136話 本戦決勝トーナメント第一試合、対フランチェスカ戦
片手が使えない手負いの相手とようやく互角。
俺が弱いのか、ラザードさんが強かったのか。双方ダメージを与え合う展開は、回復魔法持ちに圧倒的に優位なはずだったのだが――
最後に立っていたのはラザードさんのほうだった。傷を癒やし、ゆっくりと立ち上がる。試合は終了した。もう焦って回復する必要もない。
やっと終わってくれた。それが正直な感想だ。
勝負はラザードさんのギブアップで決着した。前半の焼き直しのような相打ちで、右腕まで破壊されてはさすがに戦闘不可能と判断してくれたようだ。
勝つには勝ったが、賭けのある試合でこのざまでは八百長を疑われないのだろうか? 俺は大穴なのだ。
「こんな勝ちじゃ納得できねーって顔だな? 安心しろ、間違いなくお前の勝ちだ。誰も文句は言わん。胸を張るがいい」
俺が一人で心配しすぎか。これは血反吐を吐いてまで戦ってようやく勝ち取った勝利なのだ。たぶんあれは今大会でも屈指の大怪我だろう。
「どうしても納得がいかねーなら、再試合してもいいんだぜ? な、審判」
「はい。傷を治してからの再試合は前例がありますよ。もちろん双方が合意した上でのことですが……」
思いっきり首を振る。そんなの絶対やりたくない。
「ま、もうお腹いっぱいだわな。次はお前がもっと強くなってから相手をしてもらうことにしよう。その時を楽しみにしているぞ!」
剣聖のところでの修行の予定はあるが、俺にどれくらいの伸びしろがあるだろうか? レベルがあがってステータスが伸びればスピードとパワーは上がるだろうが、レベルもステータスも最近は伸びが悪い。また大きな戦いでもあってがっつり経験値を稼ぎでもしないと、大幅な強化は望み薄だ。ご期待には添えないかもしれない。
しかし魔法有りでならいい戦いもできるはずだ。むしろ実戦を考えると魔法との連携を強化するほうが実用的だ。
火魔法で消し炭にするわけにもいかないから、強化して連射機能も向上したエアハンマーと大型ゴーレムを使えば、ラザードさんを満足させる戦いは十分にできるだろう。やらないけど。
ラザードさんの治療が終わり、舞台を降りる俺たちに盛大な拍手が送られた。これはどちらへの拍手だろうか? 俺への罵声でもあったらと、観客の声は恐ろしくて聞く気にはなれなかった。
勝っちゃったから明日もあるし、このあと決勝トーナメントの抽選会もある。
散々痛い目にあったし長時間全力で戦って疲れたし、もう家に戻って布団をひっかぶって眠りたいところだ。だが得るものも多かった。剣技はもちろん、実戦での回復魔法の運用、特にリジェネーションの威力も知れた。どうやったって試すわけにもいかない、貴重な実戦データだ。
軍曹殿の言うとおり、大会出場はいい経験になった。記憶が鮮明なうちに少し練習しておきたいところなんだが……
「本当は大会も棄権して、最低でも三日くらい安静にしたほうがいいんだけど」と、戻ったところでアンに言われた。
血を吐いたし、内臓もかなり傷ついてたはずだ。家族だけの時なら喜んで棄権しただろうが、今はなかなかそうもいかない。周囲の期待が重くて辛い。
まあ傷自体は問題なく完治しているのだ。短時間の試合くらいなら大丈夫だろう。実際のところ今はただの病み上がりのような状態で、無理をしたところで回復は遅れるだろうが、命に別状があるわけではないというのが俺の理解だ。
「兄貴! すげえ儲かったっすよ!」
ウィルがコインをちゃらちゃら言わせながら興奮して話しかけてきた。こいつは王子様なのに実に庶民的だな。これくらい小銭だろうに。
「よかったな。俺も自分に賭けて大儲けだったよ」
もちろんサティにも賭けてあったし、みんなも同じようにしていたようだ。
だが問題は明日だ。俺の体調はよろしくないだろうし、サティと当たるかもしれない。サティと上手く決勝で当たるクジを上手く引いて、優勝候補のフランチェスカはサティに相手をしてもらおう。
それで俺とサティで優勝準優勝だ。
最終試合が終わってほどなくして抽選が始まった。選手紹介をされて一人一人舞台に上がり、全員の紹介が終わってから棒状のクジを順番に引いていくようだ。選手紹介するなんて聞いてない……
サティは紹介されて、大きな声援を受けて嬉しそうだ。俺は完璧に嫌々であるが、そんな素振りも見せずに心を無にして俺の紹介が過ぎ去るのを待つ。
初参加ながら優勝候補の一人を撃破。強力な回復魔法を武器に先ほどの試合でも熱戦をうんたらかんたら。
クジ引きが始まってフランチェスカは二番を引いていた。サティは四番。この二人が当たるのは準決勝か。
俺がクジを引く番が回ってきた。引く順は今日のトーナメントの組番号順で、俺は八人中七番目でクジはあと二枚。残っているのはフランチェスカと当たる一番と、五番。頼む、一番だけは……
「マサル選手、一番です!」
終わった。明日は第一試合でフランチェスカ。それに勝ってもサティ。
まあ初戦で当たらないだけマシだが、明日はサティにだけ賭けよう。いやしかし第一試合? しかもフランチェスカ? 棄権しちゃダメだろうか。ダメだろうなあ。
安静ということで馬車を仕立ててもらってエルフ屋敷へと戻った。サティが俺の世話をすると強硬に主張するので、お任せで着替えやご飯、お風呂をもらって居間でくつろいでいると、試合後別行動していたティリカたちが帰ってきた。
「ジョージの処遇に関して、真偽院から手を回しておいた」と、ティリカが俺のところへと来て報告してくれた。
ジョージの処分はバイロン家に任せると手ぬるいことになりかねない。真偽院は軍にも顔が利く。間違いなく辺境にある実戦的でバイロン家の権力の及ばない部隊に、見習いとして放り込まれる手はずになったという。
ガチの最前線の部隊で、貴族の子弟として扱われることもなく、最低でも二年、勤めあげてもらう。
この世界で厳しいというのなら、シャレにならんくらい厳しいはずだ。それに魔境はここのところきな臭い。二年も居れば何が起こるかはわからない。ジョージの冥福を祈ろう……
さて、ジョージのことはもうどうでもいい。サティのことである。俺と当たりそうだと少々憂鬱な様子だ。練習じゃ毎日のようにやっているんだが、試合となるとかなりガチンコになる。こつんと当てて終わりと言うわけにはいかないのは今日の試合を見ても明らかだし、俺もサティをぶっ叩きたくはないが……
「遠慮無く、容赦もなく、全力でやるんだ」
そう言って聞かせたところでサティのテンションはだだ下がりである。
ちょっと思いついてノートを切り取り、さらさらと書き込む。
「俺に勝ったら……じゃないな。優勝したらこれをご褒美にやろう」
「マサルいちにちどくせん券?」
「そうだ。俺を一日独占して好きにしていい」
「好きにって、なんでもお願いしてもいいんですか?」
「もちろんなんでもいいぞ」
まあサティのわがままなんてかわいいものだし、それすらも普段は滅多に言わないし。
「がんばります!」
よしよし。ちょっとは気合が入ってきたようだ。
サティにはもっともっと強くなって貰わないといけない。何が来ても負けないように。俺が倒れたとしても生き延びられるように。
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試合は昼からだったのだが、ごろごろと寝ていたらあっという間に時間が来た。
やはり体調がすぐれない。動くのには問題ないが、全体的に気怠いし眠い。
闘技場に着いてからサティ相手に少し手合わせをしてみるが、すぐに疲れる感じだ。スタミナが体の回復に吸い取られているんだろうか。軽く動く分には平気だが、全力でどれくらい動けるかがわからない。
だがそれ以上に気持ちが、テンションが上がらない。闘技場には立錐の余地もないほどの観客が詰めかけて、試合の開始をまだかまだかと待ち構えている。こういう雰囲気にも少しは慣れたと思ったのだが、まったくの気のせいだったようである。
俺の出番は真っ先になのに、緊張してきて試合に意識が集中しない。それに勝ったところで次はサティだ。どうしようもなくやる気が出ない。
とうとう試合開始が告げられた。会場がわっと盛り上がる。声援はほとんどが相手選手、姫騎士フランチェスカへの物だ。
優勝候補筆頭。天禀、剣聖を継ぐ者と通り名も派手だ。その美貌は際立っていて、地味な革装備だが雰囲気がとても華やかだ。
フランチェスカに続いて俺も舞台へと上がる。やばい、なんかどんどん緊張してきた。慎重に一歩ずつ階段を登らないとまた転びそうだ。昨日転んだことを思い出してさらに緊張が増す。
深呼吸、深呼吸。ふー、よし。ちょっと落ち着いて来た。
フランチェスカと目があった。ふっと鼻で笑われた。傍目からみてもがっちがちなんだろう。
だが試合は待ってくれない。開始線に立つ。構える。もうか! 早いよ!
「始め!」
フランチェスカは開始の合図でいきなり襲いかかってきた。剣で受けた。軽い。が、速い。そのまま二撃、三撃……あ、やば。攻撃が鎧をかすった。剣をぶん回して距離を取らせたが、すぐに追撃が来る。速いとは思っていたが、速い。
それに動きもずいぶんとサティとは違う。アーマンドとの試合で全力で戦っているのは見ていたが、見るのとやるのでは大違いだ。対応が……また食らった。まずい。今度は盾を扱う左肘だ。上手くバックラーの防御をすり抜けられた。腕は動くが、動かすたびにかなり痛む。回復したいが素早い攻撃で回復魔法を許してもらえない。
軽いから剣で受けるのは問題ない、そう思ったが、軽いんじゃない。軽くしている。剣を押し込まずに回転を早くしている。
軽いが速く、威力は申し分ない。急所に貰えばそれだけで終わりかねない。
だが徐々に速さにも動きにも慣れてきた。攻撃が軽いならやりようはある。相打ち覚悟の攻撃……は飛び下がって躱された。しかしそれで、ほんの少しの間ができた。魔力を集めて――【ヒール(小)】――完了。
「わかってはいたが実にやっかいだな。だが……」
もう回復はさせてくれないってことだろう。ここまで攻撃が速いと俺でも回復魔法の使用が困難だ。今更遅いがサティ相手に練習しておけばよかったな。
距離を取って息を整える。リジェネーションは当然使わせてくれないだろうな。そのための開始直後の飛び込みだろう。できればヒールをもう一発使いたいところだが、魔力を感知したら即座に襲いかかってきそうだ。休憩を優先する。
しかしそう長くは休憩もさせてもらえないようだ。それにそろそろ本気を出して来そう……来た。動きが鋭い。踏み込んだ攻撃でこちらを仕留めにかかってきた。
だが十分に戦える。サティ相手の戦闘法で応用が効く。動きが素早くなかなか捉えきれないが、それなら……動きを予測して攻撃を置く。失敗すればこちらが窮地に立たされるが、上手くハマれば相手の動きを阻害して……捉えた!
力とスピードの乗った一撃は剣で受けられるが、そのままフランチェスカを吹き飛ばす。体勢が崩れたところを、そう思ったが、どうやら吹き飛ばされたのではなく、力に逆らわず飛んだようだ。隙がない。
しかし――【ヒール(小)】――こちらに余裕が出来た。
序盤がもたつくのは毎度のことだし、これなら今回も勝てそうじゃないか? 体が重いのもいい感じに力が抜けて、剣がよく振り切れている気がするし。
問題はどいつもこいつも回避力が高すぎて、俺の攻撃がほとんど通用してないってことだ。
フランチェスカも回避に長け、俺の剣もキレイに受け流されるから、パワーがあるというアドバンテージも活かしきれない。
地道にやって隙を見つけるしかない。
だが思ったよりも昨日のダメージによる俺の疲労は大きかったようだ。ぎりぎりの戦いは容赦なく体力を削っていく。息が切れるのが早い。どこかで息をつきたいが、フランチェスカが止まらない。
先に隙が出来たのは俺の方だった。フランチェスカの動きについていこうとして、足を少し滑らせた。隙というほどの隙ではなかったはずだが、それをフランチェスカは見逃さなかった。
胴を薙ぐ攻撃が来る。盾で問題なく防御を……攻撃が来ない。右手にあるはずの剣がない。
気がついた時には頭にもろに攻撃を食らっていた。左に持ち替えた剣での死角からの攻撃だった。頭は頑丈な鉄のヘルムであるが、衝撃で脳震盪を起こし完全に動きが止まった。
そうなるともう為す術もなかった。追撃の三連打をまともに食らって、俺はキレイに意識を手放していた。
後から聞くと倒れる俺に、更に追加で二発も攻撃を加えていたらしい。回復させないように完全に止めを刺したいのはわかるが、ほんとうに容赦無い。
そしてそのことでサティがひどく怒っていた。