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~ARAN~  作者: 瑠亜
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第一話・ファートゥムビレッジで

Ⅰ.ファートゥムビレッジで


「・・・っ」

まだ日が出ていない時間、アランは跳ね起きた。体は汗でぐっしょりと濡れている。

「またか。」

一言呟き、ため息をつく。過去の記憶が夢となり、はっきりとまぶたの裏に映し出されたからである。

今日は彼の18歳となる誕生日と悲劇が重なった日。年に一度に必ず見る悪夢。

アランにとってこの日は恐怖の一日である。忘れたくても忘れられない、過去の恐怖という鎖に縛られているのだ。

昨夜この「ファートゥムビレッジ」に着いたためほとんど寝ていないが、今日ばかりはもう寝ることはできない、あの悪夢の続きを見てしまうから。

あれからもう八年になる。家族、村の人、そしてあの女・・・。すべての人の顔も覚えていないのに、何が起こったかは1コマ1コマきれいに夢に出てくる。

初めの4年間は村の近くにあった小さな町に助けを求め、ある夫婦のもとで暮らした。

その時に彼は、自分が『魔術士』だということを知った。

『魔術士』とは、生まれつきその能力を持っている人間もいれば、自ら学んでなる人もいる。しかしその数は少ない、つまり、簡単になれるものではないということだ。

まぁ、この話は後にしよう。前々から復讐を願っていたアランは、その生まれ持った力をさらに強力にしようと14歳のとき旅に出るといって夫婦から離れて行った。

しかし、その後女の居場所すら知ることもできず、変わったことと言えば、どこから出てきたのか、

〈テネブラエ〉と呼ばれるモンスターがそこらじゅうに出てきた事くらいだ。

テネブラエというのは、Lv.1~Lv.50くらいまでのランクのある様々なモンスターたちの総称だ(勝手に誰かが呼んだことからこの名前となった)。

彼にとっては好都合だった。人々を襲うことに関しては気に入らないが、倒せば倒すほど自分の力は強くなるからだ。

アランはマントをはおり、荷物を持って外に出た。彼の心とは裏腹に、暖かな光を放っている日が顔を出し始め、空は雲ひとつない。

この村の宿屋の隣にはカフェのような店がある。

一息してから出発しようと思い、アランはドアを開けた。

心地よい鈴の音が聞こえると(ドアに付いている)、店内にいた数人の客の目がドアの近くにいるアランに向けられる。

それを気にせずアランはカウンターに座り、コーヒーを頼んだ。

一人の男が、仲間の男にヒソヒソと話し始めた。

「なぁ、俺あいつ知ってるぜ。村や町を回ってはテネブラエたちを倒して助ける英雄なんだとよ。」

これは嘘だ。英雄なんて言われたこともないし言われたくもないとアランは思った。

「しかし、話しかけても無愛想な返事しか返ってこねぇし、口を開いたと思えば〈近寄るな〉だの〈話しかけるな〉だのひでぇやつなんだってよっ」

あの悲劇があって以来、彼は4年間育ててもらった夫婦以外に心を許したり、信用したりしなかった。 

いや、できなかったというのが正解だろうか。

ずっと心を閉ざしたまま、生きてきたのだ。

今日この日、あの少女に出会うまでは―――――。

「皆さんっおはようございまぁす!」

勢いよくドアが開くと同時に、黄色い声が響いた。チラリとアランが声のしたほうを見ると、綺麗な金髪を背中あたりまでおろした少女が立っていた。

「よぉ、リンちゃん!今日は遅刻だぞ?」

さっきアランのことを話してた男が店の奥に向かって親指を出すと、リンと呼ばれた少女はエヘッと舌を出して

「ちょっと寝坊しちゃって。」

と言った。そのあと店長らしき人にすみません、と謝ってから店の奥へ駆け込もうとしたその時、アランに気付いた。

「お客さん・・・初めてですよね?私、ここで働かせてもらっているのよ。あなた、名前はなんていうの?」

リンは明るい笑顔で言ってきたが、アランはあえて無視した。こういう馴れ馴れしい態度をとる人が一番嫌いだからだ。

すると彼女はあぁ。と大きく頷いてから、

「そっか。名前を聞く前にこっちから名乗らないとねっ。私の名前はリン。リン・ファートゥムよ。この村と同じ、『運命』っていう意味なの。なんだか素敵でしょ?それで?あなたは?」

とまた笑顔を見せたので、アランは呆れかえってリンのほうに顔を向けた。

「あのなぁ・・・え?」

今改めてリンを見て、彼は目を疑った。

そして、その目に力がこもる。

「おまえ・・・おまえは――――」

うろ覚えであるからとて、アランにははっきりとわかった。

自分の目の前にいるのは、家族たちを皆殺しにした、あの残酷な女だという事が。

「あのぉ?どうかした・・・キャアッ!」

アランが急に立ち上がり、リンの手首をつかんでグイグイ引きずるように店から出た。

その光景を、店にいた者たち全員は呆然と目を丸くして見ているだけだった。




アランはリンと強引に店を出ると、そのまま人気のない所へと行った。

「ちょっ、急になによ!?襲う気なら―――」

アランが手首を離すと、リンはすぐに文句を言おうとした。しかし、ダンッ!という音をたてて、リンを挟んで壁に右手を置いた。

「え、あ、あの・・・。」

彼女の両目には恐怖が宿っていた。当たり前だ。

アランが殺気を交えながら目と鼻の先で睨んだいたのだから。

「この手でお前を―――今殺す。」

そう呟くやいなや、左手には氷できたような透明な剱を持っていた。

そして、その剱の切先を彼女の首元に向けた。

「ど・・して・・?」

リンは目に涙を浮かべて声を絞り出した。今にも涙がこぼれ落ちそうだ。

「どうして、だと?」

アランはさらに殺気を込めて剱を握る手にぐっと力を込める。彼は怒りに身を任せすぎて、冷静さを失っている。

「よくそんな風な口がきけたな?いまさら善人ぶってとぼけるのか。そんなの・・・そんなの、俺が許さない。」

「・・・っ」

急に首元が冷たくなり、リンは息をのんだ。心臓が鐘のようになる。頭の中は、『死』の一文字で埋め尽くされていた。

「わ・・・私・・・何も・・・して・・・な・・・」

ついに堪えきれなくなり、彼女の澄んだ瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

その刹那、首元にあった冷気が消えうせ、アランは剱をおろした。

「え―――?」

あまりに突然のことで、リンは思わず驚いた。

アランはというと、彼女の涙を見た瞬間、本当にやっていないということが分かった。

これまで彼は何十という善人、悪人をみてきた為、目をよく見れば人を殺めたことがあるかどうかわかようになっていた。

それに、よくよく考えてみたら彼女はアランと少なくとも同い年に見える。

あの事件が起きたのが8年前。その時いた女は若くておそらく10代後半あたりであろう。彼が見たのは女の子ではなく女の人であったのだから、あり得ない話なのだ。冷静さを失っていて、それらのことに彼は気付けなかったのだ。

「・・・すまない。」長い沈黙の後、アランは俯きながら言った。

「勘違いだった・・・と言っても、そう簡単には許してくれないだろう。随分と手荒なまねをした事、 許してくれ。」

彼はそういうと軽く頭を下げた。いくら他人に心を開かず、冷たくなってしまったとはいえ、さすがに謝らなければいけない。あれだけひどいことをして勘違いだったなんて、恥ずかしいもいい所だ。

「う、ううん。あなたが冷静さを取り戻してくれてよかったわ。」

リンはこう言った後、何か思いついたようにあっと笑顔になったかと思ったら、今度は頬をぷうっと大げさ膨らませて

「やっぱ許さないっ。」

と言いだした。

アランはリンが考えていることがすぐに分かり、わざと困ったような顔をした。

「なにか、お詫びをさせてくれ。」

それを聞いた彼女はあたかも自分が仕掛けた『「お詫びをさせる」作戦』に相手がはまったと思い込み、得意げに「え~っとねぇ~」とニヤリと笑った。

「名前っ」

「・・・は?」

アランは意味が理解できなく思わず間抜けな声を出してしまった。

リンはその声にクスッと笑うと、

「あなたの名前を教えて?そうしたら、許してあげる。」

なんて簡単なことを要求してくるんだろう。そういえば、そんな話で会話(といえるものだっただろうか?)が途切れていた気がする。

「俺は、俺の名はアラン・デービットだ。」

「アランかぁっ!いい名前ね!改めてよろしくね、アラン!」

あまりにも無邪気な笑顔で手を差し伸べるもんだから、さすがに無視するのはかわいそうだと思い、

「あ、あぁ。よろしく。」

と、ぎこちなく彼女の手を握った。



その後リンは、ほぼ強制的にアランに村を案内した。始め彼はがんとしてそれを受け入れなかったが、「お詫びが名前だけぇ?」と言われたので頷くしか選択肢がなかった。

「ここに住んでいる人はとっても優しい道具屋さんなの。それでここは・・・」

もちろん、案内するほど広くないので、ここに住んでいる人がどんな人柄なのかとか、ここの店はどんなものを売って、これを買うと何かおまけをくれるとか、そんな紹介を彼女は楽しそうに話した。

正直、アランはあまり人に近づきたくないので少々困ったが、それでもリンの話を聞いて損はないと思ったので、真剣にとまではいかないがしっかり聞いていた。

驚いたのは、アランと同じようにこの村へ寄った旅人たちだ。

戦力はずば抜けて凄いが誰とも関わらない冷酷な人物として知られているアランが、この村で人気者の少女とともに歩いて会話をしているなんて・・・と、誰もが疑った。(実際はリンしか喋っていないのだが。)

しばらく歩き、村の2つ目の入口まできた。この村は宿屋側と森へ続く2つの小さな出入口がある。

2つ目というのは、森へ続くほうだ。

「この先は行き止まりだから、村へは森を突っ切らない限りあっちの出入口からしか入れないの。」

「そうか。それじゃあおまえの強制的な案内もここまでか。」

そうアランが内心ホッとしながら言うと、リンは首を横に振った。

「実はね、行き止まりなんだけど、もう古くて誰も近づかない教会が建ってるの。そこに、私の親友が今の時間はお祈りしているのよ。私と彼女、二人だけの秘密の教会に、特別に招待してあげるわ!」

なんだか子供っぽいと感じながらも、リンに手をひっぱられたので、しぶしぶ森につくられた秘密の道を進んでいった。






古びた教会の中、黒髪を長く伸ばした少女が両手を組んで十字架に向かって祈りをささげていた。冷静を装っているが、どこからか来る不安の波に心の底で怯えている。親友の身に、何か危険が迫っているような――――そんな予感がする。

「おじょ~ぉさんっ」

突然の声に、少女ははっとして立ち上がり、あたりを見まわした。

「だっ誰・・・?リンじゃないでしょう?」

少女は震える声で呟いた。小さい声だが、教会には大きく響いた。

「俺は―――。」

少女の後ろに彼女と同じくらいの少年がいつの間にか立っていた。フードをかぶっているのもあるが、目の下まで前髪が伸びているので顔ははっきりとは分からない。

ビクリと身震いをして恐る恐る振り返ると、少年は顔をぐっと少女の顔に近づけた。

「君の本当の力を知る者さ。」

その言葉を聞くと、少女の目つきが突然変わった。そしてかすかに唇を動かす。

「おっ!?」

少年は教会の床から出てきた木の太い根をするりと避け、後ずさった。

「やっぱりか。さすがだなぁ!そんな顔で見られると、おもわず・・・ズタズタに引き裂きたくなるよ。」





リンとアランは、教会の前に立っていた。

「今にも崩れそうだな。」

アランが素直な感想を述べると、リンは微笑んだ。

「それでも、私と・・・私の親友、ロサにとっては小さいときから大切な場所なのよ。」

「よっぽど仲がいいんだな。」

「当然よ。だって彼女は―――っと、昔話は後々っ!さっ入ろっ!」

彼女は恥ずかしそうに両手を顔の横で振ると、教会の歪んだ扉に手をかけた。

そして少し開かれると、アランは感じた。

微かではあったが、邪悪なのと、そうでないものが混ざり合った魔力を。

「ロサ!今日は・・・え?」

そこはリンの知っていた教会の中ではなかった。

崩れかけてはいたがきれいに並べていた長椅子は壊れており、少しではあったが窓ガラスが割れていた。

どうして、音に気付かなかったのだろうか?

ふと疑問に思った瞬間、彼女の頭は真っ白になった。

教会の一番奥の真ん中に、少女と少年が立っていた。中が薄暗いため、顔などははっきりとは分からない。

すると一人の少女が、突然何かに耐え切れなくなったかのように咳とともに吐血した。

その腹部には何かが貫かれていた。

――――それは、支えているかと思われていた少年の“腕”だった。

少年がその腕を勢いよく引き抜くと、ドサリと少女は崩れ落ちた。リンにはその少女がロサだという事が今ようやく分かった。

「ロ、ロサぁぁ!!」

顔が真っ青になり、涙ぐみながらロサに駆け寄ろうとした。

「待てっリン!落ち着くんだ。」

すかさずアランがリンの手首をつかんだ。少年からは邪悪な魔力が感じられる。うかつに近づけば危険だと思ったからだ。

「離してぇ!ロサのところに・・・っロサぁ!」

暴れ始めたリンを見た少年は、ククッと少し抑えて笑った。

「いいねぇ、純粋なる友情ってやつ?楽しいねぇ。」

その挑発に、案の定リンは乗ってしまった。泣きながらあらんかぎりの声でさけんだ。

「ふざけないでぇ!!ロサが何かしたっていうの!?っあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

さらに意地でもアランの手をほどこうとするので、アランはチッと舌打ちをし、

リンの足元にしゃがんで手をかざした。そして何かを小さく呟くと、その足が一瞬にして凍りついた。

「え・・・なに、これ・・・アラン?やめてよ?ロサが、ロサがあんななのにここで見ていろっていうの!?」

リンが叫ぶと、アランはリンを睨み、低い声で「そうだ。」と一言いって少女に近づいた。

「―――しばらくは保たせてやれるが、それ以上は・・・」

そうアランは言うと、トロトロした黄緑色の液体が入った小瓶を取り出し、一滴、二滴とロサの口の中へと入れた。

すると、かすれた声をロサが絞り出した。

「リン・・・を・・・ま、守っ・・・て・・あの人は・・・ハァ、つよ・・い。」

「あぁ、わかっている。」

アランがそう答えると、ロサは微笑み目を閉じた。おそらく意識を失っただけだろう、と彼は思った。

先ほどの薬を飲んで今あの世へ行くことはまずない。

「氷・・・か。」

そう少年が呟いた刹那、その少年の背中に氷の剱が突きつけられた。

「ちょっと待ってくれよ。ほら、このとおり。」

少年は苦笑いをすると、肩越しに振り返りながら両手を小さく挙げた。血のように赤く長い前髪からちらちらと見える紫色の瞳が、不気味な殺意の火を灯しているのが分かる。

「おまえの目的はなんだ?」

「それは・・・いえねぇなっ!!」

少年は大きくジャンプしてから思い切りアランを蹴り上げた。

「ぐっ・・っ」

アランは不意を突かれたため派手に吹き飛び、壁に打ち付けられた。

思っていたよりも、はるかに力が強かった。

ゆっくり顔をあげると、目の前には銃口があった。少年はニコニコと笑いながら言った。

「アハハッ氷の魔術師だからちょっと期待してたけど、案外弱かったね。あれ・・・もしかして君、あの『可愛そうな人』?」

「何?」

アランが眉をひそめると、少年はさらに笑顔になった。

「やっぱりそうでしょ!あの女に村をまる焼けにされた上に左目取られちゃった奴だろ?」

その言葉を聞きアランは驚いた。今目の前に、あの過去についての情報がある。これは、今までにないチャンスだ・・・っ

「グラキエス・シールド」

「さよなら、可愛そうな人。」

同時に彼らは呟いた。その瞬間、パァンッと乾いた音が響いた。

その光景を見ていたリンは、その後の沈黙を破った。

「アランっ!!」

勝ち誇った顔をしていた少年が、がらりと変わった。

彼の放った弾は、薄い氷の盾(氷の盾というより見た目はガラスの板に似ている)によってアランまで届かなかった。

今度はアランが勝ったといわんばかりに笑うと、氷の剱を少年の腹部にずぶりと刺した。

「チッ」

少年は早くに察しかわそうとしたためど真ん中とはいかなかったが、相当深く突き刺さったため、顔を歪めた。早くも大量の血が流れ出している。

「ハハッ油断しちった・・・な。」

そういうと、彼は自分から剱を引き抜き、ヨロリと後ずさると大きく跳ねてガ

ラスが割れた窓に降りた。片手で抑えている脇腹からは血がドクドクと流れている。

「たぶん、今度また会うと思うから名乗っておくよ。僕の名はリーデール・サングイス。覚えておいてよっ。いっつぅ・・・それじゃあ、次はぶっ殺すからな・・・。」

そういうとリーデールは去って行った。

アランはすぐに「解除」と呟くと、リンの足の止めていた氷が消えた。本当は追いかけたかったが、ロサとリンのことが気にかかり、窓へと歩めた足を止めた。

「っロサ!」

最初の一瞬彼女は戸惑ったが、すぐにロサの元に駆け寄り抱き寄せた。すると、ロサがうっすらと目を開けた。

「リ・・・ン・・・?」

「ロサ!そうだよ、リンだよっあいつ、もういないよ!アランが・・・アランが助けてくれたんだ

よ・・・。」

リンの目に再び涙が浮かんだ。ロサは微笑んだ。

「そう・・・よかったぁ、リンが・・・助かって・・・。」

ヒュー、ヒューと微かな息を整えると、彼女はうれしさからなのか安心したからなのか、一粒涙を零した。

「何言ってるの?助かったのはわたしじゃなくてロサでしょう?」

リンは笑顔になると、近くまで寄ってきたアランの方へと振り向いた。

「ねぇ、アラン?ロサは助かるんだよね?」

その言葉に、アランは頷くことはせずに目を伏せた。それが彼女の死を意味していることが、リンにも分かった。

「う・・・そ。そんなの嫌よっ!だって、今までずっと一緒に過ごしてきて、それで、まだ、二人で話

したいこと、やりたいこと、まだ、いっぱい、いいっっぱい―――――。」

それ以上の言葉は、彼女の瞳から溢れ出る涙によって遮られた。

次々と落ちる雫が、ロサへ吸い込まれるように消える。すると、ロサが小さく口を開いた。

「ごめん・・・ねぇ、リン・・・。私、なにもしてあげられなくって・・・。」

「なんで、あやまるのぉ?私が何もしてないんじゃん・・・ック。だから、置いて、ヒックッ行かないでよ・・・」

涙で顔がぐしゃぐしゃになりながら必死に言葉を発した。もうロサと永遠に会えなくなる。頭では分かっているのに、心がそれを受け入れるのを拒否する。

リンには、それをどうすることもできなかった。

そして、ついに彼女とこの世界が断たれる時が来た。ふいにロサがゆっくり目を閉じる。リンの顔が一気に蒼白くなった。

「・・ン・・・リン・・・今まで、ありがと・・・それと・・・。」

しかし、そこから先は唇を動かしただけで声は聞こえなかった。カクンッと首が垂れ、リンの腕にわずかに支えられていたロサの体の重みが増す。

「あ・・・ロサ・・・?嫌・・・待って、いやよそんなの・・・・行かないでよぉっ嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

泣き崩れるリンに声をかけることもなく、アランはそっと教会を出た。




リンが教会から出てきたころには、もうすっかり夜になっていた。

アランと目が合う。彼はずっと、私を待っていてくれたの?ずいぶんと長い間泣いていたため、リンの目は充血して赤くはれていた。

「アラン――――。」

リンは呟くと、アランのマントの裾をギュッと握った。

「彼女はどうする。」

その寒々しい夜よりも冷たい声に、ビクッと肩を震えさせる。

「・・・。そ、村長に、まず知らせないと・・・」

リンが蚊の鳴くような声で言うと、彼は彼女の肩を軽くつかんだ。

「おまえは先に行って知らせてこい。俺は――――。」

アランはマントを外しながら、つづけた。

「俺は、彼女を連れていく。」




ロサは村人全員に囲まれながら火葬された。

彼女の心がそのまま映し出されたように美しい炎が空高くまであがっていった。

皆涙で頬を濡らしていた。とくにロサの母親は、リンとアランを責めることなどせずに、ただ「ありがとう、ありがとうございます・・・。」と号泣しながら礼を言い続けていた。

すべてが終わると、リンは宿へ行こうとしたアランに話しかけた。が、タイミングよくロサの母親がそのリンを呼びとめた。彼は邪魔だろうと思い宿へと再び歩いて行った。

「ローザさん?」

「リンちゃん、これ・・・。」

そう言ってローザが渡したのは、桃色のピンクがついている小さな木箱だった。

「これは・・・?」

リンが問うと、ローザは再び涙を流しながらいった。

「ほら、あと2週間でさ・・・リンちゃんとロサが初めて会った日だろう?」

その刹那、リンは素早くリボンを解いて箱を開けた。

その中には、淡い黄土色をしたペンダントと、小さな羊皮紙が入っていた。



『大好きな親友、リンへ


 もうあれから17年たつね。直接言うと恥ずかしいから、小さな手紙にしてみたよ。


 いつもありがとう。


 泣き虫な私を励ましてくれて。リンがいたから、私はこんな風に前向きに考えられる


 ようになったんだよ。


 これからも、迷惑かけちゃうかもしれないけど、ずっと一緒にいようね。   ロサ』


「それじゃあ、私はこれで・・・。」

ローザが去ると、羊皮紙を持っているリンの手が震えた。村が、朝日に照され始める。

「―――どうして・・・・ならなかったの・・・。」

下唇をきつく噛み、涙をこらえる。口の中に血の味が広がったが、気にならかった。

「どうしてロサが殺されなきゃならなかったのよぉ・・・。」

朝日に反射してキラキラと光っているペンダントをぎゅっと握りしめ、そのにしゃがみこんで嗚咽した。

こらえきれないほどあふれる涙。それは悲しみからくるものなのか、悔しさからくるものなのか、はたまた両方からくるものからなのか彼女には分からなかった。

ただただ止めることのできない涙を流し、しばらくその場にうずくまっていた。

これから私はどうすればいいの?ねぇロサ、おしえてよ。

しかしリンの問いは心の中にとどまり、ロサの声が聞こえるはずもなかった。

代わりに朝日が彼女を柔らかい光で優しく包み、静かにその姿を見守っていた―――――。


こんにちは、瑠亜です。

一話目、どうでしょうか?誤字脱字、アドバイスなどがございましたら、どしどし

まっています。

もうずかずか言っていただいて構いませんので、2話目を楽しみにして頂けると光栄です。

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