116話 報酬7億円と城作り
砦の少し手前で地上に降り立ち、人気のないところで飛行中にエリーとした話をみんなにもしておく。
まだ具体的には何も決まってないにせよ、伯爵への対応はある程度周知しておく必要がある。
最悪、領地は諦めるという話も異論はないようだ。
大事なのは神託だと、アンジェラさんは真剣な面持ちで言い、ティリカやリリ様あたりもその通りだと同意する。
俺はソウデスネと神妙な顔をして頷くしかない。
神様がリアルに存在して恩恵を授けてくれる世界である。神様の存在は非常に重い。ガチである。真剣である。
俺も結構な恩恵を受けているので文句は多少あっても、軽く見たり茶化したりすることもないんだが温度差がきつい。
もっと緩くやっていきたい……
話は適当に切り上げて砦にはちゃんと歩いて、門から入場する。
ここもリリ様の顔パスでいけそうな気もするが、危険を冒すわけにもいかない。
町中ではリリ様にもフードを目深にかぶってもらえればエルフだとはまず気付かれない。
もっとも門では顔を見せないわけにもいかないし、リリ様が名乗った時はさすがにざわめいたが、特に騒ぎもなく通過を許してもらえた。
冒険者ギルドの受付に行くと顔見知りの職員がおり、すぐに奥へと案内される。
まずは開拓が領主にも認められ、正式にスタートすることを伝える。
当座のところは冒険者ギルドは無関係だが、村が発足した後、村人が冒険者になるかもしれないし村から何か依頼を出すかもしれない。
ギルドとして表立った支援はしないが、有償の依頼という形なら協力は惜しまないと約束された。
村建設に人手が必要であれば、ギルドに依頼を出せばいい。肉体労働者の日雇い派遣である。
冒険者も狩りばっかりしてるわけでもなく、時には肉体労働にも手を出す。特に新人で実力も装備もないとなると、いきなりの魔物狩りは無謀。危険のないバイトをして糊口をしのぎつつ、ギルドで訓練をしたり装備を整えたりとなる。
そういった仕事の口を提供してくれるなら大歓迎だということのようだ。
「リリアーネ様からお聞きになったと思いますが、エルフから資金援助がありまして、先日の緊急依頼時の討伐報酬が満額出ることになりました」
次はお金の話である。
前回聞いた時は満額出れば約700万ゴルド、日本円で7億円ほどという話だった。
「討伐記録から再度計算した結果、724万5052ゴルドの報酬となります」
1ゴルド100円として、7億2450万5200円? 宝くじに当たったくらいの金額だ。
日本に戻った時の基本給が6000万円なんだけど、稼ぎを考えれば絶対こっちに残ったほうがお得だよなあ。万一戻ることになったら金貨か宝石にでも替えて持って帰れないだろうか。
ダメ元でこっちで稼いだお金も査定にいれるように、日記でお願いしておこう。
日本にいたら生涯年収でもこんな額にならないだろうなあ。まあこっから分配するから減るんだけど。
六等分だと1.2億円か。分配してもなかなかの額だな。節約すれば一生暮らせないこともない。
半日ほど働いて日当1.2億円。異世界パネェわ。
エルフからの貰い物も換金すれば結構な金額になるし、終わってみれば今回の報酬はなかなかのものになるな。
「これは口座を作ったほうがいいかしら。問題ないわよね?」
「そうですね、簡単な審査はさせていただきますが問題ないと思います」
「口座? 今も普通に預けてるだろ」
今サティとかが預けているのはギルドの口座じゃないのだろうか。
「あれはただの預かりサービスね。口座なしでギルドに預けるとそこのギルド支部でしか下ろせないのよ。他で下ろそうとすると送金手続きに時間がかかって面倒なの。口座を作っておけばどこでもすぐに下ろせるわよ」
「商業ギルドとも提携しておりまして、そちらでもお金を引き出せますのでとても便利ですよ」
ギルド職員の人が色々と説明してくれた。
口座を開くにはそれなりの信用が必要で、維持手数料が取られる。利子は付かない。
利点は冒険者ギルドと商業ギルドならどこでも下ろせるということと、保証があること。
例えばこのギルド支部に預けて、この支部が魔物の被害とかで壊滅して記録が消えたりしたら預金は諦めるしかない。滅多にあることではないが、今回は実際危なかった。
別にアイテムボックスに入れて持ち歩いてもいいのだが、口座を作って通帳か何かで管理するのが普通の人なのだろうし、隠し持ってるより口座に残高があるほうが、資産として信用に繋がる。
村を運営したり、貴族をやったりするのに現金の裏付けが確実にあるというのは大きい。
で、信用問題の審査といえば真偽官、マルティン氏の登場である。
「預金口座の審査? はいはい、じゃあ手早くやっちゃおうか」
とりあえずは俺の口座を作って全部入れておこうということで審査は俺のみで、マルティンの容赦のない尋問がその場で始まった。
口座を作ろうと思った動機は?
口座を作ってどうするつもりなのか?
不正をするつもりではないのか?
過去に犯罪を犯したことはないか?
犯罪組織と繋がりがないか? または繋がりがありそうな人と交流はないか?
家族や親しい人で借金をしてる人はいないか?
口座作成はどうしても必要なのか?
質問に少しでもちゃんと答えられないと、更に質問が重ねられた。
特に厳しく突っ込まれたのが過去の犯罪行為だ。
幸い警察に捕まるような犯罪はしたことがないが、軽犯罪はどうだろうか。
立ち小便やポイ捨て、自転車二人乗り。スクーターでの駐車違反にスピード違反のような交通違反は犯罪に該当するだろうか?
拾ったお金(五百円)を着服したのはヤバイかもしれん。
ちょっとでも俺が考えこむと、マルティンが追及してきて暴露することになる。全部バラされた。ひどい。
幸いどれもこれもこっちでは軽犯罪にすら該当しないようだ。
立ち小便やポイ捨ては場所によるが、普通の町中ではみんな平気でやるようだ。
乗り物に二人で乗ったからってなんだというのか。
町中での馬車の駐車やスピードの出しすぎは、これも場所によっては怒られるがそれだけだ。
お金は落としたほうが悪い。
どっちにしろ遠方の国の何年も前の話だし、口座を不正利用するような件とは関係ない。まったくの聞かれ損である。
「色々と立ち入った質問しちゃって悪いね。でも審査はきちんとやらないと、口座で不正があると認可した僕の責任問題になりかねないんだよね。あ、審査は合格だよ」
絶対これ、嫌がらせも入ってるだろう……
「い、いや、本当にね? 背後関係のあまりはっきりしない冒険者の申請は厳しくやることになってるんだよ。マサル君だけ特に厳しくしたってわけじゃ、本当にないんだよ」
俺の不機嫌を察し、マルティンが更に言い訳してきた。
「それは本当。でも少しやりすぎ」
「各真偽官の裁量の範囲内だよ、ティリカ。そ、それよりほら、王女様の冒険者登録もしないと」
確かにこれは仕事だろうし、余人がいるここでは何もできないが、後で覚えてろよ?
ともあれ口座は今日のところは申請のみで、後日通帳を貰いに来ることになった。
見本に見せてもらった通帳は装丁こそ豪華であるが普通の紙製の手帳で、やろうと思えば偽造もできそうなのだが、預金の引き出しなどはギルドカードと一緒に行う。ギルドカードは謎のチートテクノロジー製なので偽造は出来ない。通帳とハンコで引き出せてしまう日本より部分的にであるがセキュリティは高そうだ。
続いてリリ様の冒険者登録が行われ、審査はごくごく簡単に終わった。
さすがにマルティンもエルフの王族相手に失礼な質問をしないだけの良識はあるようだ。
リリ様は下から二番めのEランクスタート。
エルフ、魔法使い、リリアーネ。
冒険者は名前のみの登録が通例だ。もちろんフルネームを登録しても問題はないが、リリ様は問題があるだろう。
職業欄は半ば自己申告に近いので、例えば俺なら剣士でも魔法使いでも選択次第だ。
種族欄はさすがに偽ることは無理らしい。まあエルフが珍しいと言っても一々騒がれるほどレアでもなさそうなのでそこは大丈夫だろう。
冒険者カードを受け取り喜んでいるリリ様は置いておいて、俺たちのランク申請である。
俺とエリーのAランク昇格はまだまだかかりそうだが、アンとティリカとサティはBランクが確定となった。
Aランクに関しては判定するのは王都のギルド本部なので、連絡待ちとなる。
まあ上がったところで何が変わるわけでもないから急ぐこともない。
「近々魔境へ狩りに行こうと思ってるんだけど、ここらへんではどういう扱いなのかしら?」
ランクの次は、魔境狩りの話である。この近場でいい狩場というと魔境になる。
そこら辺にも普通に魔物はいるのだが、もう俺たちには物足りないだろう。
「魔境に関してはエルフの受け持ちなので、こちらでは依頼も討伐報酬も出してません。ですがレアな素材が多いので、もし手に入ったら是非ともお持ち帰りください」
基本的に討伐報酬は、自領土の安全確保をしてもらっている国や領主からの補助金で賄われている。
そうすると領土外や魔境での狩りには討伐報酬が出ないということになるのだが、エリーがやった魔境の開拓みたいなのだとちゃんと出るし、調査や素材回収の依頼が出たりもする。
だがここだとエルフが一手にやってるので依頼すら出てないようだ。
「大量に持ち帰ってもらえるなら本当に助かるのですが。何でしたらギルドから依頼を出しましょうか?」
ここらの魔境産素材はエルフと、たまに遠征に出る領主軍が握っていて、素材の上前をハネるのが商売の冒険者ギルドにとって、あまり嬉しくない状況である。
冒険者が魔境に出ようにも、エルフの森は基本立ち入り禁止だし、森を迂回するとなると山岳地帯を通るしかなく現実的ではない。
「それはやめておくわ。まだどういう予定になるかわからないから」
依頼料が出るならお得ではあるだろうが、依頼で狩った獲物は提供する義務も生じるので良し悪しである。
物によっては都会に持っていくほうが値段がいいし、俺たちなら輸送の問題もない。
外での用事はこれで終了。次は屋敷造りの続きをする。
家に戻るともう昼も近かったので、ティトスさんを迎えにエルフの里へ転移。
転移でエルフの城のテラスに出るとティトスさんが待機しており、階下に案内された。
城を出て広場に出ると二〇人ほどのエルフと山積みの資材。
大工・建築担当のエルフさん方は、作業のしやすいラフで地味な作業着風の服装なんだが、みんな細身でガテン系っぽさが全くなく、まるでどこかのモデルが集合しているかのようだ。作業着がかえって様になっている。
とりまとめ役として紹介された親方エルフさんも、大工というよりアトリエで作業する美人画家といった風情である。
日本に連れて行けば、美人すぎる建築家としてあっという間に大人気になりそうだ。
ゲートで一度に運べるのは一〇人程度。魔力量を操作すればもっと大人数もいけるはずだが、まだそこまでは試していない。
資材を収納し、ゲートで三往復。女性多目の職人さんたちに息がかかるほどの距離でぴっちりと囲まれての転移は、家族以外の女性と滅多に触れ合う機会がない俺にとって、レアでかなり幸せな体験である。
自身も魔法使いのエルフたちにしてもゲートでの初めての転移には興味津々で、丁寧に転移について解説しつつ発動させたにもかかわらず驚き感動してもらえ、大変に気分がいい。
気持よく全員運び終わるとティトスさんとエルフの親方の指揮の元、さっそく作業が始まった。手伝おうと思ったが俺は必要なさそうだ。
皆さん土木や建築を生業とするエルフで、土魔法が専門分野。素人が手を出さないほうが良さげである。
俺やみんなは時々希望要望を聞かれるくらい。楽だし俺が作るよりはるかに上等そうな階段や扉や窓などの内装が、人海戦術でもってさくさくと出来上がっていく。
外壁も白くしたいと予め頼んであって、白い漆喰らしきものを持ってきて、ペタペタと塗りこんでくれた。
内装は完全に異世界風になりそうなんだが、外見はなんとか城っぽい雰囲気に出来そうだ。
畳があればいいんだけどなあ。せめて板の間にしてもらおうか?
広間を板の間にして、それっぽく飾れば和風の剣道場っぽく見えるかもしれない。
だがその前に屋根部分の仕上げである。
屋上、つまり四階部分にもう一層、天守閣を作る。
親方を伴って屋上に上り、天守閣のイメージを話す。馴染みのないデザインだが、隣の塔には完成見本があるから、作るのに特に問題もないと断言してくれた。
屋上に重量物を配置するので強度的に心配だったが、親方は全然大丈夫だと太鼓判を押してくれる。
ならば天守閣は二層にしてみよう。
敷地の外の適当なところから土を採取し、その土で天守閣二層の壁と屋根部分を形成する。
屋敷部分より少し小さいサイズの天守閣二層目。それより更に小さい一層目。
ポイントは屋根の形状だ。普通に屋根を組んでしまうと、前回やった茶室風にしか見えない。
天守閣の特徴を記憶から掘り起こしたところ、屋根の三角部分が、二層目三層目にも飾り的についている。
天守閣一層目二層目、さらに屋敷三階部分の外回りにも屋根を設置。見かけ以外の意味は特にないが、雨の時のひさし代わりにはなるだろう。
そして出来上がったところに、これも土魔法で作った黒い屋根瓦を積んでいく。
半数の一〇人ほどが応援に来てくれて、あまり指示はしてなかったのだが、さすがは本職。隣の茶室を参考に、ほとんど本物のような出来栄えの天守閣の外装を、二時間ほどで作り上げてしまった。瓦作りは俺も手伝ったので時間短縮できたせいもあるが。
天守閣の内装は我儘を言って全面板張りで、バルコニーや最上層への階段も木製でと注文しておく。
レヴィテーションで空から外観の確認しつつ、修正点や見落としがないか親方エルフさんとぐるりと見て回った。
「美しいですが、変わった形状ですね?」
「俺の地方にある領主の館なんです。まあ見た目だけ真似た感じなんで、どういう意味があるのかは俺もわかりませんけど」
内装はまだであるし、細部を見ればそれなりに違和感はあるが、遠目にみれば完全にお城に見える。
違和感はエルフさんのセンスのせいか、俺の説明不足、記憶不足のどれだかは判然としないが、日本の城にしたって一つ一つの形状が結構違うんだし、気にすることもないな。
屋敷を大きめに作ったお陰でどっしりとした重量感があるし、壁の白と屋根の黒のコントラストが素晴らしい。
「とてもいい出来です。ありがとうございます」
「まだ途中ですし、お礼は完成してからでも。それで屋敷のほうの目処が立ったので城壁の門と屋敷までの通路の相談を――」
実際手をつけてみると、やるべきことは思ったよりも多い。
プロが20人がかりでも一日で終わらない。俺一人でやったら1ヶ月どころの話じゃ済まなかったかもしれない。
もちろん俺がやるとなると、途中で飽きた可能性が非常に大きい。住めるレベルになったらだいたい満足し、良く言えば野趣あふれる、悪く言えば手抜きで雑な屋敷が完成しただろう。
手伝いお願いしてほんとよかったわ。