134話 本戦、一、二回戦
「マサル!」
みんなのところに戻ると、アンにぎゅっと抱きしめらた。ついでにリリアも後ろから抱きついてきた。これこれ、これだよ。がんばったかいがあったというものだ。
「もうっ、無茶をして!」
もっとスマートに勝ちたかったが、そんな贅沢を言える相手でもなかったし。
「あいつ、本当に強かったしね」
今から考えれば相打ちを選ばないでも他にやりようがあったかもしれないと思う。スピードもパワーも俺のほうが上だったのだ。だがぶっつけ本番では作戦を練る余裕もない。
「よくがんばったわ!」とエリーにも褒めてもらった。
「マサル様、これどうしましょう?」
サティが金貨の詰まった宝箱を運んできてくれた。
「ちょっとした量ね。マサル、何に使うの?」とエリー。
使い道かあ。
「これが金貨千枚……」と、シラーちゃんも目を丸くして宝箱を覗き込んでいる。
うちはそこそこ裕福だから、現金でも資産でも金貨千枚分くらいなら余裕で持ってはいるが、基本的に報酬はギルドに預けているし、これほどのまとまったお金を見る機会は初めてだ。
大量の金貨にはロマンを感じる。しかもこれは俺のお小遣い。自由に使ってもいいのだ。
とはいえ王都での衣食住は全部エルフ持ちだし、新規の奴隷もシラーちゃんにかまけている現在、追加もよろしくない。領地経営も順調でお金がかからない。みんなにプレゼントをと思っても、最近エルフに大量に贈り物をもらっている。あれと同等かそれ以上の物はそうそう手に入らない。
エリーも最近はお金お金と言わなくなった。エルフの里防衛戦のエリーの取り分は全部実家に送っていたし、さらにこの後俺たちが実家に戻って魔法で開拓の手伝いをすれば、エリーの実家も大いに発展するだろう。
自分で要求しといてなんだが、お金は当座必要ない。まあ持ってればそのうち役に立つだろう。
「とりあえずほしい物もないし、貯金だな」
オリハルコン製の魔法剣がいくらするかわからないし、取っておいたほうがいいだろう。
それから今の対戦で自分に賭けて普段のお小遣い程度は儲かった。五倍の払い戻しで金貨一枚賭けて、金貨四枚四十万円の儲け。俺とサティのブロック優勝予想にも金貨を一枚ずつ賭けてある。サティはそこそこ、俺は大穴である。
賭けには一回金貨一枚という上限がある。俺やサティに大金を賭ければ大儲けなのだが、そんなことをすると大会運営が傾いてしまう。投票券の販売時に何かのチェックが入るわけでもないが、上限以上の賭けは犯罪にカテゴライズされるので、みんな普通に守っているようだ。真偽官に聞かれるとばれちゃうからね。
「ウィルも儲けたか?」
「ばっちりっす!」
エルフの皆さんも俺に賭けて儲けていたようだ。よかった。負けなくてほんとによかった……
「でもブロック優勝は確約できんぞ。確実に儲けたいならサティだな」
ブロックの勝者予想はもう閉め切ってるから今更言っても遅いんだが、朝の組み合わせを見る前に別れたから教える機会がなかった。
「ラザードって人、そんなに強いんすか?」
「駆け出しの頃、魔法も有りでやってぼっこぼこにされたよ」
「マジすか!?」
「まあ俺も腕を上げたから負けるつもりはないが……」
見栄でそうは言ったみたが、勝てるイメージがまったくない。軍曹殿は互角だと言っていたが、パワーは勝てそうにないし、リーチも負けている。スピードなら勝てるだろうか? でもラザードさんの本気はドラゴン戦で遠目で見たきりでどれほどかは不明だ。不安しかない。
話しているうちに試合は始まっていて、ティリカもようやく戻ってきた。ジョージの処分に関して、グスタフに改めて釘を刺してきたそうである。グスタフは軍でジョージの性根を鍛え直す方針らしい。
「ジョージは国軍の辺境部隊に、一兵卒として送り出されることになりそう」
辺境とはすなわち魔境近くである。そこでの一兵卒なら貴族のボンボンには厳しい環境だろうが、あいつはそこそこ有能な土メイジだ。便利に重用されそうで、処分として考えると微妙である気もするが、俺たちに迷惑のかからない遠くに行ってくれるなら、もうそれで十分だ。
サティの順番が回ってきた。対戦相手も予選を抜けてきて弱いはずがないのだが、あっという間の完勝だった。
フランチェスカも順当に勝ち上がった。
俺のブロックの試合が始まって、ラザードさんの出番が来た。俺もその二戦あとなので、準備をして会場に降りる。
本戦の出場枠は六十四名。8ブロック八人ずつのトーナメントに分けられて、三連戦を勝ち抜いた一名のみが、明日の本戦決勝へと駒を進めることができる。俺の組み分けは七組。第二舞台での十一試合目。
組み合わせは抽選らしい。作為はない。八分の一の偶然だ。
ラザードさんの相手は……ダメだ。まともに打ち合えてはいるが、完全にパワー負けしている。すぐに試合は終わった。全然参考にならん。
一試合はさんで俺の試合だ。緊張してきた。胃がきゅんきゅんなってる。
「サティ、また応援しててくれよな。小さい声でも聞こえるから」
聴覚探知は便利だ。その気になれば試合中でも普通に会話もできそうだ。
前の試合が終わった。試合の時間は短い場合が多い。刃引きとはいえ、一発でも食らえば一気に勝負が決まり、一分もかからず終わる。
みんなは俺みたいな高い回避力は持ち合わせていないようだし、相手の隙をついての回復魔法も難しい。
そこら辺をうまく生かせれば勝機はあるだろう。
サティの声を聴きながら慎重に舞台を上がる。最初と違ってもう一方でも試合をやっていて注目は分散されているし、続けざまに試合があるから、特別な盛り上がりもない。サティの声に集中していれば、緊張はだいぶマシな感じだ。
俺の相手はさほど強くないという情報だが油断はできない。どこに二刀で剣聖の弟子みたいなのが潜んでいてもおかしくないのだ。
開始線に立つ。よし、今度は大丈夫だ。気合いも乗っている。
「始め!」
合図がかかった。相手は動かず、守る構えのようだ。慎重に歩を進め――軽いフェイント。右と見せかけて、左に素早くステップ。もちろん隠密や忍び足も使っている。俺のよく使うコンビネーションの一つだ。
俺の一撃がきれいに入った。対戦相手がうずくまる。
あれ? もう終わり? 今のはほんの小手調べなんだけど……
「勝負あり!」
終わったみたいだ。こんなものか。この程度なのか。釈然としない気持ちで舞台を降りる。
すぐに始まった次の試合をサティとともに観戦する。勝ったほうと俺が対戦することになる。
試合は泥仕合っぽい様相を呈してきた。双方小さくないダメージを与えあって、ヘロヘロになりながら、必死の形相で戦っている。
がんばってはいるんだが、正直どっちが来ても弱そうだ。いや、確かに予選で見てきた選手たちよりは腕が立つんだが……本戦といってもこんなものなのか?
「サティの組もこれくらいのレベル?」
「あんまり強い人はいないみたいです」
今日は出場選手も少ないから、ここからでもサティの側の舞台もよく見えている。サティの組は問題ないようだ。俺が負けてもみんなは儲けられるだろう。
ようやく決着がついた。治療を終えた勝者が嬉しそうに手を振って、観客の拍手に応えつつ舞台から降りてきた。
俺も拍手をしてたら、そいつと目があった。嬉しそうな顔が一瞬で曇り、目をそらされた。痛い目にあって勝利を喜んでいたら、次の相手が軍曹殿だった時のような気持ちだろうか。よくわかる。
だが俺も同情してる場合じゃない。ラザード戦でどんな目に合うかわかったものじゃないのだ。せめて苦しまないように退場させてやろう。
ほんとうは俺も今すぐにでも退場したいところだが、サティのこともある。自分が出たいと言い出したのが原因で俺が出場することになって無理してるんじゃないかと、非常に気にしているのだ。弱音は吐けないし、そんなそぶりも見せられない。
一回戦の試合がすべて消化された。二回戦は対戦オッズの確定待ちを兼ねた休憩を挟む。ウィルに見てこさせたら、俺もサティも倍率が最低ランクになっていて、賭けても儲けがほとんどなかった。
二回戦。サティもラザードさんの試合も何の波乱もなく終わった。
そして俺の二回戦。三戦目ともなるとさすがにオタオタしなくなってきた。対戦相手は……決死の表情をしている。きっと軍曹殿と相対してるときの俺はこんな表情をしているのだろう。
何か仕掛けてくるだろうと思ってたら、開始の合図で突っ込んできた。剣を振り下ろし、そのままぶつかってきた。体格の劣る俺を吹き飛ばしてどうにかしようと思ったのだろう。
剣は受け流し、ぶちかましはがっちりと受け止めてやった。止められたのが予想外だったのか、押し返したところでバランスを崩したので、剣の柄でこめかみのあたりを強打する。ヘルムの上からだが、脳震盪くらいは起こす。そして相手が膝をついたところで、肩にトンっと剣を置いた。
「まいった……」
三戦目もあっさりと終わった。グスタフ戦がなんだったのかという楽勝さだ。
舞台から降りたところでラザードさんがこちらを見ているのが目に入った。戦勝気分が一瞬で吹き飛ぶ。会釈だけして、サティとみんなのところへと戻った。
ブロック決勝前は食事休憩も兼ねた長めの休憩があった。
俺も消化のいいスープと果物で食事を取っていると、土魔法で舞台の作り変えが行われていた。二つの舞台を繋いで一つにしている。決勝は一試合ずつ行われるようだ。
ついにラザード戦である。ガチンコだ。思えば訓練にしても、実戦にしても、気絶させられたのはラザードさんの時、一度きりだ。あの頃より経験は積んできたし、回避スキルも充実している。
エアハンマーは避けるし、ゴーレムを木剣で切り裂く。回復魔法はよっぽど上手く使わないと潰されるだろう。
問題は俺のパワーでどの程度対抗できるかだ。あまり差があると、先のラザードさんの対戦者みたいに打ち合いにもならない。
スピードで勝てるかというと、それも疑問符がつく。経験も負けている。
「サティならラザードさんとどう戦う?」
「足で引っ掻き回します。相手の攻撃を貰わないように、少しずつ削っていきます。あの人の剣は重いですし、回避はできそうです」
大剣を片手でぶん回すから剣速は比較的遅い。あくまでも比較的だが……
「マサル様なら剣は避けることができると思います」
ただし、他の攻撃も注意しないといけない。ラザードさんは素手でも強い。蹴りも飛んで来るし、組み付かれると、それこそパワーで圧倒されてどうしようもなくなるだろう。
結局のところ考えても仕方がない。あの人の本気の実力がわからないから、実戦で探るしかない。実にリスキーだ。もう家に帰りたい……
決勝が始まった。サティの試合がすぐなので、降りて近くで観戦することにした。
初戦はフランチェスカ様だ。盛大な歓声が巻き起こる。王族で美人だし、戦い方にも華も実力もある。人気は高い。
相手は獣人か。身体能力は高いが、速さが足りてない。あっという間に追いつめられて負けていた。
「サティ、がんばってこい」
「はい!」
サティの相手は、ドワーフの戦士だ。がっちりとした横幅のある体格だが、サティと背は変わりないくらいだ。ハルバードという、槍に斧をつけたような長い両手武器を持っている。
長い武器はやっかいだが……サティに懐に入られて、短い攻防のあと、あっさりと倒された。
柄のほうで攻撃しようとしたようだが、サティにがっちり掴まれて完全に動きを止められた。そこを剣で一撃である。やはりパワーは大事だ。
次の試合はやたらでかいのが勝っていた。トロールかってほどでかい。時代はパワーか。
四、五、六組と試合は進み、とうとう俺の番がやってきた。
舞台に登る。もはや観客がどうとか言っている場合ではない。
刃引きの剣とて当たりどころが悪ければ死ぬこともあるのだ。
「始め!」の声でラザードさんがニヤリと笑った。
「さあ、楽しもうか!」
それは楽しませてもらおうかの間違いじゃないんですかね……