13話 大猪の値段は1匹405万円
翌日、寝ていたかったがそういうわけにもいかない。明日には調査隊が出発するため、準備も色々とある。まずは商業ギルドに向かい、大猪の売却だ。
受付で大猪を売りたいというと奥の個室に通された。アイテムから大猪を取り出す。
「おおおおお、これは!」
「こんな立派なのは久しぶりに見ますな」
「それに損傷も少ない。いい毛皮が取れますぞ」
「牙が一本折れてるのが残念ですな」「頭が吹き飛んでるのは減点ですぞ。脳みそがうま・・」
などと3人で大猪の状態をチェックしていく。
「これを全部売ってくださるということでよろしいですか?」
「ええと、肉を自分用に少し欲しいです。あとは売るということで」
「かしこまりました。では解体後、査定を行いますので少しお待ちください」
「見学しててもいいですか?」
解体は見たことがないので一度見学したかったのだ。
「もちろんですとも」
大猪を横倒しにし、腹を裂く。内臓を取り出す。数人がかりで皮を剥いでいく。大男たちが力をこめ、全身血だらけになりながら進めていく。実際の作業を見てみて、アイテム収納がどれだけチートかよくわかった。
30分ほどかけて作業が終わった。肩の部分の肉と、後ろ足の骨付き肉をもらった。肩が20kgくらい、足が50kgはあるだろうか。それでもほんの一部分である。
肝の部分がおいしいというので生のまま味見をしてみた。塩のみ振りかける。うまい!気にいったので肝も半分もらう。アイテムにいれておけば新鮮なままなので、大事に食べることにしよう。
毛皮も少しもらっておいた。火槍が当たって焼け焦げてる部分である。マントにすれば暖かいし、この毛皮、魔法も防いでくれるそうだ。なめすのに時間がかかるから引渡しは後日になる。
毛皮のサイズと肉の重さを量って金額が査定された。相場も知らないのでそのままサインしてお金をもらう。40500ゴルドになった。日本円で405万円である。
内訳は、肉が約1500kg 100gが卸し値で150円 ちなみに販売価格は300円ほど。これで225万円。毛皮も高級品で、切り取ってもらった焦げた部分だけでも10万円はするそうで、これに牙やら骨、脂肪などつかえる部分もあわせて180万円。合計405万円である。
かなりな収入ではあるが、普通このクラスの獲物はソロではやらない。5人でやったとして、一人81万円。怪我人や死人も出るとなるとそれなりに妥当な報酬ではないだろうか。
いきなり金持ちになった。ゴルドを確認すると42109ゴルド。贅沢しなければ30ゴルドで1日暮らせるから1400日は過ごせる計算である。4年近く引き篭もれるよ、やったね!
次は買い物である。懐が暖かいのでいい装備が買えそうだ。ギルド2軒隣のいつものお店に向かう。そしていつもの店員さんが出迎えてくれる。
「これはこれはようこそいらっしゃいました、山野様。本日はどのようなご用件で」
弓や投げナイフもここで買ったし、何度か冷やかしに見にきてるからすっかり常連さんだ。
「剣と防具を新しくしたい。ちょっと臨時収入があったんでね」
「それはそれは。ではこちらのブロードソードなどいかがでしょう」と手渡される。
以前も持たせてもらって重くて扱えなかったんだが、今回は難なく片手で振れる。刀身は1m近く。幅広で丈夫そうだし、切れ味もよさそうだ。
「悪くないな。これいくら?」
「1500ゴルドとなっております」
15万か。結構安いな。まあ今までの買い物をみたら、臨時収入があったって言っても、見せられるのはこんなもんなんだろうな。
「もっといいものがみたい」
「ではこちらなどいかがでしょうか」
同じようなサイズの剣を渡される。刀身は黒く光っておりとても美しい。
「黒鉄鋼製となっておりまして価格は5000ゴルドでございます」
50万か。手頃な値段だな。びゅんびゅん振ってみる。さっきのより重くずっしりとしているが、手になじむ。いいなこれ。これなら大猪でも相手にできそうな気がする。
「いいな。これをもらう。次は防具を見せてくれ」
「これなどいかがでしょうか」と金属製の鎧を見せられる。
店員さんに手伝ってもらってつけてみるが、歩くたびにがちゃがちゃ音がする。
「重さは問題ないが、こんなにうるさいんじゃダメだ」
「こちらなどいかがでしょうか。トロールの皮を2枚張り合わせたもので、防御力は申し分ございません」
赤黒い皮の防具を渡される。2枚あわせてあるだけあって少し重いが、金属製のものほどではない。
テスト用のトロール皮の的で試してみると、投げナイフ程度だと刃が通らない。かなり頑丈なようだ。
他にもいくつか見せてもらったが結局これに決めた。合うサイズのものがなかったのである。皮ならある程度調整がきくが、他のものだとサイズ調整で数日かかるとのことだった。
ヘルムは防御力重視の地味なのを選んでおいた。盾も同サイズの防御力の高いものに替えておく。ついでに槍も仕入れておいた。せっかくスキル持ってるんだからね。
合計9500ゴルド。お金はあるんだからもっといいものを買ってもよかったけど、根が貧乏性なんだろう。ニート生活長かったし。
全部身につけて、調整してもらう。黒鉄鋼のブロードソードは、腰だと邪魔になったので背中に担ぐことにした。腰のショートソードはそのままにしておいた。少し重くなったが移動にはなんの問題もなさそうだ。会計を済ませ、買ったものをアイテムに収納する。普段は腰の剣だけで、普通の服を着ている。防具をつけるのは外にでるときだけである。
続いて商店をいくつか巡って買い物をしていく。【キャンプセット】はテントに寝袋。食器に鍋に、コップに水筒と最低限しか入ってない。他にもそろえる必要があるだろう。毛布に雨具(皮製のポンチョのようなもの)、着替えをいくつか。調理器具もフライパンと大きめの鍋など仕入れておく。それに食料。肉に野菜に果物に乾燥パスタ。調味料。パン。持ち帰りの弁当などを買って、そのままアイテムに入れておく。完全保存、いつでも買ったときのままのほっかほかのお弁当である。アイテム収納便利すぎる。
必要なものは揃ったし、まだ午前中だったが、冒険者ギルドに行く。
物資はもう揃えられていた。水の樽いくつかに、山盛りの食料品である。
「食料はともかく、水はこんなにいりますかね?魔法で作れますよ」
「アイテムボックスに入らねーか?」と、ドレウィン。今日はティリカちゃんいっしょじゃないのかよ。
「いえ、余裕はありますけど」
「何があるか、わからんからな。魔力を温存しときたいから、できるだけ持って行きたい」
水と食料をアイテムに収納していく。アイテムには100種類、各99個まで入る。サイズは関係ないし、同種はまとめられる。ごつい水樽×5でも1個、拾った小石でも1個の扱いだが、たとえば箱にまとめておけば、食料の詰まった木箱×10と1個の扱いになるので収納量には困らない。現状、半分も使ってないので余裕はたっぷりである。
「おお全部入ったか。無理だったら担いでいかないとと思ってたところだ!」
「まだまだ余裕ありますよ」
実際、食料と水で2枠しか取ってない。
「がはは、頼もしいな!じゃあ明日はがんばれよ!森の中ではヴォークト軍曹と離れないようにしとけ。やつについていけば安心だからな!」
肩をばんばんと叩き、そういい残すと禿はどっかにいった。
ギルドを出る。今日はギルド内でも誰にも声をかけられていない。装備を変えたせいかと思ったが隠密のレベルが3にあがっていた。やはり常時使いまくっていたせいだろうか。外を歩くときはもちろん、食堂での食事中も必ず発動する。夕食時など油断すると酔っ払いに絡まれるから必須だ。
道の端のほうをゆっくりと歩く。町中では忍び足も使わない。道の端もあまり端じゃないところを何気なく歩く。町中で忍び足を使って、道の端ばかり選んでこそこそ歩くのはただの変な人である。普通に、一般人ですよーという顔で周囲に溶け込むのがこつである。
治療院は昨日の騒ぎが嘘のようにいつもどおりだった。孤児院をのぞくと尼さんが食堂で子供たちに授業をしていた。そう言えば、アンジェラは午前は治療院担当だっけ。尼さんと交代でやってるんだな。尼さんが黒板とチョークに文字を書いている。子供たちは大人しく授業を聞いている。邪魔をしないようこっそり離れ、治療院の裏手から中にはいる。
ちょうど休憩中のアンジェラがいた。
「よかった。元気そうだね」
「一晩寝たらすっきりした」
「そう。昨日はひどい顔してたからね」
「この前の大猪の肉を持ってきたよ。孤児院行ったら授業してたからこっちに来た」
「そろそろお昼の準備を始めるはずだから、少し待ってから行くといいよ」
「じゃあこっち手伝おうか?」
「そいつは助かるよ」
アンジェラについて診察室に行くと神父さんが一人で治療中だった。
「マサルが手伝ってくれるって。司祭様は今日はもうあがってください」
「そうですか。ではそうさせてもらいますかね。では山野殿頼みましたぞ」
「お任せください」
「司祭様って言ってたけど、あの人偉いの?」
「うん。ここの院長。一番偉い人だよ」
話してると次の患者が入ってきた。軽い怪我だったのでヒールを一回かけて治療完了。
「昨日のあれ、顔隠してたから大丈夫だよね?」
「大丈夫、大丈夫。修行中の旅の神父さまって説明しといた」
なんか適当だな。そんなんで大丈夫なのか。次の患者が担架で運ばれてきた。ぎっくり腰だそうだ。これもヒールをかけて終わり。
「2,3日は大人しくしとくように。お大事に」
「今日も無料でやれとか言ってくるやつとかいないの?」
「神殿に喧嘩うるような人はいないよ。司祭様とか元神殿騎士ですごく強いし」
「普通のおじさんにしか見えない」
「もう引退してずいぶんらしいからね。シスターマチルダに聞いたんだけど、昔は鬼のように恐ろしかったらしいよ」
マチルダってあの尼さんのほうか。名前が初めて判明したな。次の患者が入ってくる。子供か。病気かな?うんうん唸っている。ヒールと病気治癒をかける。少し楽になったようだが、まだまだ苦しそうだ。昨日のことを思い出して嫌な汗をかく。もう一度、ヒールと病気治癒。今度は大丈夫なようだ。子供の呼吸が静かになった。
「手際がいいね。とても2,3日前に回復魔法を覚えたとは思えないよ」
「先生がよかったから」
「いやいや、2日しか教えてないから。もう私と腕はそんなに変わらないんじゃない?ほんと、うちの専属になって欲しいくらいだよ」
「専属になったらアンちゃんついてくる?」
「な、あ、あれはシスターマチルダの冗談だ!真に受けるな。あとアンちゃん言うな」
「ごめんなさい。アンジェラ先生」
リア充っぽい空気だったんで思わず言ってしまったが、こんな美人が相手してくれるわけないよなー。
「う、うん。わかればいいよ」
次の患者が入ってきた。今度はお婆さんか。なんかアンジェラちゃんに具合の悪さを説明してるが、割と元気そうに見えたので「回復魔法かけますねー」と言ってヒール(小)をかけると満足して出ていった。
「今ので終わりだって。片付けてから行くから、先に孤児院のほうに行っててくれる?手伝ってくれたお礼にお昼食べていきなよ」
孤児院に行くと子供たちがまとわりついてきた。子供たちを掻き分けてシスターマチルダのところへ向かう。シスターは大きい子たち数人を指揮して料理をしていた。40人分である。大変そうだ。
「あらー、マサルちゃんいらっしゃい。アンちゃんなら治療院のほうよ?」
「こんにちは、シスターマチルダ。いまアンジェラさんのお手伝いをしてたんです。それで終わったから先にこっちのほうに。アンジェラさんもあっちを片付けたらすぐ来るそうです」
「あらあら。悪いわねー。ちょっとうるさいけど自由にしててちょうだい」
うるさいなんてとんでもない。子供たちはシスターと話しだすとすぐ、邪魔しないように離れてくれている。訓練されすぎ。
「それでこの前大猪を取ってきたんですが、解体できたのでお肉のおすそ分けを持ってきました」
机の上に木箱にはいった大猪の肉20kgをどんと置く。
「あらー、すごいわねー。子供たちが喜ぶわー。ほら、あなたたち。お兄さんにお礼を言いなさい」
子供たちがわらわらと集まってくる。
「「「おにーさん、ありがとー」」」
練習でもしてるんだろうか。前回同様きっちりハモってる。
「冷蔵庫にしまってきてくれるかしら?大丈夫?もてる?」
子供たちが何人か集まってわいわい言いながら運ぶ。
「いい子たちですね。礼儀正しいし」
「そうなのよー。みんなかわいいでしょー」
そんなことを話してるとアンジェラちゃんがやってきた。
「いまね。マサルちゃんがね。こーんな大きなお肉をくれたのよ」
こーんな、と両手を広げるシスター。
「いやいや、そんなに大きくはないから」
「あら?見たかったわね。もう冷蔵庫?」と、言うと行ってしまった。
見ていると着々と食事の準備が整えられていく。子供もさらに増えてきたようだ。
アンジェラちゃんが戻ってきた。
「ありがとうマサル。あれだけあれば数日はもつわ。シスターマチルダ。ついでに氷の補充をしておきました。今日はマサルのおかげで魔力に余裕があったんで」
「そうそう。明日から5日ほど町を離れることになりまして。ギルドの依頼で森に行くことになったんです」
「あらー。森って危ないわよー。マサルちゃんで大丈夫なのかしらー」
「20人くらいのパーティを組むそうです。隊長は元Aクラスのヴォークト軍曹で、Bクラスの人たちも参加するそうです。おれは荷物持ちでして、後ろからついていくだけでいいと」
「そうか、でも気をつけろよ。あそこの森はモンスターの棲家だからな。強いやつの側を離れないようにするんだぞ?」
なんでみんな、強いやつの側にくっついてろって言うのか。
「アンジェラさん、おれの魔法見せたことあるよね?」
「魔法の腕がいいのはわかってるけど、おまえ強そうに見えなくて不安なんだよ……」
そりゃあ、ギルドにいる冒険者連中に比べたら見た目よわっちいもんなあ。
「ヴォークト軍曹は護衛付きの森見学ツアーだって言ってましたから。きっと危ないことなんてないですよ」
昼食の準備ができた。神父さんズにシスターとアンジェラちゃん。子供たちが約40人。小さくはない食堂がいっぱいである。司祭様が上座に座る以外はみんなばらばらである。自由に座っていいと言われたので適当に座ると、アンジェラちゃんは離れたところに座ってしまった。献立はスープとパンという質素なものである。適当に子供たちの相手をしてると、すっと静まり返った。司祭様が手をあげている。
「本日もささやかなる食事をこうやって共に囲めることを主に感謝いたしましょう。またそこにおられるわれらが友、山野マサルは明日から森に行くそうです。皆で彼の安全を祈ろうではありませんか」
そういうと目を閉じる。周りをみるとみんな同じようにしている。お祈りは数秒で終わり、
「ではいただきましょう」
「「「「いただきます」」」」
食事は普通だった。小さな子供もいるので静かにとはいかなかったが、みんなお行儀よく食べていた。スープは肉と野菜がたっぷり入っていておいしかった。パンもそこそこのサイズだったので腹8分目くらいにはなった。
昼食が終われば子供たちはアンジェラが担当である。シスターマチルダたちは治療院に行き、司祭様もどこかに行ってしまった。
片付けも終わってアンジェラといっしょにお茶をもらっている。
「それでこのあと時間があったら水魔法を見せてもらいたいんだけど」
「見せるだけでいいの?」
「うん、簡単なのは使えるんだよ」と、空のコップに魔法で水を作っていれてみせる。
「森に行く前に少しでも使える魔法増やしときたいなと」
庭に出てきた。子供たちもわいわい言いながらついて来る。
おれはアイテムから盾をだして構える。子供たちは退避して離れたところから見ている。
「今から見せるのはウォーターボール(水球)という攻撃魔法ね」
そういうと手の前に水の塊を作りこちらに撃ちだす。バシンッ。かなりな衝撃が腕にきた。
「今のは威力もサイズも控えめにしたけど、結構威力あるでしょ?使い手が本気でやれば大きな木でもへし折れるらしいよ」
火矢を水でやる感じか?魔力を集める。水を形成して誰もいない壁にむかって発射する。
水は壁に当たる前に四散してしまった……
「ダメダメ。もっと水をぎゅっと固めなきゃ。でもやり方はだいたいそんな感じであってるよ」
魔力を集める。もっと水をぎゅっと固める。今度はちゃんと壁まで飛んだが、ぱちゃっと音がしたくらいだった。子猫でも倒せそうにない。
「うんうん。上手いじゃないか。その分ならすぐにできるようになるよ。じゃあ次いくよ。今度はウォーターウィップ(水鞭)」
そういうと井戸から汲んできたバケツの水から、手のひらに水を吸い上げると鞭のようにびゅんびゅん振り回した。そして地面に叩きつける。
「水はなくてもいいけど、ある水を使ったほうが魔力が楽だし、利用できる水があれば水魔法はかなり有利に戦えるよ」
井戸からもう1回水を汲んで試してみる。水を魔力で持ち上げ鞭状にして振り……あ、ちぎれた。もう一度やる。今度はちぎれはしなかったがうまく動かせない。
「初めてにしては悪くない。最後は氷を作る魔法ね」
そういうとバケツから水を吸出し、氷にしてこちらに撃ちだした。カッと盾にぶつかり砕ける。
「氷を作るのはちょっと手間取るかもしれないから、最初はウォーターボールをがんばって覚えるといいよ」
氷はレベル2くらいってことだろうか。試しにバケツの水を凍らせようとしたがもちろんできなかった。
「ありがとうございます、アンジェラ先生。とても勉強になりました」
「ん、まあマサルならすぐにわたしくらいに使いこなせると思うよ。じゃあわたしは仕事があるから、気をつけてね」
「うん、戻ったらまた顔を出すよ。お土産楽しみにしててね」
アンジェラちゃんはお土産と聞いてニッコリ笑って、手を振って孤児院の建物に入っていった。やっぱかわいいなー。あの笑顔のためならがんばれるわ。
「じゃあ、子供たち。おれは明日から森で戦ってくるが、おまえらもシスターアンジェラに面倒をかけないようにするんだぞ」
「ばいばいー、お兄ちゃん!」「お土産おねがいねー」「肉!肉!」などの子供の声に手を振って、おれは孤児院をあとにした。
その日は水魔法のスキルは手に入らなかった。水球をちゃんと使えなければだめってことだろう。