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メールが入ってた

作者: 竹仲法順

     *

 <新着メール一件>と着信窓にあったのを見つけたのは駅の改札口を出てすぐにケータイのフリップを開いてからで、あたしは多分彼氏の勇司からだろうと思い、開いて読み始める。<今から時間ないかな?ちょうど駅の前にいるんだ。よかったらメールか電話くれよ。じゃあまたな>と打ってあった。返信フォームを作り、打ち始める。<あたし、ちょうど改札出たところ。今から行くね。じゃあ>と打ち返し送信した。所々に絵文字などを入れて送る。別に意識してじゃなかったが、あたしぐらいの年齢の女性なら誰もがそういったものを好む。そしてフリップを閉じ、バッグに入れて歩き出す。ほんの二十メートルぐらい先に勇司が立っていた。笑顔で、

「ああ。しばらく会ってなかったよな?」

 と言ってきた。

「一週間ぶりね。あたしも仕事で忙しかったから。原稿の締め切りがあったし、ゲラ送って、やっと一段落したわ」

「そう?やっぱし本職の作家は大変だな」

「ええ。まあ、自分で言うのもなんだけど、本が売れてて結構増刷掛かるし」

「君はフリーランサーでいいよ。俺なんか普通に公務員だからね。役所のデスクに座りっぱなしだし」

「でも安定してていいじゃん。首切られることないんだし。あたしの方が不安定よ。作家なんかいつ売れなくなるか分からないんだから」

「君の作品、全部読んでるよ。それにブログとケータイサイトの連載もな」

「そう。ありがとう」

 職業作家は実に大変だ。あたしはアラサーなのだが、二年前、二十五歳のときに中央の公募新人賞で大賞を獲り、脱OLしてそれから先ずっと小説を書き続けていた。複数の出版社と契約していたし、今はネットの方に軸足が移り出しているので、ケータイサイトなども含めてウエブでも活動を続けている。賞を獲れたことで仕事が回ってくるのだが、ずっと家にこもることが多かった。ただ、夜は眠る時間である。午後十時になると自然に眠くなり、翌朝午前六時前には自然と目が覚めていた。規則正しい生活をすることで脳が活発に働き、書き物をする際の疲れも抑えられる。そして空き時間はDVDレコーダーに録っていた映画やドラマなどを見たりしていた。娯楽としてテレビは一番安く付く方法である。普通に毎日、執筆の間に空き時間が出来れば見ていた。テレビ自体タダで見られるのだし、レコーダーに録ってある分は保存も可能で、視聴したい時間に起動させれば見られる。小説家もずっと作業ばかりしているわけじゃない。合間にちゃんと休みを取る。別に悪いことじゃなかった。その点は役所に勤めている勇司の方が時間がない。彼は自分の時間もかなり欲しがっていた。あたしのようにフリーで働いてるわけじゃないし、時間の管理はする側じゃなくてされる側だ。だけど、だいぶ落ち着いてきたと思う。あたしもそれは(つぶさ)に感じ取っているのだった。

     *

「今度、また文庫本が出るらしいね。しかも電子書籍で」

「ええ。……これからはそっちの方に軸足が移ると思うわ。実際もう書籍業界の再編は始まってるんだし」

「真衣もその辺はプロの作家として考えてるんだ?」

「もちろんよ。売れる方の媒体に軸を移すことが賢明だからね。紙の本なんて残りはしないわ。これから先」

「俺もそう思った。でも別にいいだろ?君はもう作家としてちゃんとやってるんだし、原稿料とか印税とか入ってきてると思うから」

「そうよ。あたしもさすがに派手なデビューこそしてないけど、一応文芸賞経由してこの世界に入ってきてるからね」

「原稿打つのが苦にならないの?」

「当たり前じゃん。作家が原稿作るのに苦痛感じてたら、作品なんか出来やしないわよ」

「そりゃそうだな。俺だって毎日、市役所のデスクに座って仕事してるし、それに慣れてるからね」

 勇司がそう言って笑った。今来ている店はあたしたちぐらいの年齢の男女が食事を取る牛丼屋だ。金がないわけじゃない。ただ、なるだけ節約しておかないと、何かあった場合に金銭的な問題が生じる。彼のように公務員ならローンは組めるのだが、作家はそういったものが組めない。まあ、別にこれが何か影響があるというわけじゃなかった。単に何か大きなものを買うときは現金を持っていかないといけないし、通販などでも一部の商品が購入できないということだけなのだから……。若干制約はあるのだが、フリーでしている仕事は毎日が楽しい。それに勇司はあくまで男友達程度だ。認識としてはそれぐらいである。意識し合ってはいたのだが、即恋愛に発展しているということじゃなかった。確かにそういった事実に対して、苦痛はある。だけど今時のあたしたちぐらいの男女はそれが限度なのだ。<友達以上、恋人未満>という言葉があるが、まさにその通りである。それに互いに過度な要求はしない。単に身を任せるようにして生きていくしかなかった。幸い彼もかなり節約しているようで、高い金を払って食事をしたりすることはない。若いからファーストフード系の店で十分なのだ。五百円というワンコインで昼食が済むんなら、それに越したことはない。食事が終わると街を歩きながらウインドーショッピングを楽しんだ。この先に確か喫茶店がある。定額支払っておけばスイーツが一品出て、コーヒーや紅茶が飲み放題という場所だ。さっきの牛丼屋で話せなかったことがここでは話せる。比較的落ち着いた空間だからだ。二人でその喫茶店へと入っていった。

     *

「真衣」

「何?」

「これから先、俺たち、あまり意識しないまま続いてくのかな?」

「そうね。だってそっちの方が楽じゃん。別に入籍するとか熱烈に恋愛するってわけじゃないんだし」

「かもな。俺もそう思った。君の仕事もどちらかと言うと安定しない方だしね」

「そうよ。だって昔からいた作家で、今現役で書いてる人って凄く少ないわ。その分、若年層が増えてきつつはあるんだけど」

「これだけパソコンとかケータイがあるから?」

「ええ。それにあたし、元々は純文学系の新人賞でデビューしてるんだけど、エンタメも書くし、最近の作品は昔と幾分変わったなって思ってて」

「そりゃ作風だって変わるよ。進歩してるって証拠だからな。素人の俺が言うのもなんだけど、昔書いた作品って、今読み返せば赤っ恥だろ?」

「うん。でもあの頃はあの頃で必死だったし。一日に三十枚以上書いたときもあったから」

「よく耐えたね」

「ええ。きっと書いた本は売れるって信じてて」

「今花が開いているってわけか?」

「そうね。でも不安はある。やっぱし作家って一日中パソコンのキー叩いてるから大変」

 出された洋菓子を食べながら、バリスタの淹れてくれていたエスプレッソのコーヒーをがぶ飲みする。眠気が取れてすっきりするのだし、ブラックで飲むコーヒーは体にいいようだ。執筆で疲れきっていた脳と体に効くのだった。この手の代物は。そして体にエネルギーを補給したところで勇司が言う。「俺の部屋に来ないか?」と。「ええ」と返すしかなかった。それに彼とそういった行為をするのは久々だからである。互いにアラサー同士だ。欲求が尽きてしまうことはない。先に立ち上がり、勇司も追って席を立つ。レジでコーヒー代を清算してもらい、歩き始めた。疲れている。だけどこういったときにいてくれるパートナーは最高で実に心強かった。

 二人で揃って店を出る。普段ずっとパソコンのキーを叩くか、マウスを触るぐらいだったが、腱鞘炎(けんしょうえん)になっていた。そんなあたしを彼がサポートしてくれる。心身両面で。その日の夜、勇司の部屋で熱く交わった。何もかもを曝け出すようにして。今日、駅の改札口を出たところで入っていたメールに気付き、今こうしている。そんなことを頭の隅で考えながらも行為は続いた。ゆっくりと一夜が更けていく。彼に対し、ちょっとだけ物足りなさを感じることもあったのだけれど……。

                                (了)


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