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171話 剣聖の試練

 臨戦態勢になっていたリリアとサティ、エアリアル流の門下生たちは、やってきた兵士たちに大人しく引き離された。

 

「ご、ごめんなさい。わたしが……」


 リリアと一緒にいるカチューシャちゃんがおずおずと謝ってきた。


「いや大丈夫だ。よくやった、リリア」


 とっさに子供をかばったのだ。やらかしたのは確かだが仕方あるまい。

 よし、決めた。倒そう。あいつらどう見ても悪役ポジションだ。門下生になってお付き合いとか御免こうむる。


「あいつら倒しちゃうか。な、サティ?」


「はい!」


 ダメならダメでヒラギス居留地に戻って子供たちの相手をして、修行ならそのうち軍曹殿につけてもらえばいいし、剣聖のほうはあとから伝手を頼るなり、正式な紹介状をもらうなりで出直せばいい。


「しかしあれくらいで跳ね飛ばされて兵士を呼んで頼るとは、ビエルスの剣士も案外軟弱じゃな」


 リリアとしては軽くやったつもりだったのだろう。そりゃ俺たち相手なら軽く防御魔法を発動しただけことだろうが、一般人相手なら威力は十分だ。

 安全面を考えるとすばやい発動はいいことだが、人間相手だと威力の調整を覚えさせないといけないな。


「違うよ、エルフの姉ちゃん。エアリアル流が軟弱なんだ」


「おおそうかそうか。幼女に剣を振るおうとするようなクズじゃものな。さもありなん」


 そのクズたちはこちらに相談する時間くらいはくれるようだ。兵士たちと仲良さげに歓談している。ちらっと話を聞いてみると、思いっきり身内、元門下生のようだ。


「でも悪いやつだな、アーマンドは」


 そう姉のほうに言う。ここにアーマンドが居ればどうにかできるんだろうが、王都で別れてまっすぐここに戻ってきたとしても、やっと行程の半分といったところだろうか。期待はできそうもない。

 

「アーマンド様は名前を貸してるだけの師範だし、ここのところ姿が見えないからあいつら好き放題やってるんだよね」


 そうなのか。疑って悪かったな、アーマンド。いや、名前を貸してるだけでも同罪だな!

 そしてそもそもの元凶は、うちの個人情報を小金のために売った不動産屋だな。後で苦情を入れよう。


「話は決まったかね?」


 そうニヤついてやってきた。


「入門してもいいんだけど」


「おお、そうか!」


 だけどだ。


「ただし条件がある」


「そちらが条件を付けられる立場だとでも?」


 そう言って兵士たちを見やる。


「俺たちもそこそこ腕には自信がある。だから師事するにも相応の腕を見せてもらわないと、ろくな修行になりませんでしたじゃ困るんだ」


 貴重な時間を費やしてこっちに来てるんだ。それにそもそも剣聖に会いに来たのであって、街の道場には用がない。


「うちはアーマンド殿が師範で――」


「それはもう聞いたけど、いま居ないんだろ? もう長いこと留守にしてるそうじゃないか」


 この前王都で会ったし、少なくとも1ヵ月以上は不在のはずだ。


「……条件とは?」


「勝負しよう。このサティに勝てる剣士がいれば、ゴールドコースでもなんでも入ろう」


 万一負けたとしても、そこまで腕のいいのがいれば入る価値はある。嫌だけど。


「十人でも二十人でも、何人でも相手をします。それで一度でも負けたらこちらの負けでいいです」


「百人でもか?」


「ええ。百人でも」


 それはさすがにどうかと思うが、まあ本人が言い切ったんだ。任せよう。


「ふうむ。だが……」


「受けないというなら、遠慮なくあそこの兵士を呼ぶといい」


 こいつらとずぶずぶの兵士なんかに捕まったら何をされるかわからないというのはあるが、こっちは真偽官がいる。公平な判断ならたかが喧嘩だし、いざとなれば使える伝手も多いし問題はないだろう。

 しかしそれでも相手は迷っているようだ。この勝負を受けたところであっちに得はないし、自信ありげだから、万一があると警戒されたんだろう。


「では賞金もつけようではないか。サティに勝てれば金貨一〇〇枚じゃ! まさかここまで好条件で逃げるとは言うまいな?」


 金貨一〇〇枚。一千万円と聞いて、奴の顔色が変わった。


「おい、いまそんな金ないだろ?」


 こそっとリリアに言う。家にはまだお金はあるが、個人的な資金は使い果たしている。


「里に戻ればいくらでもあるであろう」


「修行の旅ってわかってる? あんまり実家を頼るもんじゃないだろ」


 俺もエルフには頼りまくりであんまり言えないが。


「か、勝てばいいのじゃ」


 まあその通りではある。サティは負けないだろうとは思う。


「いいだろう。お金はちゃんと用意できるんだろうな?」


 ようやく決断したようだ。


「ギルドにいけば下ろせる。負けたら今日中に用意してやろう」

 

 お金は必要ならギルドに預けた貯金を使おう。お金があるうちはエルフに借金もあるまい。


「あと、こちらが勝ったらここの道場生も返すのじゃぞ!」


「それは本人たちと交渉してくれ」


「よし、じゃあ――」


 そこに騒ぎを聞きつけたのか、エリーたちがようやくやってきた。


「お掃除終わったんだけど……どうしたの、これ?」


「あー、それがね」


 とりあえずリーダーの男は放置して、エリーたちに経緯を簡単に説明する。


「なによそれ。リリアは全然悪くないじゃない!」


 そうか? あの二人の派手な吹き飛び様を考えると、少々やりすぎた感はある。


「じゃあ私が詳しい話を聞いてみようか?」


 ティリカがそう申し出てきた。すでに話はまとまりかけてるんだが……まあこっちの不利を消せるならそのほうがいいな。

 

「じゃあ頼む」


 俺の許可でティリカが前に進み出て、目深に被っていたフードを取るとリーダーの男が驚いた声をあげた。


「し、真偽官!?」


 リーダーの男がえらく焦った様子だ。これはなかなか面白そうだ。


「三級真偽官、ティリカ・ヤマノスである。誰か、この場の事情の説明を」


 ティリカの宣言を受けて、まずリリアが発言をした。


「あー、そもそもそこな二人がじゃな、こちらに対し脅すような動きをしよってな? 怖がったカチューシャが動かした木剣が少し当たったのじゃ。それでやつらが剣を振り上げて向かってきたので防御魔法を発動した。まあ正当防衛じゃな」


「当事者の二人は? ふむ。ではそこの二人。このエルフの言うことは本当か?」


「あー、そうですね。概ねその通りで……」


「し、しかし怪我を負わされたのも本当だぞ!」


 手下は弱気だったが、そうなおもリーダーの男が強弁した。


「軽く吹き飛ばしただけでかすり傷じゃったろう。それもすぐにマサルが治療し、今はすっかり無傷じゃ」


「なるほど。非があるとはいえ、魔法で怪我をさせたのは事実」


「そ、その通りなのです、真偽官殿!」


「ではそこの二人。このエルフを訴え出る気はあるか? その場合、さらに詳しく双方を取り調べねばならないが」


「あ、いや、訴えるほどじゃ。なあ?」


「よ、よく考えると大した怪我じゃないし、治療はしてもらったし、少しはこちらも悪かった気がするし!」


「おいっ!?」


「当事者の二人はこう言っているが、まだ何か申し出ることでも?」


 だがこいつもティリカに見つめられると、すぐに目をそらした。


「は、話を聞いてみれば、真偽官殿の手を煩わせるような問題でも……」


 矛先が向かったとたん簡単に折れやがった。弱い。


「ふむ。だが中途半端に事を収めて後々遺恨を残すようでは、介入した私の責任ともなる。もし多少なりとも不満があるようなら……」


 王都でのバイロン伯爵家との騒動はまだ記憶に新しい。半端に終わらせて、裏で動かれても困るということなのだろう。


「おい、お前ら。謝れ!」


「え、あ……ええっと、驚かすような真似をして悪かったな、お嬢ちゃん」


「お、おお。怪我ももうなんともないし、俺たちは全然気にしてないよ、うん」


「お主らがそういうなら、こちらも吹き飛ばしたことに関しては謝罪しよう」


「これで何の問題もありませんな!」


 おお、無難に事が収まった。勝負をもちかけるまでもなかったな。最初からティリカを連れてくればよかったのか。


「私も休暇中のことではあるし、問題がないのであればこれ以上は言うまい。兵士殿もそれで良いか?」


「む、無論であります、真偽官殿。終わったようでしたら職務に戻ってもよろしいでしょうか?」


 ティリカがうなずくと、兵士たちは去っていった。


「ええっと、我々も……」


 そうリーダーの男がお伺いをたててきた。どうやら真偽官の許可がないと、退去もできないらしい。

 まあよかろう。こいつらに面倒はかけられたが、これからもっと大変になるのだ。関わってる暇はない。

 ティリカにうなずいてやる。


「私はしばらくここの向かいに逗留予定だ。困ったことがあれば訪ねるといい」


 しばらくここにいて睨みをきかせると釘をさしたのか。念入りだな。


「は、はい」


「では行ってよし」


「終わった? じゃあ剣聖に会いに行きましょうよ」


 だがそのエリーの言葉を聞いて、撤収しかけていたリーダーの男が振り返った。


「もしや剣聖様の試練を受けるつもりなのか……?」


 ここで受けないと断言しても、結局受けることになりそうな気がする。


「試練って?」


 エリーがそう尋ねてくる。


「ほら、不動産屋が会うのは無理って言ってただろ? でも剣聖の試練ってのを受けて突破すればすぐに会えるらしいんだ」


「戦って勝ち抜けばいいらしいですよ」と、サティ。


「あら、いいじゃない。マサルとサティなら平気よね?」


「面白そうだ」


 シラーちゃんも賛成し、サティもどうするのかとこっちを見つめている。ウィルは……面を被って表情がわからないしどうでもいいか。


「まず会いに行ってみて、ダメならやってもいいけど……」


 何にせよ、現地の様子をまず知りたい。そして出来れば面倒そうなことは回避したい。紹介はあるんだし、話せばきっと――


「おお、なんということだ。ここに久方ぶりに、剣聖バルバナーシュ・ヘイダ様の試練を受けようという若者が現れた!」


 だが突然リーダーの男がそう宣言をした。その言葉に周りがざわめく。

 ちょ、おまえ、何を大声で!?


「そうそう。勝負の申し出はまだ有効だな?」


「は?」


 そんなもの、もうこちらに受ける利点はない。


「申し出たのはそちらからだろう? それともまさか剣聖様の試練を受けようというのに、逃げはせんだろうな?」


「別に構いませんよ」


 そうサティが答えた。んー、まあサティ本人が言うならいいだろう。勝てばいいんだ。


「ならば試練の手筈はこちらで付けよう。出るのは……その四人か。久しぶりの祭りだ。これは街中に知らせて準備せねばな!」


 そう言って手下を引き連れて去っていった。


「兄ちゃんまずいよ、これ」


 あいつが嬉しそうにしてるからには、何かまずそうのはなんとなくわかる。だが大事にされて俺としては困るが、それは俺だけの話だ。サティとシラーちゃんはやる気だし、ウィルも特に反対でもないようだ。


「試練の相手は人数が決まってないんだ。普通はある程度腕が認められれば、上に通すんだけど、認めなければ延々と戦わないとダメなんだ。今頃声を掛けて回って人を集めて、きっと本気で兄ちゃんを潰しにかかってくるよ」


「あいつらって強いの?」


「あれでもかなり強いのが門弟にいるんだ」


「んー、でもまあ平気だよな?」


「はい、マサル様!」


 こっちは四人。相手の数が多くとも、分散すればさほどでもあるまい。


「それで試練ってどんな感じなんだ? 装備とかルールは?」


「ええと、装備は革装備で――」


 剣闘士大会の本戦と同じか。どちらかが倒れるかギブアップするまで。それを人数無制限で、しかも一度でも負けると挑戦終了となると、確かに厳しい戦いになりそうだ。剣闘士大会優勝以上の難易度かもしれない。


「え? 攻撃魔法も使ってもいいの? マジで? 治癒だけじゃなくて、攻撃魔法も?」


「うん」


 なんだ。それなら楽勝じゃないか。魔法ありならフランチェスカすら俺には勝てなかったんだ。


「よし、やるか!」


「「おー!」」



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 装備を整え、姉妹の案内で試練の場の街の外へと向かうと、道々たくさんの人が同じ方向に向かっている。屋台も並んでいた。


「ほんとにお祭りだな……」


 あれが今回の挑戦者かと指をさされたり、がんばれと応援を受けながら到着した広場には、多くの剣士がすでに準備を整えていた。


「ここはゴブリンクラスで最初の試練なんだけど……」


 本来ここは小手調べ。本番は上のオーガクラスからということで、さほど参加人数はいないはずなのだが、今回はえらく人数が多いらしい。


「よくぞきた、勇気ある挑戦者よ」


 そう待ち構えていたエアリアル流のリーダー(師範代でトスパンという名らしい)が言った。

 よくぞ来た、じゃねーよ。


「試練を受けるということであるが、今回はまず我らエアリアル流と戦ってもらう」


 そう言って、後ろに控えた剣士たちに手を振ってみせた。


「一〇〇人、きっちり用意してやったぞ!」


「あれ、エアリアル流以外も混じってる……お金で傭兵を集めるなんて卑怯だぞ!」


「ふふん。相手がうちの道場だけという条件はなかったはずだ。それに急なことでさすがにうちの道場だけで一〇〇人揃えるのはきつかったのでな」


「誰が来たって構いません。誰からやりますか?」


 すでに準備万端のサティが前に出て剣を構えた。


「俺からだ。いいな、トスパン?」


 他の者を抑えてサティの前に進み出た男の言葉に、トスパンはしぶしぶといった風に頷いた。


「最初の一人で終わってしまうのか……無理を言って集めたのだ。仕方あるまい」


「あいつ、オーガクラスでも上位のセルガルだよ!?」


 そう言って姉のほう、タチアナちゃんが「めちゃくちゃ強いんだよ!」と教えてくれた。


「でももっと上のドラゴンクラスがあるんだろ?」


 そうタチアナちゃんに聞いてみる。上位と言っても所詮二番目のクラスだ。さほどたいしたようには思えないんだが。


「ドラゴンクラスはもう剣聖の弟子の居るクラスで、並の剣士じゃ一生入れないんだ」


 よほどの才能か、人を捨てた修練のみが可能とする、一人ひとりがドラゴンを単騎で倒せるだけの力がある剣士のみが到達できる領域。それがドラゴンクラスらしい。

 だからオーガで上位というのも、ここ以外でならどこでも負け知らず、大きな領地で剣術指南役が勤まるというレベル。彼らより強い剣士は、世界中探してももう剣聖の弟子しかいない。そうタチアナちゃんが断言した。

 だが弟子というならヴォークト軍曹も剣聖の弟子だったらしいし、そのお墨付きがあるのだ。サティが劣るとは思えない。


「ククク、こんなガキを倒すだけで金貨一〇枚か。おいしいな」


 リリアは金貨一〇〇枚約束したのに、傭兵には一〇枚かよ。ケチだなー。


「倒せれば、ですよ」


「腕に自信があるようだが、ここで通用するとは思わんことだな。どれ、かかって来い。すぐに終わらせてやろう」


 ゼルガルはそう言って無造作に剣を中段に構えた。力を抜いた自然な構えだ。オーガでも上位というだけあって、やりそうな風情はあるな。

 サティも剣を構えたまま、一歩二歩と進み、至近距離で二人の剣が交差する。刹那、二人が動いた。

 サティの剣がセルガルに受け止められ、しばし組み合った。サティの剣速をきっちり受け止めるあたり、腕は間違いなくいいが、すぐにぐいっとセルガルの剣が押し込まれた。サティのパワーが勝っている。

 そして離れたと思ったら、セルガルが崩れ落ちていた。離れぎわのサティの一撃だ。今のは雷光の派生技だな。セルガルは反応すらできなかったようだ。


「さあ、次は誰ですか?」


 まさか打ち合ってすぐ。それもセルガルの敗北で終わったのが、よほど予想外だったのだろう。トスパンはあんぐりと口を開け、修練場はしんと静まり返っていた。


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