16話 人は知らず知らずのうちに死亡フラグをたてる
荷物持ちは今日はお留守番である。アリブールの面々と軍曹どのも残っていて、キャンプ地周辺の警戒にあたっている。
「これで何も出てこなかったらどうするんです?」と、軍曹どのに訊いてみた。
「そのときは、帰りに別ルートを通って調査範囲を広げる予定だ。それでも何もなければしばらく様子を見て、異変が収まらないようなら再度調査をすることになるだろうな」
退屈である。散歩でもしようと思ったが、じっとしてろと言われ、シルバーとクルックに話しかけたら邪魔するなと言われる。魔法の練習をしてたら「何が起こるかわからん。魔力は節約しろ」と軍曹どの。本かゲーム機が欲しい。本屋はあるようなので、帰ったら一度見に行ってみよう。
木に向かって投げナイフの練習をしていると、2時間ほどで宵闇の翼が戻ってきた。深刻そうな顔をしている。
「軍曹どの、ドラゴンだ」
軍曹どのといっしょに報告を聞く。湖の反対側に巣を作っている。たぶんまだ若いドラゴンだ。サイズはそれほどでもない。翼があった。飛竜種だろう。
「小さいんですか?」と、訊いてみた。
「ああ、ドラゴンにしては。それでも10m以上はあったがな」
10m。ちょっと想像がつかない。うちの実家の2階建てが5mくらい?その倍か。博物館で見たティラノサウルスが10mくらいだっけ。かなり巨大で驚いた記憶があるぞ。それが飛ぶのか……
「ここから町まで飛べば半日ほどの距離だ。放置はできんな」と軍曹どの。
「倒すんで?」とラザードさん。
「暁の戦斧を待とう。判断はそれからだ」
ほどなく、全てのパーティーが戻ってきた。状況を説明する。
「ドラゴンはやっかいだぞ。戻って応援を呼ぶべきだ」
「翼を落とせばただの火を噴くでかいトカゲだ。問題ない」
「どうやって翼を落とすんだよ!」
「わたしがやるわ!」とエリザベス。元気いっぱいである。なんであそこまで強気なんだろう。
暁の戦斧とアリブールが倒す派で、宵闇の翼とヘルヴォーンが撤退派である。結局、軍曹どのの鶴の一声で倒すことに決まった。
暁の戦斧が前衛、アリブールが補助。ヘルヴォーンは隙をみて弓で攻撃。宵闇の翼は後方で待機して、もし作戦が失敗したら町に戻り知らせる。おれは参加しても留守番でもどっちでもいいと言われた。どうしようか。経験値も欲しいが命も大事だ。
「マサルも参加しなさい。わたしの最強魔法を見せてあげるわ!」
「参加してくれるなら報酬を弾もう。ドラゴン討伐は危険も大きいが、成功すれば莫大な報酬が手にはいるぞ」と、軍曹どの。
報酬か。報酬はとても欲しい。昨日のうちにざっと計算してみたんだが、このまま帰ると報酬は3000ほど。たぶん4000はいかないだろう。ハーレム計画第一歩のためにはだいぶ足りない。
「それにドラゴンを討伐したとなれば冒険者として箔がつく。暁の戦斧はドラゴン討伐の経験があるそうだ。これは分のいい賭けだぞ」とラザードさん。
クルックとシルバーも参加するようだ。火魔法レベル4の大爆破も試したいし、上手くすれば経験値が大量に手に入るかもしれない。
「参加します」
決して報酬に目がくらんだわけじゃない。これは冒険者として当然の行動だ。
軍曹どのから紙とペンを渡された。
「遺書を書いておけ。2通だ。一つは自分で、もう一つは宵闇の翼に預けておく」
見ると、みんな何やら書き込み中だ。
「死んだとき、残ったアイテムやお金をどうするのか。死んだのを知らせて欲しい人がいるなら、その連絡先もだ。これは危険な任務の前にやる通常のことだ。そんなに不安そうな顔をするな」
紙を手にして考える。実家には連絡は無理だし、アイテムとお金は孤児院に寄付しとくか。そう言えば死んだらアイテムボックスってどうなるんだろう。
エリザベスに聞いてみると、その場で中身をぶちまけるわね、とのこと。なるほど。オークの死体×62や持ってる食料が全部、その場にぶちまけられるわけだ。きっとすごい光景だろうな。
遺書を書いて一枚を軍曹どのに預け、もう一枚はアイテムボックスに入れておく。ふと思いついて日誌を取り出す。実家宛にも遺書を書いておこう。きっと死んだら伊藤神が届けてくれるだろう。時間があまりないので簡単に書いて、あとでまたきちんと書きなおせばいい。「先立つ不幸をお許しください。事情により、もう二度と会うこともできませんが、PCの中身はみないで、HDDを破壊してから処分してください。お願いします」と。これでよし。エロい本は母親にはすっかりばれているので、HDDだけ処分すれば大丈夫。父ならきっとわかってくれるはず。あああ、黒歴史ノートを忘れていた。「押入れのダンボールのノートは見ないで焼き捨ててください。絶対にお願いします」うん、これで安心だ。
戦闘はまず、暁の戦斧の攻撃から始まった。魔法の届く距離くらいに近寄ると、絶対に気づかれるらしいので奇襲はまず無理。正面から攻撃をする。
ドラゴンは岩山に開いた浅い洞窟で寝ており、こちらが近づくと、かなり遠い距離で気がついて起きだした。今はまだ浅い洞窟だが、少しずつ掘り進んで立派な巣にするんだそうだ。
のそりとドラゴンは巨体を洞窟からあらわす。でかい。茶色い体躯に4本の足、大きな翼、面構えも凶悪だ。弓を撃つが、歯牙にもかけない。体を起こし、2本足で立ち上がると首を暁の部隊のほうへ向ける。ブレスの態勢だ。暁の人たちがすばやく散開する。フルプレートの巨大な盾を持った戦士が、ドラゴンの正面で盾を構える。ブレスが放たれる。盾の人はなんとか耐えたようだ。
「いまよ!」とエリザベスの合図でドラゴンのサイドのほうから飛び出す。一度ブレスを撃つと次までは時間がかかる。このすきに魔法で攻撃するのだ。アリブールの面々に守られ、ドラゴンに近づく。ドラゴンが翼を広げて飛ぼうとしている。暁も走りよるがまだ距離がある。
「食らいなさい!メガサンダー!!」
エリザベスの魔法が炸裂する。ズガンッというでかい音とともに、太い雷がドラゴンを襲う。最強魔法と言うだけはある。すごい迫力だ。ドラゴンの頭からは煙があがっている。ドラゴンは一瞬ぐらりとよろめき、倒れかける。だが態勢を立て直し、とどめを刺さんと走りよる暁のメンバーから逃れ飛び立った。
「嘘、仕留め損ねた!?」
おれの【大爆破】は詠唱中だ。くそ、一度くらい試しておくんだった。詠唱が長すぎる!ドラゴンはどんどん上空にあがっていく。急がないと届かない。ようやく詠唱が完了し、魔法発動!だが、それも遅かったようだ。ドラゴンの手前で爆発が起こり、やつは悠々と上空に逃れた。
「失敗だ。このまま逃げるか?」と、ラザードさん。
「いや、ダメージはある。その証拠にやつは上空に留まったままだ。作戦は続行する」と、軍曹どの。
ドラゴンはかなり上空でホバリングをしながら、こちらを窺っている。逃げるつもりはないようだ。おれたちは森の中に隠れた。エリザベスがはぁはぁと肩で息をしている。ポーションを取り出し飲んで少し楽になったようだ。魔力切れか。アイテムから濃縮マギ茶を出して渡してやる。
「何これ。どろりとしてるんですけど」
「濃縮マギ茶。苦いけど効くぞ」
エリザベスがぐっと飲む。すぐに水を渡してやる。おれも濃縮マギ茶を飲んでおく。
「うええ、ひどい味ね。でもありがとう」
「で、どうするの?」
「降りてきたところを攻撃するしかないわね。さっきのはもう撃てないけど、なんとかするしかないわ」
「撤退は?」
「怒り狂ったドラゴンが追いかけてくるわよ。うまく逃げ切れても、町まで追いかけてきたら、ひどい被害がでるわ。ここで止めなきゃ」
大爆破は詠唱が長すぎてだめだ。小爆破を翼にぶつけるしかない。森の外では暁の戦斧たちが陣形を整えてドラゴンと対峙している。彼らにはまた囮になってもらうことになる。
数分後、ついにドラゴンが急降下してきた。【小爆破】の詠唱を開始する。だが、はやい。落下速度を利用してものすごいスピードで、暁の戦斧目指して突っ込んできた。また盾の人を残して散る暁の人たち。ドラゴンはブレスを吹きつつその上を掠めるように飛び去る。すれ違いざま、ドラゴンの尾が振られ、盾の人が吹き飛ぶ。盾の人は数メートル転がり倒れるが、よろよろと起き上がった。盾の人すげー!
ふたたび上空に滞空するドラゴンを見ると、腹に槍がささっている。あのすれ違いざまに攻撃したのか。だが、ドラゴンの巨体にその程度では焼け石に水だ。
「だめだ。速すぎて魔法が合わせられない」
魔法が発動してもあの速度だ、当てる自信はない。
「そうね。こうしましょう。わたしがマサルを抱えて飛ぶから、あなた魔法で翼をつぶしなさい」
「ええ!?レヴィテーションなんかで飛んだらいい的だぞ」
レヴィテーションで上空には上がれるだろうが、速度が出ない。せいぜい歩くスピードくらいだ。
「違うわ。風魔法のフライよ。レヴィテーションよりもスピードが出るの。大丈夫。今死ぬか、あとで死ぬかの違いよ。失敗したらどっち道全滅よ」
報酬に釣られて受けるんじゃなかった。おれのハーレム計画もここで終了か。ああ、この前の「帰ったらおれ、大きい家を借りるんだ」とかまんま死亡フラグじゃん……。逃げ場を探したが、思いつかなかった。この女の子がやるって言ってるのに、怖いから逃げますとはとてもじゃないが言えない。周りではすでにやることで話が進んでいる。
軍曹どのに手伝ってもらってエリザベスをロープでおれの背中に結びつける。軍曹どのは何も言わずにおれの手をぐっと握り離れていった。映画とかなら「安心しろ、骨は拾ってやる」ってところだろうか。いや、軍曹どのなら「心配するな、おれもあとから逝く」かもしれんな……
「いい、次にドラゴンが降りてきたときがチャンスよ。ドラゴンが通過したあとを追いかけて飛ぶから、すぐに詠唱を開始しなさい」
後ろから抱きついたエリザベスが耳元でささやく。おっぱいが背中に当たってるはずだが、鎧ごしでよくわからない。残念だ。美少女に抱きつかれておっぱいを押し付けられ、普段なら最高のシチュエーション。だが、おれは今から死地に赴くのだ。おっぱいの感触を楽しんでいる余裕はない。
メニューを開く。スキルリセット。MP消費量減少Lv3、MP回復力アップLv2を消す。ポイントが23Pになった。高速詠唱のレベルを上げていく。高速詠唱Lv4で残り9P。足りない。レベル5にはあと10Pいる。忍び足を消し、高速詠唱をレベル5にする。
「来たわ!」
スキル操作がぎりぎり間に合った。
ドラゴンが通過するのに合せて、エリザベスがフライを発動する。【小爆破】の詠唱はすでに開始している。効果があるかどうかわからないが、隠密も使っておく。森から飛び出し、ドラゴンの後を追う。レヴィテーションよりはかなり速いが、ドラゴンにはどんどん引き離される。まだ詠唱は終わらない。詠唱が間に合わなかったら死ぬ。魔法を外しても死ぬ。ついに詠唱が終わった。だが、ドラゴンはまだ高速飛行している。短時間なら魔法は維持できる。チャンスは一度きり。
上空にあがったドラゴンがくるりとこちらに向いた。今だ!止まった的だ、狙いは過たず、ドラゴンの片翼を奪い取る。
怒り狂って叫びをあげたドラゴンは、残った翼を必死に羽ばたかせ、落下しながらもこちらに向かってきた。エリザベスが距離を取ろうとするが、ドラゴンは落下速度を加えながらこちらに突っ込んでくる。だが折れた翼では届かない。ドラゴンは下方に過ぎ去り、逃げ切れた、そう思った瞬間、ドラゴンの口が開けられブレスが火を吹いた。
やばい、水!水!!とっさに大量の水を生成する。ブレスと水がぶつかり、至近距離で爆発が起こり吹き飛ばされる。一瞬意識が遠のくが、落下してるのに気がつき、必死にレヴィテーションを発動する。エリザベスがずるりとずり落ちそうになる。エリザベス、気を失ったのか。ロープできっちり縛ってあるから落ちはしないと思うが、エリザベスの腕をしっかりと掴む。
地上はと見ると、ドラゴンとみんなが戦っている。エリザベスに呼びかけるが、返事がない。仕方がない、どこかに降りよう。
ドラゴンとの戦闘を避けて地上に降りる。ロープをナイフで切り、エリザベスを地面に寝かせる。エリザベスは鼻血をだして気を失っている。【ヒール】念のためもう一発【ヒール】。エリザベスがううーんと唸って目を開いた。
「大丈夫か!?エリザベス!」
「あんたの……」
「え?」
「あんたの頭が顔に当たったのよ!鼻の骨が折れるかと思ったわ!」
吹っ飛ばされたとき、後頭部が当たったのか。ヘルムかぶってるもんな。そりゃ痛かっただろう。すでにヒールかけたあとだから、ほんとに折れてたかもしれん。
「ご、ごめん」
「いいわ。ドラゴンは!?」と、立ち上がる。
「ああああ、そうだ!まだみんな戦ってる!助けないと!」
ドラゴンの戦闘を振り返る。何人もがドラゴンに接近して戦っており、うかつに魔法をぶっぱなすわけにもいかない。
「ど、どうしよう」
「大丈夫よ、見てなさい。もうすぐ終わるわ」
よく見ると、ドラゴンはすでに傷だらけ。そのまま見ていると、ラザードさんが首に大剣を打ち込んだ。ドラゴンは叫びをあげると倒れ、最後は暁の戦斧のリーダーの人が頭にとどめを刺し、ドラゴンは動かなくなった。メニューを開くと、レベルが3つもあがっていた。
山野マサル ヒューマン 魔法剣士
【称号】ドラゴンスレイヤー new!
野ウサギハンター
野ウサギと死闘を繰り広げた男
ギルドランクE
レベル6>9
HP 224/241+241
MP 258/368+368
力 43+43
体力 45+45
敏捷 29
器用 35
魔力 69
スキル 36P
剣術Lv4 肉体強化Lv2 スキルリセット ラズグラドワールド標準語
生活魔法 時計 火魔法Lv4
盾Lv2 回避Lv1 槍術Lv1 格闘術Lv1 体力回復強化 根性
弓術Lv1 投擲術Lv2 隠密Lv3 気配察知Lv2
魔力感知Lv1 回復魔法Lv3 コモン魔法 高速詠唱Lv5
【高速詠唱Lv5】詠唱を50%短縮する。
次回、明日公開予定
17話 倒したあとはおいしくいただきます
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