165話 仮面神官ふたたび?
前話、オークキングとの戦闘シーン後半、首を切ったあたりから後を修正しました
水堀に落ちるのはわかっていたので、さすがに溺れたりはしなかった。
防具もないので沈むこともなくしっかりと剣を握ったまま浮上し、レヴィテーションを発動。水堀から体を持ち上げた。春先でまだまだ水は冷たかったので、体の周囲に熱を起こし体を温める。服ごと乾かすのも出来なくもないが、さっさと屋敷に戻って着替えたほうが早い。
「あいつは倒したから、あとで死体を引き上げておいてくれ」
警戒しながらやってきたエルフたちにそう告げる。
気配察知で周囲を確認するが、オークキングは単独だったようだ。探知範囲に怪しいのは見えない。
次はギリギリと痛むお腹の怪我だ。
そろりと服をめくって見てみると、脇腹に親指ほどの金属片がぶっすりと刺さっていた。じわじわと血がにじみ出ているし、ちょっと触っただけでうめき声が出るほど痛い。さっさと治癒魔法をかけたいところだが、異物を取ってから治療しないと、そのまま体に残ってしまう。
ポーションを取り出し飲む準備をしてから、傷を見ないようにして……一気に引っこ抜いた。
痛みに膝を折りそうになるが、ぐっと堪えてポーションをあおる。ポーションで痛みが軽くなったところに、【ヒール】【ヒール】。それで傷は消えたが、ついでに解毒と病気治癒もかけておく。
ぐっぐっと傷のあった箇所を押してみるが、痛みは完全になくなっている。健康って素晴らしい。
「主殿!」
ようやくシラーちゃんが息せき切ってやってきた。だが城壁の上からである。跳ね橋は俺が落としちゃったもんな。ぶんぶんと手を振って、ちゃんと小声だ。
「け、怪我を!?」
顔色を変えるシラーちゃんを見て、改めて自分の姿を確認してみるととかなり出血していたようだ。一度水に落ちて洗い流されているはずなのに、服が大きく血で滲み、ところどころ破けてもいる。シラーちゃんから見ると大惨事だな。
落ち着け、とシラーちゃんを手で制し、エルフに俺は居ないことになってるからごまかしておくように頼んでおく。俺はここには居ないし、もちろん仮面をした神官なんて居なかったし、オークはエルフが倒した。できれば俺が助けた村人にも口止めしておくようにとも指示をする。
すぐに門は閉じたし、エルフ以外で俺を目撃した者は少ないからそれで大丈夫なはずだ。シラーちゃんは俺ほど顔は知られてないだろうし、問題にはなるまい。
城壁にいるのはエルフだけなのは今回助かったが、警備がエルフだけなのもそろそろ改善しないといけないな。突貫工事で村を作ったので、生活基盤を作るだけで精一杯の村人には自警団を作る余力がないと、エルフに頼りっきりだったのだ。
俺たちがいるうちは定期的に周辺のパトロールをしていたが、きちんと自力で身を守れる体制はあったほうがいい。
フライを発動させて、シラーちゃんの下へと移動する。
「少し目を離しただけでなんでこんなことに……」
「もう治したし、怪我なんかいつものことだろうに」
「こんなに血だらけにして何を言ってるんだ! しっかり面倒を見るように言われていたのに、サティ姉様やエリー姉様になんと説明すれば!」
ほんと、確かにどう説明しようかね。
まあ正直に話す以外にないんだが、俺はかなりがんばって戦って、人的被害をなしに抑えたのだ。言い渡されていた絶対安静を破ったにせよ、ここは褒められるべきだろう。
「いまの相手はたった一匹だったんだが、オークキングでかなりの強敵だった」
「オークキング」
「普通の魔物にエルフがあんなに警報を出すわけがないだろう。現にエルフじゃ止められなくて、村に入られかけてた」
跳ね橋を壊しちゃったが、大岩で止めなきゃ俺だけじゃ侵入は防ぎきれなかった。
「そんな強敵を苦戦しつつ倒して戻った主人に、妻としてどう出迎えるべきなんだ? こんな時獣人はどんな感じだ?」
今することはエリーに怒られる心配では断じてないんだぞ、シラーちゃんや。
「それは……」
少し考えたシラーちゃんは、濡れるのも構わず俺をぎゅっと抱きしめ耳元に囁いた。
「よくやった。我が主はどんな相手にも負けない素晴らしい戦士だ。私は主殿に仕えられたことを誇りに思っている」
そうそう、こういうのだよ。
「だから……次からはもう置いて行かないで欲しい。血を見てほんとに心配したんだ」
「ああ、悪かった。シラーちゃん」
シラーちゃんと言われてぎゅうっと力を込められた。いいじゃん、シラーちゃん。かわいいのに。
「いい加減このままだと風邪を引きそうだし、屋敷に帰るぞ」
また村人に目撃されるだろうが、こんなところで転移も使えないし戻りはフライでいいな。まずは風呂だ。がんばったご褒美だ!
だがしかし――
「マサル様!?」
「え、なんなのその格好……」
お昼にはまだだいぶ間があったはずだが、なぜか戻ってきていたエリーとサティにかちあった。
ベランダに降り立った俺にサティが駆け寄ってき、エリーは呆然としている。安静を言い渡して戻ったら、たった数時間会わなかっただけで、ずぶ濡れの血まみれで服もぼろぼろ。さぞかし驚いたことだろう。
「ちょっと怪我はしたけど、そっちはもう治した。サティ、とりあえずお風呂だ」
「あ、はい」
「見ての通り、濡れ鼠だ。詳しいことは上がってから話すよ」
そのままサティとシラーちゃんを連れて自室のお風呂に移動すると、エリーも付いてきた。
「何があったか、いますぐ聞きたいものだわ」
「じゃあお湯を頼む」
我が家のお風呂は水の精霊のお陰で、お湯未満の温かい水が常時使えるが、お湯だけは自力で沸かさないといけない。
「そっちは? 他のみんなは?」
「サティが大物を仕留めてね。マサルに回収してもらおうと急いで戻ってきたの」
エリーのアイテムボックスに入れてもいいが、そうすると転移が使えなくなる。俺を呼んで回収するのが一番手っ取り早い。
「こっちは村にオークキングが出てね。エルフが苦戦してたから手伝ったんだ」
「それで戻っても屋敷に誰もいなかったのね」
メイドちゃんたちは安全な水精霊の近くに自主避難。パトスは戦えるから戦闘のお手伝いだろうか。
「オークキングの攻撃はまったく食らわなかったんだけど……ティリカやリリアたち、待たせてるんだろ? 合流してまとめて説明したほうがいいな」
「そうね。こっちで早めのお昼にしましょうか」
ゆっくりお風呂のつもりだったが軽く汚れを流すだけにして出て、サティに着替えを手伝ってもらい転移すると、小型のセスナくらいある大きい鳥が目の前に転がっていた。
「おお、たしかにこれはかなりな大物だな」
いいお金になりそうだ。
「ロック鳥は空腹でもなければ地上の者はあまり襲わんのじゃが、エルフが空を飛んでると縄張り荒らしと思うのか時々絡まれるのじゃ」
待っていたリリアがそう説明してくれた。地上に降りてエリーのサンダーで撃ち落とし、あとは弓と魔法で倒したようだ。
「でもこいつ、かなり強いんじゃないか?」
オークキングでも丸呑みにしそうだ。
「ま、たった一匹じゃ。危険もなかった」
「そうだな。いくら強そうでもたった一匹だ」
ドラゴンでもあるまいし、たかが一匹でさほど危険があるとは思わないよな。
とにかく回収して、全員で屋敷に転移。居間に移動し、どっかりとソファーに腰をおろした。ちょっと気分が悪くなってきた。説明が終わったらさっさと休ませてもらおう。
「で、マサルは何があったの?」
「俺は部屋で大人しくしてたんだけど、村の鐘が鳴ってね。鷹の目で見たらオークキングが一匹村に向かってくるじゃないか。エルフが迎撃してたんだけど――」
逃げてくる村人が邪魔で思うようにオークキングに攻撃できず、村に接近を許した。思うにあれはわざとだな。村人を盾にしていた。
「ヤバそうだなって、とりあえず転移で壁の上まで行ったんだ」
シラーちゃんを連れてのフライでは間に合いそうにもなかったことも付け加えておく。
「それでなんで血だらけなのよ。上から攻撃しておしまいじゃない」
巻き込むのを覚悟でサンダー系がよかっただろうか? でもオークキングを止めるだけの威力を出すと、普通の人は確実に死ぬな。俺はまだ人は殺したくない。
「俺は上から大岩を落として仕留めるつもりだったんだ。オークキングはたった一匹だったし」
そこで村人が転んでしまい、助けるために下に降りた。
「女の子だったの?」
「男だったな」
うちの村は男が多い。最近は女の子も増えたが、ほとんどは村の中でお店とかの手伝いをしている。
「どこが男は切り捨てるよ。それで怪我をしてちゃしょうがないじゃない……」
「まあ咄嗟のことだし、オークキングはそれなりに手強かったけど、もう俺がやられる相手じゃないしな」
戦闘突入時から、最後のほうの火球から水堀に落ちたあたりまでを一気に説明をした。あまり心配をかけるのもなんだし、かなり危なかった場面だったことは意図的に省いて、純粋にどんなことがあったかだけの説明だ。実際あいつは本当に強かったけど、結局俺がダメージを負ったのは自分の火球の余波だけだったしな。
「それで怪我は大したことはなかったの? かなり血だらけに見えたけど」
「結構血は出てたな。でもぱぱっと治したんでよくわからん」
痛いながらもなんとか動けたし、たぶん内臓までは到達してないだろう。
でもティリカがこっちをじっと見てる。
「あー、そうだな。傷はさほど深くなかったけど、治すまでに動き回ったせいでちょっと血は流しすぎたかも……」
気分の悪さがかなりぶり返してきている。
「うちの実家訪問は中止ね。私たちだけで行ってくるから、マサルはまたの機会にしておきましょう」
まあそうだな。この状態で仕事はきついし、ふらふらの状態でエリーの家族にご挨拶とかしたくはない。
そもそもどう考えても安静延長だ。
「マサル様。オルバ様と警備隊のイシカが来ております。オークを回収してきたそうです」
予定の変更を話してるとパトスがそう報告にきた。イシカさんはうちの村を警備してもらっているエルフの責任者である。
「それと話があるそうですが」
「うん、通してくれ」
イシカは居間に入るなり、いきなり俺の前に膝をつき、頭を下げた。
「申し訳ございません!」
「エルフに不手際はなかっただろう? とくに被害もなかったし、よくやってくれたと思うんだけど」
なんでこの人謝ってるの? あ、まさか俺が戻ってきたのがバレたとか……
「違うのです。あいつ、火傷顔がここを襲ったのは我々のせいなのです」
あのオークキング、一度エルフの里を襲撃しようとしたらしい。なんて無謀な。
部下を率いて門から突入しようとしたが、近寄るまでもなくあっさり撃退された。その時部下はほとんど殲滅したのだが、バーンフェイスだけは取り逃がした。
エルフの里の周囲はかなり見通しがいいし、こっそり接近するのは無理だろうな。
うちの村はその点まずい。まだ農地分しか伐採してないから、森が近い。魔物の接近に気がつくのが遅れる。
自警団の話と一緒に、伐採を優先して進めるように言っておかないといけないな。
で、しばらく目撃もなかったから、逃げたか諦めたかでもう終わったことだと思っていたら今回の件である。
エルフの里から俺の村へは途中に砦はあるし、距離もかなりある。それがここまで来て襲撃してきたというのは、エルフのフライでの行き来を見られ、後をつけられたのに間違いない。
フライでの移動は俺たちが旅に出て転移が使えなくなったからで、それでこのタイミングか。
「たかが一匹のことじゃ。警戒せよというほうが無理な話じゃろう。イシカよ、断じてそなたのせいではない」
「そうそう。怪我も大したことがなかったし」
バーンフェイスの話とて、正式に報告があったわけでもなく、単にこんなことがあったと雑談ついで聞いた話にすぎなかったようだ。
魔境に近いエルフの里では、小規模な魔物の出現など日常茶飯事で、たまたまエルフの里の防衛戦の生き残りが出たらしいと、話題になったにすぎない。
しかしあの火傷。エルフの里の生き残りだとすれば、やったのは俺のメテオか。
火球を見て踵を返したのは、まさか俺がやった当人だとわかったわけではないだろうが、火魔法使いに恨みがあったんだろうな。
「あとですね」
口止めする間もなく、仮面をつけた神官がオークキングと戦っていたという話が拡がっていたらしい。
一応俺の言った通り、仮面神官は助力だけでエルフが倒したことにはしたそうだが……
「フライで屋敷に向かったのも見ていた者がいたみたいで、とりあえずマサル君の客人らしい。我々はよく知らないと言っておいたんだが、よかったかい?」
「そっちはそんな感じで知らぬ存ぜぬで頼みます、オルバさん」
村の被害は転んだ村人が膝を擦りむいた程度で、跳ね橋の修復にはもう取り掛かっているそうである。他にも出入り口は作ってあるので、とりあえず困ることもない。
それと自警団の編成と森の伐採を進めることもついでに話し合っておいた。
「で、なんでまた仮面神官をやってるのよ?」
オルバさんとイシカが退出した後、そうエリーが聞いていた。
「たまたま神官服を出してて、とっさに変装しなきゃと……」
「まあそのまま出て行くよりかは良かったかしらね」
ゲートがバレるか、仮面神官がバレるか。果たしてどっちがダメージがでかいだろうか? いや、仮面神官が俺だってバレるとなし崩しにゲートもアウトか? 考えるとクラクラしてきたな。
あ……違う、これは……
「すごく気分が悪い。そろそろ限界だ」
立ち上がったらそのまま倒れそう。イシカと話してたあたりで結構やばかったが、我慢してたのだ。
「ばっ、それを早く言いなさいよ! サティ!」
今日はほんとうにひどい目にあったな。魔力酔いが完治しないままで魔法を何度も使い、爆風に吹き飛ばされ、出血多量に、冷たい水にどぼん。
異世界に来て死にかけたのはこれで七回……剣闘士大会でラザードさんにやられたのも入れれば、通算八回目だな。
こっちにきて八ヵ月で八回。相変わらず月一で死にそうな目に遭うのは、何か呪いでもかかってるんだろうか?
来月は剣の聖地での修行だ。そこではできれば死にそうな目に遭いませんように……
10月25日発売の7巻、予約等始まっておりますのでよろしくお願いします。