101話 好奇心、猫を殺す
店はギルドを出てすぐ、広い通りから細い路地に入ったところにあった。そして目に飛び込む巨大虫料理の数々。だが助かったことにエビや貝料理も混じっていた。
あまり見ないと思ったらエビや貝も虫料理と同じカテゴリーなのか。エビはごついハサミがついておりロブスターかザリガニの親戚のようだった。そしてこの異世界で見る他の動物同様、かなり巨大で食いごたえがありそうだ。
「ティリカ、この人大丈夫なの?」
真偽官のマルティンが店員と話してる隙にこっそりと聞いてみた。
なし崩しに一緒に食事をすることになったが、相手は真偽官。はっきり言って危険極まりない。適当な口実をつけて回避しようにも嘘は即座にばれる。
実際問題お腹はすごく空いてるし、今日はギルドに報告したら午後はのんびりする予定だったのだ。
「真偽官は嘘をつかないし、基本的に信用できる。バレても口止めしておけばたぶん大丈夫」
「たぶん……」
「マルティンはちょっと……軽いところがある」
ほんとに大丈夫か、それ?
だがここで無理に逃げても疑惑は深まるだろう。ティリカにしても今後、知り合いの真偽官との付き合いを全部シャットアウトするというわけにもいかないだろうし。
普通ならうちはただの高レベルなメイジパーティで終わるんだが、知り合いというのがやっかいだ。サティの成長は天才ってことで周りを納得させた。俺も以前はそんな説明でエリーをごまかしたものの、こいつは真偽官だしティリカの古い知り合いだ。うかつな説明はできそうにない。
結局は教えられない、秘密であるということで押し通すしかなさそうな気がする。とにかく、ゲートや召喚魔法はまだしも、使徒だの加護だのだけは絶対にバレてはいけない。
「それで、この人たちにはどのくらいまで話しても大丈夫なのかな?」
個室に案内されて飲み物が運ばれ注文をし店員が部屋を出て行ったあと、マルティンはそう切り出した。
あっちにしても真偽官同士の会話をどれくらいやってもいいのか、確認しておきたいのだろう。
「わたしに話すように話してくれて構わない。ここでした話はここだけの話にする」
「ずいぶん信頼してるんだね。で、マサルさんが勇者なの?」
「ぶほっ」
俺に向かって突然そんなことを言いだしたので、思わず水を吹き出してしまった。
「やっぱり君が勇者なのか」
「ち、違いますよ!」
「他の子も違う? 神官もいるしそういうことかもと思ったんだけど……じゃあなんでティリカが冒険者なんかやってるんだ?」
そもそも真偽官という職業は高給で安定、人に多大な尊敬をされる仕事だ。その上儀式によって目を埋め込まれ、真偽官となったものは生涯真偽官として生きることになる。おいそれと冒険者になどなっていいものではないのだ。
それが冒険者としてパーティにいる。神官もいる。戦果も信じがたい規模だ。勇者ではないかという考えに至るのはおかしくもないのかもしれない。
エルフの里では全力を出さざるを得なかったもんなあ。砦のほうまで話が伝わってなくて本当に助かった。
「マサルは勇者候補」と、ティリカが答える。
「戦果を見れば、ティリカが入れ込むのもわかるけど……自称勇者や候補なんてごろごろいるじゃないか」
魔王が倒されて数百年。それ以来真の勇者は一度も現れてはいないが、自称や候補みたいなのは後を絶たない。
「俺は自称でも候補でもありませんけどね」
「こんなこと言ってるよ、ティリカ」
「可能性があるならそれで十分」
「勇者が現れたら絶対に支援しろって昔から伝わってるけど、本人にはその気がないみたいじゃないか?」
「別にそれでも構わない」
「よくそれで師匠が納得したものだ」
話してるうちに料理が運ばれてきた。ほとんどの料理は店頭に並べてあったのを盛り付けているだけなので時間はかからないようだ。俺のお目当ての巨大エビは適当に切り分けられているが一匹まるごとで、ハサミを伸ばせば全長1メートルはありそうだ。
エビの尾にはぷりっぷりの身がぎっしり詰まっており、軽く塩茹でされ、たんぱくなあっさりとした味だった。テーブルに並ぶ虫料理をあまり見ないようにしてエビをぱくつく。美味しい。
マルティンもこれ以上の追及は一旦諦めて、料理を楽しむことに決めたようだ。
「虫嫌いのマサルが珍しいね」
「エビはうちのほうでも結構食べてたから。アンもどう? 美味しいぞ」
「それなら少しだけ……」
アンはエビは初めてらしい。まあ見たことがなければ真っ赤でハサミとか刺があってすごく毒々しい感じだものな。ティリカはもちろん試食済みで、結構気に入ったようだ。ハサミの部分を不器用にスプーンでほじって食べている。エリーもサティも特に嫌がることもなく、虫料理を堪能しているようだ。
「市場でも見たことないけど、どこで取れるんだろう?」
こんなにでかくて派手な食材、売ってれば見逃すはずもないし。
「ああ、それね。どこかの沼地にいるそうだけど、かなり僻地らしくてね。滅多に市場にも流れてこないそうだよ。ここの店主に聞けばわかるんじゃないか?」
いいことを聞いた。こいつでエビフライを作ったらきっと美味いだろう。タルタルソースをつけてだな。あと天丼……は米がないか。ただの天ぷらだな。米、どっかに生えてないかなあ。
そういえばここの市場はまだ見てないし、今度聞き込みでもしてみるか。長生きなエルフたちに尋ねてみてもいいかもしれない。
俺が無言でエビを味わっている間に、ティリカとマルティンの間でぽつぽつと情報交換がされている。主に二人の師匠や、俺の知らない人の最近の消息に関してだ。ほとんどマルティンが喋ってるようだったが。
「それでどういういきさつで冒険者になったんだ?」
「また結婚させられそうになった」
「いい加減諦めればいいのに」
「ロクなのがいない」
「僕だって候補だったんだよ?」
「……やっぱりロクなのがいない」
「あれ? マサルさんが勇者候補だからって話じゃないのか?」
「結婚した」
「うん? 結婚からは逃げたんじゃないの?」
「マサルと結婚した」
「驚いたな……あの選り好みの激しいティリカが……そうすると、結婚したから旦那のマサルさんに付いてきたと? でもそれだと勇者候補だって話はどこで入ってくるんだ?」
「結婚したあと。マサルが勇者候補じゃないかと考えたから一緒に冒険者をすることにした」
「何故勇者候補だと? 確かに聞いた限りじゃ魔力は絶大なものを持っているようだけど、それだけじゃ理由として弱いし、本人は違うって言ってるじゃないか」
「話せない」
「秘密はもちろん守るよ」
「…………」
「ちょっと待った……勇者候補だって話は真偽院にはもうしてあるのか?」
「秘密」
「本当に、よくそれで師匠が納得したね?」
「師匠には特記事項第三項と説明した。真偽院は適当にごまかしてくれてるはず」
特記事項第三項は世界の趨勢に関わる事態では、真偽官が個人の判断で動いていいとかそんな感じだったはずだ。
「それはまた……でも君たちがいなければエルフの里は落ちて、ここも戦場になっていた可能性が高いのか」
「そう。わたしの判断は間違っていないと思う。マサルが勇者じゃないとしても、それに劣らない働きをしている」
「それにティリカもすごい戦果だったな? でもティリカの魔法の腕はいいところ中級レベルだったはずだけど」
「……成長した」
「それはさっきも聞いたな。どうやって?」
「秘密」
「秘密が多いね」
「秘密を無理に追求するのはよくない」
「わかったよ。そう睨むな、これ以上は聞かないから。秘密にする必要があるってティリカの判断なんだな?」
「そう」
「まあティリカがそう判断したなら信用するけど……ところでアンジェラさん、神殿のほうでは変わった話はないですか? 例えば神託が出たとか」
「えーと、その……」
突然話を振られてアンは言い淀んでしまった。目が泳いでるよ……
「おや? ただ話題を変えただけだったんだけど」
「ですからその、極秘の情報でして」
「神託の内容は? いつ、どこであったんです?」
「マルティン、いけない」
「これがティリカの秘密なのか! あれ? でも神託があったのなら本物の勇者じゃないのか?」
「違いますってば」
「神託は勇者に関することではない?」
「マルティン!」
「しかしこれはかなり重大な話じゃないか? なのに真偽院は把握してない?」
「してない」
「神殿だけで情報を握っているのか」
「神殿も知らない」
「……そもそも誰が神託を受けた?」
「言えない」
「そうか、君か。マサルさん」
いやいやいや、なんでわかるんだ?
「なんでわかるのかって? 僕は人の秘密を暴くのが得意でね。ここまでの話からすると、鍵は勇者候補であるマサルさんだ。勇者ではないが、勇者候補。しかも神託があったという」
どうしよう、これ……?
「取引しよう! 秘密にしておくから洗いざらい聞かせてくれるかな?」
真偽官が恐れられる理由がわかった。もう二度と真偽官とは食事なんかしないぞ……
「でも俺はね、平和に暮らしたいんですよ。できれば農業でもして暮らしたいくらいですね」
大体のところを語り終え、そう話を結んだ。神託や加護の話も全部ばれたが、秘密にしてくれるならまあ問題ないだろう。
「つまらないね、せっかく力をもらったのに。宝の持ち腐れだよ」
「そうですよね! 絶対もったいないわよ、マサル」と、エリー。
「さすがに農家になるのはちょっと……」
「真面目にやろう、マサル」
「わたしは農業はちょっとやってみたいです」
あれぇ? 平穏無事な生活は評判悪いな……俺もそんなの無理だとは思うが。
「しかし加護か。うらやましいね。僕には無理そうだけど」
こいつからの忠誠が50を超えるなんてありそうにない話だ。
「本当に秘密にしておいてくださいよ?」
「そうだねえ。でも上のほうには報告しておかないと本当にまずくはないか、ティリカ?」
「マサルが嫌がる」
「これは俺個人が受けた神託です。そんな必要はこれっぽっちもありませんよ」
「そうだろうか? エルフの里の神託。とても個人的といって収まる範疇ではないと思うよ」
「洗いざらい話したら秘密にしてくれるって言いましたよね?」
「言ったよ。でもマサルさん、まだ話してないことがあるよね?」
「それは俺個人の問題なんで」
残る話は二十年経ったら戻ることと世界の破滅くらい。そこら辺はもちろん回避して話したんだが、何か隠しているとこいつは確信しているようだ。
「それは聞いてみないと判断しようがないなあ」
マルティンはそういって嬉しそうな顔をしていやがる。
こいつ……いい加減腹が立ってきた。
「それに最初にティリカがここだけの話だと言ったはずじゃ?」
「ティリカはそう言ったけど、僕は了承した覚えはないよ。ほら、全部話してくれたら悪いようにはしないからさ」
世界の破滅とか言えるかよ!
「マサルさんも色々バックアップとかあるほうが楽ができるんじゃないか? 真偽院と神殿の総力をあげてさ。もちろん僕も全面的に協力するよ!」
協力するというなら今ここで腹を切って死んで欲しい。
いや待てよ? よく考えるとなんで唯々諾々とこいつの言いなりになってるんだろう。筋肉はないし武装もしてない。魔力は二流。
よし、ぶっ飛ばそう。
「正当防衛って考え方はここにもあるのかな?」
「うん? そりゃ殺されそうになったら反撃しても大抵は罪にもならないよ」
「それはよかった」
全部暴露されてしまうと、平穏な生活ができなくなるだろう。こっそりやっているはずの今でさえ、エルフの里で一回死にかけたのだ。これ以上のことを要求されれば、俺が死ぬ確率は格段に上昇するはずだ。許しがたい。
魔力をゆっくりと込める。室内で火魔法はまずいな。ここの床は石だし、土魔法で一気にこう、ぐしゃっと潰す感じがいいかな。
「何を……?」
「正当防衛ですよ。あ、みんな。危ないから俺の後ろに下がっててね」
「ちょ、ちょっと、マサル!?」と、アンが移動しながら俺に焦った声をかける。
「いいから見てて」
狭い室内では魔力が危険なほどに高まっている。魔法が発動すればこの建物くらいなら余裕で吹き飛ぶであろう魔力を込めた。
それを発動前で止める。まずは交渉だ。
「今の状況ね、正当防衛にあたると思うんですよ。マルティンさんが俺の秘密をバラすと俺、死んじゃう気がしますし」
「そ、そんな理屈は通らないぞ」
「おっと。騒いだり動いたりしないほうがいいですよ。魔法がいまにも暴走しそうだ」
普通なら発動直前の魔法の維持は、初級魔法くらいしかできない。制御が難しいのと、止めてる間に魔力がダダ漏れになるのだ。だが土魔法の制御に関しては慣れたものだし、魔力がいくら漏れようと足りなくなったりはしない。
言ってから暴走とか嘘だとすぐバレると気がついたが、まあどっちでも同じことだ。多少とも魔力を感知できるものなら、目の前で今にも発動しそうになっている魔法の威力はよくわかるだろう。
「さすがに真偽官に手をだすのは不味いんじゃないかしら?」と、後ろのエリーが言う。
「どう思う、ティリカ?」
「人の秘密を無理に追求するのはよくないと言ったのに。一度マルティンは痛い目を見たほうがいい」
許可が出た。さすがに殺すのはまずいだろうが、脅して痛めつけるくらいは仕方ないだろう。
「ぼ、僕に手を出すと真偽院が黙ってないよ!」
「正当防衛を主張します」
「そんな無茶が通るわけがないだろ! 僕が一般人だったとしても、この状況で手を出したらマサルさんが悪いに決まってるよ!」
「それですよ。例えばマルティンさんがどこかの王族相手に無理に秘密を聞き出そうとしたら殺されても文句は言えないですよね? でも俺が冒険者でマルティンさんが真偽官だから手を出すとまずいと、そんな感じなんですよね?」
真偽院は超国家的組織だ。国家から民間まで、あらゆる組織がその恩恵を受けている。敵に回せば小国くらいなら即座に消滅させられるくらいの権力があり、真偽官は平民出であっても貴族と変わらない地位と特権が与えられている。冒険者が理由もなく真偽官に手を出せば、どの程度かわからないが、きっと重罪だろう。
「そ、そうだよ。わかってるじゃないか」
「でも俺は神託を受けた勇者ですから。ティリカ、真偽院はどっちの肩をもつと思う?」
「もちろん勇者」
「そ、それは……」
「勇者を脅した罪は重いですよ」
「脅すつもりじゃ……」
あれが脅しではないと申すか。ナチュラルにやってるなら、なお質が悪いな。
「俺も殺すつもりはないですが、ついやりすぎてしまうかもしれませんね。俺の力はさっき十分に聞かせてあげたでしょう?」
「真偽院は勇者のためなら一人くらいの犠牲は許容するはず」
犠牲って……俺はもちろん脅してるだけなんだが、ティリカは真剣に殺してもいいとか思ってそうで怖い。
「わ、悪かった……」
「悪かった?」
魔力をほんの少し放出してやる。それだけで建物が一瞬ぐらっと揺れ、ギシギシと音がした。床にビシッとヒビが入る。これはあとでちゃんと直しておかないとな。
「おっと、思わず魔法を発動しそうになっちゃったぞ」
「す、すいませんでした」
「どうも本心から謝ってるように見えないな? 本当に俺に対して済まないって思ってます?」
椅子にどっかりと偉そうに足を組んで座り、マルティンを睨む。
「思って……ます」
「ギルティ」
「へー、魔法で脅されて嫌々ってことかな? 俺も本当はこんなことは嫌なんですけどね。でも自分の身を守るためなら人殺しもためらいませんよ?」
もちろんただの脅しではあるが、これは偽りなき本心でもある。それは真偽官になら伝わるだろう。
「は、反省してます! この件に関しては絶対口外しません」
「誠意が足りない、マルティン」
容赦のないティリカの言葉にマルティンは、椅子から降り床に膝をつくと頭を床につけ、綺麗な土下座をした。手は前に投げ出す感じで日本の土下座のフォームとは多少違うが、確かに土下座だ。
「すいません。調子に乗りすぎました。この件に関しては絶対に秘密を守りますので、何卒命だけはお助けください……」
「どう、ティリカ?」
「嘘はついてない」
維持していた魔力を発動しないように、慎重に放出してやる。
だがその時である。危なくないようにと人のいない壁の方に魔力を流したのだが、制御が少し甘かったようだ。壁の一部が破壊されガラガラと崩壊してしまう。さっきの魔力の放出でちょっと脆くなっていたのかもしれない。
崩れた壁の向こうには、何事かと一斉にこちらを見る店員と、満席の店の客。
そうして一心不乱に土下座をしたままの真偽官と、偉そうに座っている俺の姿は、多くの人が目撃するところとなったのだった。
俺は黙って部屋の壁を修復すると、もう一度マルティンに秘密を口外しないことを念押しして、土下座から解放してやった。
どうも話を聞くと手柄を立てて中央、王都に戻りたかったらしい。
マルティンは俺の秘密を簡単に暴いたみたいに頭が切れ優秀ではあるのだが、まあいつもこんな感じなんで、辺境に飛ばされたのだそうだ。それで俺を利用して中央に戻ろうと画策したと。
勇者を見つけたとなれば確かに大手柄だが、見つけたのはティリカだろうに。それに肝心の勇者に喧嘩を売ってどうしようと言うのだろう。きっとそういう部分がダメで左遷なんか食らうんだろうな。
まあ結果として満員の店内の全ての人に見事な土下座を披露することになったのだから、悪いことは出来ないものだ。
公衆の面前で、真偽官が冒険者に土下座をするなどと前代未聞である。この件が公になればマルティンの評判はどうしようもなく落ちるだろう。
だが壁はすぐに修復して見られたのはごく短時間のことではあるし、何が起こっているかは外部からはわからなかった可能性はある。マルティンはこの世の終わりみたいな顔をしているが。
「ほら、元気出せよ。何か言われたら椅子から転げ落ちたってことにしておけばいいからさ」
あまり恨まれてもかなわないのでフォローも一応やっておく。
「あ、ありがとうございます……」
マルティンは俺に礼を言うと、泣きそうな顔で逃げるように店を出て行った。
「嫌な事件だったね……」
「何言ってんのよ。やったのマサルじゃない」
土下座大公開はさすがに想定外です。