125話 サティの特訓
「でも兄貴、これは一体……?」
呆然と自分の出したライトを見つめていたウィルだったが、やっと我に返ったようだ。突然何かのイベントが発生したかと思ったら、魔法が使えるようになっていた。さぞかし訳がわからないだろう。
「使徒って聞いたことあるか?」
「神が遣わした……って!?」
「マサルは使徒、それも主神イトーウースラ様のよ」
アンが誇らしげに言う。
これは以前アンに頼まれて、日誌で確認してある。返事をもらえたと知って、本当に主神だとわかってアンはえらく興奮していた。俺への忠誠も少しあがった。
「マジモンじゃないすか……あ、勇者? さっき世界を救うって」
勇者。定番だな。やはりかつて魔王を倒して世界を救ったというネームバリューはすごいのだろう。
「ただの使徒だよ。勇者じゃない。今は魔王もいないようだし、世界の危機もない。ゆえに勇者もいない」
「でも世界を救う力があるんすか?」
「あるんだろうな」
認めたくはないが。
「兄貴すげえっす!」
「そなたもその力の一端を授かったであろうが」
「あ、これ……神の恩寵って」
「とりあえず順番に話してやる」
さっさとサティの特訓に移りたいところだが、こいつのことは適当では済まされなくなってきた。戦力になってくれればいいんだが、こいつはこいつでパーティを組んでるし、めんどくさそうな背景もある。リリアに乗っといてなんだが、どうしたものだろうか?
「俺は神様に加護を与えられてこっちに連れて来られた。生まれは遥か遠く、帝国の名前すら誰も知る者がいないようなところだ」
「ああ、それで」
「そうだ。この加護というのは、お前にやったみたいに望む力を分け与えることだ。もちろん条件があって、さっき何度も言ったように俺に対する信頼がないとダメで、簡単には加護持ちは増やせない」
しかしそれでも半年で六人だ。悪くないペースじゃないだろうか。
「その……勇者じゃないとしたら、この力は何のために?」
「神様はテストと言っていた。この加護を実際使ってみて、どんな感じかを定期的に報告をしている。それにたまに神託があって仕事もする」
「その神託によってエルフの里は救われたのじゃ」
「まあ今は神託もないし、やることは特にない。自由行動中だ」
「いずれまた神託があるってことっすか?」
「たぶんな」
「俺もその時は……」
「そのことなんだが……お前にやれる加護はそれで終わりじゃないし、鍛えればもっと強くなれるだろうが、今のお前はちょっとした魔法を覚えただけで、強くなったわけでも偉くなったわけでもなんでもない。そのうち何か頼むこともあるだろうが、今のところは加護とかは気にせず自由にやっていればいい」
「その時は任せてくださいっす!」
「ただな……俺はこの半年で六回死にかけた。危険なんだよ」
その半分くらいは俺の不注意や力不足のせいな気もするが、危険なのは変わりないし、今後もっと危険になる可能性があるのだ。
「半年で六回……」
「お前、もう魔法も覚えたし、堂々と実家に帰れるだろ? なんなら使える魔法をもっと増やしてやってもいい。俺たちに関わって、わざわざ危険な目に遭うこともないんだぞ? それに俺の手伝いをするにしてもパーティはどうするんだ?」
「あー、そうっすね……」
「もっと詳しい話は暇な時にしてやるから、しばらくは覚えた魔法の練習でもしてろ」
「はい、兄貴」
「わかってると思うが、こんな話が漏れたら大変なことになる。ゲートはそのうちどこかからバレるのは仕方がないが、加護のことは絶対バレないようにしておけよ。魔法は俺が教えたことにしておけばいいが、教えた方法は秘伝の方法で極秘な」
「わかったっす」
「今はサティの特訓が優先だ。リリア、部隊長さんを呼んで来てくれるか?」
まずは剣闘士大会のことを話して協力を仰ごう。その後は村に戻ってエルフの里へ行って。また村に戻って。忙しくなりそうだ。
王都のエルフさんにも剣術が達者な人が三人いたのでお借りすることになった。あとは里に送り届けた人が里の達人を集めて、明日来てくれることに。
俺。ティトスパトス。エルフの三人。アン、リリア、シラー、ウィル。オルバナーニアさん。それに俺のバトルゴーレム。村の警備のエルフさんにも近接戦闘が得意な人がいたので参加してもらう。
場所はゴーレムを出すので、屋敷の外壁沿いに広めのグラウンドを造成してやることにした。
俺たちは木剣に防具を完全装備。サティのほうは木剣に剣闘士大会で使う予定の、一番最初に買った革装備だ。オルバさんに見てもらったが、レギュレーションにも違反しないだろうということだ。
連戦。一撃もらったら交代する。俺とゴーレム以外は組になってもらって複数で当たってもらう。
本番仕様の刃引きした鉄剣だと、食らった時のダメージが大きい。回復魔法があるとはいえ、肉体的ダメージにより気力もごりごり削られて、長時間戦うのは非常にきつくなる。それで続行不能になるよりかは、木剣で連戦してとにかく対人の経験値を積んでもらう計画だ。
「まずは俺からやろう」
剣と盾を構える。本番を想定して本気でやる。いつものサティとの練習も別に手を抜いてるわけじゃないが、本気度にもレベルがある。覚悟の差とでもいおうか。
傷つかないように、傷つけないようにやる練習。本気で相手を倒しにかかる。殺しにかかる。死ぬ気で、死力を振り絞る。
今回はサティを倒すつもりでやる。軍曹殿や魔物相手以外では滅多に出したことのない本気だ。
俺の殺気にサティがかすかに怯えた表情を見せる。かわいいサティ相手に本気を出すなんて俺も非常に心苦しいのだが、サティのレベルだと俺が本気でかからないといい練習にならない。
「いくぞ」
正面から踏み込み、全力で打ち込む。小細工はいらない。どうせ小手先の技も全部知られているのだ。
躱される。それは想定内。剣を横なぎに払う。受けられる。そのまま押そうとするが、するりと逃げられる。追撃。追撃。やはりそう簡単には仕留められない。というか反撃が来ない。
間を取る。
「サティ、ちゃんと反撃しろよ。俺は防具着てるし当たっても平気だから」
「はい。でも……マサル様は強いです」
普段と違う俺の殺気に戸惑っているだけだろう。軍曹殿との特訓もサティは一回も見てないしな。
「剣闘士大会には俺レベルの相手がごろごろ出てくる。そいつらは本気でサティを倒しにかかってくるんだ。俺程度で手こずっていたら優勝できないぞ」
「はい」
再び構え、今度も俺から仕掛ける。一撃、二撃。サティからの反撃。だが木剣だ。多少の無茶は出来る。食らったところでダメージは少ない。
サティの攻撃をギリギリのところで盾で受け、隙を狙う。躱される。素早い。
サティの反撃。剣で、盾で受ける。剣で受け流す。再び強引に剣をねじ込む。受けられる。一旦距離を置こうとしたところで追撃を受ける。カンカンカン。防戦一方。一度劣勢に回ると中々反撃に移れない。だが軍曹殿とやった時ほど絶望的でもない。受けに徹すればそうそうやられはしない。サティも攻めあぐねているようだ。
胴を狙った一撃を力で打ち払う。双方の剣が流れる。距離を詰め、シールドバッシュ。体ごと盾をぶつける。反応が遅れたサティはまともにくらいよろめき――カン。太腿あたりに軽い一撃を食らってしまった。
攻撃に気がいって足がお留守だったようだ。
「ふう、交代。次お願いします」
サティはやっぱ強いな。盾術、回避、心眼と防御はかなり使えているが、攻撃との連携が弱いのだろうか。久しぶりのがっつりとした修行タイムだ。ちょっとその辺りを意識してやってみよう。
俺が考えてるうちに、みんなも順当にやられていく。ダメージを受けた人は治療し、次に備える。そして3メートルクラスのバトルゴーレム。サティはこの時だけ鉄剣に持ち替える。
「ゴーレムだ。遠慮はいらんぞ」
「はい!」
ゴーレムはパワーがあるが動きは遅い。ゴーレムサイズに合わせた大きい土剣を振るうがサティを全然捉えられない。土の剣と盾は硬化で強化してあるから保っているが、ゴーレムのボディのほうはガッガッガッと面白いように削られていく。なんて脆い。
剣もだが、盾が使いこなせてない。ゴーレムに最適の動きも考えないと……あ、やられた。
ついにダメージが臨界を超えぐずぐずと崩れ落ち、土となるゴーレム。
「二セット目行くか」
そろそろ夕日が沈もうとしているので、ライトの明かりを出す。あと二セットくらいやれば今日はもういいか。夜は夜でやりたいこともあるし。
「いくぞ、サティ!」
二戦目もがんばったのだが、一戦目よりほんの少し長生き出来ただけだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
大食堂での修行参加者全員との夕食も終わり、次は屋敷の居間で回復魔法の修行である。大会では回復魔法の使用が認められている。使わない手はない。
俺でも二日で習得できたのだ。サティにもきっと出来る。
「集中して、イメージするの」
指導役はもちろんアンジェラ先生である。俺にやったのと大体同じ方式だ。指にちょっぴり傷をつけて自分で治療する。
サティの魔力感知は高いから、俺の時より難易度は高くないとは思うんだが、うんうん唸って魔力を消費するばかり。ま、初日だしな。
予選まで二日。本戦までは五日ある。なんとかなるだろう。
「ちょっとウィルと話してくる」
ウィルと昼間の話の続きだ。ポイントもまだ余ってるし、育成の方向性とか今後どうするのとか、相談しておかないといけない。
居間のある三階からウィルのいる二階の客間へと階段を降り部屋を訪ねると、ウィルは床で寝ていた。
「やると思った」
魔力切れの気絶である。警告はしておいたし、本人も家族がみんな魔法使いだから当然知識として持っていたのだが、やはり使ってみないと限界はわからないものだ。
魔力をチャージしてやれば目を覚ますかもしれないが、ベッドに運んで寝かしておいてやった。話は明日にしよう。俺も今日は色々動きまわって疲れた。
居間に戻り、サティにがんばれよと一声かけて自室へ。机に向かい日誌を書く。今日は書くことが多い。
書いてるとエリーが部屋に来た。ネグリジェ姿に即座にムラムラするが、もうちょっと我慢だ。
「今日のことを書いてるの?」
後ろから抱きついて、顔をくっつけてきて日誌を覗きこむ。
「うん」
書く手を止めずに答える。
「今日はよくやったわ。あんなに上手く行くとはね」
「俺も驚いた」
「あの演出とかセリフとか中々よかったわよ」
「そう? 俺はリリアに乗っかっただけだけどな。リリアはさすがエルフの王族だわ。あの神秘的な雰囲気」
「これがウィルね」
日本語で書いてあるのだが、名前のところを突然指さして言う。
「あの、日本語の解読とかやめてもらえませんかね……」
「日本語って文字の種類が多くて名前くらいしかわかんないわよ。でもまあ、マサルが嫌がるならやめておくわ」
エリーは頭がいいから、真面目にやられたらすぐに解読されそうな気がするな。日誌って基本その日の出来事だし、解読のヒントには事欠かない。
「ケチケチせずにマサルが教えてくれればいいんだけどね?」
「これってほぼ俺の日記なの。恥ずかしいだろう」
「別に恥ずかしがるような仲じゃないでしょう」
「ほう、そうなのか? 本当に恥ずかしくない?」
「何を今更言ってるのかしら」
「じゃあ試してみよっか」
「ええ、いいわよ」
まだまだ試してないことがあるんだよな! ちょっとアレかなと遠慮してたのだが、リクエストされたとあらば致し方無い。
「あの、やっぱりこれ恥ずかしいんだけれど……」
「まあまあ。最後までやってみようよ」
「あ、ちょ、ちょっと!」
俺は別に恥ずかしくないし! とても楽しいし!
エリーと二戦ほど終えてお風呂から上がると、サティとアンが部屋に戻るところのようだ。結構遅くまでがんばってたんだな。
「エリーもう寝る?」
すでに布団に潜り込んでおり、返事がない。今日のちょっと変わったプレイで疲れたのだろうか。サティのところに行ってくると言い置いて、部屋を出る。
真向かいのサティの部屋の扉を軽く叩くと、すぐに扉が開いた。
「お疲れ、サティ。回復魔法はどうだった?」
「上手くいきません……」
「まあ初日だからな。人によっては1ヶ月でも無理だったりすることもあるみたいだし、今回ダメでも覚えといたら役に立つから無駄にはならないだろう」
「はい」
話してるとほんとに疲れてみえたので、明日からも大変なサティを労うために、ベッドに寝かしてマッサージをしてやることにした。エロいのじゃなくて服を着たままでのごくごく普通のやつ。素人の見よう見真似の揉みほぐしであるが、気持ちよさそうだ。
「サティは強いな」
この小さな体のどこに、あんなパワーが秘められているのだろうか。しっかりとした筋肉がついて会った時のガリガリな感じはなくなったが、細いのは相変わらずだし。ステータスはずいぶんと上がっているが、俺の実感として数値上昇分の力がそのまま出てるとも思えないし、よくわからん。
「ん、マサル様も強いですよ」
いやいや、今日も三回とも負けたじゃん。
「えっと、マサル様は強い時とあんまり強くない時があって、強い時はほんとうに強いです」
強さにムラがあるってことか。今日は結構本気出したんだけどな。追い詰められないと真の力が発揮されないんだろうか。
「だからずっと強いままなら剣だけでも私と互角で、魔法も使えば絶対敵わないです」
さすがに剣で互角はいつものサティの過大評価だろう。元の素質とか普段からの練習量とかに差があるし。
でも強さにムラがあるのはたぶんその通りなんだろうな。明日ついでに軍曹殿にその辺を聞いてみよう。
「わたし……がんばりますね……だから……」
マッサージしてるうちに眠くなってきたようだ。回復魔法の練習で、魔力を何度も使い果たしては補充して疲れたのだろう。
「ま、無理しない程度にほどほどでいいさ」
寝てしまったサティに布団をかけてやって、俺も隣に潜り込みつぶやく。
今回は別に勝てなくたって死ぬわけじゃない。ただのお祭なんだし。
【⑤巻 12/25発売】