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121話 予兆

「マサルのアイテムボックスはずるい」


 一戦終えて部屋備え付けのお風呂で汗を流し、タオルをアイテムボックスから取り出したところで、突然エリーが言い出した。ずいぶんと懐かしいセリフだ。

 

「なんだよ、今更……」


 体を拭きあって再び二人で布団に潜り込む。


「いま見てて気がついたんだけど、やっぱり普通のアイテムボックスとは違うわね」


「そりゃそうだ」


「ちょっと何か出してみて」


 プリンを取り出して差し出してみる。これで機嫌を直せ。


「違うわよ! マサルがアイテムボックスを使うときの魔力の流れを見たかったの!」


 そう言いながらもプリンはしっかりと受け取り、食べ始める。カロリー消費して小腹が減ったのだろう。食べ終わったらもう一回どうだろうか?

 とりあえず要望に答えてアイテムボックスの出し入れをしてみせる。


「魔力の流れも違うし、場所も違うのよね。なんて言うのか、もっと遠い?」


 自分のアイテムボックスも使ってみながらそんなことを言う。


「その違いがわかれば、マサルのアイテムボックスも再現できるんじゃないかしら?」


「ふーん。再現できれば確かにすごいだろうけど」


 空間魔法のレベル5の二つの魔法。空間把握と空間操作の使用法はもっと柔軟なんじゃないだろうか。もっと発展性があるんじゃないだろうかとエリーは練習していて考えたという。


「つまりね、今の状態は火魔法で言えば火が出せるだけという段階なの。魔法を覚えて魔力の操作を覚えただけなのよ」


 レベル5の魔法がこんなにしょぼくていいはずがない! エリーはそう断言する。


「空間を切るってすごいと思うけどな」


「……その空間ってそもそも何なのかしら?」


 難しい質問だ。俺のいた世界でも空間とは何かという問いに、明確な解答はなかったように思う。でも考え方みたいなのは説明できるだろうか。


「そうだな。俺の理解してる範囲でよければ説明してみるが」


「それでいいわ」


「まずは一次元というものを考える。一つの線だけだから一次元」


 ノートを取り出し、線を引いてみせる。


「これが一次元。二次元はこう。線と違って縦と横がある」


 最初の線に追加して四角を描く。


「ふんふん」


「そしてこの二次元が積み重なって三次元になる。縦と横と高さで三つの次元。これが三次元空間だ」


 アイテムボックスからタオルの詰まった四角い木箱を取り出して見せてやる。


「うん、わかるわ」


「そしてここに時間が加わる。過去から未来へと進む時間の流れが四次元目となる。これが俺たちの生きている四次元の世界だな」


「なんとなく……わかるかしら?」


「じゃあ二次元に話を戻そう。たとえばこの紙の上、二次元に暮らす人がいたとする。ちょっと想像してみてくれ」


 四角の中に○を描く。


「この丸い二次元人には俺たちは見えない。世界の外にいるからだ。だがこうやって指を置いてみると、俺たちの一部が見える。そして指を上げて違う地点に移動すると、二次元人にとってはまるで転移したように見えるわけだ」


「み……見えるかしら。うん、そう見えるわね。つまりこれは転移魔法ね?」


「そう。俺たちのいる四次元に対しての五次元があって、空間魔法はそれを操作してるんじゃないかと思うんだ」

 

 二次元人の書いてあるノートを破く。


「いま空間を切り裂いた。二次元人には切れたという事実は見えるが、本当は何が起こってるか理解できない。なぜなら二次元人には自分が住んでるノートの外の世界も俺たちのことも見えないからだ」


「私たちも空間を理解することはできない……?」


「真に理解することはできないだろうけど、考えることはできる。それを操作することも魔法で出来る」


「……」


 エリーはしばらく考えた末に、ベッドに身を起こし盛んに魔力を操作しだした。空間を切ってるわけじゃなさそうだ。

 それよりも裸で真剣な顔のエリーを見てるとムラムラするんだが。


「それは?」


「空間を掴んでるの」


 なるほどわからん。魔力で何かしてるのはわかるが、俺には空間自体を感じる力はない。


「マサル、もう一回アイテムボックスを使ってみて」


 要望通りにアイテムボックスから物を取り出す。


「……ちょっとわかってきたわ。ありがとう、マサル」


「どういたしまして」


 この話は物理学とかそんな話じゃ全然なくて、アニメとか漫画で得た知識だ。宇宙船がワープする時の理論がこんな感じなんだよな。

 だから正直俺の解説がどこまで正解なのかまったく自信がないのだが、それをここで言ってもエリーが混乱するだけだろう。伊藤神なら本当のところを知ってるだろうか? どうせ聞いても返事はないのだろうけど。


「もし空間が何かを理解できたら是非とも俺に教えてくれ」


「ええ。でもマサルは意外なことを知ってるわね? 他にもどんな面白そうなことを知ってるのかしら?」


「ん、そうだなあ。この世界のモノは原子という小さい物質から――」


 がんばって説明したのだが、エリーのやつ途中で寝やがった。

 体力を消耗して風呂を浴びて布団でほっこりして、もう限界だったのだろう。

 



 ここのところの狩りはリリアのレベル上げも兼ね、ヤマノス村(仮)周辺地域の討伐をしている。だが虱潰しにやるとなると、三日ごとで半日だけの狩りでは範囲が広くてなかなか進まない。片付いたら魔境へ行こうと思っていたのに当分は無理そうだ。

 獲物や魔物は冬季なのでそう多くない。伯爵が定期的に掃討もしているらしい。

 一旦中止して魔境にとも思ったがティトスに反対された。魔境はかなり危なくて、エルフも森の外までは滅多に遠征しないらしい。まあリリアの練度にまだ不安があるから、そうゴリゴリやる必要もないのだろうか。

 そして領主がAランクの冒険者で周辺の討伐にも熱心だという話もどこからか広まり、また移住希望が増えたとエリーが喜んでいた。

 もし無制限に受け入れれば、すぐにでも町と呼べる規模になるんじゃないだろうか……


 この狩りで俺にも召喚獣が増えた。レベル3だけ(マツカゼ)を召喚して他は保留にしてたのだが、狩りで倒した獲物を召喚獣に仕立ててみたのだ。

 レベル1が手のひらに乗るくらいの小型のフクロウ。偵察と連絡用。ティリカと召喚獣を交換すれば双方向で連絡を取り合える。名前はフク。フクロウの英語名がわからなかった。

 レベル2が黒豹。たいがよりも一回り小さく、能力的にも下位互換な感じだろうか。名前はクロ。黒いし。

 二匹とも俺自ら殺したのだが、特に問題なく使役できている。殺した上で奴隷化とかかなり申し訳ない感じがするのだが、弱肉強食が異世界の習い。気にすることはないとティリカは言う。

 二匹とも夜に強いので一日交代で屋敷内の夜警を担当してもらっている。寝てても勝手に見まわってくれて、敵や不審者が来ると連絡が来る。そういう仕組みであるが、今のところは警報は皆無である。近場の討伐はしてるし、村人の移住も始まった。高い壁と警備担当のシラーとエルフさんたちが我が家をしっかり守っている。

 

 村が稼働を始めてすぐ、エルフ側から警備担当として一部隊が派遣されてきた。その人たちは我が家の敷地の中、壁際に住居を作って住んでもらっている。

 オルバさんたちもこっちに越してきた。これは敷地の外、門の近くに立派な邸宅を建ててあげた。村長だしね。

 村での俺の仕事はだいぶ少なくなった。魔力消費の多い作業はだいたい終わったので、あとは時々の農地作成くらい。村の方はエルフさんが引き受けてくれているのだ。ありがたい。


 村が小さいとは、もはやどうあっても言えなくなってきた。村の外壁は短期間に二度拡張をした。アンの要望で将来神殿を作るための場所を確保した。冒険者ギルドと商業ギルドも支部を作ることを打診してきた。伯爵も一度挨拶に来た。部下はちょくちょく見に来ていたのだが、本人の目でも確かめたかったようだ。

 だけど来るなら来ると、連絡くらい寄越すべきだろう。

 ちょうど俺のゲートに便乗して遊びに来てたエルフ王の一行とかち合ってしまった。伯爵を屋敷に招かないわけにはいかないし、王様にすぐに帰れとも言えない。

 伯爵が来たと言うと王様は一緒に会おうと言ってきた。出来れば隠れるというか、伯爵の見えないところに居てほしかったのだが、まあ事情はわかってるし変なことも言うまい……


 出迎えた伯爵は村の様子を見に来てやったと上から目線である。まあどっからみても伯爵のほうが上だしいいんだが。そしてお茶でもいかがかと、王様の待つ応接間に案内した。

 案内しながらも村や農地の作りがどうとか、こんな規模の村が維持ができるのとか、実に小うるさい。時々立ち止まってはエルフの持ってきた家具や装飾品をチェックしていたが、それについては何も言わなかった。姫様に相応しいようにエルフさん達が選び抜いた最高級品だ。一回行った伯爵の家より確実に豪華である。羨ましかろう?

 そして王様を見た時の顔も見ものだった。エルフが関わってるのは知っていただろうが、まさか王様がいるとは思わないだろう。


 お茶会が始まってすぐ、伯爵は王様の機嫌を損ねた。伯爵が娘婿を下に見ているのが気にいらなかったようだ。それでちょっとした圧力をかけてくれた。脅しってほどじゃなかったが、伯爵は冷や汗をかいていた。そこを俺がとりなす。まあまあここはそれくらいで。ふむ、マサル殿がそういうのなら。

 何この茶番と思ったが、伯爵は助かったという顔だ。その後は少しだけ当たり障りない話をして帰っていった。

 これで伯爵は当分ここには来ないだろうし、ちょっかいもかけてこないだろう。お義父さんありがとうございます。

  


 

 我が家の新しいメンツは落ち着くところに落ち着いた。

 タマラは新婚生活が楽しく幸せそうだ。

 ルフトナは俺が無害だと確信できたのか、近くには絶対に来ないものの、普通に姿は見せるようになった。タマラやシラーとは仲良くやってるようだ。俺のことは嫁からフォローされていたのだが、同期の奴隷からの話だとすんなりと信じられたらしい。

 シラーは俺自ら鍛えている。軍曹式スパルタ訓練である。

 そのせいか最初の頃はサティに目を奪われていたのだが、俺も案外強いようだと評価を見なおしたようだ。まあサティと比べて弱く見えたのは仕方がない。

 シラーはクロを気に入ったようだ。家人は最初はたいがやクロにビビッたが、すぐに慣れた。でかくても猫は猫。甘える姿はとても可愛いのだ。

 見回りと称してクロとシラーで敷地の中だけだが散歩をしたり、夜間の警備をしたりする。

 召喚獣だということはエルフたちは知っているが、他の者には俺たちの変わったペットということになっている。

 今日もシラーはクロを借りにやって来る。


「主殿、クロを貸してくれ」


 敬語が苦手だそうなので、口調は普段のままで許している。俺もそのほうがいい。


「うん、すぐにそっちにやるから玄関で待ってろ」


「ありがとう!」


 そして警備や見回りをしながらクロに向かって何かと話すのだ。普段はキリリとしたシラーだが、クロと一緒だと油断した姿を見せる。奴隷になった境遇だ。不幸だと感じてないわけがないのだが、それは普段はまったく見せずクロにだけ本音を話す。俺への愚痴やちょっとだけ好意的な感想。サティさんは強くてカッコイイな。全部俺に筒抜けである。すぐに感覚を遮断して聞かないようにすればよかったんだが、気になるじゃないか……

 もはや全部聞いてましたとはシラーには言えない。ほんとどうしようか?

 みんなに相談してみたのだが、俺とシラーの間のこと。自分で解決しろと言われてしまった。加護のことも関わってくるとなると、みんなも手を出しかねるのだろう。

 俺はどうしたいか? そのうち手を出したい。シラーは美人だしいい娘だ。まだ短期間だが面倒を見て鍛えてやって、愛着がわかないわけがない。

 シラーも満更じゃないようだし、焦らないでじっくり攻略しようと思う。

 



 砦のギルドの訓練場にも一度だけ顔を出してみた。もちろんミヤガにも冒険者ギルドはあるのだが、あそこは領軍が強いので冒険者の出番は少なく、規模は砦のほうが大きくなっている。

 サティが一度どんな様子か見たいと言ったので、獲物を納品した後、付き合うことにしたのだ。

 腕のいい教官がいれば教えを乞うのもいいかもしれない。

 サティと俺だけである。リリアは騒ぎになりそうでまずい。エリーは興味がないし忙しいので帰った。ティリカとアンはお仕事関係でミヤガに行った。

 

 この時期、俺たちのことを知ってる者はさほど多くなかった。狩りの報告のため何度も足を運んでいるが、やりとりは全部個室。冒険者が立ち上げた新しい村の領主と俺のことは、まだ結びついていなかったようだ。


「野ウサギじゃないか!」


 訓練場に来るなり声をかけられた。


「お、おお?」


 久しぶりの野ウサギ呼びに狼狽えてしまう。

 声をかけられたほうを見るとどこかで見た顔。たぶんシオリイの町の冒険者だ。なんでこんなところでばったり会うのか。


「あー、お久しぶりです、ええと」


「パルガだ。俺もお前の名前は知らんしお互い様だな」


「そですね。俺はマサル、こっちはサティ」


 今後は野ウサギはなしにしていただきたい。


「ほう。やっとパーティを組んだのか?」


 サティを知らないとなると、かなり前にシオリイの町を離れたんだな。俺が異世界に来てすぐ、野ウサギと死闘をしていた、まだ全然雑魚だった頃か。


「あー、パーティメンバー兼嫁ですね」


「嫁か、そいつはいいな。で、今日は訓練か? いつこっちにきた?」


「ええ。ちょっと前に商隊の護衛で来まして、冬の間はこっちでゆっくりと」


 話してるうちにパルガの知り合いが何人か集まってきた。

 パルガがこいつは野ウサギってアダ名で、魔法も使えるなかなか腕のいい、なんて説明している。

 野ウサギの話はマジでやめてくれませんか……

 シオリイの町では俺の実力はだいぶ知られて、野ウサギ呼ばわりもほとんどなくなっているはずだ。それをこんな場所で呼び覚ますとは。


「教官に紹介してやろう。今のランクはDあたりか?」


「Bランクで先日審査してもらって……」


「もうBか! 魔法使いだとランクアップが恐ろしく早いな」


「え、いや」


 Aになったと言う前に教官を呼びに行ってしまった。まあいいか。低めに考えておいてもらったほうがいい。


 すぐにパルガにここで一番の教官だという人を紹介される。さすがにギルド教官だけあって腕が立ちそうだ。立ち居振る舞いに隙がない。


「マグシルだ。シオリイから来たらしいな。ヴォークト殿は息災かな?」


 俺たちのことは教官にも伝わってないようだ。


「元気も元気。ここに来る前もたっぷりお相手してもらいましたよ」


「それはよかった。シオリイもゴルバス砦で魔物の大きな動きがあったそうだが」


「はい。俺も参加しました。主に裏方ですが」


 もしよければあとで詳しい話を聞きたいという。


「マサルはエルフの里の戦いは知ってるか?」


 知っているというか参加しました。

 

「ええ」


「俺はそれに参加してな。ほら、これ」


 と綺麗な装飾のついた剣を見せてくれる。エルフ製か。ということはあの救援隊に参加してたのか。それなら感謝しないとな。


「おおー」


 家に帰ればたくさんあるが、一応驚いておく。


「そのことも後で聞かせてやってもいいぞ!」


 そのあたりの話もティトスから何度も聞いてるよ。

 でも冒険者視点の話なら、ちょっと興味はあるな。


「よし、とりあえず貴様らの実力を見てやろう。どちらからだ?」


「じゃあサティからやるか」


「はい!」


 サティはマグシル教官を圧倒した。

 まあそうだよな。軍曹殿レベルの教官がそうそういてはたまらない。

 そしてそれを見た冒険者が挑戦者として名乗りを上げ――


 シオリイの町と大体同じ展開だな。こんなことになるんじゃないかと思っていたが。

 サティは華麗な動きで挑戦者を次々と下していく。サティは一種独特の舞うような美しい動きを見せるようになった。俺は力任せにがしがしやるタイプだ。シラーもサティに惚れるだろうさ。

 いまは冬季休暇中なので、訓練に来ている冒険者は多く、対戦待ちの行列が出来た。見物人も多い。

 俺はほったらかしだが、静かなほうがいい。


「お前の嫁すっげえなあ……」


「ええ、最強ですよ。それよりもほら、エルフの里の話を」


「お、そうだな。まずはどこから話そうか」

 

 しばらくパルガの話を聞いているうちに、サティが戻ってきた。対戦希望者を全員倒してきたようだ。とても満足気な顔をしている。


「楽しかったか?」


「はい、すごく!」


 いい汗をかけたようだ。


「それにしてもサティちゃんはつええな。驚いたよ」


「ありがとうございます。でもマサル様はもっと強いですよ!」


 パルガの言葉に答えて、サティが力強く宣言する。大勢がいる前で。


「なん……だと……!?」

「この娘より強いって一体」

「手合わせを」

「おいやめとけ、死ぬぞ!?」


 俺はもうここには来ないぞ。絶対だ。


 サティの気は済んだようなので、すぐにマグシル教官とパルガとその知り合い何人かとで食事に行くことにした。

 そこでゴルバス砦の防衛戦の話や、俺がAランクになったことなんかも話した。


「Aってマジかよ。あの時はまだ登録したばかりの新人だったろう? いくら魔法使いでも」


「運がよかったんですよ。立て続けに大きな戦いに巻き込まれて」


 悪かったというべきかもしれない。それともリリアが言うように、運命なのだろうか。


「それにしたって……」


 パルガは驚いていたが、教官はAランクの審査があった話くらいは聞いていたようだ。

 別に隠してるわけじゃないし、今日は目立ってしまったのですぐにバレるだろうと領主の話なんかもその場で話した。

 そしてエルフの里の戦いに俺が参加していたことも。礼はちゃんと言わないとな。


「別ルートでエルフの里に先乗りしてたのはマサルだったか。ティトスさんが何かそんなことを言ってたが、詳しいことは聞けなかったんだ」


 うまくごまかしてくれていたようだ。


「あの時の救援はほんと助かりましたよ」


「ま、気にするな。エルフから礼はたっぷりもらったからな。それよりも先週、殺しがあった話は知ってるか?」

 

「なんですそれ?」


「俺と一緒にエルフの救援に行ったSランクの火メイジが殺されたんだ。真偽官も出てきて犯人を探したんだが捕まらなくてな」


 外だと犯罪はそれなりにあるが、町中で殺しまでとは珍しい。大抵はすぐに捕まり、真偽官が罪を暴き出す。

 

「それで最後に一緒にいたのが、色が黒くて胸の大きいえらい美人だったらしくて、そいつが――」


 話に聞いたダークエルフの特徴。殺された火メイジ。

 魔族が意趣返しに来たのか……あり得る。


「髪の色? そこまではわからんな」


 髪は簡単に染められるから確認できてもどのみち意味がないか。

 パルガの話を聞きながら考えを巡らす。俺はここまで目立たないようにしてきた。魔法も火魔法を使えることは隠してないが、ここらへんでは土メイジとして知られている。調べても俺は候補から外れるだろう。

 エルフの里の戦いに参加した火メイジが、俺と間違えられて狙われ殺された。

 俺にも危険が及ぶだろうか? 犠牲者が一人だけということは狙いは陸王亀を倒し、メテオで戦場を荒らした俺個人だろう。死んだ火メイジには悪いがこれで終わりの可能性が高い。そもそも狙いが俺だという確証もない。


 エルフには注意喚起をしておこう。もうどうしようもなく手遅れだろうが、天敵のエルフに感づかれたとなると、件のダークエルフも再びこの地に戻ろうとはしないだろう。マルティンにも話を聞くべきだな。

 ここでした話は問題ないはず。単なる護衛として戦ったというだけで、具体的な活躍の話はほとんどしていない。エルフにもらった弓も見せたりもした。ダークエルフに知られたところで、他の100人はいる救援の冒険者と区別は付かないだろう。


「ナイフで一刺しだったそうだぜ。Sランクと言っても死ぬときはあっけないもんだなあ、ほんと」


 そう。死ぬときは実にあっけないものなのだ。

 やはり王都へは予定通り出発しよう。念のため、しばらくはこの地を離れたほうがいい。



▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 

 

「例の火メイジは始末したぞ」


 魔物にそう告げると、グッ、グッグググゥというくぐもった唸り声で返事があった。

 間違いないのかだって? 王種とはいえ、この私に物を頼んでおいてこの態度!

 だが怒りは押し殺して答えた。


「確実とは言えん。怪しまれたから確かめる前に殺してしまったからな。それもこれも貴様らが詳しい特徴を伝えんからだ。見つけ出すのにえらく手間がかかった」


 再び唸り声。


「人族は区別がつかない? まあいい。Sランクの火メイジなんて間違えるほど何人もいないだろうさ」


 ハーピーがあそこまで落とされなければ、こいつらのあやふやな証言に頼らずとも済んだのだ。どいつもこいつも仲間がやられたからと簡単に突っ込みおって。お陰で偵察も報告も断片的だ。

 放置しておけば今後我らにとって大きな災いになるとしつこく言うから、あの人間の火メイジを危険を犯し手間をかけて始末してみたが、こいつが騒ぐ程度の魔法、エルフなら使える者はいくらでもいるのだ。陸王亀を倒したのも、戦場を幾度も焼き払ったメテオも、すべてがたった一人の人間(ヒューマン)の仕業だったなどと、荒唐無稽にもほどがある。

 だがまあその話の真偽はもはやどうでもいい。そいつが死んだ今となっては、我らに災いをもたらすことなど金輪際ないのだから。


 短い唸り声。


「そもそもこの失態はイナゴを使った後方撹乱が失敗したせいだ。陸王亀の実用テストは上手くいったし、あそこで冒険者が来なければエルフは倒せていたのだ!」


 イナゴに関してはただの責任転嫁だ。敗因はエルフの戦力の読み違え。やつらも安穏と年月を過ごしたわけではないということなのだろう。

 しかしイナゴの方も少し調べてみたが全く騒ぎにも噂にもなっていなかったのはどういうことなのか。間違いなく大規模な群れを人族の村の近くに誘導できたと報告があった。もっと監視を続けさせるべきだった? だが元々効果のほどは疑問だったし、結局その通りの使えない策だったということか。確かめるにも余計な監視や調査をするのに使える手駒が少なすぎる。


 抗議するような唸り。


「わかったわかった。望み通り、貴様らを焼きつくした火メイジは始末した。氏族の生き残りも保護してやる。二〇年もすればまた戦える数が揃うだろう?」


 氏族の八割をすり潰されたのは哀れだが同情はできない。成功すればそれに見合うだけの対価はあったし、どうせまたすぐに増えるのだ。

 大きく一声唸ると、その通常より巨大なオークキング、王種、オークロードとも呼ばれる魔物は、火傷で醜く爛れた体を起こした。


「ふうん。ま、復讐がしたいなら勝手にしな。私は警戒されるだろうし、こっち方面での仕事はもう終わりだ」


 この辺りにはエルフが多すぎる。これ以上見つかる危険は冒せない。他の場所での仕事も山積みだ。アンチマジックシェルのテストを兼ねていたとはいえ、私的な復讐にいつまでも拘泥してはいられない。


 魔物が立ち去るのを見送った後、静かに呟く。


「だが待っていろ」


 エルフどもには必ず我が一族(ダークエルフ)の死に対する報いを受けてもらう。その時は今回使った田舎氏族など足元にも及ばない、強大な列強氏族をもって相手をしてやろう。

 せいぜい今のうちに余生を楽しんでおくがいい。終わりはもうすぐだ――


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[良い点] 伊藤神クエストとの接点が登場。ワクワクします。
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