143話 王都の休日その2
王都での日程も残すところあと二日。今日はパーティで、明日一日は出立準備。そして明後日には帝国に向かって出発である。
まあ準備と言っても、アイテムボックスを活用しての身軽な旅だし、ギルドやフランチェスカ関係はエリーがやってくれる手筈になったので、俺は今日もシラーちゃんのお相手である。
まずは朝一でまた紋章師を呼び出して、シラーちゃんの奴隷紋を消してもらった。
「いくぞ、主殿!」
奴隷紋が取れたらすぐにバトルである。ほんとに戦うの好きだな、シラーちゃん。俺としても一度腕を確かめておきたかったんで別にいいんだけど。
奴隷紋の制約のせいで、こっちから殴りかかることはできてもシラーちゃんからは攻撃できなかったこともあって、ちゃんと戦うのは初めてである。
サティなんかは解放直後はかなり遠慮してたが、シラーちゃんは何も言わないでも本気でかかってきやがるな。昨日のあれの意趣返しだろうかとちょっと考えたが、単にそういう性格なんだろうな。実にいきいきと襲い掛かってくる。
剣術のレベルを上げて昨日より見違えるほど動きはよくなっている。侮れないくらいのスピードとパワーもある。しかし俺から見れば攻撃は単調で、あしらうのも難しくはない。
剣術のレベルが同じになっても、ステータスもスキルも、くぐった修羅場も段違いだし、当分負けることはなさそうだ。
それに……なるほど、これが不器用ってことか。今まで力任せで雑な攻撃をすると思っていたのだが、不器用なりに一生懸命がんばってたんだな。
レベルアップとスキルでの強化である程度改善が見込めるだろうが、不器用を治すってどうするんだろうか? そもそも治るようなものなのだろうか?
「よし、今日はこれくらいにしておこう」
だいたいの動きは見れた。不器用さは垣間見えるにせよ、加護での戦闘力アップで通常の敵相手なら何ら不足はなさそうだ。
昨日のうちに重装甲にして盾役、じゃなくてもパーティの最前衛を担当してもらうことで話はつけてあるし、もし盾役が合わなくても、前衛が一枚増えればそれだけで、敵に肉薄された時の安全性は格段に上がる。
短時間の手合わせにシラーちゃんは不満そうだが、今日はそこそこ忙しい。シラーちゃんの装備を見繕って、あと冒険者ギルドの登録もしておかないといけない。午後からはサティのパーティがある。
武器はエルフに貰ったのが色々揃ってはいるが、防具に関しては金属鎧を使うならカスタマイズに時間がかかる。特に獣人には猫耳と尻尾の穴が必須だ。旅行中に調達しようにも、フランチェスカ次第で気軽に転移も使えなくなる。
エルフの里の鍛冶屋にリリアとサティを伴って移動した。ここには何度も世話になっていて融通がきく。というか、こっちの事情もわかっているし、無償でなんでもやってくれる。
「こやつに合うフルプレートメイルが必要じゃ。二日で用意せい」
だからといって無茶振りして良いという話でもない。
「この娘は、今度うちのパーティの前衛を担当してくれることになったシラーちゃん」
今後世話になるだろうからシラーちゃんをちゃんと紹介して、鍛冶屋の親方に事情を簡単に説明しておく。事情を隠す必要がないというのほんと楽だな。こちらの求めるモノを正確に理解してもらえる。
今回はすぐに狩りに出るだろうから、とにかく装備を揃えるのが最優先となる。いまシラーちゃんが持ってるのは革装備一式。うちの火力を考えれば当面はそれでも平気だとは思うが、後々のことを考えて早めに重装備にも慣れさせたい。
それに加護で能力も一流になっているから、それなりの質のモノがほしい。
どうあがいてもフルプレートの作製を二日では不可能だから、サイズの合う在庫があるかどうかということになるんだが、そこはエルフの鍛冶屋である。プレートメイル自体の在庫が少ない。
とりあえず一つ、二つ、調整すれば合うのはあったが軽量のエルフ用で、防御力もそれなりの軽プレートアーマーといったところだろうか。
どのみち修行もするからぼっこぼこになるだろうし消耗前提だ。適当に決めて改修してもらおうと思ったらもう一つ、倉庫の奥でホコリを被っていたのを親方が出してきた。
「マサル様、これもサイズが合いそうですよ!」
「主殿、これっ、これがいい!」
それは黒鉄鋼製で、エルフらしからぬごつくて禍々しい雰囲気の全身真っ黒い鎧だった。
「強そうですよ、シラーちゃん!」
確かに強そうではあるが、どう見ても悪役向きだ。
角が生えていたり、全身に余計な装飾が多く、動いたらガチャガチャとうるさそうだ。フルプレートだからある程度の騒音は仕方がないが、あまりうるさいようだと狩りで困る。
だが普通のより静かだと親方が太鼓判を押してくれる。
親方によると闇夜での視認しにくさと静寂性を重視して試作されたのだが、少々装甲が肉厚になってしまい、エルフでは扱えないくらいの重量になって死蔵されていたそうな。
重さはシラーちゃんなら平気だろうが……
「何でこんなデザインなんだ?」
「暗いところでこれが突然現れたら、さぞかし驚くだろうなと」
それで無駄にオドロオドロしい感じの装飾か。
「いい鎧ではないか、主殿」
「そうです! そうなんですよ! 重量以外は欠点らしい欠点がなくて、処分するにも忍びなくて……」
エルフはこういう思いつきで作るのが好きだな。やっぱり長いこと生きてると退屈になってくるのだろうか。
「見た目はアレじゃが、本人がいいならそれでいいではないか。それにこっちの鎧はエルフ用だから装甲が少々心許ないぞ?」
エルフから見ても見た目がアレなのはどうかと思うが、タダでやってもらって無理も言っているからあまり贅沢も言えない。見た目を除けば実用的ではあるし、何より時間がなかったから、黒鉄鋼の鎧の改修を発注して鍛冶屋を後にした。
しかしあの暗黒騎士みたいなのがうちのパーティの先頭に立つことになるのを、リリアはわかって言ってるのだろうかね?
「ついでに父上に挨拶をしていくぞ。マサルは最近会ってないじゃろう?」
「そうだな。少し寄って行こう」
今回のクエスト、エルフには直接は関係ないが教えておいたほうがいいな。何か不測の事態でエルフに助力を頼むことになるかもしれない。
何もなくても助けてくれるだろうが、大義があれば話も早くなる。
「剣闘士大会で優勝したそうだな。さすがは我らが英雄よ」
謁見の間で誰かと会っていたようで、続きですぐに通された。
今日は長居をするつもりもないので、そのまま謁見風にお話である。
「はい。その節はエルフの戦士を派遣していただいて、ずいぶんと助かりました」
サティも俺の後ろでコクコクと頷いている。
大会の模様はすでに誰かに詳しく聞いていたようだから、ヒラギスとクエストの話をする。
「新たな神託が下っただと?」
「ただ、なにぶん先の話なので……」
クエスト内容も大雑把であるし、現段階ではどういう支援が必要か。支援自体が必要かもわからない。そう説明をする。
「その時には協力を惜しまない」と、確約を貰った。
最後にシラーちゃんも紹介しておく。
突然の紹介に、えっ? て顔をしているが、うちの家族になったんだから紹介くらい当然だろう。サティの後ろで静かに控えていたシラーちゃんを王の前に引っ張りだす。
「まだ正式に娶ったわけではないですが、加護がついております、父上」と、リリア。
軽く結婚式でもと思ったのだが、シラーちゃんが固辞したのだ。自分は主に剣を捧げた配下だからと。
だからといって言うがままに配下扱いはないだろうと、嫁たちの末妹ということにして、昨日あたりから皆を姉様呼びしている。それすら恐れ多いと思っているようだが、この辺りが妥協点だろう。
もうちょっと親密にしとけばよかったかと思ったが、まあこれから仲良くなっていけばいい。
「ふむ。シラーと言ったな。我が娘と婿殿をよろしく頼むぞ」
「はっ。まだまだ力を使いこなせてない若輩者ですが、パーティの剣として盾として、この身をもって守り通すと誓いましょう」
「うむ。何か困ったことがあれば、いつでもエルフを頼るが良い」
「ありがとうございます」
おお、特に何も教えてないのにちゃんとした対応だ。えらいな。あとでほめてやろう。
「急に王の御前に出すなんてひどいぞ」
退出した後、ほめてやったら怒られた。
「でもリリアの身内になったんだし、そんなにかしこまらなくても平気だ」
「そうじゃぞ。そなたも我が一族に連なる者になったのじゃからな」
「でも今度から、偉い人と会う時はちゃんと事前に警告してほしい」
まあそれはわかる。心の準備くらい必要だもんな。
この先そんな機会は……結構あるか? 王国の王様とかフランチェスカとか。
でもフランチェスカは剣士だし、シラーちゃんとは気が合いそうだ。
いや待て。一人忘れてた。
「えっと、ウィルのことだがな」
「うん?」
「内緒だぞ?」
「それはもちろんだが……?」
「あいつ帝国の王子様。現王の直系の孫らしいよ」
「!?」
シラーちゃんが青い顔をしている。そういえば昨日とかずいぶんがちがちとやりあってたし、一度は完璧にぶちのめしてたな。
「い、家出してきたって……」
「そうそう。家出してきて、今はただの下っ端冒険者だから気にすることはない。がんがんやっても大丈夫だ」
「ほんとか!? ほんとにか!? ほんとうに大丈夫なんだろうな!?」
「俺だってずいぶんぞんざいに扱ってるだろ? 王子なことは秘密だし、普通に接しとけばいい」
言わなかったほうがいいかとも思ったが、身内に隠し事はないほうがいいしな。
「そうじゃ、遠慮はまったくいらんぞ? あやつに剣で負けたくないのじゃろ?」
「それはそうですが……」
どうやら今のところウィルに負け越しているらしい。
「わたしも手加減なんか一切してなかったでしょう?」と、サティ。
「あいつも王子じゃない、ただの一人の剣士としてがんばっているんだ。シラーもそう扱ってやれ」
「剣士……そうか。そうだな!」
なんとか気分を持ち直してくれたようだ。
エルフの里での用事も終わって王都に帰還し、次は冒険者ギルドである。
俺たちが入って行くと、ざわついていたギルドホールが一瞬静まった。俺だけなら絶対にばれない自信があるけど、サティの容姿は目立つんだよな。
だからといってこそこそとするような場面でもないと、ギルドに普通にやって来たんだが……
「あれが巨人殺し?」
「違う。小さいほうの獣人だ」
「ほんとうに小さいな……」
「あの男が不死者? どっちもまったく強そうには見えないが」
「馬鹿野郎。そんなの聞かれたら殺されるぞ!?」
やっぱこういうのは苦手だな。
サティが立ち止まって俺を見る。なんだ、ぶっ殺しに行きたいのか?
「こっちはやっとくから、ちょっとだけなら遊んできていいぞ」
「はい!」
訓練場は教官も見てるし、ひどいことにはならないだろう。
「希望する者に稽古をつけてあげます!」
俺たちから離れたサティがそう宣言して訓練場に向かうと、ほとんどの冒険者がそっちに行ってしまった。
「シラーはダメだ。ギルド登録を済ませないとな」
リリアもサティに付いて行ったのを見て行きたそうにしたが、そもそもはシラーちゃんの用事だ。
登録はすぐに終わった。俺の時は真偽官が出てきて色々聞かれたのだが、Aランクの推薦ということであれば省略しても平気なようだ。
さほど時間もかからずギルドカードを発行してもらい訓練場に行くと、やはり順番待ちの行列ができていた。
ただ倒すのでなく、少し時間をかけて、ほんとうに稽古っぽいことをしている。
ちょっとだけとは言ったがサティは楽しそうだし、用事も早く終わったことだしのんびりと見学する。参加したそうなシラーちゃんは止めておいた。お前はいつでもサティの相手が出来るし、防具なしだと危ないだろう。
見学を始めて十人ほど相手をしたところで満足したのか、切り上げて戻ってきた。
「もういいのか?」
「はい。もし時間があれば、明日に」
明日は出発前の休養と忘れ物がないかの確認だけで、予定通りなら何にもない日だ。
俺はがっつり休む予定だったが、サティが遊びたいというならとやかく言うことでもないな。
しかしもう冒険者ギルドで訓練する利点もないと思うのだが、今後は軍曹殿のような指導者になることも選択肢として考えるべきなのか?
もしかするとウィルみたいなのが釣れるかもしれないが……どう考えてもめんどくさいな。
まあ加護持ちを増やす方法の一つとして考えておこう。
エルフ屋敷に戻ると軍曹殿が来ていて、エリーと輸送任務について相談していた。
細かい話はもう終わったようだ。荷物は明日ギルドに引き取りに行けばいいらしい。
「しかし報酬はこれだけでいいのかね?」
「ええ。今回うちは儲けましたから、サービスですわ。ね、マサル?」
俺の輸送能力が破格だとはいえ輸送任務でもらえる報酬など、今回の賭けで儲けた額に比べればたかがしれている。それにこれもクエストの一環と考えれば無償でもいいくらいだ。
「今回俺たちが勝てたのも軍曹殿のご指導のお陰ですから、これくらい安いものです」
ついでに現地で食料を保管する倉の製作も頼まれた。俺の輸送する量が多いから必要だろう。
「それで時間があればもうひと指導お願いしたいのですが」
長くなりそうだと、エリーはリリアと退出。シラーちゃんは屋敷に戻った時にウィルをみかけて、雌雄を決すると、とうにいなくなっている。今頃屋敷の訓練場だろう。
ボルゾーラ戦でサティが手首を痛めたことを話す。
「そうだな。原因はいくつか考えられるが……まず一つは貴様らはまだまだ動きが雑だということだ」
「雑、ですか?」
俺やサティが雑? シラーちゃんみたいに?
「急速に腕を上げた弊害だろう。私のようにずっと見ておらねばわからん程度だが、動きに無駄が多い」
よかった。他の人が見てもわからない程度か。
しかしこれはスキルで上げたせいだな。まだレベル5に馴染んでないということか。
「普通ならその程度問題にもならないが、あれほどの動きになると影響も大きいのだろう」
対処法はとにかく修練を繰り返して、効率のいい動きを体に染みこませるしかない。
「もう一つは、サティの力が強すぎて、体が耐え切れてない可能性があるな」
サティは体格からすると破格のパワーがある。ありすぎる。
それは想定していたが、問題は対処法を俺たちでは思いつかないことだ。軍曹殿なら何かいい案でも出してくれないかと思ってたんだが……
「鍛えろ。筋肉が付けば、体への負荷は軽減できる」
結局ひたすらの修練しか道がないようだ。
スキルでの強化に体が追いついてない。チートが負担になってるということで、どうしようもない。
筋肉がついても、骨の硬さや筋肉の強さ自体はたぶん変わらないだろうし、これから更にレベルが上がると考えると……これはどうしたものだろうか?
しかしこれ以上の話を軍曹殿とするには、加護での強化も話さないとたぶん無理だろう。
「限界を見極めることと、力に頼らん戦い方を考えることだな」
無難な結論に落ち着いた。
しかし基本方針は示してもらったので、とりあえず今はそれで十分だろうか。
修行を増やすというのは面倒だが、地道にやるしかなさそうだ。
「それはそうと、サティが回復魔法を使っていたようだが?」
「ようだ、とは、はっきりとはわからなかったんですか?」
「魔力の発動は感じたが、回復が目に見えたわけでもない。半信半疑といったところだ」
やはりあの混雑した場では、魔力感知が難しくなるようだ。
「間違いなく回復魔法です。最近覚えさせたんですよ」
「マサルが教えたのか。それを他の者にも指導はできないか?」
「んー、取得方法はすごく特殊なんで、教えたところで真似は無理ですね」
半分は加護。もう半分はサティの気合だろうし。
「こう、俺の手のひらをナイフでざっくり傷つけてですね、回復魔法を覚えなきゃ、出血多量で死ぬって特訓したんです」
「ああ、なるほど」
これでごまかせたが……軍曹殿にもいい加減、色々と話すべきなんだろうか? 鍛冶屋の親方すら知っていて、軍曹殿が蚊帳の外というのは非常に心苦しい。
それに軍曹殿が事情に通じて、全面的に味方になってくれれば実に心強いんだが。
「もしですよ。もし仮に、俺が何か特殊な、人に言えないような育成方法を知っていたとしてですね。それを軍曹殿に教えたら内緒にしておいてもらえますかね?」
「そうだな……私はギルドと契約しておるし、恩もある。それがギルドの利益となるなら、話さぬわけにもいかないだろうな」
無理かあ。黙ってようと思っても、真偽官が出てきたらどうしようもないもんな。
「だが私は一教官にすぎん。貴様らがどんな秘密を抱えていようが、関係のない話だ」
軍曹殿との付き合いも長い。色々察するところがきっとあるんだろうが、ありがたいことにそれに関しては関知しないと。
「いずれ何もかもお話できればとは思っているんですが……」
「強くなれ。私が貴様らに望むのはそれだけだ」
「はい」
「師匠の修行は辛いだろうが、しっかり励めよ」
「やっぱり辛いですか」
「まあ死にはすまい。そのあたりの加減は上手な方だ」
「がんばりましょう、マサル様!」
「さらに強くなった貴様らを見るのを楽しみにしているぞ」
「はい……」
何か不測の事態で、修行がなしにならないかな……