105話 仮設村の建設
前回のあらすじ
・領主にならないか?
・召喚ででかい馬が出てきた
「これはちょっとどうなんだろう……」
こんなのが街道の向こうから走ってきたら、俺なら即座に戦闘態勢に入る。
普通の馬を呼び出すつもりだったのだ。普通に移動手段として使いたかっただけなのだ。
なのになぜ黒○号が出てくるのだろう。うぬぅ、解せぬ。
「でもかっこいいですよ!」
「かわいい」
サティとティリカは召喚した巨大馬が気に入ったようで、恐れげもなく触りに行っている。
確かにカッコイイが、そういう問題ではないのだ。
「召喚獣は主の魔力で成長する。これがマサルの今の魔力に相応しい召喚獣」
黒◯号(仮)をぺたぺたと触りながら、ティリカが解説してくれた。
俺か!? 俺の魔力が強大すぎるせいか!
「確か帝国のどこかでかなり大型の馬が育成されてたはずだけど……」
エリーの補足が入る。日本でも北海道に重量級の馬が居たはずだ。なんかで見た覚えがある。
「そういう馬の種類がいるってことなら誤魔化せるか?」
「無理じゃない?」
ですよね。見るからにどこぞの世紀末覇者専用の馬だしな。まとったオーラが普通の馬と違いすぎる。
「小さく召喚しなおせばいい。召喚獣は普通の生き物とは違う。マサルにならできるはず」
考えこんでいる俺にティリカがそう教えてくれた。
なるほど。召喚する時にちょっと気合を入れすぎたせいかもしれない。魔力によって成長するなら逆に小さくするのもコントロールができるはずということか。
「戻れ」
もう一度。落ち着いて、先ほどの黒◯号をもっと普通の馬になるようにイメージをして――召喚!
召喚魔法の発動に応じて、今度こそ普通の馬が呼び出された。別の馬ではない。毛色も同じ栗毛だし、さっきと同じ馬なのは召喚主として感覚でわかった。
まだ普通の馬よりも一回りも二回りも大きいが、たぶん目立つほどでもないはずだ。頑丈そうな蹄はそのまま引き継ぎ、よく走りそうだ。精悍で艶のある毛並みに、張りのある筋肉。G1も確実に狙えそうな逸材だ。気に入った!
「いい馬だ。お前の名前は黒……いや、松風。マツカゼにしよう。よろしくな、マツカゼ!」
マツカゼが嬉しそうにいなないた。
「鞍がいるな。町で売ってるかな? 買いに行こうぜ!」
頭を下げたマツカゼの額をなでてやりながら言う。
こいつを日本に連れて帰りたいなあ。競馬に出したら勝ちまくるぞ。名前はヤマノマツカゼってところだろうか。
「鞍は革製品を扱っているお店にある。でも鞍がなくても乗れる」
ティリカのその言葉を真に受けて試してみたら、歩き出したマツカゼからすぐに落っこちた。
自転車みたいなもんだろうと思ったら、歩き出したらすごく動くのだ。バランス取りが難しい。素直に鞍を買ってからのほうがよさそうだ。
交代したティリカは鞍なしでも上手に乗りこなしている。楽しそうだ。俺の召喚獣なのに……
もっと遊んでいたかったが今日は仕事がある。いや、今日もだろうか。休んで倒れてた時以外、なんか連日仕事をしてないか?
冬の休暇って話は一体どこに行ったのだろうか。せめて今日の仕事は早めに済ませて午後はゆっくりしよう。
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とりあえず今日のところは、仮設村を作るだけでいいようだ。
肝心の領主の承認がないことには計画も立てられないし、本格的な農作業は春を待ってからとなるから、さほど急ぐ必要もないのだ。
エリーのフライで仮設村の中に直接降り立つ。
仮設村には誰もいなかった。戻ってこないうちにちゃっちゃとやってしまおう。
「どれくらい作ればいいんだ?」
「二,三〇人分の建物と、あとは井戸をもう一個か二個、それとトイレね。お風呂も付けたほうがいいかしら」
あくまで仮設なので雨露がしのげ、雑魚寝ができるスペースがあればいいようだ。
旅の間に作った大きめの建物を長屋風にくっつけて建てればいいかな。新しい建物の構造を考えるのは面倒だ。
門に近い、以前作った建物の横に位置を定める。
イメージ、イメージ。同じ建物を五個。くっつける感じで――
詠唱に従って手前の地面が削れ、新たな建物が盛り上がり、すぐに横長の建物が完成した。
一軒一軒がそこそこのサイズなので雑魚寝でいいなら一つで二〇人でも詰め込めそうだ。
ただし内部は一部屋のみで、壁と屋根があるだけ。床も土のまま。本当に上っ面だけである。
続いて床を石に錬成し、暖炉をそれぞれの部屋に設置して一応は完成となる。扉も窓も開けっ放しで付いていない。
扉や窓は細工に時間がかかって面倒な上に、石製の扉というのは重くて一般家庭向きではないのだ。扉は大工さん任せのほうがいいものができる。
「上出来ね。足りなければ後でもう一棟追加すればいいわ」
家としては未完成にも程があるが、エリーさんのお褒めの言葉が出たのでたぶんこれでいいのだろう。
続けてトイレを二個、井戸を一箇所、さらにお風呂場も脱衣所とともに隣接した場所に併設する。
お湯を沸かす部分もバーベキュー用の鉄板を埋め込んで、下のカマドで薪を燃やせばいいように作っておいた。俺は魔法で全部やれるので、普通の火で沸かす風呂釜を作るのは初めてだったのだが、アンに見てもらい、大丈夫だとのお墨付きをもらった。
「こんなもん?」
「こんなものね。悪く無いわ」
最後に建物周りの地面を平らにならし、石畳の道を門までまっすぐ伸ばす。
ここまで三〇分ほど。実に素早く、いい仕事だ。
「マサルがいると便利でいいわねー」
「何を言ってる。エリーも土魔法あげたから出来るだろ」
気がつけばエリーは見学だけで何一つ働いてない。土魔法のレベルはさっき上げたばっかりだから、すぐに俺みたいに作れるとは思えないが、手伝う素振りくらい見せたっていいと思うんだ。
もしエリーが家造りとかも出来るようになれば、俺の負担がだいぶ減って助かるんだが。
「そうね。ちょっと試してみようかしら」
「じゃあ小さな家から作ってみようか」
俺が作った長屋から少し離れたところに移動をする。
「じゃあやるわよ」
エリーの詠唱に従って、地面が盛り上がっていき……いきなり屋根がドサっと崩落した。
驚いたエリーの詠唱が止まる。
見てみると屋根の形成に失敗した他に、壁が三面しかない。
「まあ最初だし仕方ないよな」
エリーはおかしいわね、などとブツブツ言っている。失敗に納得がいかないようだ。
「いいか、イメージだ。完成した家をしっかりと頭の中でイメージするんだ」
「家……家ね。わかったわ!」
本当にわかったのだろうか? 自信ありげなエリーを見るとひどく不安だ。
エリーの再びの詠唱で、先ほどより地面が大きく広範囲に……いや、十倍くらいないか、これ……そしてやっぱり崩壊した。
目の前には数百年前の廃墟といった風情の石造りの建物の残骸。どうみても小さい家のサイズじゃない。
「何をイメージしたんだ」
「昔住んでた屋敷なんだけど……いきなりは少し無理だったかしら」
少し無理どころじゃない。
「小さいのからな、小さいの。大きいのは小さい家が出来てからだ」
三つ目の作品は屋根はなんとかもったが、壁がやっぱり一面なかった。扉のつもりか?
四つ目にしてようやくまともな箱が出来た。箱だ。入り口もない、屋根もまっ平らで、大雪が来たら重みで即潰れそうだ。
しかも調べてみると壁が薄い。試しに力を入れてみると簡単に崩れ、穴が開いてしまった。欠陥住宅である。子豚の作ったワラの家でももうちょっと丈夫だ。
「何がいけないのかしら?」
ほんとに何がいけないんだろう。俺は普通にできるのだが……いやそうでもないか? 最初からってわけでもないな。
ゴルバス砦の防衛戦からこっち、土壁の魔法はかなり活用してきた。俺にしたところでいきなり家を建設したわけじゃない。コツコツとやってきた実績があるのだ。
感覚、イメージでやってきているのであまり系統立てて考えたことはないが、家を作るのにもただ土壁の形を変えて組み合わせればいいというものではない。最終形の明確なイメージ、家としての十分な強度、作成時の形成順序。考えるべきことは案外多そうだ。
「土壁以外作ったことは?」
「ないわね」
図画工作、日曜大工の類をやったことがあるかも聞いてみたら、やはり全然やったことがないみたいだった。貴族だものな。
「単なる練習不足、修練不足だな。もっと簡単なのからやったほうがよさそうだ」
「練習……いま空間魔法の練習で一杯一杯なのよね」
「ま、地道にやるしかないよ」
現実は厳しい。まあ普通の壁なら作れるから、多少の分担はしてもらえるだろう。
そして初歩的な土壁の強度アップ版を何個かエリーに練習させているうちに、オルバさんが村人たちを引き連れて戻ってきた。ちょうど昼時である。
村人たちは新しく出来た建物を検分している。オルバさんも家を少し見てから、こちらへとやってきた。
「ええっと、これは?」
エリー作成の謎のオブジェを見てオルバさんがそう尋ねる。戻ってきたら、あっちの新しい家はいいとして、この謎の廃墟や土壁だ。意味がわからないだろう。
だがエリーがぷいっと顔をそむける。自分で説明したくはないらしい。
「ほら、どんな家がいいかなと練習をですね。あと、強度を調べるのに壊してみたり」
「なるほど」
適当に誤魔化せた。とりあえずこの失敗作群は処理しておこう。これ以上人目に晒すのはエリーのストレスになる。
幸い村人たちは興味深げに見ているが、こちらへとやってくる様子はない。たぶん前に俺が、見られたり騒がれたりするのが苦手と言ったのを守ってくれているのだろう。
地面に手をつき、土魔法を発動させる。元は土から作った建物であるし、何度もやってる農地作りと要領は同じだ。さほど魔力も消費せずに、エリーの作品は土に還った。
「家の方はどうですかね? 扉とかはまだないですけど」
「いい出来だ。扉はこっちで作ろう」
じゃあ今日の仕事はこれで終了だな。この後は砦に行って、食事をして買い物を……
周りを見渡してアンがいないと思ったら、村人のほうからこっちに来いと手を振っている。
「お昼はここで皆さんと食べましょう。食材をお願い」
まだ未定ではあるが、俺の作る村に住むかもしれないのだ。今から交流しておこうということだろう。肉ならエルフの里で回収してきたのがまだまだあるし。
食材を大盤振る舞いし、アンの指揮のもと一家総出で調理をする。エリーも包丁か火魔法係なら十分に役に立ち、珍しく真面目に手伝いをしている。
メニューは肉肉肉、それにパンと野菜が少しである。偏ってるが力仕事だからこんなメニューのほうがいいだろう。
しばらくの間、村人たちに恐縮されつつ料理を提供していると、俺に客がやってきたという。料理を止めて外にでると、馬を連れた立派な装備の騎士が三人に村長さん。なんだろう? 俺、ここのところは何にもしてないよな?
「おお、マサル殿。こちらは……」
「クライトン伯爵領軍副長ジェラス・ベスターだ。お前が冒険者のマサル・ヤマノスか?」
村長の紹介を遮って、真ん中の騎士が名乗りを上げる。クライトン領とはもちろんここのことだ。とすれば用件はもちろん、村を新しく作る話だろう。表情からするとあまり歓迎されてない気がするが……
俺がしぶしぶ名乗ると不躾な視線でじっくりと観察された。きっと大して強そうじゃないなとか思ってるんだろう。
「ふむ……領主パーク・クライトン伯爵様がお呼びである。明日、明け二つに領館に来るように」
たっぷり俺を眺めて満足したのか、そう告げる。
明け二つとは日の出から数えて四時間後くらい。午前10時くらいになるだろうか。
「はい」
「詳しい話は村長に聞くがいい」
それだけ告げると馬に乗り、仮設村から去っていった。
「今朝の話のあと、ご領主様に早めに話を通しておこうってエリーと話してね。村長に行ってきてもらったんだよ」
「それでですな。直接話がしたいと、ご領主様の仰せでしてな。急な話じゃが」
「こういうことは早めに済ませておくほうがいいわ。ね、マサル」
皆が口々に説明をしてくれた。
急な話だが早めに決着をつけておいたほうがいいのは確かだ。根本的なことが決まらないことには開拓計画が進められない。
「とりあえず食事でもしながら、詳しい話を聞かせてもらえますか?」
アンも調理が一段落したようで、みんなの分の食事を新しい家屋のほうに運び、土魔法で石のテーブルを作って囲む。
「それで領主の人はどんな具合なんでしょう」
「それがですな……」
村長によると新規の村作りはここの領主の気には入らなかったようだ。どこの馬の骨ともわからん冒険者の開拓事業など認めることはできんと、大層お怒りなのだという。
一部の成功した者を除けば、冒険者というのは社会的に底辺である。素行が悪い者も多い。そんなのがいきなり隣に家どころか領地を作ろうというのだ。当然歓迎はされないだろう、そうエリーが説明してくれる。
確かに冒険者には柄の悪いのが多い。そんなのが隣に引っ越してくるとか嫌すぎるな。
「でもすんなり行くとは思ってなかったけど、そこまで怒るのはちょっと予想外ね。何か冒険者に嫌な思い出でもあるのかしら?」
贈り物でもして友好的に接すれば、なんとかなるだろうという想定だったのだが……
「諦めよう」
「諦めるのが早いわよ!」
もちろん諦めるなんて許されるはずもなく、その夜ベッドの中で、精一杯の努力をするとアンに約束させられた。
正直エリーだけならほんとに諦めてもよかったんだが、今回はアンも乗り気なのだ。俺は貴族なんか余計な重荷になるだけだと思うのだが、アンやエリーがそれで幸せになると言うのなら協力するのに否応もない。
願わくば明日の交渉が平穏無事に終わることを祈るばかりである。