128話 サティ、修得する
夕食の後はエルフ屋敷の訓練場で、軍曹殿に無拍子打ちの対処法を習うことになった。俺も一緒に指導を受ける流れなのはいつものことだが、何かすごい技を習うらしいと、みんなもぞろぞろと見学に来た。
しかし見に来たところで、連日の修行は派手な立ち回りをサティが見せてくれて見世物としてもそこそこ面白いものだったろうが、今回は地味どころか何をやってるのかすらわからないはずだ。
さりとていくら主人扱いされてるとはいえ、ここはエルフさんの屋敷。見たいと言われればつまらないから見ても仕方ないですよなんてなかなか言えない。
まあ毎度のことだが、人が多いのを嫌がるのって俺だけだしな……
木剣と革鎧の軽装備を準備し、軍曹殿の前にサティと共に並ぶ。
「一番簡単なのはある程度距離を置いて相対することだ」
実に簡単である。今日の予選はリングが狭すぎた。無拍子打ちは相手の隙をついて一瞬で間合いをつめる必要があるから、距離があれば使えない。そして明日からはリングが広くなる。
距離をある程度取り、こちらのタイミングで仕掛ければ基本的には食らわないという。
しかしさすがにこれだけでは有効な対処法とは言えない。
「慣れろ。見極めろ」
いきなり難易度が跳ね上がった。たいがいな無茶ぶりである。
愚痴ってても仕方ないので、まずは俺を相手に実演してもらうこととなった。
剣と盾をきっちりと構えて軍曹殿に相対する。
二度は見たし、どういう種類の技かはわかっている。そう簡単に食らうとも思えないが……そんなことを考えてる最中、不意に軍曹殿が動いたと思ったら、トンッと木剣が俺の肩に触れていた。
「お、おお……?」
何が起きたのかよく理解できない。目の前の軍曹殿から一瞬足りとも注意は逸らさなかったはずだ。
油断とか不意打ちとかそういう話じゃない。来るのがわかっていて、防げなかった。実際食らってみると狐につままれたような気分だ。
というか当然のように使ってみせるあたり、軍曹殿も底知れない。
「何度もやって見せれば動きに慣れて防げるようになるはずだ。必要とあらば夜通しでも付き合おう」
どうやらこれといって具体的な対抗策があるわけでもなさそうだ。
「いえ、そんなに時間は必要ないです。もうわかりました」
一回で何かを掴んだのか、サティがそう言って俺と交代した。えらく自信ありげだな。
二人が相対する。双方ともゆったりとした、これから戦うとも思えないくらいの力を抜いた構え。しかしサティは真剣な表情でずいぶんと集中しているのはわかる。集中したところでどうにかなるものかと思うんだが。
軍曹殿が動いた――カンッと音がし、サティの剣が軍曹殿の木剣を跳ね上げる。
ふうと一息吐き、サティが緊張を解いた。
「すげーな、サティ……」
「はい!」と嬉しそうにこちらに振り向く。
「一度見せただけで防いでみせるとは、さすがだな」
いやほんとだよ。
「どうやったんだ、サティ?」
「耳で動きを聞くんです」
そう言って耳をぴくぴく動かした。
聴覚探知か……俺も探知スキルなら持っている。種類は違うが試してみる価値はあるな。
「俺ももう一度お願いします」
気配察知を全開にし、相対する。レベルを上げて精度は上がってるとはいえ、本来は広範囲を探知するためのスキルだ。上手く行くかどうか。これでだめなら俺も聴覚探知を取ってみようか。
眼前の軍曹殿の気配が揺らいだ。
来る。中段、胴だ――――ぎりぎり、盾で木剣を止めた。
軍曹殿が驚いた顔をしている。なんでサティの時には見せなかった驚いた顔なんですかね……
「マサル様もすごいです!」
サティが我が事のように喜び、パチパチと手を叩いてくれる。
サティと違ってかなり際どかったけどな。
「二人共これほどあっさりと防いでみせるとは……驚いた、実に驚いたぞ」
スキルのお陰です。サティはなくてもそのうち防いでしまっていただろうが、俺は気配察知がなければまず無理だろう。
しかし気配察知も案外近接戦闘で使えるのか。注意が分散してしまうから戦闘中はあまり使わないようにしてたんだが。
「あの、我々にはどういうことかさっぱりわからないのですが」
サティの修行に付き合ってくれてたエルフの一人が、手を上げてそう言う。
まあそうだろうな。端から見れば、何気ない一撃を繰り出す軍曹殿。それを普通に防いだ俺たち。食らったことがなければ、何が起こっているのか理解しがたいだろう。
「希望するものにはやってみせよう」
「はっ、お願いします!」
アンやエリー、リリアやシラーも含めて、二〇人近くが希望をして列を作った。軍曹殿は俺とサティにしっかりと見ているようにといい置き、一人ずつ無拍子打ちを仕掛けていく。
もちろん誰一人として防げず、驚いたり呆然としたりしている。納得できなくて二度目をやってもらっているのもいたが、同じことだ。そう簡単にどうにかなるものでもない。
それをじっくりと見ていたが決まった型のようなものはないようだ。間合いと足の動きにある程度共通点があるくらいだろうか。
「わかる?」
「なんとなくやれそうな気がします」
サティが言うと本当にやれそうだな。
そんなことを話してるうちに番狂わせが起こった。もう一度だけとリリアが試し、防いで見せたのだ。
エルフさんたちから歓声があがる。リリア自身はやっぱり反応できなかったようだが、精霊のオートガードが発動した。大会ならもちろん反則負けである。
しかし大会というシチュエーションに拘らなければ対処法は色々考えられるな。魔法やスキルで潰せるし、一対一じゃなくてもいい。そもそも俺たちが人間相手に戦うことなんてまずないだろうから、思ったより脅威でもなさそうだ。
「今日はここまでとしよう」
最後に俺とサティが何回かやってもらい、確実に防げるのを確認して指導は終わりとなった。まあ俺は結構怪しかったが、メインはサティだしいいだろう。
「ありがとうございました、軍曹殿。助かりました」
「ありがとうございました、軍曹殿!」
「これも仕事のうちだ。食事も馳走になったことだしな」
「食事くらいでよければいつでもお越しください。歓迎します」
俺んちじゃないが、これくらいはよかろう。自分たちの食べる分以上の食材は提供してるし。
「では次は優勝の祝いで来るとしよう」
「はい、お任せください!」
サティが元気よく答える。
軍曹殿は期待しているぞ、と満足気に頷くと帰っていった。
「俺たちはもうちょっとやっとくか?」
軍曹殿を見送ってから、再び訓練場に戻ってサティに聞いてみる。
俺も気配察知を活用した戦闘法を少し試しておきたい。
「はい。だいぶ疲労も取れましたし、もっと体を動かしたいです」
サティが今日やったのは四戦。負けたのも含めてどれもほとんど瞬殺。食後の指導も極めて軽かった。普段の練習よりも軽いな。サティは物足りないのだろう。
「おし。じゃあ一汗だけかくか」
どうせ家に帰るし道場に行くか。ゲートは……ここではダメか。アンのお友達がいる。面倒だしここでいいか。
「皆さんお疲れ様でした。後は俺とサティだけで練習するので、適当に解散でお願いします。エリー、あとは任せた。先に戻ってていいよ」
「わかったわ」
エリーに一声だけかけるとサティに向き直る。
「んじゃやろうか」
サティが頷く。今からやるのはいつもの練習だ。特に打ち合わせも必要ない。
構えて打ち掛かる。俺から仕掛けるのがいつもの始め方だ。サティが躱し、受け、反撃をしてくる。落ち着いて受ける。普段の練習だとサティは絶対に当ててはこない。
思えばここ数日ガチガチとやって余裕がなかった。サティとの痛くない剣の練習は楽しい。手を抜ける相手ではないが、俺がミスっても寸止めしてくれるので安全安心である。
サティはここ数日の特訓の成果を取り入れ派手に動いてるが、ずっと特訓に付き合ってるのでそれも想定の範囲内。問題なく受け、躱す。
俺のほうも気配察知を発動しつつ剣を振るう。無拍子打ちを防ぐのには役に立ったが、通常の戦闘だとどうにも視覚と感覚がかぶる感じがして邪魔である。それに体の動きはトレースできるが、武器の動きは結局視覚頼りになってしまう。あまりうまくない。
ひとしきり汗をかき、息も上がってきたところで休憩し、サティに聞いてみる。
「聴覚探知の使い勝手はどうだ?」
「そうですね。動きを大きくすると相手から目を離す場面も増えますが、それをカバーできる感じでしょうか……」
武器の動きも見なくてもわかるという。ただし乱戦になると精度が途端に落ちる。今のところは。
サティにしても近接戦闘に積極的に取り入れた経験はなく、慣れればもっと使えるようになるだろうと。
俺も聴覚探知取ってみるか? 今のところポイントに余裕はないが、余っているスキルを削れば取れないこともない。例えば召喚レベル4は今のところ全く使ってない。
考えてもわからんな。リセット。召喚レベル4を3に下げる。聴覚探知をレベル2へ。
聴覚探知を作動させてみる。
「ねえ、アンジェラの旦那さんって、魔法使いじゃ……」
おお、離れた場所の雑談が、えらくクリアに聞こえるな。
「ふふーん。剣もすごいでしょう?」
「大会は毎年見てますけど、間違いなく本戦で戦えるレベルですわ。これであの魔力……魔法の実力も?」
「マサルはどっちかって言うと、魔法のほうが本業ね。エルフ以上って言ったでしょ」
「アンジェラ様の言うとおり、マサル様の魔法は我らエルフを遥かに――」
盗み聞きは面白いけど本題じゃない。
剣を振る。体を動かす。足を踏む。確かに音は聞こえる。ただしそれだけである。音と動きのイメージが結びつかない。レベルが2だからとかじゃなく、これもまた経験で習得する事柄なんだろう。
無駄とは言わないが、すぐに使えるものでもないな。しばらく練習が必要だ。
「サティ、一汗かいたしそろそろ終わっとくか?」
回復魔法の練習もあるだろうし、明日のことも考えるとあんまり遅くまでやってるわけにもいかない。
「あの、今日はわたしの日なので、出来ればもっと練習を」
そういえばローテーション的にはそんな感じだったか。
「ならもっとやっとくか」
聴覚探知を発動しつつ、サティに構えを向ける。
しかしこの聴覚探知、発動してると木剣のカンカン当たる音がすっごい頭に響くんだけど。サティはレベル5とかでどうやってるんだろうか。あとで聞いとかないとな。
もうしばらくやって、俺がギブアップした。体力の限界である。
アンのお友達のローザちゃんは途中で帰っていたらしく、最後まで付き合ってくれたアンやシラーと共に村の屋敷にゲートで戻った。
俺とサティは俺の部屋へと直行である。回復魔法の練習はあとで俺が見ることにした。日記も後回し。
「お風呂は……」
「いいっていいって」
「よ、鎧を脱がないと」
「大丈夫大丈夫」
俺もね。明日も試合あるんだし、体力をここで消耗するのはどうかと思ったんだけどね。サティのほうから上目遣いでお願いされたらもう我慢とかできないわけですよ。
サティをベッドに押し倒して、革鎧を丁寧にひんむいて、まださっきの戦闘で上気したままの体をじっくりと――
お風呂で汗などを洗い流しながら聴覚探知のことを教えてもらう。ある程度指向性をもたせたり、聞こえる音の選別はできるそうだ。
サティもよくわからないようだが、耳で音を拾うだけというわけではないようだ。きっと何がしかの魔法的な要素もあるんだろう。でなければ感度を上げた途端、鼓膜にダメージを食らいかねない。
しかし思いつきで取得してみたが、無拍子打ち対策などの戦闘ではすぐに有効というわけにはいきそうにもない。それでも全く使い道のなかった召喚レベル4よりはいいだろうし、しばらく使ってみて様子を見てみることにした。盗み聞きとか便利だし。
お風呂から上がり、寝る前に少し回復魔法の練習もしておくことにした。
パジャマでベッドの上に座って向き合い、ここまでの練習の具合を再確認する。
「わたしには素質がないのかも……」
「まだ始めて三日目くらいだろ?」
普通でも一ヶ月くらいはかかるそうだしな。
とりあえずアンとの練習と同じようにやって見せてもらう。
自分でぷすりと人差し指の先にナイフで傷をつけ、うんうん唸って魔力を発動させる。もちろん失敗である。
「力が入りすぎてるな。深呼吸してもっとゆったりと構えて。そうそう。それでイメージする。傷が治る。治って、元の指に戻るイメージ」
「イメージ……イメージ」
ふしゅーと魔力が無駄に消えていく。小さな傷はもう血が止まり、ほっといても自然治癒しそうだ。
しかしこれ、何度も指を傷つけるやり方って他に何かないものか。サティの指を何度も刺すとか見てて気持ちいいものじゃないな。ウィルあたりを修行と称して適当にぶちのめして……さすがにそれはひどいか。
ああ、俺のでやればいいのか。
「サティ、ナイフを」
はいと、素直にナイフを渡してくれる。受け取ったナイフを自分の手のひらに押し当てて、ぐっと力を込める。ためらうと怖くなるので一気にぶすりとやる。痛い。
「あ、ああっ!?」
サティが小さく叫び声を上げた。
手のひらに付けた傷から血がじわりとにじみ出てくる。少し痛いな。軍曹殿に何度もぶちのめされたりして耐性がそれなりに出来たとはいえ、痛いものは痛い。
「サティ。いま俺の傷を治せるのはサティだけだ。このまま放置すれば、俺は血を流しすぎて死ぬ」
というシチュエーションである。
こういう風に言えばサティは必死になるだろう。
「えええっ!?」
「落ち着いて。治癒魔法だ。サティの魔力は残り少ない。何度も失敗できないぞ。集中しろ」
「は、はい」
ちょっと深く傷をつけすぎたか? なんか血がどくどく出てるんですが……
手のひらから血が溢れ落ちそうになるのをタオルで受け止める。タオルがみるみるうちに赤く染まっていく。
「ヒール」
失敗した。
「ヒール!」
また失敗。
サティは涙目になって唇を噛んでいる。
「大丈夫だ。神様の加護が付いてるんだ。絶対に習得できる。力を抜いて。ほんの少しの魔力を集めるだけでいいから」
血は相変わらず流れっぱなしでタオルの赤い染みがだんだんとでかくなってきている。
もしかして血管でも切っちゃったか? ちょっと不安になってきたぞ。サティがんばれ!
「はい……イメージ。治るイメージ。絶対に……」
失敗。
失敗。
失敗。
サティのMPがそろそろ尽きそうだ。これでダメなら奇跡の光で魔力のチャージと傷を治して、今日は終わりだな。いけると思ったんだが。
「サティ、次で最後だ」
「あ、魔力が……」
自分でも魔力が底を尽きかけているのがわかったのだろう。
「お願い、お願い。できなきゃマサル様が死んじゃう。血が、こんなに」
普段なら絶対に聞き取れないようなか細い呟きが、聴覚探知により聞こえてくる。
うん。この程度じゃ別に死んだりしないから。でも死ぬとか言って少し追い詰め過ぎたか?
「ヒール!」
サティの手に魔力が集まり――
【ヒール(小)】が発動した。
確かに発動した。痛みも消えている。
「いけ……た?」
サティも手応えを感じたのだろう。
タオルでぐいっと血を拭うと傷はきれいになくなっていた。
「うん、成功だ。よくやった、サティ」
そう言って頭をぽんぽんと叩いてやる。
スキルもちゃんとレベル1がついてるな。これでもう失敗もないだろう。
「よ、よかった。血がいっぱいで……どうしようって……」
安心したのか泣きだしてしまった。
「ほらほら、泣かない。これからはさ、俺が怪我してもサティが治せるようになったんだし」
試合で使える奥の手も出来た。ヒール(小)だと効果はさほど期待できないし、獣人が魔法を使うのは騒ぎになるかもしれないからおいそれとは見せられないが、打てる手は多いほうがいい。
「もうこんなことはしないでください」
濡れタオルで俺の手のひらの血を拭いながらサティが言う。
「うん。ごめんな、サティ」
まさかこんなに血が出るとは思わなかった。サティはさぞかし心臓に悪かっただろう。
「でも俺はサティなら出来るって信じてたよ」
そう言ってぎゅっとサティを抱きしめる。
「今日はよくがんばった、サティ」
「はい、マサル様。明日の予選もがんばりますね」
「まあそっちはほどほどにがんばればいいよ」
「そうですか?」
「軍曹殿とか今日のあいつみたいに、世の中には強い奴がまだまだいっぱいいそうだし、俺たちって剣を覚えてまだ半年くらいだよ。たまに負けるのも仕方ないさ」
俺がこっちにきて七ヶ月。サティを買って六ヶ月くらい。
「半年……まだ半年なんですね」
「うん」
「二〇年経っても……」
「二〇年経っても、」
世界の終わりが来ようとも。
「何十年でも、ずっとサティの側にいる。約束だ」
時間はまだたっぷりある。なんとかなるだろう。きっと。