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133話 本戦予備予選、対グスタフ戦

 闘技場はぎっしりと人で埋め尽くされていた。

 グラウンドも二面の試合会場を残して観覧席にされており、予選の時とは比べ物にならないほどの人出である。


「これより予選の最終試合。特別試合を行います! この試合の勝者が本戦出場を――」


 司会の人が舞台に立ち観客席に向かって、会場中に届きそうな大きく響く声で解説をしている。

 解説では俺とグスタフの選手紹介のみで、決闘がどうのという事情は省かれている。

 サティを連れて係員に誘導されて舞台前に行くと、そこだけ人払いがされており、グスタフや真偽官の正装をしたティリカ。それに他の二名の真偽官、他には運営の人たちだろうか。今回の件の関係者のみなんだろう。


「まずは約束の報酬だ」と、グスタフ。


 鍵のかかった上等そうな宝箱が用意されており、開けると中にはぎっしりと金貨が入っている。数に関しては箱に付いていた商業ギルドの人が、確かに千枚用意したと保証してくれる。しかし千枚といってもそんなに多く見えないんだな。


「では試合前に今回の決闘の取り決めを確認する」と真偽官の一人が言った。


「バイロン家、ヤマノス家を代表し、双方正々堂々と全力で戦い、いかなる結果になろうとも今後両家は遺恨を残さないこと。双方誓うか?」


「誓う」「誓おう」


 続いてティリカがしゃべりだした。


「この試合でマサルの実力が証明された場合、ジョージ・バイロンにはしかるべき処分を下し、バイロン家内において貶められたマサルの名誉を回復してもらう」


「約束しよう」


 もはやジョージとかどうでもいいわ……


「双方準備はいいかね?」


 そう真偽官に質問をされたので、頷く。心の準備はまったくできていないが、装備の準備はすっかり整っている。


「それでは本日の第一試合の選手にご登場願いましょう!」


 客席から歓声が上がる。本日最初の試合だ。客も注目してるし、出場選手もすべてこちらの会場に集まってきている。予想以上の注目度だ。

 キリキリと胃が痛む。これなら普通に出場申し込みしたほうがましだったかもしれない。


「マサル様……」


 付いてくれているサティが心配そうに俺を声をかけた。


「大丈夫。大丈夫だ」


 ゆっくりと深呼吸してみるが、心臓が早鐘のように打っている。かつてないほどの緊張感だ。

 大丈夫だと自分に言い聞かす。装備は使い慣れた物だし、やることもここ数日散々やった修行の延長だ。恐れることはない。勝ったら一億円。一億円。何に使おうか。エッロエロの奴隷でも買ってみようか……

 変なことを考えていたら舞台に登る階段で派手に転んだ。ほんの四段ほどの短い階段である。どっと笑い声が巻き起こった。


「ありゃダメだな!」うるさいよ。客席や観戦している選手たちの声は全部聞こえてるんだよ。

「また来年がんばれよー」金輪際出ねーよ!

「ひょろっちいな。魔法剣士のAランクらしいが魔法が強いタイプか」その通りだよ。

「あの様子じゃ期待はまったくできんが、本調子でも相手がグスタフではどっちにしろ分が悪い。賭けはグスタフが鉄板だな」大損するといい……


 舞台の開始位置へと立った。


「あまり無様な戦いをされても困るのだぞ」


 そうグスタフから声がかかった。


「だ、大丈夫だ」


 声が震えたのには我ながら情けなくなるが、こいつは軍曹殿より弱い。しかも審判付きのただの試合。びびる要素は何もない。集中。試合に集中しないと。


 構えて、と審判が手を上げた。その声に機械的に構えた。


「始め!」


 もう始まってしまった。開始位置はまだ剣が届かない距離だが、グスタフは……動かない。 

 グスタフは片手剣に手で持つタイプの中型の盾を装備している。俺は腕に装着するタイプの小型のバックラーだが、剣が大きい。重いが間合いは少し長い。


「先手をやろう。かかってくるがいい」


 こいつは余裕だな。俺は余裕がない。たくさんの観客が嫌でも目に入り、声もしっかりと聞こえて落ち着かない。練習でずっと使っていた剣だが昨日より重く感じる。試合が始まればなんとかなるだろうと思ってたんだが……


 一歩二歩と近づき、間合いに入った。この上はこいつを手早く倒して終わらせるしかない。

 踏み込む。剣を振るう。一合、二合と打ち合う。体はしっかりと動いている。ちゃんと戦える。いける。

 そう思ったのが油断だったのか。フェイントに簡単にひっかかった。剣が流れ無防備に――回避は――失敗した。突きの一撃を肩に食らった。


「なるほど。この腕ならジョージでは相手にならんだろう」


 まずい、利き腕のほうだ。このままじゃ剣が満足に振れない。回復を……


「待ってやろう」


 素直にありがたい。【ヒール】詠唱――痛みが引いていく。

 グスタフ強い。ちょっとヤバイぞ。

 思案する間も与えられず、すぐにグスタフが動いた。受ける。躱す。受ける受ける。フェイントだ――かすった。ヤバイ。ヤバイ。また一撃もらった。いいように弄ばれている。

 距離を取ろうと足を使うが、簡単に逃がしてもくれない。ナーニア戦のようにジリ貧だが、グスタフはナーニアさんより強いし、スタミナも切れそうにない。

 このまま為す術もなく切り刻まれて負けてしまうのか。

 脇にまた一撃。激痛が走る。だが今度は待ってもくれない。


「マサル様!」

 

 雑音の中でサティの声がよく聞こえる。

 くそっ、こんなやつサティより全然弱いのに……またフェイント。今度はちゃんと躱せた。そうだ。こいつはサティより弱い。動きもちゃんと見える。落ち着いていれば躱せる。

 逃げまわるのを辞め、足を止めた。

 防御に専念する。冷静に攻撃を見極めて、受け、回避する。


 こいつはサティより弱い。軍曹殿やアーマンドよりも弱い。攻撃にさほど圧力を感じない。

 回避直後反撃に転じる。一撃、二撃。盾使いが上手い。防御が硬い。魔法が使えればこんなやつ一発なんだが。


 打ち合い、一瞬の鍔迫り合い。動きが止まった――【ヒール(小)】――グスタフは妨害しようと打ちかかってくるがもう詠唱は終わっている。痛みが軽くなった。

 一旦距離を取って相対する。油断できる相手ではないが、恐れるほどでもない。多少のダメージならこうして回復できる。だが……

  

「調子がでてきたではないか」


「手加減してもらってますからね」


 話しながらもう一度【ヒール】。

 俺が回復しても、焦った様子はまったくない。まだ様子見で本気じゃないんだろう。


 呼吸を整えたグスタフが構えをわずかに変えた。盾を少し前に出し、動いた。

 躱す、受ける。俺も反撃を試みる。だが、盾がほんの少し前に出ただけで、防御はさらに硬く、攻撃にも厚みが加わった。


 やはり盾使いが巧みだ。俺は回避も受けもギリギリのところだが、グスタフは安定して俺の攻撃を防いでいる。なんとかして防御を突き崩さないといけない。

 サティの声援がずっと聞こえている。サティの声に耳を傾けていると落ちつけた。大勢の観客も気にならなくなってきた。グスタフが強すぎてそんな余裕もなかったのもあるだろう。


 落ち着いて見ると剣速もパワーも俺のほうが上回っているようだ。だが攻撃はすべて防がれている。

 どうしたものか? こういう時は魔法かアイテムボックスを使うのが俺の常套手段なんだが、ここでは使えない。正攻法は硬い防御で防がれるし、時折混ぜられるフェイントと突きがやっかいだ。

 膠着状態になった。スキルの回避と心眼がいい仕事をしてくれている。

 打ち合い離れ、また打ち合い離れてを何度も繰り返す。どちらも一撃すら相手に与えられない。

 

「強い。強いな」


 一旦離れた時にグスタフが言った。それはこっちのセリフだ。


「まだ若いのにその腕。魔法の才能まである。実戦なら私では勝てんだろう」


 その魔法がここで使えればいいんだけどな。


「だが剣まで負けてやるわけにはいかん!」


 グスタフがかかってきた。何か仕掛けてくるかと思ったがこれまでと同じ流れが繰り返された。だが明らかに気合が違っている。それに俺もすでに一杯一杯で全力で戦っている。余裕がない。グスタフは攻防ともに高レベルで安定してるから手を抜けるところがどこにもない。強引に、力任せに攻撃を加えようとしても受け流されるし、隙が出来てしまう。グスタフが何か仕掛けようとしているのがわかっても、うかつに動けない。中盤から被弾がないのが奇跡的だ。


 何度も何度も打ち合いが繰り返される。今度は中断なしでとことこんやるようだ。俺のスタミナ切れを待つつもりか? 確かに見た目は小さくて体力はなさそうだが、スキルの恩恵でそうそうスタミナ切れは起こさない、はずだ。


 グスタフがついに動いた。初めて盾を使った攻撃、シールドバッシュを仕掛けてきた。

 いつの間にかグスタフの盾が体近くに引かれていて、踏み込むと同時に突き出された。盾をぶつけるだけの技だが、硬い盾をまともに食らうとダメージはあるし、受けても相手を弾き飛ばす効果がある。

 だが体格に劣っていてもパワーは負けていない。こちらもしっかりと踏ん張って盾で受けてしまえば――シールドバッシュを受けた次の瞬間、ゴツっと左肩に衝撃。突きをまともに食らっていた。


 ヤバイ。骨も逝ったかも……左腕がだらりと下る。激痛で動かせない。

 グスタフがここぞと攻撃を仕掛けてきた。剣一本で受け、回避する。

 【ヒール(小)】詠唱――回避、詠唱完了。また【ヒール(小)】詠唱――完了。

 まだ回復しきれてない。もう一度は……シールドバッシュが来る。

 二回の回復魔法で左腕はなんとか動いた。痛む左腕のバックラーでシールドバッシュを受けて、続けての突きが顔面に迫るのをかろうじて回避する。いや、頬と耳のあたりが裂けたような感触。躱しきれてない。

 盾の面の攻撃と、突きの点での連続攻撃がやっかいだ。盾に隠れて突きの出処がぎりぎりまでわからない。


 またシールドバッシュ。回避するにはシールドバッシュ自体を避けないと……後方に下がりかろうじてシールドバッシュを避けた。だがいつの間にか舞台の角に追い詰められている。

 追撃の突きが……来ない。もう一度シールドバッシュを仕掛けて来た。舞台から落ちても失格だ。

 シールドバッシュをがっちりと受けた。突きは躱せない。左腕に突きを食らう。構わず右手の剣を振るった。右腕が無事なら戦闘は続行できる。

 相打ちで剣を初めてグスタフの腰の辺りに当てた。手打ちで振ったので威力は弱くなったが、それでもグスタフがよろめき、その隙に角から脱出出来た。


 【ヒール(小)】詠唱。少し左腕が動く。もう一度【ヒール(小)】――グスタフが態勢を整えて迫ってきた。攻撃を回避する。また攻撃、回避。小刻みな攻撃で回復する隙が作れない。

 またシールドバッシュ。痛む左腕を無理やり動かして受ける。

 ここだ! シールドバッシュでグスタフも盾での防御を放棄している。相打ちなら、致命傷さえ避ければ回復のある俺に分がある。


 俺の剣がグスタフの左肩に、グスタフの剣が横薙ぎに俺の胴に当たった。俺の剣のほうがわずかに先に届き、しっかりとした手応えもあった。グスタフが膝をついた。

 だが俺も倒れこそしないものの、呼吸が困難なほどの激痛で回復のための魔力の集中も出来ない。立っているのでやっとだ。


 回復魔法に気を取られている隙に、膝をついたグスタフが立ち上がるのを許してしまった。もう動かせないのか、左手は下がったまま。手放した盾ががらんと転がった。この様子では俺が回復魔法を使えれば、グスタフにはもう勝ち目はない。


「お、おおおおおおおおおおぉ!」


 立ち上がったグスタフが雄叫びを上げて剣を振り上げた。

 回復する暇を与えないつもりだ。俺も痛みを堪えて剣を構えた。体を動かす度に脇に激痛が走る。

 振り下ろされるグスタフの剣は直線的で避けるのは難しくなかった。グスタフの動きはダメージのせいで見る影もなかった。ほとんど破れかぶれの攻撃だったのだろう。

 躱しざま、無防備な胴に剣をぶち込んだ。グスタフはゆっくりと膝をつき、そのまま倒れた。


 立ち上がりそうならもう一発、と構えたところで審判の「勝負あり!」との声がかかった。

 ドッと歓声が上がる。

 勝ちを喜ぶ余裕もなく、いまの動きのせいで更に激痛が走る。脂汗を流しながらなんとか魔力を集めようとしていると、神官が駆けよってきてくれた。助かった。


「ヒール――ヒール――」


 一回ごとに痛みが引いていく。やはり回復魔法は偉大だ。自然治癒なら俺もグスタフも担架で運ばれて入院コースだ。いやそもそも最初のダメージで俺の勝ち目はほぼ消えていた。


 回復魔法が使える人間が大会で有利すぎやしないかと後日聞いてみたところ、実戦で使いこなせるほどの使い手が増えるなら大変に結構なことだ。本当は魔法も有りにしたかったようだと、俺を大会に誘った運営の人にお答えいただいた。

 回復魔法の使い手ってどこでも足りてないからなあ……


 数回ヒールをもらって自分でもかけて、完全に痛みが消えた。グスタフもようやく体を起こしている。

 敗者にかける言葉はない。というかもう顔も見たくない。サティのいるところに向かって歩いていき、舞台を降りると会場中から盛大な拍手で迎えられた。


「マサル様っ!」


 降りたところでサティに抱きしめられた。涙目になっている。俺がダメージを食らいまくってたのでヒヤヒヤしてたのだろう。ずいぶんと無様な姿を見せてしまった。

 だがサティは見たことがないが、この程度なら軍曹殿の訓練で何度ももらっている。そのお陰で今日は立っていられたし、反撃も出来た。経験というのは大事である。


「全然大丈夫だ。傷も大したことなかったし」


 そう言ってサティを慰めてやる。


「ほう。そいつはよかった」


「ラ、ラザードさん」


 唐突に現れたラザードさんにびくっとする。


「これほど強くなっていたとは驚いたぞ」


 ラザードさんが同じブロックだった。あと二回勝てば今日の決勝で当たる予定だ。

 朝に組み合わせを聞いたとき、できれば適当に敗退してしまおうと思ったが、ラザードさんとはいずれ雌雄を決するとシラーちゃんとした約束もある。これで途中で負けて対戦自体が流れれば興醒めだろう。シラーちゃんの忠誠を上げたいなら勝ち進むしかない。


「マサル、お前は驚くほど短時間で強くなった。俺が勝てるのはこれが最後だろう。全力でやらせてもらうぞ」


「お、俺も負けるつもりはありませんよ。でもあと二回勝たないと対戦は……」


「優勝候補はお前が倒しちまった。俺たちの組に目ぼしい相手はもういねえ」


 ラザードさんが言うならそうなのだろう。


「戦えるのが実に楽しみだ!」


 ラザードさんはニヤリと肉食獣の笑みを浮かべると、背を向けて立ち去った。

 見上げるような体躯。盛り上がった筋肉。俺のより数段巨大な剣。

 ラザードさんはドラゴンにも平気で突っ込んで倒していた。俺もやったが、魔法剣でだ。剣のみで同じことはできそうもない。

 あれと戦わなきゃいけないのか……

次回 31日21時更新予定です。

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