これなら……」


「万一足りぬでも、妾の実家は金持ちじゃ。送金させれば良い。必ず払うと誓おう」


 俺としてはあまり大きな博打はしたくないが、リリアが個人でやるなら好きにすればよかろう。


「よし、受けた! レートは一対一で、あんたらが一〇〇人抜きに賭ける。うちの取り分は一割だ」


 寺銭(てすうりょう)か。一割は多いのか少ないのか、よくわからんな。


「その代わり、うちは上がりの一部を剣聖に上納している公認賭け屋だ。誤魔化しは一切ない」


 そう言って、俺たちの後ろでおとなしくしているティリカをちらっと見た。もう真偽官(ティリカ)の情報が出回っているらしい。

 なるほどどっちに転んでも賭け屋に損はない。むしろ今回の追加の賭けは手数料収入が増えて旨味しかない。ちょろまかしなどの犯罪リスクを負わずとも、この賭け屋はボロ儲けだ。


「いいじゃろう」


 ニンマリとした賭け屋は金勘定を部下に任せると、パンパンと手を打ち周囲の注目を集め、大声で口上を述べはじめた。


「戦いが一段落したところで新たな賭けのお知らせだ! 果たしてリシュラ王国冒険者ギルドの送り出した刺客は、一〇〇人抜きを達成できるのか!? ここまで圧倒的強さを見せてはいるが、まだたったの一〇人。対するエアリアル流と応援の剣士たちには、ランキング三位のサンザを筆頭に、いずれ名のある実力者揃いが九〇人! まだまだ多数の実力者が残されている!」


 そう一気にまくし立てると、ぐるっと周りを見回した。


「だが! 獣人の嬢ちゃんのお仲間は一〇〇人抜き達成に全財産を賭けた! レートは一対一! 一〇〇人抜き失敗なら賭け金は1.9倍戻し! ビエルスの剣士がよそ者に敗れるわけがない、そう思うなら張った張った!」


 三位のサンザとやらはそんなに強いのだろうか? 結構な人数がお金を賭けようと群がってきた。サティが勝てばなかなかの儲けが出そうだ。勝てばだが……


「心配するでない。この程度でつまづくようなサティではないぞ。そういう運命なのじゃ」


 そうリリアは言うが、俺は運命とかそこまで信じられないけどな。いくらサティとて負けるときは負ける。そういうものだ。




 そして新規の賭けが落ち着き、一〇〇人抜きが再開された。公認というだけあって、賭け屋が待たせていたらしい。

 結局対戦は弱い順。ランキングの低い者から出ることになったようだ。まずはゴブリンクラスの上位から。

 ゴブリンクラスは一番低いクラスではあるが、そこに入るだけでもかなりの実力が必要だと、タチアナちゃんが話してくれた。


 将棋に例えると、ゴブリンクラスは初心者クラス下級クラスというより、アマチュア上位や奨励会で、オーガがプロリーグ。ドラゴンは王座や名人を争うクラスという感じだろうか。

 自信のある剣士が意気揚々とやってきて、ゴブリンクラスにすら歯が立たず、しおしおと道場に入る。それが通常のコースらしい。


 実際ゴブリンクラスの剣士だが、サティですら受けに回られると倒すのに多少の手間がかかっている。冒険者でもベテランクラスの実力だな。


「上手いし速いな」

「あれほどの腕で、誰も名前すら聞いたことがないのか?」

「正統派剣術の流れに見える」

「足もあるし、器用なフェイントも使ったぞ。小兵だし面倒そうな相手だ」

「パワーもあるな」

「とにかく疲れさせろ! 休ませるな! 死ぬ気でいけ!」


 あっちにも面子があるのだろう。仲間がばたばたと倒されるの見て、さすがに目の色が変わり、冷静にサティの腕を観察している。

 そして連続で出てきて休ませない作戦は続行のようだ。

 それでも二〇人を終えたあたりで、ようやくサティが薄っすらと汗をかきはじめた程度だったが、相手側に焦った様子はない。激を飛ばしていたトスパンも今もイライラした様子だが黙って観戦している。


 三〇人を超えたあたりで、サティの息が荒くなり始めた。一人ひとりを倒す時間も手間も長くなってきている。守って耐えるだけでなく、短時間ながらもまともな戦いになっていた相手もいた。剣闘士大会の本戦ですら、サティの相手をまともにできたのはほとんど居なかったのにだ。

 それが息つく暇も与えられない連戦。


「おい、休憩は!?」


 俺の叫びは無視をされ、即座に次の相手が出てきて、サティにうちかかってきた。ほんとに休憩をまったくさせない気か。そうでもしないと勝てないのはわかるが、さすがにこれはない。そう思ったが、サティは引き下がるつもりはないようだ。


「必要……あり、ま……せん……次!」


 そう声を絞り出すように言うと、次々に出てくる剣士を容赦なく倒していく。

 四〇人、五〇人と過ぎ――

 

 五二番目、ショートソードを持った相手にあっさり懐に潜り込まれた。全くの休みなしの連戦に、サティの足が完全に動かなくなっていた。

 至近距離が苦手なサティではないが、火を噴くような素早い連打に防戦一方になっている。防御に徹することでかろうじて凌いではいたが、耐えきれず一歩二歩と後退し、ついには膝をついてしまった。


「そこだ! やれ!」


 ようやく訪れた千載一遇のチャンスにトスパンや観客が、興奮した声をあげた。

 言われるでもなく対戦相手も一気に決めるつもりか、さらに激しく攻撃を浴びせ、勢い余ったのか、もつれるように倒れ込んだ。

 

「やったか!?」


 サティも倒れたが、相手側も倒れ動かない。倒れ込む前にサティに攻撃が届いているのは見えた。相打ち……いやサティの呼吸は荒いが乱れていない。むしろ徐々に呼吸が落ち着いてきていて、相手のほうがうめき声をあげていた。

 倒れた振りで休んでいるのか。


「くっ、五三番目、行け!」


 遅ればせながらトスパンも休まれているのに気がついたようだ。サティも倒れた五二番をぐいっと退けると、すぐに立ち上がった。


 五三番が即座に出てきた。そして数合打ち合い、サティにいいのをもらい地に伏せた。完全に意識を失いぴくりともしないのを他の剣士に引きずり出され、その間にも倒れた者を避けるようにして、すぐに次の戦闘が開始される。

 サティの動きが回復している。少し休んで調子が戻ったようだ。


 そして六〇番目。かなりのでかぶつで頑丈そうな相手が出てきた。そいつが守りを固め、多少のダメージをものともせず、相当長くサティの攻勢に耐えた。

 倒しきった時には、サティの足が少しふらついていた。スタミナ以上に、相変わらず呼吸を整える時間すらもらえず、サティの動きが格段に落ちてきている。

 ここまですでに一時間以上ぶっ通しだ。


「いいぞ、もう少しだ! 次、六一番! どうした、早く出ろ!」

 

 だが六一番に出てきた老年の剣士は、戦闘態勢を取る様子もなく言った。


「少し休憩だ。水分くらい取らせてやれ」


「おい、何を勝手なことを……」


「黙れ、トスパン」


 振り返ったトスパンの顔がひきつった。


「セ、センセイ」


「こんな状態で勝ったところで、我が流派にとって何の名誉にもならん」


 その言葉にトスパンもぐっと黙った。

 ずいぶん昔に引退したエアリアル流の元師範代だとタチアナちゃんが教えてくれた。今は時々道場に顔を出す程度で、若い頃は強かったという話だが、さすがに今は杖のほうが似合う枯れ木のような老人である。六〇番台にいるあたり、今はその程度の実力なのだろうか。


 とにかくサティが軽く頭を下げ、ふらふらとこちらに戻ってきた。立ったままではあるが、水を飲ませ、汗を拭き、呼吸を整えさせる。


「落ち着いたか? 怪我は?」


「ありません」


 さっきのも無傷で切り抜けたようだ。でも一応回復はかけておこう。多少の疲労は取れる。


「みんなとても手強いです」


 そう言って、ふーっと息を吐いた。相手はすでに王都の剣闘士大会でも本戦に出てくるクラスの強さか、下手すればそれ以上だ。普通ならまだサティが負けるほどではないが……

 やっと六十人。あと四十人も、しかもこれまでより強いのが残っている。さらに戦えば戦うほど、サティの動きは観察、研究され、対応されてきている。


「もし厳しいようなら……」


「そうじゃな。妾のことは気にせずとも良いぞ」


 サティはふるふると首を振った。


「軍曹殿に言われたんです」


「うん?」


「ここについたらたくさん戦えって。強い相手がいっぱいいるからって」


 そういうことなら試練も一〇〇人抜きも、願ってもないシチュエーションではある。

 

「そうか。なら最後までやらないとな」


 そういう話は俺は言われなかったし聞かなかったことにしよう。人には向き不向きがあるし、その助言はきっとサティ向けだ。


「はい!」


 呼吸はすっかり戻ったようなので、老剣士の前に戻った。しかしすぐに始めるつもりはないようだ。


「サティと言ったな。ビエルスは初めてだろう? その剣、誰に習った?」


「ヴォークト殿です」


あの(・・)ヴォークトか! ならばその強さも納得というもの」


 「ヴォークト?」「誰だ?」そういう声も多かった。タチアナちゃんも知らないようだ。


「ヴォークトなら何度か剣を合わせたこともある。最初にセルガルを倒した技、どこかで見たことがあると思ったらやつの持ち技か。構えは……こんな感じであったか?」


 おお、似てる。剣を合わせたというのも本当らしい。


「その時は勝てたんですか?」


 俺も思った疑問をサティも口に出した。


「あれは化け物であったよ」


 負けたんだな。さすが軍曹殿。


「ふん。ヴォークトは実に強かったが、その弟子がどれほどのものか。ワシが試して進ぜよう」


「望むところです!」


「真刀エアリアル流皆伝、カーベンディ参る」


 そう名乗ると老剣士がするすると前に出た。

 そこに元気を取り戻したサティの剣が激しく打ち込まれるが、涼しい顔で受け流している。


「驚くべき膂力だが、若い若い。どこまでも力任せじゃの」


 サティの連撃を悠々しのぐとそう言った。


「だから60人程度の相手でふらつく。ワシが勝てばうちの道場生になるのじゃろう? 剣聖の下に送り出す前に、少し鍛え直してやろう」


 カーベンディの反撃が始まった。とたんにサティの剣が上滑りしだす。

 フランチェスカの剣の発展版のような剣筋だが、フランチェスカのように手数は増やさず、虚をつくフェイントと、隙を見て繰り出される急所を狙った一撃。

 だがそれでも、動き自体はフランチェスカ以上ということもないし、防御に徹しつつも十分に対応はできている。道中さんざんフランチェスカの相手をしたお陰だな。


「ではこれはどうだ」


 少し距離を置いたカーベンディが、魔力を発動させた。魔法剣士か。芸が多いな。

 サティはそのまま距離を取って、様子を見るようだ。

 カーベンディは一歩踏み出したタイミングで、エアハンマーを発動させた。魔力感知のない相手なら終わってしまうだろうが、サティにはもちろん通用しない。

 避けようともせず、サティは正面から剣先でエアハンマーを切り裂き、そのまま相手に打ちかかった。


「ほう。動じもしないか。さすがはヴォークトの弟子よ」


 サティの剣を受けながらのんびりした声でそう話す。エアハンマーで鍛えたのは俺だけどな。


「パワーもある。スピードもある。フェイントや魔法への対処も的確。なるほど、これでは並の剣士では一蹴であるな。だが――」


 空気が変わった。剣筋は変わってないように見えるのだが……ああ、これはあれだ。軍曹殿が別れ際に雷光を見せてくれた時の雰囲気だ。何か来る。


「月下――鏡水――」

 

 一連の動作から繰り出されたゆらゆらとした剣の軌跡は、何かのフェイントだったのだろうか? 下段からの剣がサティの防御をすり抜けた。

 剣の当たる鈍い音がして、サティが一歩下がった。


「我が秘技を腕一本で堪えたか。見事」


 攻撃をもろに食らったのか、サティの左腕がだらりと下がっていた。


「まだやるかね?」


「この程度っ!」


 そう言ってカーベンディに打ちかかった。腕一本とて、振るうのは片手剣だ。支障がないとはいえないが、まだまだ戦える。


「良い答えだが、蛮勇じゃな。相手の力量を見極め、時には引くことも必要じゃぞ」


 その言葉を聞くと、サティが後退し距離を取り、すぐに魔力を集中しはじめた。回復魔法は奥の手ではあるが、仕方あるまい。


「そうじゃ。生き延びて捲土重来してこそ長生きの――」


「【ヒール】」


「!?」


「――【ヒール】。これでダメージは消えました」


 そう言ってサティが左腕を動かした。ヒール(小)二回で回復か。案外ダメージは小さかったようだ。


「ふ、ふははは。驚いた。我が秘技を凌ぎ、あろうことか五分に戻してみせた。これはまさに拾い物じゃな。トスパン、よくやったぞ!」


「今の技はもう二度と食らいません。さあ、続けましょう」


 そうだ。勝った気はまだ早い。


「良かろう。彼我の実力差をたっぷりと――」


 そう言いながら一歩踏み出したカーベンディが、振り上げた剣をピタリと止めた。あからさまに妙な動作にサティが警戒し、守りの構えを取った。何が来る!?


「あ……」


 あ?


「あいたたた。こ、腰が」


 言いながらも変な体勢で固まったまま動かない。


「え、あ? 大丈夫……ですか?」


 尋常じゃない苦悶に満ちた表情に、サティも戸惑って剣を下ろした。さすがに罠でもなさそうな雰囲気だ。


「これはいかん。治癒術師! すぐにセンセイの治療を!」


 何度かやらかしているのだろう。すぐに治癒術師が呼ばれ、そのままの体勢で治療を施される。


「無念。腰さえ……」


 そう最後に言うと慎重に運ばれ、退場していった。


「あー、なんというか、恐ろしい相手だったな?」


 一旦戻ってきたサティにそう言って、念のための治療を施してやる。


「はい、でも……」


 あのままやっても勝算はあったとサティが言う。攻撃は軽いから秘技も耐えれたし、何よりスタミナがない。対面していたサティには、すでにスタミナが切れかけた様子が見て取れたそうだ。だから早期に秘技で決めに来たのだろうと。


「あの技は?」


「無拍子打ちの対処と同じ要領でいけます」


 探知でタイミングを見るか、距離を取るかか。何が来るかわかっていれば致命的な技ではないようだ。


「ありがとうございます。行ってきます」


 息を整え、水分の補充を済ませたサティが試合場に戻って行った。すでに相手は待ち構えている。

 しかしあと三十九人もか。


「ビエルスも捨てたモノではないではないか。これほどの剣士がいるとはの」


「それはこっちのセリフだよ! サティ姉ちゃん強すぎない!?」


 タチアナちゃんが無理だと思っていた訳も今ならわかる。やはり加護を当てにしすぎるのは危険だし、だからこそ偵察してからって思ってたのに、いきなりこれだものな。

 話してるうちに次の戦いが始まっていた。しかし六一番目が格別に強かっただけで、六二番目もサティの相手となるほどの腕ではなさそうだ。

 順当に六二番を下し、六三番が出てきた。だがサティが呼吸を整え、剣を構えるのを待って戦いを始めた。


 六〇番台、対戦相手も終盤で、一戦一戦が長引いている。相手は明らかに強くなってきている。にも関わらず、誰一人としてサティを捉えられない。

 一対二の練習でもサティを捉えるのは苦労するのだ。まともにやれば、俺やウィル以下の腕ではサティに一撃すら与えられまい。


「なぜだ! なぜこれほど戦い続けて動きが落ちない!?」


 七〇番台八〇番台とサティにかすり傷ひとつ負わせられない。名誉なんて言ってないで、休ませない作戦を続行すべきだったな。こっちは助かったが。


 そして九〇番台に突入した。これならいけるだろうか?

 サティは多少の疲れは見えるが、休める分純粋にスタミナの問題で、それならまだ余裕があるはずだ。あとは相手次第であるが……九五番が倒れた。

 次の九六番はサティと互角に切り結んでいる。サティはここにきて、これまでになく調子が良さそうだ。スタミナを考え、抑え気味に戦ってきたのを解放したのだろうか?

 だが相手もそれを良く凌ぎ、反撃すら試してみている。これ下手したらウィルやシラーちゃんレベルじゃないか?

 その九六番もサティの一撃を食らい、倒れる。

 九七番、九八番は手間取らず、順当に倒した。


 そして残るは二人。待機場所に控えているのは、トスパンと三位のサンザのみ。トスパンも出るのか。


「だ、大丈夫なんだろうな?」


 青い顔をしたトスパンの声も震えている。周りには聞こえない程度の声だが、俺とサティには聴覚探知で筒抜けである。


「さてね。だが俺の剣が当たれば……倒せぬモノはない」


 そう言って肩に担いだ大剣を、ぶんっとひと振るいした。手にするのは俺の剣より一回り大型の両手剣。盾はなし。防具すら最低限しか身につけてないようだ。


「ここのところ、なかなか相手がいなくて退屈してたところだ。ここまで登ってきてくれて感謝するぜ」


 いくら刃引きの剣とはいえ、鉄の塊。あの巨大な剣がまともに当たれば、それは練習や試合の域を超えるだろう。ラザードさん以上にやりあいたくない相手だ。


「さあ残すところあと二戦だ! 前代未聞、試練の場での一〇〇人抜きは達成されてしまうのか!? その実力はもはや疑うべくもないが、対する相手は、現在オーガクラスランキング三位! 並み居る剣士を一刀のもとに叩き伏せた豪剣は、はたして今日も炸裂するのか! 当たれば一撃必殺! ポラリス一刀流、二の太刀いらずのサンザ!」


 賭け屋の前説に、観客がわっともりあがる。サンザはなかなかの人気者らしい。


「ここで退屈なら上に上がらないんですか?」


「俺は不器用でこれしかできなくてな。それも上の連中には通用しない。つまり俺に勝てなきゃ、嬢ちゃんもここまでってことだ。ま、せいぜいがんばんな」


 それを聞いて少し考えた様子のサティがこちらに戻ってきた。


「マサル様、剣の交換を」


 サティが要求したのは、手持ちの模擬剣の中でももっとも重い剣。


「あなたに勝てないと上に上がれないというなら……正面からねじ伏せてみせます」


 そう言ってサティの体格に不釣り合いな巨大な大剣を振り上げた。


「いい心意気だ! どっからでもかかってきなっ!」


 サティがゆっくりとサンザから距離を取った。王都の決勝、ボルゾーラ戦で見せた、あの技を使うのだろう。対するサンザの構えは大上段のまま、サティをじっと睨み、動かない。


 しんと静まった修練場。固唾を飲んで皆が見守る中――サティがぐっと腰を落とし、はじけるようにサンザに向かって飛び出した。

 十分な助走とこれ以上ないというタイミング。スピードと体重、そしてサティのフルパワーを乗せた大剣の一撃が、サンザに襲いかかる。

 サンザもそれを正面から撃ち落とすべく、大上段の大剣を振り下ろした。


 ギンッ


 鋼と鋼が真正面から激突――サティが後方に吹き飛ばされ、ごろごろと転がった。

 サティが打ち負けた!? しかし即座に立ち上がったし、剣はしっかりと握っている。剣同士がぶつかっただけで、ダメージ自体はなさそうだ。

 サンザのほうは……


「俺の負けだ。剣が半分に折れちまった」


 ついでに半分になった剣を持つ手もよく見ればわずかに震えている。衝撃で手をやっていそうだ。

 サティは今回は手も大丈夫のようだ。手の感触を確かめ終えるとそのまま修練場の真ん中に戻り、最後のトスパンに向かい合った。


「あなたで最後です」


「……俺は棄権だ」


 終わったか。まず勝ち目はないし、正解だ。


「ダメじゃ、トスパン」


 退場しかけたトスパンに、戻ってきていたカーベンディが言った。


「お前がやらねば一〇〇人抜きの掉尾を飾れぬ。最後にエアリアル流の誇り、見せてみよ」


 カーベンディの言葉に諦めたようにトスパンが剣を取り、サティの前に進み出た。


「エアリアル流師範代トスパン・ベルトゥロ、参る!」


 意を決したトスパンがサティに切りかかってきた。破れかぶれかと思ったが、なんだかまともに相手になっている。


「くっ、ふはははは。その大剣のままなのは失敗だったな!」


 サティが重い剣で動きが悪くなっているのは確かだが、トスパンもちゃんと強いじゃないか。サティと互角に打ち合えている。

 だが――案外なんとかなるかも、そう希望を持ったトスパンは、全力で振るわれたサティの大剣をもろに食らい、これまで見た中で一番派手にぶっ飛ばされていった。

 ぴくぴくと動いてはいるから死んではいないようだが、もろに食らった部分の骨はきっと酷いことになっている。

 あれでは普通の剣でやったほうが、断然ダメージが軽かったな。


「サティ・ヤマノス、一〇〇人抜き見事なり!」


 そうカーベンディが締めくくり、サティの試練、一〇〇人抜きは終わりを告げた。


「どうじゃ、わしの商才は! ぼろ儲けじゃ!」


 賭け屋から受け取ったお金の詰まった袋をじゃらじゃらさせながら、リリアが上機嫌で言った。

 商才っていうか博才……いや、たまたまだな。たまたま。そのうちリリアは痛い目を見そうだ。だが今は……


「よかったな、リリア。サティも良くやった」


 素直に祝福しておこう。


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