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115話 パーティと竜のお返し

「あそこの広間はそのままでもパーティに使えるわね」


 未完成の屋敷の内部を見て回っている時、エリーがそんなことを言い出した。リリ様もうんうんと頷いている。

 パーティか……

 ホームパーティくらいなら別にいいんだが。クルックやシルバーを連れてきて色々見せてやったらビビるだろうな。楽しそうだ。

 でもエリーの言うパーティはエルフのところでやったのみたいなのだろうなあ。


「パーティなんてやだよ」


 ここはきっぱりと言っておかないと。

 家ってのは、こう、家族だけでゆっくり寛げる、そんなスペースじゃなきゃいけないんだ。

 誰にも邪魔されず、思う存分イチャイチャするための安息の地なのだ。

 それを招待されるだけでもきついのに、自宅で主催とか難易度が高すぎる。

 かつての栄華を取り戻すべく冒険者になったエリーの気持ちはわからないでもないが、まだ領地も領民も存在しないし、貴族になれたとしても数年後、それも最下級の準男爵からである。

 いずれはやらないととは思うが、少々気が早い。


「えー、やりましょうよー」


「まだ色々と忙しいだろ? 開拓はこれからだし、春になったら帝国のエリーの実家も行くし」


 忙しいのは本当だが、正直に言うと暇はそこそこある。開拓にしても半日も動けばその日の作業は終わるし、冒険者稼業にしても一日働いて一日休む程度のゆったりとしたスケジュールだ。

 遠方に行ったところで戻ってくるのは転移で一瞬だし、一日二日パーティで潰れたところで俺の余暇が減る程度の問題だ。

 それが一番の、最大の問題なのだが。

 少し前なら予算面を理由に却下もできたのだが、エルフがスポンサーになってくれたお陰で資金は潤沢である。今後も継続して稼げるだろうし、お金は言い訳にできそうもない。

 会場も俺自ら整備してしまった。


「でも村がある程度できたら、一回くらいは近所にご挨拶しないといけないわよ?」


 近所と軽い感じに言ってるが、周辺の領主とか偉い人なんだろうな。 

 面倒だから引っ越し蕎麦で簡単に済ませちゃダメだろうか。挨拶すればそれでいいなら別にパーティに拘ることもないだろうし。


「俺の国の風習に引越し蕎麦というのがあるんだよ」


「ヒッコシソバ?」


「うちみたいに新しく移り住んできた人が、ご近所さんに蕎麦っていう料理を振る舞って挨拶をするんだ」


「へー、ソバってどんな料理?」


 そうアンが聞いてきた。


「パスタの一種だな。たまに作るラーメンあるだろ。あれに近い」


「ソバっていうのがいくら珍しい料理でも、それで挨拶っていうのはどうなのかしら……」


「まあ待て。話はここからだ。さすがに蕎麦程度で挨拶じゃ貴族やお偉いさんには馬鹿にされそうだが、伯爵のところにドラゴンを贈ったろ。他のところも適当に魔境あたりですんごい獲物狩って贈ろうぜ、冒険者らしく!」


 どうせリリ様のレベルアップをするのに狩りに出るのだ。獲物はいくらでも手に入るだろう。


「冒険者すぎるわよ! 裏であの家は冒険者上がりだから礼儀も知らない、ガサツだ!なんて陰口叩かれちゃうわよ!」


 ダメらしい。いいアイデアだと思ったんだが。


「こういうのは最初が肝心なの。ちゃんとしないと後々尾を引くのよ?」


 後々か……永住するならご近所付き合いも大切ではあるが、どうなんだろう。

 前提として世界の破滅を考えると世間体なんて投げ捨ててしまえばいいんだが、それでも二〇年弱はここで暮らす可能性もあるし、世界の滅亡を回避できるなら、永住どころか子孫まで暮らすかもしれない。色々ときちんと進めたほうがいいんだろうか?


「パーティには女の子も沢山来るわよ」


 ほほう? 俺の興味のあるほうにアプローチを変えてきたな。


「パーティは婚活も兼ねてるのよね。だから着飾った年頃の娘がいっぱいよ」


「俺妻帯者だし婚活関係ないじゃん……」


 ちょっと面白そうとは思ったが、当然保護者同伴だろう。嫁が五人もいる冒険者がちょっかいかけて許されるはずもない。


「いいじゃない、パーティくらい。やる時はわたしたちに任せておけばいいんだし」


「それもそうだな。エリーに全部、完璧に任せるよ」


 まあエリーがやりたいのなら俺も何が何でも嫌ってほどじゃないし、お任せでいいならエリーの好きにやればいい。

 パーティ自体は別に嫌じゃないんだ。主役や主催をやるのがダメなんだ。隅っこで酒と料理でも楽しんでていいのなら、それなりに楽しめる。


「え、そう? でもちょっとくらい手伝ってくれても」


「任せるよ!」


「……いいわ。このことは後でゆっくり話し合いましょう。ね?」


 体を寄せて耳に囁きかけられる。


「ん、んー、どうしようかなあ」


 嫁にして連日好き放題はしているんだが、いまだに耐性がない。

 ここまであからさまな色仕掛けでもソワソワしてしまう。

 かわいいかわいいエリーさんが誘惑してくるのだ。顔がニヤけてしまうのを我慢が出来ない。押しつけられた体がやわらかい。


「ちょっとくらいならマサルのお願い、聞いてあげてもいいのよ?」

 

 ……譲歩の余地はあるな。

 何をお願いしてみようか?


 

 

 パーティのことはともかくとして、今日すべきことは多い。

 いますぐエリーを寝室に連れ込んで報酬の前払いを要求したいところだが、まずはティトスさんをエルフの里に送り届けねばならない。

 パトスさんの姿は見えない。気配察知で見ると、リリ様の部屋で作業中のようだ。あれだけの大荷物だ。狭い部屋に配置するのは相当に難儀なことだろう。

 ティトスさんだけを連れて、ゲートを発動しエルフの城のテラスに出た。

 迎えは準備に時間がかかり昼前くらいということで、家にとんぼ返りをする。


 次は伯爵にエルフの援助が得られたとの報告だ。

 この後冒険者ギルドにも立ち寄るのでパトスさんは置いて残り全員、リリ様のフライで移動する。


 町の門はスルーして直接領主の館に降り立った。

 他の町でやると衛兵にとっ捕まって確実に怒られるが、ここだとリリ様で顔パスである。いきなり敷地に降り立って多少は警戒されたが、エルフがいるとわかるとすぐに歓迎され、すぐさま伯爵へと使いを出してくれた。

 庭の一角ではドラゴンの解体作業が行われていた。簡易のカマドが作られ、順番に調理されて兵士たちに供されているようだ。

 俺たちに気がついた兵士が笑顔で手を振ってくれた。ドラゴン肉はどこでも大好評だ。

 

 今度はちゃんと館の中の豪華な応接間らしき一室に案内されて、お茶も出してもらえた。


「パークス伯爵、父上は開拓の支援を約束してくれたぞ」


「それは大変結構なことです。こちらも開拓の許可を出しましょう」


 よし、これでここでの用は済んだな。こいつにもう用はない。用済みだ。


「ありがとうございます、伯爵。では失礼します」


 素早く帰ろうとしたのに伯爵に引き止められた。


「あー、待ち給え待ち給え。開拓ともなれば色々大変だろう? 私のほうでも何がしかの支援をしようと考えているのだが」


「自力で全部やる予定ですので」


「いやしかしだ……」


「土魔法で大抵のことはできますし、村の規模はそんなに大きくしないつもりなんで、あんまり人手もいらないんですよ。でもお申し出には感謝致します」


「そうか」


 伯爵は俺の言葉にちょっと渋い顔をしている。

 せっかくの申し出を断ったから機嫌を損ねたか? でも伯爵の支援とかマジでいらんしなあ。


「ドラゴン、解体して食べ始めてるようですね。兵士の方たちも喜んでるようで贈ったかいがありましたわ」


 俺と伯爵の会話が止まってしまったので、エリーがフォローをしてくれたようだ。


「ああ、皆喜んでおる。もし困ったことがあったらいつでもここを訪ねたまえ」


 困ったことか。世界が滅びそうで困ってるって言ったら相談くらいはのってもらえるのかな?

 無理だろうな。そんなこと言われたら伯爵のほうが困るだろう。

 頼りにならんやつだ、まったく。


「我らが支援するからの。伯爵の出る幕はないぞ?」


 そうだそうだ。お前はやっぱりいらん。


「それは……エルフはどの程度の支援を考えているのでしょう?」


「もちろんありとあらゆる面でじゃ。資金でも人員でも、無制限の全面的支援じゃな」


「いや、小さな村を一個作るだけだから……」

 

 油断をするとすぐに大規模にしたがる。


「遠慮はいらんのにのう。まあよい、次は冒険者ギルドじゃな? 行くぞ、皆の者」




 伯爵の館を出てすぐにフライを発動し砦へと向かったのだが、移動中にエリーが顔を近くに寄せて話しかけてきた。


「マサルのところは、あれかしら。贈り物にお返しとかしないのかしら?」


「そりゃするよ? 場合によっては三倍返しだな」


「三倍って酷いわね。それでお返しをしなかったら?」


「後ろ指さされるね」


「わかってるじゃない。伯爵困ってたわよ?」


 さっきのは怒ってたんじゃなくて困ってたのか。


「つまりドラゴンのお返しが必要で、それで手伝いを申し出たと」


 そして俺がきっぱりと断った。


「あのサイズのドラゴンに相当するお返しって難しいわよね」


 伯爵からすれば贈り物のお返しに手っ取り早く開拓支援をしようとしたのに、それを断られた上に、エリーにドラゴンのことを念を押されて、お返しちゃんとしろよって釘を刺された形か。

 しかもリリ様にはエルフが手伝うから出る幕がないと宣言もされたので、開拓に手を出せばエルフの面目を潰すことになりかねない。


「わかってんなら言えよ……」


「貸しを作っておきたかったのよ」


 エリーはパーティ用の人脈が欲しかったらしい。

 新参の小領主がパーティの呼びかけをしたところでどれだけ応じてくれるだろうか。

 エルフは半鎖国状態だから人脈はないし、もちろん俺たちもコネも伝手もなんにもない。


「あのドラゴンは私のだったんだし、それくらいはいいわよね?」


 そもそも開拓権を制限なんかしてないで、ドラゴンを受け取った時に素直に認めてれば対価として十分だったのに、ごねてエルフの後援なんていう条件つけるのが悪いし、人脈を頼む以前に何か返礼をくれるなら、それはそれで何が来るか楽しみね!ということのようだ。


 このあたりの主だった特産品といえばエルフと魔境の産物である。

 エルフ産の品は俺たちはエルフの無制限の支援を受けている。言えばなんでも手に入る。

 魔境産の品に関しても、ドラゴンを狩って来る冒険者に贈るのに、あの大型のドラゴンと同等の獲物がそうそう手に入るだろうか?


「お金で返すのは?」


「こっちがお金に困っているとか要求したとかならともかく、お金で返すのは品がないわね」


 まあそうだなあ。

 もっとも俺たちが冒険者のままであったら、お金で解決してもいいし、それこそありがとうの一言で済ませてしまっても問題はさほどなかったという。所詮相手は冒険者だ。

 だが伯爵の必死の抵抗にもかかわらず、領主になることがほぼ確定した上に、エルフのバックがついた。

 エルフの後援など完全に藪蛇である。伯爵が言わなければ俺も要請しなかっただろう。

 交渉がおおっぴらに行われたのもまずかった。ドラゴンは兵士へと言ったのをみんな聞いている。伯爵の一存で突き返すのも部下に対して面子が立たない。


「めんどくさいなー」


「そうよ、面倒くさいの。まあ貴族だからってみんな面子面子言ってるわけじゃないけど、あの伯爵は体面を大事にするタイプみたいね」


「もうちょっとこう、どうにかならんかったのか。敵を作るようなことはしたくないんだけど」


「何言ってるの。最初から敵意むき出しだったのはあっちじゃない」


「そりゃそうだけど」


「さっきの申し出にしても、受けるのはマサルが嫌でしょ」


「まあそうだな」


 大規模に魔法を使ってるところはなるべく隠しておきたい。

 完成した後でなら見られてもいくらでもごまかしが効く。


「大丈夫よ。今日は随分としおらしい感じだったでしょう? エルフがついてる限り、変なちょっかいはかけてこないわよ」


 エリーが言うとフラグに聞こえて怖い。


「やっぱり多少は仲良くしたほうがいいのかね」


「そりゃあエルフを除けばこの周辺で一番の権力者よ。仲良くしておけば色々と捗るわよ」


 用済みだと思ったが、懐柔して味方につけたほうがいいのだろうか。

 世界の破滅の進行過程では何が起こるかわかっていない。助かるために何が必要となるかは不明だし、手に入る限りのコネや武力は確保しておいてもいいかもしれない。

 スペック的にはエルフの下位互換で、あまり友好的でもない伯爵はいらない子だと思ったが、王国側へのコネや数千人規模の部隊はいざという時に有用かもしれない。

 どちらにせよ、今の段階で切り捨てるのは早計なのだろうか。


「パークス伯爵はもっとわたしたちに感謝するべきだわ。面子なんて気にしていられるほど平和なのも、わたしたちの働きのお陰なんだもの」


「教えてもないのに無茶言うな」


 教えることもできないし。

 エルフまでとは言わないが、もうちょっと友好的になってもらわないと情報公開なんかとてもじゃないと出来ないから、仲良くなろうとすれば普通の手段で地道にやっていくしかない。

 面倒くさい。


「もし……貴族だなんだっていうのが、どうしてもマサルが合いそうもないのなら、最悪全部なかったことにしちゃってもいいのよ?」


「いいの?」


「小さい領地だし、無理に拘ることもないのよね。わたしの今の力なら宮廷魔術師にだってなれちゃうし、領地を持ってちまちまやるよりたぶん手っ取り早いのよ」


 それはそうだろう。ゲートを使える極大の風メイジ。どこの国でも喉から手が出るほど欲しいだろう。


「そんなことするつもりもないけどね。一番優先すべきはマサルの使命(クエスト)なんだし、わたしのことはその次くらいでいいのよ」


 次に設定するあたりちゃっかりしてる。

 しかも誤解があるな。使命ってなんだよ。神様にたまにもらうクエストはただのお仕事で、優先すべきは俺の幸せなんだけど。

 俺は俺自身の幸せのために異世界くんだりまで来て、命がけの冒険者をやっているのだ。断じて騙して連れてきた神様のためじゃない。

 もっともそのためには世界の破滅をどうにかしないといけないのが厄介なところだ。

 そのサポートくらいはしてもいいんだが、矢面には絶対立ちたくない。


「まあ神託はいつ、どんなのが来るかわからないし、俺たちは自分らで出来ることをやってればいいと思うよ」


「そう?」


「そうそう」


 まずは俺自身と嫁たち、家族全員の幸せを叶える。それが最優先事項だ。

 なるべくなら神様には当分でいいから俺たちをそっとしておいて欲しい。


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