99話 何でもしてくれるって言ったよね!
エルフの里を救い、新居に無事戻った翌日。俺は衰弱して寝込んでいた。
朝目を覚ますと、ひどい嘔吐、下痢に発熱。どうやら、昨日のドラゴンを倒した時に飲んだ泥水にやられたらしい。真冬に水に飛び込んだのもいけなかったのかもしれない。
もちろんすぐに回復魔法で治療はしたが、昨日一日中酷使した体に追加のダメージをくらって俺はすっかり衰弱し、体力が回復するまで安静をアンに言い渡された。もちろんご褒美もお預けである。甲斐甲斐しくお世話はしてもらったものの、その日はひたすら寝て過ごした。
さらに翌日、一晩寝たらまだ疲労は抜けきってはいないものの、大分楽になってきた。
エリーたちが砦に出かけて聞いてきた話では、軍は予定通り昨日出発したようだ。用意した全軍ではないが半数くらいを派遣して、この機会にエルフに恩を売っておこうということらしい。もちろん純粋にエルフさんを助けるんだ!という兵士も多数居たようだが。
かなりの数の魔物がエルフの里周辺の森へと散らばったので討伐する必要があるし、戦場の後始末にも人手は多いほうがいい。里の内部はそれほど荒れてはいないはずだが、城壁の外は俺がぼっこぼこにしちゃったからね。あれもそのままってわけにいかないだろうなあ。
里とは伝令が行き交っているらしく、そちらの状況もぽつぽつ入ってきていて、冒険者たちはエルフの里で大歓迎されているようだ。俺たちのことはというと、今のところは全く話題になっていない。きっとリリ様がうまく秘密にしてくれているんだろう。
「わたしたちがすっごく頑張ったのに!」
エリーさんはずいぶんお怒りだが、そういう約束だったし、目立ってもきっとろくな事にならない。
報酬は討伐報酬が大量にもらえるはずだし、ドラゴンが二頭。適当に拾った魔物の死体もかなりの数がある。陸王亀も回収すればよかったかと思ったが、肉はあんまり美味しくないらしい。甲羅は色々活用できるらしいが。
「陸王亀、食べてみたい」
肉は不味いらしいのに、相変わらずティリカは物好きな。
「俺が倒した陸王亀、まだ残ってるかな?」
まあ残ってなくても陸王亀は魔境にいるそうだし、そのうち探索しに行ってもいいな。
「それでいい」
ティリカはこれでいいとして、ぶーたれてるエリーだ。アンはクエストクリアで満足のようだし、サティは文句一つ言わない。
「これでたぶんAランクになれるんだろ? それでいいじゃないか」
「よくないわよ! こんな機会二度とないかもしれないのに」
「きっとまたあるよ」
この半年の間に発行されたクエストはたった4つだが、最近のペースを見れば今後も何かと押し付けられる可能性は高い。
「ほんとにそう思う?」
「たぶんね。だからね、急いで英雄になんかなる必要はないんだ。今回はあの冒険者たちに譲ってやろうよ。実際助けられたんだしさ」
とりあえずエリーはそれで落ち着いたようだった。
20年後とはいえ、世界の破滅が近づいているのだ。今回もただの序章にすぎないのだろう。今後いくらでも機会はあるはずだ。そう考えると気が重いが。
そろそろその辺りもみんなに話すべきかとも思うのだが、まだしばらくはのんびり暮らしていたい。ここは彼女らの住む世界で、そこが破滅すると知れば、こんな平穏な生活は望めないだろう。
いっそみんなでどこかに移住できないかな。地下を掘って大規模なシェルターを作るとか。今の魔力なら時間をかければ地下に町でも作れそうな気がする。
「絶対にイヤ」
「そんなのできるわけないじゃない」
「マサル、もっと真面目に考えよう」
結構まじめに言ってるのに……サティ以外に即座に却下された。
「でも今回の戦い、かなりやばかったと思うんだが……」
「結果的にはわたしの判断のほうが正しかったじゃない。マサルの判断が間違ってたとは言わないけど」
軍曹殿も臆病なくらいが冒険者として長生きできるって言ってたしな。
「でもあれくらいで逃げ出そうっていうのはちょっと臆病すぎないかしら?」
エリーにダメ出しされた。
俺だってあの時、城壁を突破されたエルフの惨状を見てなかったら、撤退とかもうちょっと我慢しただろうさ。たぶん。
判断の分かれ目は城壁があるからまだいけると考えたエリーと、城壁を突破されたら終わると考えた俺の差だろう。俺が特別臆病ってわけじゃないはずだと、そんな感じで説明してみた。
「それであんなに逃げたがってたのね……」
エリーにも一応理解はしてもらえたようだ。
俺が臆病なのは間違いないけど、多少は言い訳しておかないとね。あまり嫁にはかっこ悪いとは思われたくはないのだ。
「俺とサティはいいんだよ。色々スキルもあるし、乱戦でも簡単にはやられないから」
「冒険者になった時点で覚悟はできてるわ」
アンはそう言うが……
「マサルはできてない?」
ティリカが質問を投げかけてくる。覚悟か……できてないわけじゃないと思うんだ。そこそこは。
「ある程度は覚悟もある。最後はドラゴンを倒しに行っただろ?」
あれはその場の勢いで突撃してしまった面はあるにしろ、評価はしてくれてもいいと思うんだ。
「ある程度ね。まあいいわ」と、エリー。
「俺が心配なのはお前らなの」
「それはちょっと過保護じゃないかな? わたしたちだってオークくらい魔法なしでも余裕で倒せるわよ」
アンは棍棒術がレベル4にしてあるから、雑魚相手ならそこそこ戦えるだろうが、オークキングみたいな大物が恐ろしい。
「それはやってみないと……」
もうちょっと実戦経験が必要だな。戦闘系のスキルは上げただけじゃ、使いこなすのには時間はかかるし、やはり防御面に不安が残る。再度盾役の導入を検討してもいいのだが、半端なやつじゃ務まらないだろうし。
その辺りはスキル振りも含めて俺がちゃんと回復してからまた相談するということになった。
「とりあえず寒いうちはゆっくりしようよ。春になってから色々動けばいいよ」
「マサル……ついに勇者として立つ気になったのね!」
「いやいや、それはないから」
「えー。やりましょうよ。勇者!」
「断る」
それだけは絶対に嫌だ。
「そういえば」
陸王亀を倒したクエスト、報酬考えないとな。
「え? なにそれ聞いてない!」と、アンが声をあげた。
「いや、陸王亀を倒す直前に出てさ。すぐ倒したし、そのあとはバタバタしてたし。だいたいリリ様もいたのに話せないだろ?」
「それはそうだけど……」
「報酬が貰えるの? 何が貰えるのかしら?」と、エリーが食いついた。
「報酬は決まってないんだ。たぶんこっちの希望を聞いてくれるんじゃないかな。何が欲しい?」
「マサルが一人でやったんだし、マサルが決めなさいよ」
「そうね。それがいいわ」
何がいいだろう。魔法剣の使える武器とか?
「それならお金で買えるわよ?」と、エリー。確かにそうだ。かなり高額だったが、今の資金なら買えるだろう。
お金で買えないものね。ポイントは今は十分あるし……アイテムボックスを拡張してもらえないかな。あとは魔力の指輪とかはどうだろう。
「いいわね。指輪はマサルが自分で使うの?」
エリーの発言で緊張感が走る。アンがそわそわしている。ティリカがじーっとこっちを見ている。俺もちょっと欲しいし……どうしよう?
「み、三つ貰えないかな?」
言ってみるものだ。魔力の指輪を三個くれって日誌に書いたらすぐに魔力の指輪が三個、納品されてた。
「あー、サティのだけないけど……」
「わたしは何もいらないです。マサル様にはもういっぱい頂いてますから」
健気すぎて心が痛い。体力が回復したらたっぷり可愛がってやろう。
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勇者はありえないとしても、世界を救うか否かは本当に難題だ。その辺りのことを日誌で伊藤神に問い合わせたのだが、最初の契約の通り、自由にやればいいと。
契約内容に関しては、なにせ半年も前のことであまり細かいことは覚えてなかったが、最初の日誌にきちんと記録が残してあった。えらいぞ、昔の俺。冒険者ギルドに言われるまま入っちゃったのはマイナスだけど。
・契約したからには最後までやってもらう。拒否権はない。
・クリア条件を満たしたら、元の時間に元の年齢で戻してくれる。給料もこっちですごした時間だけ払う。こちらで活躍すればするだけボーナスも出る。
・この世界は放置しておけば20年以内に滅亡する予定なので、町に引き篭もるのはおススメしない。
・あくまでスキルテストをしてもらうだけなので世界を救うだとか考えないで自由に過ごしてもらってかまわない。
他はいいとして、クリア条件がはっきりとしていなかったので、問い合わせたところ明確な回答があった。
・20年間生き延びる
・世界の破滅を回避する
日本に帰還できる条件はどちらかということらしい。
だが世界の破滅とは何か? それに関しては答えてくれる気はないようだ。魔族や邪神に関して神様なら当然何か知っているだろうが、相変わらず情報はもらえない。自分で探るしかないようだ。
今回の件で、戦う覚悟はある程度固まった。何せ嫁の世界の危機なのだ。とはいえ、命がけでどこまで戦えるか、日本に帰るのはもう諦めるのか。そもそも個人で出来ることなのだろうか?
いくら考えても結論はでない。情報も足りないし、覚悟も足りない。
考えこんでいる俺を見て、みんなはそっとしておいてくれた。安静三日目ともなると、ほとんど疲れも取れていたのだが、じっくり考える時間があるのはありがたかった。
結局、半年後を目処にみんなに全てを話そうと決めた。俺一人で決めていい問題でもないし、今すぐ話す踏ん切りもつかない。
その時までにじっくり考え、覚悟を決められればと思う。
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安静三日目の夜。回復したとお墨付きをもらった俺は、アンにご褒美の履行を迫ってみた。
「何でもいうことを聞いてあげたじゃない? 寝込んでる間ずっと」
「違うだろ! そういうんじゃないだろう!」
「え、ちょっと。落ち着いて、ね?」
「いーや。許さない」
三日間、我慢したのだ!
「わ、わかったから。言うこと聞くから落ち着こう?」
「じゃあなんでもしてくれる?」
「きょ、今日だけね?」
その日、数時間、色々してもらった。病み上がりで体力が尽きたのが残念でならない。
「でもそんなに悪くなかっただろ?」
別に乱暴にしたとかいうわけじゃないのだ。ちょっと変わったプレイってだけで。いや、変わってるというと変態みたいだが、日本ならたぶん普通のプレイだよ、うん。この世界じゃ普及してないだけで。
「あれはもうイヤよ。でもあれとかは結構……」
ほうほう。じゃああれはエリーたちにも試してみようか。サティは言えばなんでもやってくれるので、かえってどこまでやっていいのかわからなくて、やり辛かったのだ。ティリカも大抵セットだし。
「他にもああいうやり方もあるんだけど」
「んー、そうね。たまになら……」
夜の楽しみが増えました。
次回 ギルドに報告とか
ニトロワ②巻、12月25日発売予定でしたが
祭日の関係か、某Amazonさんでは21日発売になってました。
前回のことも考えればそのあたりに他の書店様にも並ぶんじゃないだろうかと思われます。ってそれもう明日だ!?