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159話 砦の神殿にて

 冒険者ギルド、商業ギルドと用事を済ませて、最後は神殿である。

 残りの食料やアンの私物を運び込むのと、アンをひとり預けるのにしっかりと挨拶しておかないといけない。


「それで神殿はどんな具合なんだ?」


「あー、それなんだけどね……」


 朝食の席では唐突にバトルが開始されることになり、ろくに話す時間が取れなかった。ちらっと聞けたのは孤児院のことと人手不足が深刻だくらいで、詳しくはどうなのかと道すがら聞いてみたんだが、何やらアンの返事が怪しい。

 同じ神官とはいえ他国の余所者新参者で、伝もコネもまったくない、知らない人ばかりの環境だ。それが寄付だ、孤児院だとひどく目立つ行動をする。妬みや反発でいじめられたりハブられたりというのは十分考えられる。


「別に気にすることないわよ。マサルだって派手にやってたんだし」と、エリーが言う。


「私はただ、普通に治療しただけなのよ?」


 なんとなく状況がわかったぞ。普通にやらかしたんだな。


「普通ってどれくらいだ?」


 一応どの程度やらかしたのか聞いておこう。


「全部」と、ティリカが端的に述べる。


「全部か……」


 ここには難民キャンプも合わせるとちょっとした都市以上の人口がいる。相当な数になるな。

 今のアンの能力からすれば、俺がシオリイの街やゴルバス砦でやった治療を遥かに凌駕する仕事量でも余裕だろう。


「神官が激務に耐えかねて何人か倒れたらしくてね。治療は滞ってて苦しんでる人がたくさんいたし、ちょっと手は抜けないわよね。アンはほんとよくやったわ」


 目立たないようにしようと思っていても、怪我人や病人を目の前にして治療しませんという選択肢はない。無理して助けたわけじゃない。普通にやって助けられるんだし。


「それで本気出しちゃったか。まあ仕方ないな」


「本気とまではいってないんけど……」


「余裕でやっちゃったのが、むしろまずかったわね!」


 そう言うエリーはことが派手になって、まずかったといいつつかなり嬉しそうだ。

 うちではあんまり活躍してないみたいなことを自分で言うことはあるが、回復魔法のレベルといい魔力量といい、世界中の神殿を探してもアン以上の治癒術師はたぶん存在しない。

 そのアンの力がついに白日の下に晒されることになった。神殿に対して詳らかにされた。まだ真の実力は見せてはいないが、判明した分だけでも常識外れだろう。

 こうなると神殿はアンを手放したくなくなるだろうな。冒険者なんかとんでもないと、あの手この手で神殿に縛ろうとするだろうか? 俺の時も後方支援に徹しろと言われたもんなー。


「実は昨日はあれでいっぱいいっぱいでした! とかやれば案外どうにか……」


「ならないわよ」


「だよなー」

 

 エリーはヒールしか使えないし、せめて俺が一緒で手分けしてやれればよかったんだが、俺のほうは俺のほうで忙しそうだと遠慮したんだろう。

 アン一人で十分だったのも確かなんだが、一人で足りてしまったのも問題だった。


「面倒なことになってるみたいだし俺も残ろうか? 獣人たちのこともあるし」


 ろくに獣人の面倒を見ないで出発するのは心苦しいのだ。エリーの実家は転移で軽く顔を出せばいいし、修行にはみんながこっちに戻ってから改めて行けばいい。


「別に言うほど面倒なことになってるわけじゃないし、マサルは修行があるでしょ」


「そうよ。私の実家はなるべく短く済ませるから、剣聖の修行にはぜったいに行くのよ」


「心配ならわたしが残ろうか?」と、ティリカまで言い出した。


 剣聖の弟子ともなればネームバリューは絶大。まかり間違って剣聖の後を継ぐことにでもなれば、その名声は計り知れない。エリーとしても外せないだろう。

 俺としては生き残れる程度に強くなれればいいし、きっつい修行なんかやりたくないんだけどな……


「ちょっとの間くらい一人で大丈夫だから。それに獣人のこともよく見ておくから、マサルは安心して修行に励んできなさいな」


「どうしても心配なら私のほうは後回しでもいいのよ? マサルたちを剣の里に送っていって私たちは残ればいいし」


 どうあろうと修行の回避どころか、後回しも許してもらえそうにないようだ。


「わかった。予定は変えないでおこう」


 まあアンのことは俺に言わなかったくらいだし、ほんとうに大したことにはなってないんだろう。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 俺たちが神殿に足を踏み入れると、あっという間に十数人の神官に囲まれた。


「シスターアンジェラ!」

「この方が冒険者の旦那さん?」

「アンジェラ様、ここには残れそうなのですか?」と、一斉に声をかけられた。


「ええ、残ることになりました」


 アンがそう言うと、わっと歓声が上がった。とりあえず偉い人に報告に行くからと彼らを後にしたのだが、見送りながら万歳三唱でもしそうな勢いだ。

 偉い人のところに案内されると、そこでも下へも置かない歓待ぶりだった。


「もちろん、もちろん! シスターアンジェラは当方で大切に預からせていただきます。今常駐している騎士団は帝国の神殿でも屈指の部隊です。安全に関してはこれ以上ないと言っていいでしょう。何のご心配にも及びません!」


 俺がアンの安全について少し触れただけで、必死に力説された。少なくともいじめとかは全然心配なさそうだな。


「さっそく今日から働いてくださるので? おお、皆が喜びます!」


 偉い人が話してくれたところによると、ヒラギスの神殿組織は壊滅状態だそうだ。全滅したエルフほどではないが、国をあげての撤退戦に、戦う力がある者は戦わざるを得なかったのだろう。

 人を救うことを信条とする神官だ。神官にしろ騎士団にしろ、損耗率は目を覆うほどだったという。

 応援要請は出しているし帝国の神殿からの派遣はあるももの、ヒラギスの生き残りの多くが奪還軍に組み込まれ、避難民に対して神官の数の絶対的な不足。その状況はもう何ヶ月も続いて、激務に倒れる者も出始め、状況はさらに苛酷さを増す。

 なるほど、これでは手は抜けまい。


「奥方を残す決断をしていただいて、感謝の念に堪えません。その上、食糧援助に多額の寄付、孤児院の建設まで申し出てくださるとは」


 そう言って深々と頭を下げられた。このあたりの話は表向きはすべて俺次第ということになっている。

 実際のところは嫁から要望があればほいほいと言うことを聞くし、パーティ運営は相談の上決めているのだが、俺が最終決定権を持っているのは確かだし、今回資金を全部投入しようと提案したのは俺だしな。


「あまりお気になさらずに。俺たちはやれることをやっているだけですから」 


 ここで謙虚スタイルで攻めて、更に感謝されるまでが一連の流れである。

 支援は匿名ということに一応はしてもらっている。神殿内で噂になるくらいはもう仕方ない。おおっぴらにすると外部まで広く知られてしまうし、あまりがっつり隠すと今度は仮面神官みたいになってしまう。さじ加減が難しい。


 食料は物が物だけに隠しようがない。長くなりそうな偉い人の話を打ち切って、神殿の倉庫に獲物を放出したのだが、さほど大きくない倉庫に収まりきらず、取り急ぎ物置を片付けて新たな倉庫にすることとなり、手の空いた神官や、騎士団の人まで手伝いに来て、「力仕事は我々にお任せください!」と、さくさくと荷物を運びだし始めた。

 アイテムボックスでやればすぐなんだけど、まあいいか。手伝いに来たというより、アンの顔を拝みにきたんだろうし。

 ついでに来ていた騎士団長に挨拶して、何かあればよろしくお願いしますと頼んでおく。神殿騎士団は頼りにできる。

 騎士団長の話によるとヒラギス側に築かれた別の砦が最前線で、ブルムダール砦は第二防衛戦。最前線にはかなりの兵力が配置されているし、よほどのことがあっても時間の余裕はたっぷりあるから、心配はまったくないようだ。


「なんか大丈夫そうだな」


 ちょっとした騒ぎになった食料出しも終わり、アンの滞在する予定の部屋に私物を出して整理しながら言う。

 安全面もそうだし待遇の方も、アンはずいぶんちやほやとされいる。持て成されている。

 だが結局それだけのことなので、問題があるというわけでもない。それがアンにはずいぶんと居心地が悪いようだが。


「私、神殿じゃかなり下っ端なのよ?」


「何を今更言ってるのかしらね? アンも今は領主の奥方様で高ランクの冒険者でしょ。もっと堂々と、偉そうにしてればいいのよ」


 実際うちの領地に神殿を建てる時は、その長になるという話もある。いつまでも下っ端というわけにもいかないだろう。

 割り当てられた個室も、質素であるがベッドを入れれば俺たち全員が泊まれる広さだ。もっと豪華な客室もあったが、これくらいでと落ち着いたらしい。


「この先こういうことは多いだろうし、アンも慣れることね」


「私はマサルほど、こういうのがダメだってわけじゃないんだけど……」


「でも自分に振りかかると案外きついだろ?」


 アンは黙って頷いた。俺も人事でなら気軽に見ていられるが、たくさんの人から注目され期待されるプレッシャーというのは、それが善意であっても想像以上に重いのだ。


「そもそもよ? 私たちがいまだに無名のままだって言うのがおかしいのよ」


 剣闘士大会での優勝もあって王国ではそこそこ有名になってきたが、エリーとしては故郷の帝国で名前を売るのが本来の目的だ。だがせっかく目標のAランクになっても、その元となったエルフの里での功績はおおっぴらにできなかった。

 たったひとつのパーティで戦局をひっくり返したのだ。もし公表できれば今頃英雄として名声は鳴り響いていただろうが、実態は無名なAランクだ。

 まあ魔族関連の話があったから論外だったんだけどな。


「無名で結構じゃないか」


「どうせヒラギスは本気でやるんだし、こんなのまだまだ序の口よ」


 ヒラギスに関してはもう諦めている。神託が出てるし、魔物と戦うのにいつまでも魔族が怖いとも言ってられてない。いい護衛も手に入った。それにヒラギスでは高ランクの冒険者もたくさん参加する。エルフの時も高ランクの冒険者は俺と間違われるくらいの働きはしたのだ。ヒラギスでも立ち回り次第だろう。


「だからね? ちょっといいアイデアを思いついたのよ。パーティを開きましょう!」


 しかしほんとにこいつはブレないな。唐突にパーティを開きたいと言い出すとか、ヒラギスの件で村でやる予定だったパーティが潰れたのを根に持ってたのか? でもここでやろうとかさすがに突拍子もなさすぎる。


「それのどこがいいアイデアなんだ?」


「寄付金集めのパーティよ。もっと大々的にお金を集めるの」


「おお、なるほど。チャリティパーティか」


 貴族はこういう機会には軽くパーティでも開いて、人脈作りなどに活用する。チャリティパーティだから、列席した貴族も手ぶらというわけにもいかず、フランがぽんと五万ゴルド出したみたいに、更に寄付が集まる仕組みになっているそうだ。やるなら神殿も協力は惜しまないだろう。


「うちみたいな弱小領主が五〇〇万以上も出してるんだもの。他がしょぼい金額じゃ面子が立たないわよね。かなりな大金が集まるわよ!」


 エリーは名前が売れて人脈が増える。難民も助かる。俺にも利はある。


「修行しながら狩りもやるってかなりきついでしょう? こっちでお金を集めておけば、マサルは修行に集中できるわよ」


 この案なら俺は修行に専念したままで難民を助けられる。俺がパーティに出る必要もない。

 優しい心遣いと思わせつつ、俺が修行をサボれないよう手を打ってきやがった。

 だが剣の修行はやったほうがいいにせよ必須じゃないはずだ。必須というなら神託が出ているヒラギス、つまりここでの活動を優先すべきだし、経験値稼ぎも必要だ。

 そこらへんはしっかりわかってるはずなのにこの修行推し。エリーはまだわかるが、アンやティリカまで。


「剣で強くなってもどうせ俺は魔法をぶっ放すのがメインだろ? ならヒラギスまでは経験値稼ぎに出てたほうがよくないか?」


「マサルは剣聖に会うべき。それは絶対に必要」


 ティリカが厳粛に告げた。


「ふむ。でもなぜだ?」


「剣聖は」と、ティリカが語りだした。


「一人魔境奥深くに乗り込んで魔王と戦い、手傷を負わせて帰ってきたらしい」


「らしい?」


「何かと戦ってきたようだけど、剣聖も正体がわからなかった。それに勝てなかったから詳しくは話したがらない。だから魔王だと言われている」


 魔境にソロで行ったのはすごいんだろうけど、負けて逃げ戻ったんじゃな。

 いや、それでも話を聞く価値はあるか。俺もいずれは魔境に乗り込まなければいけない可能性は大きい。会って戦ったのが本当に魔王なら確認すべきだ。

 重要な話だし誰か聞き出さなかったのかと思ったが、どうも権力は一切尊重しない気難しいタイプらしい。


「そういえばマサルは遠国の出で、こっちの話は時々驚くほど知らなかったわね。あのね、剣聖ってすごいのよ? フレアの直撃を食らって火傷で済んだって聞いたことがあるわ」と、エリー。


「え、なにそれ?」


 フレアって当たったらすごい大爆発を起こすんだぞ? それが直撃で火傷?


「撃った魔法使いは殺されると思って身構えたんだけど、肩をポンと叩かれて、「その力は俺じゃなくて魔物に向けな」って言われて終わったそうよ」


「フル装備の騎士団一〇人を落ちてた小枝一本で全滅させたとか、中古のなまくらでオリハルコンの剣をへし折ったとか」と、アンも言う。


「ドラゴンを倒した話もいくつもあるわよ。私が一番好きなのは、辺境の村の近くに出来たドラゴンの営巣地に乗り込んで、そこのボスを倒したって話ね」と、エリー。


 おそらく繁殖のためだろう。十数匹のドラゴンが集まり巣作りを始めていた。そこに一人で乗り込んで、ボスと戦って気絶させた。単独行動好きだな、剣聖。

 

「気がついたボスは剣聖に頭を下げると、群れを率いて悠然と去って行ったそうよ」


 王城に正面から堂々と乗り込んで、道を阻む兵士をすべて倒して王に直談判したとか、魔物の襲撃を三日三晩防いだとか、とにかく剣聖の伝説には枚挙に暇がない。相手が人間だろうが魔物だろうが倒せぬものはない。唯一土を付けたのが最初の話に出た何か。故に魔王であろうと。


「すべて事実」


 もういくつか剣聖の逸話を教えてもらって、最後にティリカが締めくくった。ティリカが保証するのだ。事実なんだろう。


「生ける伝説だよ、主殿。会って稽古を付けてもらえるかもしれないとは夢みたいだ」


「どう? 修行を受ける気になったでしょ?」と、エリーが言う。


 修行はともかく、会ってはみたくなったが……

 

「後継者探しをしてるんだっけ? どう考えても無理だろ」


 有り体に言って化物だ。人間じゃない。

 ドラゴンを気絶させるくらいは俺でも魔法でできるだろうが、小枝でフルアーマーの騎士を倒すってどうやるんだ? フレアで火傷だけ? 後継者が見つからないのも無理はない。

 だがみんなは黙って、サティなんかはすごく期待に満ちた目で俺を見つめていた。


「……俺?」


「マサルなら、そのうちこれくらいやれそうな気がするのよね」

 

 ぽつりとエリーが言い、みんなもうんうんと頷いた。

 そうか。エリーはそれを見てみたかったのか。他のみんなも……って、無理だから。絶対無理だから!


ドラゴンを気絶>魔法でならできる

フル装備の一〇人の騎士を倒す>魔法込みならできる

なまくらでオリハルコンの剣を折る>たぶん魔法剣でできる

フレアの直撃>強固な土壁で直撃を防げば恐らく耐えられる

王城に一人乗り込む>こっそり侵入ならできる

三日三晩>眠いし無理

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