168話 エリザベスの実家その2
「それで今から見せること教えることは、絶対に口外しないでほしいの」
頭の痛そうな顔をしているお兄様と、困った様子のアニエス姉様に構わずそう言う。
同意してくれるならゲートで村に連れて行って、マサルと会わせよう。それが一番簡単だしてっとり早い。
「エリー、正直に話してくれ。送ってくれたお金はちゃんとしたお金なのか? 王国で何かやらかしてきたんじゃないのか?」
そうきたか。
だがお兄様の懸念はわかる。エルフの時の送金はそれまでと桁が二つは違った。もしそれが悪事に手を染めて手に入れたお金で露見でもすれば、事によってはブランザ家のお取り潰しまで考えられる。
借金返済でお金は全部使っただろうし、知らなかったなどと言い逃れも難しい。
「別に何も……あっ」
「エリー!?」
王都でトラブルがあったな。こちらに喧嘩を売ってきたバイロン家は王国でも有数の武門の名家で、そことエルフが下手をしたら戦争になるところだった。
だがあれはマサルとティリカのトラブルだし、きっちり終わらせてきたからノーカウントでいいわよね? うん、大丈夫だ。
「リシュラの王都でちょっとしたトラブルはあったんだけど、もうすっかり終わった話だし何の心配もないはずよ」
「エリー自身はほとんど関わりがなかったしのう」
「あのお金も言ったとおり、エルフを助けて冒険者ギルドから正規に支給された、後ろ暗いところはまったくないお金だし。なんなら真偽官の前で誓ってもいいわ」
リリアもうんうんと頷いている。
「だったら口止めなんてする必要はないだろう! 本当に大丈夫なのか!?」
「ええっと、公になると色々と面倒なことがね?」
「どこが後ろ暗いところがないって言うんだ……」
冒険者ギルドに問い合わせはダメか。王国の冒険者ギルドに問い合わせなんかしたら、どれだけ時間がかかるか。
ギルドカードの討伐記録を見せれば稼いだ裏付けにはなるだろうが、トラブルを起こしてない証明なんかにはならないし……
「エリーの魔力は、知ればあらゆる国や組織が頭を垂れて招聘しようほどに絶大じゃ。故にあまり大っぴらには出来ぬ」
リリアは余計なことを。自分だって私と遜色ない魔力があるだろうに。これは慇懃無礼に扱われていた意趣返しだろうな。
したり顔で言うリリアをお兄様がますます胡散臭げに見るが、なにせ全部本当のことでここで否定したところで意味はない。
「もういいわ。外に出ましょう」
どうやって稼いだか。短期間で村を作ったか。まずそれを見せよう。
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「ずっと思ってたのよね。もっといい屋敷を建てるべきだったって」
庭に出て、屋敷と呼ぶのもおこがましい地味な家屋を見て言う。
「村の規模からすれば相応だよ、エリー。大きいと手入れも大変になるし」
確かにそうだ。うちは人を雇う余裕があったが、お兄様にはまだそんな余裕はないだろう。村の規模を大きくしようにも、こんな魔境沿いの辺境に来たがる物好き者はそうそうは……いた。最近大量の無職の群れを見たな。
他国の者をまとめて連れて行くとなると外交問題になるだろうが、今の状況だ。アンから神殿経由で話を通せばいけるかもしれない。
家や農地は支給。自立するまで食料も支援すると言えば、一〇〇や二〇〇の希望者はすぐに集まるだろう。
移動が問題だな。多人数にゲートを公開するのは漏れるリスクが高い。
リリアの移動力で三日。歩きならその一〇倍はかかる。徒歩で行けない距離でもないが、その場合は護衛をどうするか。戦えそうな者はほぼ連れて行かれたという話だし、雇うとなると結構な人数が必要だろう。
「エリー?」
「ああ、ごめんなさい。少し考え事をしてたの。ところで今年は麦の収穫はどうだったのかしら?」
「豊作だったよ。借金はもうないから、全部手元に残しておける」
「それはいいわね。新規に入植者を入れるとして何人くらい養えそう?」
「……春から秋にかけての収穫が並だとして、余裕を見て五〇人。無理をすれば一〇〇人程度だな」
だったらすぐに植え付けできる農地があれば、もっと増やせるな。
「ヒラギスからの避難民で希望者がいれば、ここで受け入れたらどうかなって思って」
「来てくれるなら切実にほしい」
「でも食い詰め者の集まりだし、トラブルを起こすかも」
「うちは魔物に備えて戦える者が多い。多少暴れられても問題ない」
この地域は農地を拡げる場所としては悪くない。ただ魔境が近いだけあって実に魔物が多いのだ。それで兵士を多く連れてこざるを得なくて、財政を圧迫する原因ともなっていた。
「集める伝手はあるのか?」
「現地の神殿に顔がきくわ」
「今から準備するとなると……秋の植え付け前に五〇人。これが現実的なラインだな」
そして来年にもう五〇人ってところか。
だがその時期にはもうヒラギスは取り戻されているかもしれない。そうなると人を引き抜くのは難しくなるだろう。やるなら急がないと。
「あのあたりの木を切って、スペースをもらってもいいわよね?」
話しながら歩いているうちに裏庭についたので、話を打ち切る。屋敷の敷地はたっぷりとスペースがあるが、家の隣のいい位置には家庭菜園があったから、建てるならこのあたりだ。
「ああ、別に構わないが」
「サティ、お願い」
「はい、エリザベス様」
何か言いたげなお兄様を放置して切る木を指示し、剣を構えたサティに頷く。
サティが剣を一閃すると、カッと僅かな音を残し、木が一瞬で消滅した。
お兄様たちが息を呑む気配がしたが、なんてことはない。サティが切った木をタイミングよくアイテムボックスで回収しただけである。
木の根っこは土魔法でちゃんと掘り起こして、軽く地ならしをする。抜いた根っこも一旦アイテムボックスに入れておく。
「なるほど、アイテムボックスか。ずいぶんと手際がいいな」
「冬の間はこんなことばっかりやっていたのよ」
サティの剣がスパスパと木を切っていき、同じようにアイテムボックスで回収していく。その剣速は目で追うのも難しい。剣の心得があるお兄様なら、サティの腕が並じゃないことはすぐにわかるだろう。
十数本同じように処理をして、裏庭に十分なスペースを確保した。刃こぼれがないかチェックした剣を鞘に納めたサティは、息も切らせていない。
「どう? サティと戦ってみたい?」
「やめておこう。一瞬で真っ二つにされそうだ」
されそうじゃなくて、確実に真っ二つね。お兄様にはこの際、サティの強さをじっくり堪能させてやりたいところだが、それは後回し。問題はここからだ。
家作り、それも大きい屋敷作りは本当に難しい。複雑になるとそれだけでかなり大変なのだが、恒久的に維持する必要のある家には十分な強度もいる。がっちりした石材を形成しなければならない。
私に作れる家のサイズはマサルの半分程度。慣れれば出来る。練習すれば出来るとマサルは言ったが、結局その程度が限界だった。
私が不器用だとは思わない。マサルが器用すぎるし、魔力にも差がありすぎる。
「さあ、下がって下がって」
膝をつき、両手を地面につける。イメージよし。必要な魔力よし。上手くいきますように。
「大地よ。我が祈りに応えよ――」
魔力を集中――形状をしっかりとイメージ――
膨大な魔力が集まるに従い、大地が鳴動していく――
集中、集中だ――
「城塞建造!」
轟音とともに地面がせり上がり、土埃が舞い上がった。ゆっくり立ち上がり体のホコリを払う。
「これが私の帰郷の手土産よ。どうかしら、お兄様?」
そう言って、姿を現した屋敷を指し示す。
「まああ。すごいわ、エリー。ね、あなた?」
「あ、ああ」
成功した感触はあったし、見た感じも大丈夫そうだ。マサルは一度成功すれば二度目からは大丈夫というが、そんなことは全然ない。油断すると、どこか失敗する。
「まだまだ魔力に余裕はあるから、何でも作るわよ。家に城壁に見張り塔。井戸に水路に農地なんかも」
話しながら玄関用の穴を抜いて、中に入る。各部屋の扉用の穴を作ったり、二階へと上る階段を追加しながら、出来をチェックしていく。よかった。今回は完璧な出来だ。修正の必要はない。
二階建て。地下室はなし。地下には今はただの穴がある。あまり一気にやろうとすると失敗するから、見えない場所は後回しだ。
「これで少しは私の話を信じたかしら?」
「ああ、こんな大規模な土魔法は見たことがない」
世界最強クラスの魔力でもって家を作ろうだなんて、普通は思わないだろう。だがとても役に立つし、マサル曰く平和的な利用方法だ。
「それでさっきの話よ。こうやって家も農地も一気に作れるし、食料や資金も融通できるわ。お兄様さえその気になれば、一気に人を増やせるわよ?」
「二〇〇……いや、三〇〇人だ。新しい村の候補地があるんだ。そこに来てもらう」
「いいわね」
さすがお兄様。話が早い。
「ただし、移民の許可が降りるかどうかが問題ね」
「伝手があるんだろう?」
「無理押しできるほどじゃないわね」
私の個人事情で、あまりマサルたちに迷惑はかけられない。
「獣人はどうかしら? そっちならいい伝手があるのよね」
獣人ならマサルが一声かければ、すぐに集まるだろうし、許可とかも関係なしに来てくれそうだ。口止めしておけば、一〇〇人ばかり引き抜いても気が付かれまい。
「獣人か……」
「今は働き手が兵士に取られちゃってるけど、五年後一〇年後を見据えれば、獣人はいい戦力になるわよ? 独立した村にするなら問題ないでしょう?」
「それはちょっと考えさせてくれ」
お兄様は考え込んだ様子だ。獣人は時期尚早だったか。
種族が違うというのはトラブルの元になりやすい。特にうちは武門といっても魔法が得意な家系だ。物理的な力を信奉する獣人とは相性が悪い。独立した村になるだろうが、領地全体の獣人の比率があまり多くなってしまうのも統治上困るかもしれない。
「まあその件は一度ブルムダール砦に戻ってからね。移民自体が認められるかどうかわからないし、当座はこの村の改善を優先しましょう」
「エリー、色々疑ってすまなかった」
「わかってくれたら別にいいのよ」
ちょっと私の言い方が悪かったのもある。
「ところで本当にトラブルはもう大丈夫なのか?」
あー、どうしよう。もう終わったことだし、どうせそのうち話すことにはなりそうだしいいか。
「バイロン伯爵家っていう、武門の名家がマサルに喧嘩を売ってきてね?」
「エリー!?」
「まあまあ、兄上殿。きっちり片は付けてやったから大丈夫じゃ。それで一〇〇万ゴルドもせしめたしのう」
ぜんぜんお兄様の顔がすぐれないのは、私のせいではないはずだ。
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「――ということでね。もうすべて終わったことと真偽官の前で宣言してあるの」
「そうか……」
バイロン家との確執については、詳しく説明してとりあえずは納得してもらえたようだ。
他の話も概ね信じたようだ。私の力を目の当たりにしたし、サティの剣もほんの少しだが垣間見せた。
ただ、戦争だ内乱だという言葉がリリアから飛び出て、余計にお兄様の顔色が悪くなった。
考えてみれば他国の伯爵家が起こした内乱に関与したとなれば、結構ヤバかったかもしれない。家名はずっと隠して冒険者をやってきたけど、名前なんて調べればすぐにわかる話だ。
もっと身を慎むべきだろうかとは思うが、バイロン家のことみたいに私じゃどうしようもない時もあるし、もし何か迷惑をかけた時は、一族も村人も、全部こちらで面倒を見よう。
「公に出来ないことが多いのをお分かりいただけたかしら? だから出来れば口止めは約束してほしいんだけど」
「わかった。約束しよう」
「お姉様もそれでいいわね?」
「ええ。もちろん約束するわ」
「それで、他にはもう不穏な話はないんだろうな?」
ウィルのことは不穏じゃないはずだ。マサルが使徒なことも不穏じゃない。大丈夫だ。
「……たぶんもうない、わ?」
「おい!?」
「お、お兄様こそ、辺境なのをいいことに、悪いことはしてないわよね? いま話した通り、うちには真偽官がいるのよ」
「だ、大丈夫だ。うちに後ろ暗いところは……ない。何一つない、はず」
お兄様だってこんなにうろたえて。何もなくとも、本当に無いかと聞かれると、そう簡単に確信がもてるものでもないのだ。
「よかった。ティリカはちょっと真面目なところがあるから、もし何かあるようなら紹介もできなかったわ。マサルの嫁で私の義妹で、お兄様にとっても義理の妹なのよ。仲良くしてあげてね」
「ああ、むろんだとも」
「それでこれからする話が本番なんだけど」
「!?」
まだ何かあるのかとお兄様が目を見開いた。
大丈夫。ゲートの話は胃が痛くなるような話じゃない。
「実は……」
「エリーよ。実際に見せたほうがいいのではないか?」
話そうとしたところをリリアに止められた。
「あー、そうね。リリアのところへ?」
リリアが嬉しそうに頷いた。いきなり城に転移してサプライズか。口にこそ出されてないが、かなり胡散臭げな視線を何度も浴びたし、リリアにはそうする権利くらいはあるだろう。
「そろそろお夕飯の支度をしようと思うのだけど……」
夕飯と聞いてサティが反応した。今日はお昼が早めだったし、マサルもいないからおやつもなかった。適度に運動をしたサティは空腹だろう。
「大丈夫じゃ、姉上殿。話すことはこれで最後で、見せるのもほんの数分で済む」
「じゃあさっさと済ませてしまいましょうか。二人ともこっちに来て立ってくれる? そう。フライで飛ぶ要領で固まって。じゃあ行くわね。大丈夫。じっとしてればすぐに終わるから」
すぐに転移の魔力を集め――
おっかなびっくりな様子のお兄様の目に、理解の色がひらめいた。
「転移魔法か!」
お兄様がそう言い終わる前に転移が発動し、私たちはエルフの城のテラスに到着していた。
「おかえりなさいませ、リリ姫様! エリザベス様、サティ様!」
すぐさま常駐している数人のエルフの騎士が出迎えの挨拶をするのを、本日何度目かの驚愕の表情でお兄様が見ていた。お姉様もぽかんと口を開けて周りを見回している。
いきなりの野外。それもエルフの里で、周りにはエルフたちだ。さぞや驚いただろう。
「そちらの方は?」
「この二人はエリーの兄上殿とその奥方のブランザ男爵夫妻じゃ。父上はおるかな?」
「王は下町へとお出かけしております。伝令を出しましょうか、姫様?」
「特に用があるわけじゃないし、王様にご挨拶は後日でいいんじゃないかしら? ね、お兄様」
エルフ王にお目通りするのに心の準備が必要だろう。何も言わずにいきなり連れてきた私が思うことじゃないんだろうけど。
「あ、ああ」
「では後日晩餐にでも招待することにしよう。エリー」
「じゃあ次はうちの村へと案内するわね」
私とマサルと、エルフたちの手伝いで作った私の村を、やっとお兄様に見せることができる。
「小高い丘の上に屋敷を建ててね。とても見晴らしがいいのよ」
そう言って笑いかけると、なぜかお兄様が怯えた表情を見せた。
本当に村を見せるだけのことで、驚くようなことは何もないのに。
「大丈夫、うちはごく普通の村よ」
精霊の泉があったり、砦や城並の城壁があったりする程度で、何の変哲もない普通の……まあちょっと普通じゃない部分もあるかもしれない。
「もしかするとほんの少し変わったところがあるかもしれないけど、大丈夫。何の心配もないから! さ、行きましょう!」
そう力説したのに、お兄様にはかけらも安心した様子がなかった。
私はこんなに一生懸命がんばっているのに、一体何が悪かったんだろうか?