135話 本戦一日目決勝、対ラザード戦
本戦一日目の、俺の最後の試合が始まった。
なぜ俺は長々とこんなに辛いイベントにお付き合いしているのか。それもこれも加護のためである。ウィルは大喜びだし、ただでさえ高かったエルフからの評価がうなぎ登り。もちろんシラーちゃんからもだ。
見返りは大きい。そう思っていたんだが……
迫り来る大剣を必死で避ける。普通なら両手で扱うタイプの大型剣なのだが、ラザードさんは片手で軽々と振るっている。重く、スピードが乗った一撃は当たればただでは済みそうもない。軍曹殿からもサティからも感じたことのない、純粋な暴力。
魔物相手なら魔法で倒すなり逃げるなりできるのだが、ここでは制限された状態で戦うしかない。
死の危険をこれまでになく強く感じる。いや、当たったら普通に死ぬだろう、これ!?
俺もいつもの隠密忍び足を使ったフェイントで仕掛けた。それだけじゃなく剣も変則的な動きで……回避された。攻撃を続けるがすべて回避される。盾か剣で受けられる。
くそっ。防御も上手い。
反撃が飛んでくるのを回避する。足を使ったヒットアンドアウェイを繰り返すが、動きを完全に見切られている。大きな体で器用にひょいひょいと避けている。
足を止めた。いつかは打ち合わなければならない。
まともに剣で受け止めた。ガキンッという鉄同士の当たる音が響き渡る。衝撃はかなりのものだったが、両手を使って止めることができた。
そのまま鍔迫り合いになった。ぐっと押し込んでやると、ラザードさんも対抗してきた。
「それで、全力、です……か?」
俺の煽りに応えて押す力が増してくる。そうだ、本気の力を見せてみろ。
息がかかりそうなほどの至近距離で顔を突き合わせ、剣と剣で全力で押し合う。
鍔競り合いは拮抗していた。力に差はない!
「俺が……力で……押し切れんとは、な」
しかし俺のほうが限界に近くなってきて、じりじりと押し込まれだした。体格差で上から押さえつけられる分、俺のほうが不利だ。
ぐいっと剣を横に流して、飛び離れる。追撃はこない。ラザードさんも顔を赤くして息を整えている。
力に差がないなら技とスピードの勝負に持ち込める。あっちのほうが剣もリーチも長い。勝機があるとしたら接近戦だ。
ゆっくりと歩き寄り……間合いに入った。
仕掛けた。小刻みな連続攻撃を加える。反撃も来るが、無理に避けずに盾の受けと、剣での受け流しで防御をする。強打だが防げないほどではない。
一撃の威力は恐ろしいが、しっかりと受けきれているし、あっちが一撃を繰り出すごとに、俺は二、三発は攻撃が出せている。押している。
思えばラザードさんとやったのはかなり前、ゴルバス砦に行く前くらいだったか。スキルも増えたし、修行も重ねている。恐れるほどのことはなかったのかもしれない。
確かに強い。一撃もらえば即座に試合が終わるほどの攻撃力もある。だがサティの言ったように冷静に見れば回避もできる。こちらの攻撃も通用してないけど。
一旦距離を置いて、息を整える。そして【リジェネーション】詠唱――勝つためにはもう一歩踏み込むしかない。
グスタフもそうだったが、とにかく防御が硬い。そうでなければこの危険な世界で、戦士として長年生き残れないのだろう。やっかいだ。
俺が魔法を使ってもラザードさんは微動だにしない。待ってくれているようだ。
詠唱が完了した。これで多少のダメージは許容できる。
剣を両手に持ち替える。防御を捨てる覚悟を決めた。
踏み込み全力で打ち込む。力を乗せた一撃は剣で受けられるが、反撃はこない。
攻撃に全振りした俺の攻撃にラザードさんは防戦一方だ。が、きっちりと防がれてもいる。
早めに決着をつけないとリジェネーションが切れてしまうが……次の攻撃を躊躇った。ラザードさんが構えを変えている。両手に持ち替えていた。それだけで雰囲気ががらりと変わった。
膨らむ殺気に気圧されて、踏み込めなくなった。
来た。だが大振りだ。一撃目を回避する。返す刀の二撃目を剣で受けた。一際大きな剣戟音が会場に響き渡る。手が痺れる。
三撃目。再び剣と剣がぶつかる。
もう一度……だが、あちらのほうの動作が速い!? 剣の返しが間に合わない。ギリギリで回避する。
ラザードさんの攻撃が再び来るのを剣で受け止める。受け切れない。完全に押されている。
再び全力での打ち合い。だが、ラザードさんのほうが一歩動きが速い。二撃目以降で劣勢になる。それに打ち負けている。
パワーが互角なはずなのにこの攻撃力の差は、武器とリーチの差の他にやはり技術の差か。大振りに見えて剣の動きに無駄がない。
両手での攻撃は更に速く重い。腕につけた小型のバックラーでは受け止める気にはなれない。剣で受けるか、回避するしかない。
攻撃を凌いでいるうちに、ラザードさんの動きが突然変わった。ステップを使い出した。いや……距離を取って助走をつけている。勢いがついて剣速がさらに上がっている。
見たことのある、ドラゴンを倒した時の動きだ。
大型種を倒すための技。ドラゴンの首を取るための必殺の一撃。それがヒットアンドアウェイで襲い掛かってくる。当たれば即死しそうだ。が、やはり大振りには違いない。
回避し、出来た隙に反撃を……予測されていた。盾で防がれ、片手に持ち替えられた剣の一撃をもらった。
脇が裂け血が吹き出す。刃は丸くしてあるはずだが、加速した剣の先端が革鎧ごと肉を削ったようだ。悠長に確認してる間はなかった。更なる追撃を剣で受け止める。傷は浅い。ちゃんと動ける。リジェネーションの回復で痛みが引いていっている。
また助走のためのに距離が離れるのを、今度は追撃をかける。あんな危険な大振りを何度も許すわけにはいかない。
俺が両手で振るう攻撃は防がれる。あっちは片手と両手を流れるように使い分けている。俺はそんな器用な真似は出来ない。隙を見て、距離を取られ、勢いをつけた必殺の一撃が繰り出された。
バキンとそれまでと違う激突音がして、剣がフッと軽くなった。
「あ……」
何度目か、全力の一撃同士のぶつかりあいで、剣が根元のあたりでぽっきりと折れていた。
慣れた剣がいいと大会にも持ちだしたのだが、思えば王都に来る前から使っていたし、ここ数日酷使し続けだった。
ラザードさんの剣は回避できたが、突然のことで体勢が崩れた。
あ、これ死んだ。完璧隙だらけだ!?
追撃は……こなかった。ラザードさんは動きを止めて、剣は下げて距離を取っている。助かった。このタイミングで攻撃されていたらモロに食らっていただろう。
しかしこれはもう試合は続行できないな。勝ち目はない。ギブアップしても不可抗力だろう。
「ラザードさん、これは俺の負けで 「審判、武器を交換だ!」」
俺の言葉はラザードさんの大声で遮られた。
え、俺の負けでいいんだけど。
「すぐに替えの武器を用意します」と、審判の人。
「お祭りだからな。こんなことで決着がついたらお前も納得できんだろ?」
一番納得しそうにないのはご本人だろう……
しかしどうしたものか。このままでは本当に勝ち目がない。いつかあの攻撃を食らって終わる。
剣の補充を待つ間、ラザードさんの動きを反芻する。そもそも俺の両手剣持ちはラザードさんの真似だったんだが、本物とはずいぶんと動きに差があるようだ。足の運びを含めた全体の、体の流れ。俺にもできるだろうか?
剣が運ばれてきた。選ぶ振りをして時間を稼ぐ。今日は俺のあとに一試合あるだけだ。まあ構わんだろう。
ちょうどいい剣を見つけて、持って握りを確かめる。振ってみる。せかされる様子もなかったので、じっくりと時間をかけた。
元々俺の両手使いはラザードさんが源流だ。それに試合場を広く使ったステップ使いは軍曹殿からサティに重点的に教えられていたことだ。俺もそれをずっと聞いていたし、実験台にもされていた。できる。
「お待たせしました」
「ずいぶん時間をかけたな。何か面白いものを見せてくれるのか? それともただの休憩か?」
今からあなたの真似をしますとも言えないので黙って構えた。いつもよりほんの少し腰を落とし剣を後ろに引く、ラザードさんとほぼおなじ構え。
「ほう」
勝てる見込みも薄いが、他にアイデアもない。最悪、失敗して一撃貰って終わるだろう。
俺の準備ができたとみて、始めの合図がかかった。だがラザードさんは動かず話しかけてきた。
「回復魔法は使わんのか?」
気が進まない。勝てる望みがなければ一発で負けるところを延命して、いたずらに苦痛が増えるだけな気がするんだが……
【リジェネーション】詠唱。しかし待ってくれるなら仕方がない。手抜きなんかしたら逆鱗に触れそうだ。
先手をくれるようなので助走をして……剣を振り下ろす。あっさり躱される。だがここからだ。なるべく勢いを殺さないような体捌きで次の攻撃に繋げる。これも躱された。
距離を取る。しっくりこない。もう一度……もダメだ。三度目はラザードさんも動いた。反撃……躱し切れない。かすっただけだ。痛みはリジェネーションの効果ですぐに消えていく。
再び離れる。と、今度はラザードさんが遠い。構えて、俺と同時に助走をつけて迫ってくる。舞台中央で真正面から剣が激突する。手が痺れるのも構わず次の攻撃動作に……ダメだ。遅い。防戦。
一旦離れてもう一度。今度は打ち合えたが、攻撃を食らうのを恐れて踏み込みが甘い。全然ダメだ。もっと速度とパワーを乗せないと。
開始線の倍以上の距離を取ってまた相対する。リジェネーションをかけ直す。握る力を込める。スピードも……もっとサティのように鋭く速く。
走る。十分にスピードと力が乗った攻撃は、タイミングが変わったせいか打点がずれた。初めてラザードさんの剣が流れ体勢がわずかに崩れた。
俺の次の攻撃が初めてかすった。ほんとうに先端がかすったのみで、ダメージはなさそうだ。
だが俺も食らっている。かなりの激痛。リーチの分、深く削られたのか。しかし戦闘に支障はない。すぐに回復した。
今のはいい感じだった。もっとスピードを上げて、剣速が早くなったから攻撃のタイミングを遅らせる。
また中央で激突する。数合打ち合って離れる。もう一度。いける。互角に打ち合えている。もっと、もっとスピードとパワーを……
だが互角では……さっきの攻撃、なんで当たった? 打点がずれていた……剣速に分があるから、こちらの有利な位置で打ち合えれば……
ほぼ同時に剣を繰り出し……初めて打ち勝った。こちらの剣速が一番乗ったところでラザードさんの剣を潰した。有利な体勢からの二撃目は……相打ちになった。だが近すぎてどちらもスピードが乗ってない。革の鎧でダメージは半減している。回復するまでもない程度だ。
再びの助走からの打ち合い。今度はラザードさんがタイミングをずらしてきた。だが俺のほうが動きは速い。修正して対応して……また相打ち。いや、盾で防がれた。俺のダメージも軽い。すぐに回復する。
もっとだ。もっと速く。もっと踏み込まないと。
踏み込みすぎた。回避、間に合わない。受け……受け損ねた。回避するか受けるか、迷った剣は力も勢いもなく、ラザードさんの豪剣を受け止めきれず、そのまま肩に衝撃が走る。ダメージは……致命傷は回避している。骨が折れてる感触もあったし、受けたほうの腕は動かせないし、死にそうなほどの痛みだが、戦闘は続行できる。そして激痛は追撃を躱しているうちに完治する。
ラザードさんの一撃を凌ぐごとに、体は元に戻っていく。
「いまので仕留めきれんのか……」
さすがに驚いているようだが、俺の回復魔法はちょっと性能がぶっ壊れている。回復量も詠唱速度も、本職の神官でも足元にも及ばないレベルだし、スキルの恩恵でほとんど失敗もない。
それにリジェネーション中は痛みも軽くなっている気がする。普通なら脂汗を流しつつ、痛みに耐えるだけで動けもしなくなるんだが、ダメージを食らった直後の最大の痛みは即座に修復され軽くなっていく。最初の苦痛さえ耐え切ればなんとかなるのだ。
「でも丁度回復魔法も切れました」
しかし頼みの綱のリジェネーションも切れてしまった。もう悠長な詠唱はさせてもらえないだろう。
「いいぜ、待ってやる」
【リジェネーション】詠唱。
「ほんとに物好きですね」
俺の傷は完治し、ラザードさんの傷はそのまま。今のところダメージは小さそうだが、積み重なれば……それに多少のスタミナ回復もある。
「万全の相手を真正面から叩き潰す。それが楽しいんじゃねーか。本当なら魔法も有りでやりたかったところだ」
魔法有りならどうだったろう。開始距離がさほどないから大きい魔法は使えない。初級の攻撃魔法でも俺のは強力だが、それだけで決められるとも思えない。それになんでも有りなら真剣だろう。一手対応を間違えれば真っ二つになってそうだ。
やはりここでやるほうがマシかもしれない。
詠唱が完了した。ぐっと腰を落として仕掛けた。
パワーは互角。スピードは上回っている。だが付け焼き刃の動きでは……攻め切れない。
何度目かの攻防、一瞬ラザードさんの体が流れた。バランスを崩して隙が……迷うことなく剣を……あ……罠だ。
バランスを崩しながらもラザードさんは攻撃モーションに移っていた。誘われた。
回避はもう無理だ。盾でなら防げる可能性はあったかもしれないが、そのまま剣を振り下ろす。迷ってはダメだ。
俺の上段がラザードさんの肩を。ラザードさんの剣が俺の胴を。間に合え。
――吹き飛ばされて舞台の上を転がっていた。体がぴくりともしない。意識が……
「マサル様っ!!」
サティの必死の声で意識が引き戻った。そうだ、ここで俺が倒れたら、ハーピー戦の二の舞いじゃないか。もうあんなことは……
顔を上げたところで俺の顔を覗き込んでいる審判と目があった。
「回復、魔法」
そう審判に向かって一言発するだけで咳込んだ。口の中に血の味がいっぱいする。上半身を持ち上げ……剣は、あった。剣を掴む。ラザードさんは……膝をついた状態から立ち上がろうとしていた。
俺の攻撃もちゃんと当たっていたようだ。あとは俺の回復が……回復が止まっている。リジェネーションが切れていた。
魔力。魔力を……【ヒール(小)】――発動した。体を起こしたところにラザードさんの剣が振り下ろされた。剣を頭上に持ち上げなんとか受ける。
無防備な腹に前蹴りをもろに食らった。また吹き飛ばされ転がり倒れる。
倒れたまま、【ヒール(小)】発動。まだ動ける。剣も手放していない。
【ヒール(小)】発動。立ち上がった。目の前にはラザードさんがいる。
「信じられねえ。さっきのは完璧な手応えだった」 【ヒール(小)】
そう言いながら攻撃して来た。根性や頑丈なんてスキルも持ってたな。今まで効果を実感したことはないが、耐え切れたのはきっとそのお陰だろう。
受ける。また蹴りが来るが回避。不意打ちでもなければそうは食らわない。【ヒール(小)】
防戦しつつ、【ヒール(小)】を繰り返す。
ゆっくりと深呼吸をする。どこも痛くない。ラザードさんは息も荒いし脂汗を流してる。ダメージを受けた肩は相当痛むはずだ。
「俺の傷は治りました。もうラザードさんに勝ち目はありませんよ?」
ギブアップしてくれねーかなあ。してくれないだろうなあ。
「片手を潰したくらいで勝てるつもりとは、俺も安くみられたもんだ」
簡単に勝たしてくれそうにないからやりたくないんだよ。
「ま、甘く見たのはどうやら俺のほうだったようだが……」
ラザードさんがずいっと歩を進めた。ダメージを抱えていてはそう長くは戦えない。短期決戦がご希望か。
片手が動かない相手だ。安全に勝つこともできないこともないが……散々甘く見てくれたお礼だ。正面から受けて立とう――