恋する姫の行動
「そうじゃ次は薬草を見に行くかのう?」
「えぇ。」
阿宗医師に導かれながら薬草畑に向かおうとしたときだった
「あ、あの・・りゅ、・・竜将軍!!」
か細い声で呼ばれて振り返ると顔を真っ赤にした藍光国の姫紫翠姫とその後ろには陽月と侍女達がいた。
「これは紫翠姫、陽月様。おはようございます。」
「おは・・おは・・よう・・ござ・・ございます・・・」
「おはようございます。竜将軍。」
真っ白な肌がリンゴのように真っ赤に染まりながら必死になって挨拶する紫翠姫。
それと打って変わって能面のように表情が全くない陽月。
「こんな朝早くにどうされたのですか?何かございましたか?」
一応竜将軍の客人として受け入れた以上、接待をするのは竜将軍だ。
不便な点でもあっただろうかと質問したら、首が取れるんじゃないかと思えるほど紫翠姫が首を横に振る。その時に頭の簪がシャラシャラと音をたてている。
「紫翠姫。その様に首を振られれば首を痛めます。落ち着かれよ。」
そう教えると今度は縦に大きく頷きだした。
「陽月様。どうにかしてください。これでは姫が首を痛めますよ。」
傍観している陽月に助けを求めると、能面の顔がニヤリと弧を描いた。
「姫落ち着きなさい。竜将軍の前ですよ。」
竜将軍という単語を聞いた姫はピタリと留まり今度は目が潤みだした。ギュッと握った手がスカートを掴み必死にその場に立っている。
どうしたものかと竜将軍は隣の阿宗医師に目を向けるとこちらもニヤニヤと笑っている。
「阿宗医師?」
「いや~罪深い人ですね、竜将軍も。可愛らしい姫を射止めるとは。」
「意味が分かりかねます。それよりも申し訳ない。薬草畑はまた今度いきます。今は藍光を優先します。」
「・・い、いえ!そんな必要はありません!!お・・お仕事を邪魔・・邪魔しませんので・・・わ、私も行きとうございます!!」
初めての姫の意思表示だった。震えながら必死になって見上げてくる少女に
「決して楽しい場所ではありませんよ。それでも良いのですか?」
「!!!はい!!」
「阿宗医師よろしいだろうか?」
「竜将軍が決められたこと、私は異議はありませんよ。」
「では、紫翠姫歩きますがよろしいですか?」
ふとヨロヨロと歩く紫翠姫に手を差し伸べてしまった。手と顔を相互に見比べられ、小さな手が乗った。
「お、お、お願いします!!」
横でおもいっきり噴き出した阿宗将軍を片目で睨み、薬草畑へと足を向けた。
薬草畑は王城の外れにあった。
プーンと鼻を背けたくなるような独特の嫌な匂いがしてくる。
竜将軍や阿宗医師は慣れているが、慣れていないものにとっては呼吸するのも辛いほどの匂いだ。
扇で口と鼻を押さえて足取りが重くなる紫翠姫に
「ご気分が悪いならどうぞ休まれていた方が・・」
「い!いえ!だ、大丈夫にございます!!」
慌てたように歩き出す紫翠だが、フラフラと歩く姿に溜息もつきたくなるが後ろにいる能面男がじっと見ているのでそれも出来ない。
自国の姫を蔑ろにすれば何を言われるか分からない。しっかりと握りしめてくる彼女を突き放すことも出来ず、ゆっくりとした動作で寄り添うように歩く姿を多くの官吏達に目撃されることとなった。
薬草畑も本当に畑だった。遠くの方で畑を耕す兵士が米粒のように見えるほどかなりの広さを持っている。日を避けることも出来ない場所はこの白き肌の王女にはきつい場所だろう。
「こちらへ。」
水まきの為の井戸の近くに設置された小さな休憩所に案内すると、紫翠姫を座らせた。
「ここなら日も当たりません。休憩されるが良い。私は少しだけ畑の中を見てきますので、申し訳ありませんがここで少しお待ちいただけませんか?」
「・・あの・・ついていっては・・・?」
「申し訳ありませんが、この畑の中には様々な薬草があります。使い方を間違えば毒草となる物もたくさんあります。たくさんの虫もいますし、そのような危険な場所に姫をお連れするわけにはいきません。ご理解いただけませんか?」
休憩所の椅子に座った紫翠に跪いた状態で問うと、姫の頬はさらに赤みを帯びた。
必死になって頷く姿に
「ありがとうございます。すぐ戻ります故、お待ちください。」
うっすらと笑みを浮かべ、畑へと足を向けた。その後ろではニヤニヤと笑う阿宗医師に変な目を向けたが、きっちりとここに目的を果たそうと考えを切り替えた。
畑はたくさんの薬草に溢れかえっていた。成長も順調で、これだけの量があれば国民の為の分にも回せるほどの量があるだろう。
一通り畑を見て回ると、既に太陽が空高く上がっている。
そう言えば朝に閃と昼食を共に取るという約束をしていたことを思い出した。
そしてふと畑の傍にある休憩所に目をやると紫翠姫がこちらを熱心に見ていた。目が合うと扇で顔を隠したりして可愛らしい表情をされる。その動作があまりにも小動物のように愛らしいでの手を振ってしまった。すると恐る恐るといった形で手を振り替えしてくれた。
優しい姫だなぁと考えていると、
「国に春が来たと思ったら竜将軍にも春到来ですか?」
と傍にいた阿宗医師から言われた。
「?どう意味ですか?」
「おやおや竜将軍は色恋には初心なのですか?」
「何を言うかと思えば、勘違いなされるな。紫翠様は客人です。もてなすのが私の役目です。それ以上
でもそれ以下でもありません。」
「そうですか。それなら良いのですが。気をつけなされ恋は盲目。付ける薬などございませんからな。」
意味深的な言葉に詰まりながらも、昼食を取るかと休憩所にいる紫翠姫の元に向かった。
「紫翠姫。お待たせして申し訳ありません。お暇だったでしょう?」
「いえ!!その・・あの・・色々拝見できたので楽しゅうございました。」
「それは良かった。それよりお腹はすかれませんか?共に昼食はどうですか?陛下も出席されますのでいかがでしょうか?」
「・・へい・・か?それは閃王様のことですか・・?」
「はい。昼食の約束をしておりますので、姫も一緒にいかがですか?」
姫の白い顔がさらに白さを増す。扇を持つ手が震えだしている。
「陛下のことを知る良い機会です。陛下が何かを言われるなら私が守りますので、よろしければどうですか?もちろん陽月様もどうぞ。和睦の件についても陛下に申し上げますので、助力をお願いしたい。」
姫一人では心細かろうと後ろに控えている陽月にも声をかける。
「姫が決めたことに従います。」
陽月の答えにピクリと震えた紫翠は涙を溜めた目で竜将軍を見上げてきた。
「大丈夫です。陛下はお優しき方ですよ。」
竜将軍の再度の誘いに
「・・・は・・い。お相伴になります。」
震える声を抑えて紫翠は答えた。