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131話 剣闘士大会予選二日目、試し

 予選はあまり見るべき点がなかった。

 本当に強いのは予選免除で本戦から出てくるようで、予選に出たところでオッズの関係で強者同士はなるべく潰し合わないように組み合わせが作られ、本気の戦いはそうそう見ることはできない。

 実力の伯仲した中堅ファイター同士のガチの戦いはそれなりに血沸き肉踊るものではあったが、収穫といえば大会の平均的レベルが知れたことだろうか。

 やはりサティは飛び抜けて強い。そこそこ強そうなのは何人かいたものの、ここまで見た中でライバルになりそうなのはフランチェスカくらいだった。


「マサル様、ラザードさんです」

 

 みんなも戻ってこないしいい加減退屈しだした頃、サティが会場を指差した。予選も終盤付近までどこに隠れてたのかと思ったが、控室みたいなのがあったらしい。

 

「知り合い?」


「依頼で組んだことが、あっ」


 アーマンドに答えてる間に対戦相手が吹き飛んでいた。同じように吹き飛ばされた時の記憶が鮮明に蘇り、ちょっと嫌な気分になる。

 幸い命には別状ないようで、治療を受けて無事立ち上がっていた。ほどよく手加減はしているんだろう。

 パワータイプだけど腕もいいんだよな。普通の冒険者が両手で振るうような剣を片手で軽々と扱い、小技も使える。察知能力が高いのか勘もいい。

 こうしてみると剣士としての一つの理想型ではある。恵まれた体格に鍛え上げられた筋肉。高い技術に豊富な経験。ドラゴンに突っ込む勇猛果敢さも持ち合わせている。

 ラザードさんは二戦目、三戦目も危なげなく勝ち上がった。ほとんど実力は見せないままだ。


「サティ、がんばれよ」


「はい!」


 ラザードさんの相手はサティに任せた。優勝を目指すなら当たる可能性は低くはないだろう。

 今となっては勝てなくもないなとは思いはするが、やっぱり怖いものは怖い。俺が出るんじゃなくて本当によかった。


 ラザードさんの試合が終わり、全体の試合消化も進んで会場にいる選手も観客もだいぶまばらになった頃、みんながやっと戻ってきた。

 みんなご機嫌に酔っている。


「美味しいお酒でねー。マサルの分もお土産に一本貰ってきたよー」


 そう言って、アンがお酒を見せてくれた。俺はお固い王宮など、いいお酒が飲めてもノーサンキューだが、みんなは楽しんできたようで大変結構だ。ついでに料理もお持ち帰りしてきてくれたので、机に広げて留守番組でつつきながら話を聞いた。

 リリアの話が長引いたが、王宮訪問は問題なく終わったらしい。料理やお酒は美味しいし、王宮の見学もさせてもらい、エリーは王様に領地開拓の話を少しして、軌道に乗った際には正式にご挨拶をする約束をしたようだ。

 

「まだ先の話だけれど、その時はスムーズにいく方がいいでしょ?」


 領地の承認や叙任はパークス伯爵に仲介を頼むことになりそうだったのだが、直接のコネ、それも王様直通なら伯爵に借りを作ることもない。エルフ経由という案もあったのだが、そうするとちょっと大事になりかねないのが悩ましいところだったのだ。今でもちょっと大事になっている気がしないでもないが、エルフ王家からより、王様にこっそりとならセーフだろう。そう思いたい。

 うちの事情が特殊すぎて、もはやどういう選択肢が正解なのか判断できないのが現状だ。だが少なくともこちらに隔意のある伯爵よりも、好意的な王様に話を持っていったほうがいいのは間違いがない。

 どっちにしろこの話は数年後。それまでには状況は更に変化しているだろう。

 とりあえずのところはエリーが満足そうならそれでいい。ここのところは割合平穏に物事が進んでいるし、嫁が幸せなら俺も幸せというものである。




 予選も全試合が終了したので皆でエルフ屋敷に戻り、予定通りサティとアーマンドの立ち会いを行うことにした。

 条件は同じ方がいいだろうと、アーマンドは予選と同じように盾を持ち、手加減をするスタイルのようだ。

 エルフ屋敷の訓練場で、俺たちやエルフが見守る中、二人が相対する。リベンジとあってサティはずいぶんと気合が入っている。あれで結構負けず嫌いだしな。


「始め!」


 俺の開始の合図でサティが一歩二歩三歩、ゆっくりと歩を進めると立ち止まった。開始位置は遠めに取っていたのだが、今は完全に無拍子打ちの距離だ。


「いいね。それでこそ剣士というもの」


 そう言うとアーマンドがするりと動いた――ギンッ。サティはアーマンドの剣を完全に防いだ。そこで双方の動きが一旦止まった。

 改めて見ても軍曹殿の見せてくれた無拍子打ちと、そう変わらない。あれなら俺も防げそうだ。

 アーマンドが嬉しそうに笑って、攻撃を再開した。振るわれた剣をサティがギリギリで躱す。そして反撃。アーマンドがそれを躱した。今度はフランチェスカとの試合の再現をするようだ。

 だがこっちはフランチェスカのほうが動きは少し上だったか、すぐに躱しきれずにサティが飛び退いてしまった。

 経験の差だろうか。あの距離で足を止めたまま相手の剣を躱すには、先読みが必須になってくる。サティには対人の経験が少ない。


 仕切りなおしてサティが仕掛けた。今度はステップワークを存分に使っている。

 力量は……アーマンドのほうが少し上か? いや、これはアーマンドが左を使えないことを知らないと想定してやってるのか。

 練習だし、弱点を突いて勝っても仕方がないし、負けてもどうなるものでもないとはいえ、堂々たる戦い方だ。

 とはいえサティは攻めあぐねていた。足をフルに使って上手くヒットアンドアウェイを仕掛け、アーマンドの攻撃をよく躱しているが明らかに劣勢だ。

 

 しかし終局はまもなく訪れた。サティの連撃をアーマンドが捌ききれず、体勢が崩れたところをサティは見逃さず一撃を加え、立ち会いは終わった。

 狙って弱点をつかないとはいえ、たまたまそこに攻撃がいってしまえば仕方ない。サティもそこまで余裕はないのだ。


「お疲れ、サティ。アーマンドさん、怪我は?」


「大丈夫。寸止めしてもらったしね」


「サティはお眼鏡にかないましたか?」


「思った以上だ」


 それで本日のイベントは終了。お風呂で汗を流してご飯でもと思ったら、今度は俺を指名してきた。


「俺はテストとか別にいらないんですが」


「まあまあ、そう言わずに。お嬢ちゃんたちも旦那が戦うところ見たいよね?」


 返事はないがサティは見たそうな顔だ。

 全くもってやりたくはないが、ここで逃げるのも男らしくない。


「ほらほら、女の子もやってほしそうだよ」


「まあいいですけど」


 俺は弱点を見ないふりとか紳士な対応はしない。たぶん勝てるだろう。そう思って、革装備をつけて相対してみると、アーマンドが二刀を持っていた。マジかよ。


「いくら万全じゃないと言っても一日二回も負けてはね。そろそろ強いところも見せておいたほうがいいと思って」


 左様ですか。

 でも予選から見てる限りでは、無用に相手にダメージを与えるようなことはしないだろう。


「ほんっと、マジで加減お願いしますよ!?」


 一応しっかりと念を押しておくことにする。


「わかってるって。これはあくまで腕試しだよ」


「マサル、本気で」


 それなら適当にお相手すればと思っていたら、ティリカに釘を刺された。やる気のなさが顔に出てしまっていたようだ。


「……わかった、本気だな。魔法は使ってもいいんでしたっけ?」


「もちろんダメだよ」


 ダメかあ。まあ仕方ない。やれるだけやってみよう。

 こいつの強さは軍曹殿クラスだろう。殺す気でやらないとダメだ。いや、まずは俺も無拍子打ちに対応できるか試してみないとな。


「警告しておく。二刀からのこの技を防ぐのは更に難しいから」


 え、なにそれ? そんなの聞いてませんが。すぐに距離を取ろうとしたところに、アーマンドが動いた。二刀が左右から迫る。完全にばらばらの動きでタイミングも――


「まさか両方防ぐとはね」


 片方を盾で受け、もう片方をなんとか剣で受け流せた。

 しまった。ここで食らっておけば終わったのに。いや、ティリカに本気でやるって約束したもんな。真剣にやろう。

 

「追撃されてたら終わってましたよ」


「それじゃ君の力が見れないからね」


 そのまま剣を引いてくれたので、俺も距離を取る。ここからが問題だ。二刀なんかもちろん相手をしたことはないから対応法がわからない。

 アーマンドは動かない。今度は俺からやれってことか。

 あまり考えても仕方ない。ここまで積み上げた経験とスキル群がいい働きをしてくれると信じるしかない。

 目の前のこいつはオークだ。二刀を持ったレアオーク。倒さないと死ぬ。よし、この設定でいこう。

 小手先の技は無用。ステータスは俺のほうが確実に上回っているはずだ。


 踏み込み真正面から仕掛ける。限界までスピードとパワーを乗せた上段からの一撃。まともに当たれば死にかねないような斬撃をアーマンドに食らわせる。

 躱された。それは想定済み。そのまま踏込ん――ってあぶね!? 左の剣が別の生き物のように飛んでくるのを剣で受け流す。同時に右の剣が突き出されるのを盾で止め、受け流した左の剣がまた――ヤバイヤバイ。後手に回って何も――

 必死に、無様に地面を転がって剣を躱し、距離を取った。アーマンドは俺が立ち上がるまで待っててくれる。

 息が荒い。嫌な汗がでる。

 じり、じりと我知らず下がってしまう。どうすればいい? ……どうしようもないな。力量差がありすぎる。

 

『諦めずにあがけば奇跡が起こるかもしれん』


 軍曹殿の言葉を思い出す。覚悟を決める。これで死ぬことはない。

 踏み込む。躱される。また二刀の同時攻撃。今度は落ち着いて受けて――ここだ。

 魔力の発動。魔法によるフェイント。使うつもりはないが、魔力を感知できればこれは無視できまい――

 

 結果、俺の剣はアーマンドの剣に阻まれ、アーマンドのもう一本の剣が俺の首に突きつけられていた。残念。山野マサルは死んでしまった!


「君はなかなか恐ろしいね」


 魔法を使ったとしても、よくて骨を切らせて肉を断つといったところだろうか。アーマンドの剣は俺の首を切り裂き、俺の魔法は命中したとしても致命傷とまではいかなかっただろう。


「アーマンドさんこそ」


「今の、魔法アリならどうなってたかな?」


「俺が致命傷で、アーマンドさんは一時的に行動不能ってところですかね」


 火魔法だったらもしかしたら相打ちまでもっていけたかもしれないが、今のはエアハンマーだったしな。


「最初から魔法アリなら?」


 十分な距離さえあえば、軍曹殿でも倒す自信はある。転移剣や召喚なんて奥の手もある。


「俺が勝つでしょう」


「もう一度やってみよう。今度は魔法もアリで」


 殺してもいいなら負ける気はないが、試合となると……


「やめときましょう。剣じゃ敵いませんし、俺の魔法は人相手に使うには強力すぎますから」


 こんな強い相手、一回やれば俺はもう十分だ。


「それよりもサティの相手を二刀でもう一度お願いします」


 格上の相手とやる機会は滅多にない。サティのいい経験になるだろう。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 




「ほう。あの二人と立ち会ったのか」


「お嬢ちゃんとも改めてね」


「二人とも面白いだろう?」


「お嬢ちゃんのほうが師匠は喜ぶでしょう」


 あの年齢であの剣技。体も小さいからまだまだ大きな成長が見込める。


「そうだろうな。サティはな、剣を覚えてまだ半年なのだ」


「半年!? それは、よっぽど念入りに鍛えられたんですね、ヴォークト殿」


「私は最低限の指導しかしておらん。サティは勝手に強くなったのだよ」


 詳しく話を聞くと、初めて冒険者ギルドに来た時、剣の握り方、弓の持ち方から習った。それからマサルと冒険者稼業をしつつ、一、二ヶ月ほどでそのギルド支部で敵う者がいないほどとなったという。


「弓もですか」


「そちらは最近は見てはおらんが、剣に劣らぬ腕だという」


 見たところ、サティとフランチェスカにほとんど実力差はない。しかしフランチェスカは三つの頃から剣を握っていたという。それ以来一〇年以上、剣の道に明け暮れていたはずだ。それが半年。冒険者ランクもすでにB。あの腕は実戦で鍛え上げたのか。


「だが本当に面白いのはマサルのほうだよ」


「しかしやる気がないでしょう?」


「うむ。それに魔法の腕もよくて多大な戦果を上げておる。自主的にやるなら別だが、ギルドとしても長期間抜けられると困るから、修行の押し付けもできん」


 魔法使いでありながらあの剣の腕は非凡ではあるが、やる気のなさは致命的だ。もう少し若ければよかったのだが、23歳であの体格ではこれ以上の成長は見込めないだろうし、剣士としての伸びしろがどれほどあるか。


「マサルがギルドに来たのは八ヶ月前だ」


「まさかマサルも剣を持ったことがなかったとか?」


「最初から剣と魔法が多少使えるようだった。といっても狩りに出た初日に野ウサギに負けて戻って来おった。その程度の力しか持ちあわせておらんかったのだ」


「それは……」


 野ウサギは凶暴ではあるが、武器さえあれば子供でも勝てなくはない相手だ。それがわずか八ヶ月であそこまで? 剣を握って半年というサティに比べれば驚きは少ないが、それでも破格の成長速度だろう。


「問題はマサルにやる気がないという点だ。サティは暇があれば修練はしておるのだが、マサルは努力が嫌いなようでな。もちろん冒険者である以上、強くなりたいという熱意はある。短期間ではあるが特訓を施したこともある。しかし普段はあまり真面目に修練をしておらん。それにも関わらずあの成長速度だ。あいつだけはどうにも理解しがたい」


「成長速度はお嬢ちゃんもでしょう?」


「成長したのは魔法もなのだ。野ウサギに負ける程度の戦闘力しか持っておらんかったのだぞ? それが今、魔法の腕がどの程度か聞いているかね?」


「地形が変わるほどだとか」


 俺と剣を交えた上で魔法もアリなら勝てると豪語してみせたのは、決してハッタリではないだろう。


「サティは強くなる。無事成長すれば剣士として大いに名を上げるだろう」


「それは間違いないでしょうね」


「しかしマサルはそれ以上だな。あいつは歴史に名を残す冒険者となるだろう」


 そういえばあのパーティの構成は、剣士に魔法使いに精霊使い。それに神官に真偽官まで。それではまるで――


「勇者のように?」


 伝説の勇者は魔法剣士だったな。


「いつかマサルが勇者の名乗りを上げたとしても私は驚かんよ」


 面白い。師匠はこの話をきっと気に入るだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

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