130話 剣闘士大会予選二日目、招聘
サティは無事一回戦を勝ち抜いて、俺は王様とのお話の再開である。サティの対戦相手になりそうな相手を見たかったが、王様は他の試合よりも俺やリリアとの話のほうに興味があるようだ。
「それでどこまで話を聞いたかな?」
「里を脱出してマサルと出会ったあたりじゃな」
話は脚色した、色々と問題のありそうな部分を省いた外向けのストーリーである。最近こういう機会が増えたのですり合わせはちゃんとやってある。それでもかなり派手な活躍だが、それはAランクってことで不自然に聞こえない程度だと思う。
しかし俺はほとんどしゃべってないんだが、これ俺いらなくね?
本当ならサティの活躍を見ながら嫁とエルフさんたちに囲まれてキャッキャウフフしてるはずなのに、なんでこんなおっちゃんの相手をしてるんだろう。お陰でサティに賭けるのも忘れて大損である。
とりあえず非公式の場なので堅苦しくする必要はないと言われたのが救いだろうか。リリアなど言われる前からタメ口だったけど。
「父上、フランチェスカ姉様の出番ですよ」
同席の末の王子様の発言で話はまた中断された。この王子様、10歳くらいだろうか。リリアの話より試合が気になるようである。俺もそうしたい。
フランチェスカの二試合目は最初に劣らず瞬殺だった。正面から打ち合って、カンカンドカッ。3発で終了した。これなら一戦目のやつのが強そうだったな。
サティのほうの会場はさっきから同じ奴らがしのぎを削り、死闘を繰り広げている。どちらもそれなりにダメージは負っているが決着とまではいかず、サティの次の試合までには時間がありそうだ。
「まるで相手になっておらんのう」
「相手が弱すぎるな」
ここに出ているからにはそんなに弱いはずはないんだが、実力に差がありすぎる。
続いて776番アーマンドの試合だった。予選二日目は一日目と同じゼッケンをつけている。
「あいつだ。サティが予選で負けた相手」
この試合の勝者がフランチェスカと決勝を争うことになるとあって、観戦を続行する。
こちらも決着はわずか数合であっさりとついた。どうやらそのまま決勝を行うようだ。
負けた選手と入れ替わりにフランチェスカが登場する。歓声があがる。フランチェスカはなかなかの人気者のようだ。
「この相手は強いのかね?」
「まったくの無名で初出場の選手ですね」
隊長さんも知らない相手のようだ。
「しかしサティを倒したのじゃ。強いのじゃろう」
「どちらもここまで実力を見せてないのでなんとも言えないけど、どっちが勝ってもおかしくないな」
口には出せないが、776番のほうが強そうな感じがする。どっちかと戦えと言われれば俺はフランチェスカを選ぶ。そのほうが勝ち目がありそうだ。
「フランチェスカ姉様が負けるわけがない!」
王子様はそう言うが、俺もサティが負けるとは思わなかった。
「ステファン、結果はすぐにわかる」
ステファン王子をたしなめた王様の言葉が合図かのように、試合の開始が告げられた。
しかしすぐには剣を交えずに、何か言葉をかわしている。聴覚探知で聞き取ろうとしたが、調整する前に戦闘が始まってしまった。これは慣れが必要だな……
先手はフランチェスカだ。開始位置から一直線にアーマンドの懐に飛び込み、そのまま流れるように剣を打ち込む。それは受け流され、そのまま離れまた向かい合う。
その距離は……フランチェスカが突然とんっと一歩飛び下がった。アーマンドが構えていた剣を下げてニヤっと楽しそうに笑った。
「何だ?」
王様がフランチェスカの動きに疑問を呈した。
無拍子打ちをやろうとしたが、フランチェスカが何かを察知して下がった、ということだろう。
「アーマンドが何かしようとして、フランチェスカ様がそれを嫌って距離を取ったみたいですね」
今度はアーマンドが剣を下段に下げたままゆっくりと歩を進め、止まった。双方の剣が届く、完全な間合いの範囲内だ。しかしフランチェスカも剣を構えたまま微動だしない。
突然アーマンドが剣を跳ね上げた。
「ああっ!?」
当たった、そう思った王子様が驚きの声をあげたが紙一重で躱している。
続いてフランチェスカの反撃。これもアーマンドに回避された。位置を入れ替えつつ、付かず離れず双方剣を繰り出すがどちらもことごとく回避している。
だが数回の応酬の後、アーマンドの剣がフランチェスカの持つ盾に止められた。どうやらアーマンドのほうが一枚上手だったようだ。
フランチェスカがまた下がって距離を取った。
「どちらもすごいのう。目が追いつかぬ」
確かにすごい。俺にはあんな回避の仕方は出来ない。しかし俺でも対応は出来るレベルだ。二人ともまだ遊んでいる。相手の力を測り合っている。
それでも実力は概ね見えてきた。これで前大会優勝者ならサティにも十分勝ち目がある。
「リリア、ちゃんと見とけ。動くぞ」
アーマンドは変わらず飄々とした風だが、フランチェスカの気合の入れようが明らかに変わった。まるで闘気が立ち上るようだ。
フランチェスカが動き、一気に距離を詰めた。
ギンッ、ギンッとこれまでと違う激しい剣戟音が響き渡る。フランチェスカの攻勢が激しいがアーマンドもきっちりと反撃をして一歩も引いてない。
互角、というには余裕に差がある。年齢、経験の差か。フランチェスカの攻撃はアーマンドに上手くいなされている。
アーマンドの攻撃がフランチェスカにほんの僅かだがかすった。もちろんその程度ではフランチェスカは怯まず攻撃を続行しているが、アーマンドには一歩及ばない。
アーマンドには歳相応の手練の安定感がある。フランチェスカに奥の手でもない限り、このまま勝負は決まりそうだ。
そう思った矢先。流れが変わった。フランチェスカが押している?
アーマンドの動きに何か違和感が……まただ。妙な動き。
盾で受けたほうがいい場面でも剣で受けるか躱すかしているように……
思えばここまで一度も左手に持つ盾を使っていない。そして対戦相手であるフランチェスカはそれに気がついた。
左手の故障か? しかし何の理由があろうとフランチェスカは見逃す気はなさそうだ。弱点に容赦なく攻撃を加えている。卑怯だとは思わない。俺だってそうする。アーマンドは強い。
ここぞと攻勢をかけたフランチェスカに、アーマンドは防戦一方になっている。片手が使えないとわかれば攻略は難しくない。罠の可能性もあると思うが、普通にやってもどうせ負けそうなのだ。
ついにフランチェスカの剣先がアーマンドの肩を切り裂いた。
浅い。そう見えたがアーマンドが膝をつき、手を上げる。ギブアップしたようだ。見た目よりダメージが大きかったのか……
「勝負あり!」
フランチェスカがひどく驚いた顔をしている。まさかこれで勝負が決まるとは思わなかったようだ。
何か喋ってる。再度聴覚探知を調整してみた。
「何か揉めているようだな」
王様が誰に聞くでもなくそう発言した。
「どうもアーマンドが手抜きをしたって怒ってるみたいですよ。もう一度ちゃんと戦えと。アーマンドは勝負はついたって言ってるようですが」
途中からしか聞けなかったが、たぶん盾を一切使ってない件だろう。それにあの程度のダメージなら戦闘不能には程遠い。ギブアップが早過ぎる。
審判が仲裁に入っているが、フランチェスカは納得しないようだ。
「どうにも埒が明かないようだな。おい、二人をここへ」
「はっ!」
王様の命令で騎士が試合場へと駆け出した。
で、二人が王の面前へと引き出されてきた。ついでにティリカも要請されて王の後ろにそっと控える。
「何を揉めておったのだ?」
「叔父上! この男、手を抜いていたのです!」
「手を抜くなんてとんでもない」
「戯言を!」
「ふむ。アーマンドだったか。試合で手を抜いたのかね?」
「もちろん全力です、アルブレヒト王」
その言葉にティリカは反応しない。やはり左手は怪我か?
「片手で戦って全力などと!」
「確かに右手のみで戦ったが、それでも本気でやったのには間違いない。俺の負けだよ」
「納得できるか! やり直しを要求する!」
そう言ってフランチェスカがアーマンドに剣を突きつけた。
「俺が本来のスタイルで戦えば君では勝てない。それがわからないほど鈍いわけじゃないだろう?」
「くっ……」
フランチェスカが押し黙る。ハンデとして片手を封じたのなら、まともにやれば勝てないのは誰の目にも明らかだ。
「本来のスタイルって?」
そう聞いてみる。
「二刀だよ、神官君」
二刀流! 無拍子に二刀流と、アーマンドは多芸だな。
「二刀使い……帝国のアーマンド・ムジカ?」
二刀ということで何か思い出したのか、隊長さんが話に割り込んだ。
「最近は大会とかには全く出てないのに、よく覚えてたね」
「10年ほど前の帝国の大会で優勝してましたよね。二刀使いで珍しかったので覚えてました」
「帝国の!?」
フランチェスカは帝国の大会優勝者と聞いて、驚きの声をあげた。
「俺が本気を出して他所の国の大会を荒らすのは本意じゃない。だからハンデをつけて戦った」
帝国の大会はこの世界で最大で、世界各地から最強を目指す剣士が集まる。そこでの優勝者なら、王国の大会を地方大会という権利がある。しかも優勝したのが10年ほど前。いまは30か35歳くらいだろうか。一番脂の乗った年齢だ。
「もっとも、ハンデを付けて優勝してしまうならそれは仕方がないと思ってたけどね」
「じゃあそもそも何しに大会にでたんです?」
疑問に思ったことを聞いてみる。ハンデをつけてまで、なぜ大会に出てきた?
「スカウトだよ。噂の剣聖を継ぐ者の二つ名持ちがどれほどか、直接見てこいって師匠に言われてね」
フランチェスカが大会に出るだろうと自分も登録したのだが、ぎりぎりになって今年は出ないことが判明。直接会おうにも相手は公爵令嬢。王国には伝手がないし、屋敷に手紙を投げ入れてみたのだという。
「強者に会いたくば大会に出よってね。出てきてくれてよかったよ」
「そのような回りくどいことをせずとも、正面から堂々と訪ねればよかったのだ」
「公爵令嬢に手合わせを申し込むなんて、下手したら牢屋行きだろう?」
そこまでは行かなくても面倒なことになるかもしれないのは容易に想像がつくな。なにせ国王はこの姪っ子をとても可愛がっているのだ。
まあ怪しい手紙を投げ込むのもどうかと思うが。
「それで? 私は強者殿のお眼鏡にかなったのか?」
「その若さにしてその才。我が師バルナバーシュ・ヘイダはフランチェスカ・ストリンガー殿の訪問を歓迎するでしょう。もちろんあなたにその気があればですが」
アーマンドはそれまでの砕けた口調とは違う、真面目な声でそう告げた。
剣聖バルナバーシュ・ヘイダ。軍曹殿の師匠。俺もなんか紹介しようとか言われてた気がするな……
フランチェスカはその名を聞いても驚いた様子もなかった。ここまでの話である程度予想はつけていたのだろう。
「もちろんある。しかしその前に、アーマンド・ムジカ。万全のあなたと戦いたい」
「もし優勝できたら、改めて全力でお相手をしよう」
「私はこの一年で更に強くなった。もはや王国内でめぼしい相手はいない」
「そう簡単にいくといいけど」
アーマンドが会場のほうへと目をやった。サティの二回戦だ。危うく見逃すところだった。
「おお、サティの試合じゃな。皆の者、まずは観戦しようぞ」
すぐに試合が始まった。サティの相手は大柄な獣人の剣士だ。ごつい腕をしてパワーがありそうだ。
サティがまず仕掛けた。相手の獣人はサティの攻撃をなんなく凌いだ。そして反撃。破壊力のありそうな剣戟を嫌ってサティが距離を取ったのに合わせて、追撃をかけた。スピードもあるようだ。
すぐにサティが舞台端にまで追い詰められた。立ち止まったサティにチャンスとばかりに獣人が突っ込んだ。しかし舞台のぎりぎり端を使ってサティは獣人の脇をすり抜けた。しかも抜ける時に獣人の足に打撃を加えている。
サティのほうへとかろうじて向き直った獣人に、サティが剣を突き放ち、獣人は崩れ落ちた。
そのまま獣人は立ち上がれず、勝利が告げられた。治癒術師が獣人に駆け寄る。やはり予選レベルではサティの敵ではない。
「相手の脇をすり抜けた時に、足に一撃加えてますね。それで一瞬対応が遅れてまともに突きを食らったんでしょう」
王様やリリアが説明を欲しそうだったので解説してやる。
「ここも続けて決勝をやるようじゃな」
「相手は神殿騎士ですね。去年は本戦で二回勝っています」
「一度戦ったことがあるが、あれは面倒な相手だぞ。多少のダメージなら治癒魔法ですぐに回復される」
隊長さんの説明にフランチェスカが補足をした。
オッズが1.5倍のブロック最有力選手だ。冒険者ではあまり見ない、屈めば体がすっぽりと隠れそうな大きな盾を装備している。一見防御力重視ではあるが、盾自体の攻撃力も馬鹿にならない。盾も鉄の塊なのだ。正面からぶつけられれば吹き飛ばされるし、角も当たれば刃引きの剣と変わらない攻撃力がある。
「私の敵ではないが、サティというのか? あの小兵で相手をするのは辛かろう」
試合開始の合図が告げられる中、フランチェスカがそう締めくくった。
サティでは攻撃力が足りないとでも思っているのだろうか。確かに相手は体格もいいから、あの盾を前面に押し出されれば、サティでは懐に入りでもしないと少々リーチが足りないかもしれない。余計な心配だと思うが。
開始直後、この試合もサティから仕掛けた。大きな盾の正面に突っ込み身を屈めると、体勢を低くしたままスルッと盾を周り込み、一撃。
相手は盾を取り落とし、膝をついた。そこにサティが剣を突きつける。
神殿騎士は苦痛に満ちた表情で手を上げ、ギブアップを表明した。一瞬会場がしんとしたあと、どよめきが走る。
「おお?」
リリアはまた何があったのかわからなかったようだ。
「今のはフェイントだな。盾の陰に隠れて相手の視界から消える。右に出るぞとフェイントを仕掛けて、左に回って一撃」
説明してみると簡単だが、盾で完全に隠れるほどの小さな体に隠密と忍び足。圧倒的なスピードで放たれる一撃。すべての条件が噛み合ってのことだ。もし神殿騎士が普段から装備している金属製の鎧なら話は違っただろうが。
サティがこちらを見ているので手を振って呼び寄せる。
サティは一旦係員に呼び止められたが、少し話すとこちらにやってきたので、貴賓席の階段あたりで出迎えた。
「よくやった、サティ」
「はい!」
一家みんなで出迎えてサティを褒めて、サティは嬉しそうだ。
とりあえずこれでサティの試合は終わったが、このまま他の試合も見ておいたほうがいいだろうな。手強い選手がいるかもしれないし。
「皆で昼食でもどうかね?」
王様はさすがに一日観戦というわけにもいかず引き上げるようで、俺たちを王宮へと誘ってきた。まあリリアの話が全然途中だしな。
みんなが俺を見る。判断は任すということだろう。出来れば行きたくないが、断るにしても角が立たないようにどうにか考えないと……
「叔父上、一日休みがあるとはいえ試合はこれからが本番です。遊んでる暇はありませんよ」
返事を迷っている俺を察してくれたのか、フランチェスカ様から助け舟が入った。
「む、そうだな。無理にとは言わんが……」
「俺はサティに付き合うからリリアは行ってきたら?」
話だけなら俺はいなくても平気だろう。
「そうじゃな」
エリーとアンも王宮へと同行することになった。ティリカはこっちに残って、王様御一行を見送る。
「あ、そう言えば事務所に来てくれって言ってました」
ゼッケンを返却するのと、本戦出場者に対して詳しい経歴の聞き取りやインタビューみたいなのをやるらしい。
「サティと言ったな。一緒に行こうか」
フランチェスカ様は今更経歴も何もないが、自分でゼッケンを返しに行くようだ。
「あ、はい」
「俺も付き合うよ」
「わたしも」
俺とティリカは部外者なんだがフランチェスカ様のご威光か、堂々と会場に入っても止めようとするものはいなかった。
歩きながらサティがちらちらとフランチェスカを見る。ライバルになりそうなので気になるのだろうか?
「私の顔に何かついてるか?」
「あ、あの。フランチェスカ様はお姫様ですよね?」
「母上は王女だったが父上と結婚するとき、王位継承権を持ったままだと色々とややこしいから放棄したという話だ。だから私は姫とは言えないだろうな」
サティは神妙に聞いているがちょっとがっかりしたのが俺にはわかった。
「本戦で当たれば国王の姪だからといって遠慮する必要はないぞ? 去年こそ優勝したが、それまでは何度も負けていたからな。手加減は無用だ」
「はい、フランチェスカ様」
サティは戦闘じゃ容赦はしないし、純粋にお姫様に興味があったのだろうな。サティが希望するなら王都滞在中に王宮に行く機会もあるだろう。今日のはどうせちょっとした昼食会だし。
そのまま特に何を話すこともなく、スタスタと足早に歩くフランチェスカ様にくっついて、闘技場の座席の下部にある事務所に迷うことなくやってきた。
「ではな、サティ。本戦で戦えるのを楽しみにしているぞ」
フランチェスカ様はそう言うとゼッケンを事務所の人に渡し、二言三言言葉を交わすとさっさと去っていった。
「777番、サティ様ですね。本戦出場おめでとうございます。それで色々とお話を聞きたいのですが……」
そして俺の方を見て、こいつは誰だろうという表情だ。
「俺のことはお気になさらずに。サティの旦那です」
「妹です」
「はあ」
とりあえず名前や出身地。経歴などの再確認をされた。
とはいえ追加で話すことは多くない。魔法が使えたり、剣を覚えて半年だったりみたいな話はあまり広めたくない。
「大会出場経験もなし。目立った功績はドラゴン討伐くらい。その前は何を?」
「えっと」
「田舎の村で家の手伝いをしてて、町に出てきて冒険者になって剣術とかを習ったんです」
サティが口ごもったので俺が答えておく。奴隷に売られたことをわざわざ言うこともない。
「最後に本戦に向ける意気込みなどをお聞かせ頂ければ」
「優勝を目指してます」
「はい。質問はこれで終わりです。ありがとうございました。組み合わせは明後日の朝貼りだされますので、早めに会場にお越しください」
もとのエルフさんの取ってくれた席に戻ると、エルフさんは数人残っているのみで、大部分は帰ったかリリアについて行ったようだ。そしてウィルとアーマンドが仲良く座っていた。
「おかえりっす、兄貴。それとサティさん、本戦出場おめでとうございます」
「ありがとうございます、ウィルさん」
スペースは余裕あるが、わざわざ二人と離れたところに座るのも感じが悪いし、そのまま近くに座るとアーマンドがさっそく話しかけてきた。
「待ってたよ。ちょっと話がしたくてね」
「それはいいですけど、俺たちがいない間に強そうな相手は出てませんでしたか?」
「今のところめぼしいのは見つからないね」
やはり昨年優勝のフランチェスカ以上の相手はそうそういないようだ。
「それでだね。お嬢ちゃんの腕をもう一度見せて貰いたいんだが」
サティにもアーマンドの話を簡単にしておく。
剣聖への紹介は軍曹殿経由でいいから、こいつの腕試しは必要ないんだが、無拍子打ちの対処が上手くいくかどうか、試しておいたほうがいいし、本戦前のいい練習相手になるだろう。
そういうことで立ち会いは予選が終わってから屋敷ですることになった。
「アーマンドさんは、剣聖の弟子なんですよね?」
試合の進行を見ながら気になっていたことを聞くことにした。
「そうだよ」
「剣聖の修行はやっぱりきついですか?」
「鬼だね。何度も死を覚悟したことがあるよ」
ああ、やっぱりな……
「もういい年なんで、直接の指導は滅多にやらないけどね」
そもそも何故スカウトなんてしているのか。アーマンドを含め弟子には実力者が多くいるものの、剣聖の名を継ぐに相応しい者が、剣聖自身が納得するだけの資質を持つものが見つからないという。
「あの方は化け物なんだよ。それ故に剣聖と呼ばれ、この数十年間誰一人として後継に足る剣士が現れなかった」
アーマンドをして化け物と言わしめる世界最強の剣士。
「まあ後継だなんだって話は抜きにして、師匠に稽古をつけてもらうのは得難い経験だよ」
サティが問いかけるようにこっちを見た。行きたいのだろう。
「俺はいいけど、サティは会ってくるといいよ」
「マサル様も一緒に稽古をつけてもらいましょうよ」
「でも俺は剣士を目指してるわけじゃないしな」
「神官君も腕に覚えがあるならテストしてあげようか?」
「俺は結構です」
「マサル様も一緒じゃなきゃダメです。一緒に強くならないと!」
「いやだからね、弟子は簡単には取らないよ?」
「アーマンドさんは黙っててください」
「あ、はい」
「軍曹殿がもし修行をする時があれば、首に縄をつけてでもマサル様も一緒にって」
サティが珍しく強情だと思ったら軍曹殿の指示か。もちろん言っていたように一緒に強くなりたいというのもあるのだろうが。
「だ、ダメですか……?」
すっごい嫌だけど、修行はしたほうがいいのは確かだ。サティは泣きそうだし、軍曹殿にも剣の聖地ビエルスには行くって約束してあるしな……
「わかった。一緒に訪ねてみよう」
もしかしたらそれほどきつい修行じゃないかもしれないし、そもそもサティはともかく俺の指導なんかしてもらえないかもしれないし。
「はい、一緒にがんばりましょう!」
まあサティが喜んでるし今はそれでいいか。きつくても修行で死ぬわけじゃないし、覚悟を決めよう。
「話はまとまったかい?」
「ああ、すいません」
「ふふふ。それじゃあ二人仲良く師匠の修行を受けたくば、まずはこの俺を倒してからにしてもらおうかな!」
この人ノリノリだな。
「神官君もやりそうな感じだし、腕は見てみたかったんだよね」
「マサル様はわたしより強いです!」
「ほほう」
「剣はサティさんのが少しだけ強いっすけど、兄貴には魔法がありますからね」
「魔法込みで100メートルの距離からやらせてもらえるならやってもいいんだけどなー」
「ちなみに魔法はどの程度……?」
「Aランクのメイジですからね。地形が変わります」
「マサル様の魔法はほんとうにすごいんですよ!」
「それで剣もお嬢ちゃんより少し劣る程度?」
「マサル様は剣でもわたしに劣りません!」
「それは……まじめに剣の腕を見せてもらってもいいかな?」
「まあ軽くでいいなら」
「乗り気じゃないね? お嬢ちゃんと一緒に剣聖に会いたいんだろう?」
「ええっと、実をいうともう別口で紹介するって言われてまして」
「いやそう簡単に紹介なんかは……」
アーマンドは訝しげだが軍曹殿が適当なことをいうとも思えない。
「ヴォークトという名のギルドで教官をされている方なんですが」
「ヴォークト……会ったことはないけど名前だけは。なるほど。王国で教官をしていたのか」
「ちょうど王都にいますよ。冒険者ギルドを訪ねれば会えると思います」
「うん。そういうことなら問題ないだろう」
そうか。問題ないのか。とても残念だ。
軍曹殿はアーマンドより上の世代で最強を争っていた一人で、怪我さえなければと今でも話題に上る人物だという。
「鬼のシゴキ、存分に受けてくるといい」
アーマンドはとても嬉しそうだ。
「そんなにきついんですか?」
「大丈夫。師匠の修行がトラウマになったやつは多いが、死人は出てないはずだ……たぶん」
たぶんかよ……