竜の願い
「ココでよいだろうか?」
ゆっくりと中庭にある四阿の椅子に紫翠を腰掛けさせた。
怯えた目で見つめて、きゅっと服を掴まれたがその手をゆっくりと外して、石の机を挟んで反対側の席に竜将軍は腰を下ろした。
「陽月様も来られよ。姫だけでは心細いであろう?」
ひっそりと後ろに佇んでいる陽月に声をかけてみたが、紫翠のそばに来るだけで立ったままだ。
「すまぬが誰か料理をこちらにも運んで貰えないだろうか?私は飲まぬが、そなた達は飲むか?」
紫翠はフルフルと首を振り、
「私もいりませぬ。」
「そうか、では茶の用意を頼む。」
「はい。」
女官達に命じて、フゥーと溜息を吐き、腰にある剣を外して机に立てかける。
それに反応して陽月がピクリと動いたが、それ以上の動きはなかった。
「座られるがよい、陽月様。」
「・・・姫の許しがございません。それに私は・・」
「すみませんが、姫様。この木偶の坊に座るように言って貰えませんか?こんな傍で立ってられて見られてるんじゃ、うまい飯もうまいと思えない、そうでしょ?」
「・・ふふっふふっ」
自国の宰相を木偶の坊などと言われて、確かに立ったままで何を考えているか分からない男にはぴったりの言葉に紫翠から初めて笑みが飛び出した。
「・・・やっぱり女性は笑顔が素敵です。そのまま笑っていてください。」
竜将軍の声にぽっと頬を染めていく紫翠。
それを見つめながら陽月は
「木偶の坊ではありませんので座ります。これでよろしいか?」
「はいありがとうございます。それと王の無礼をお許しください。紫翠姫には怖い思いをさせてしまいましたが、王は良き方にございます。あの方に恐れを抱かないでください。王の傍へは私が何とかいたしましょう。」
「何とかとは、どうやって?あの王の怒りよう寵妃様を溺愛されているのでは?」
「違います。王は思い違いをなされています。王はただ傍にいる存在が欲しかっただけです。ただ単に友のような存在が欲しかっただけで、それを愛情と勘違いされているのです。神楽様もそうお考えであります。」
「それでは・・王に寵妃様への愛情はないと?」
「そうです。だから、神楽様に懐妊が無いのです。王は神楽様を抱きません。神楽様という存在を友としか見れぬからです。」
「何故そこまで詳しくご存じなのですか?」
「王の警護を任されております。夜も傍にお仕えしており、神楽様にもお会いしました。あの方はただの篭の鳥の方です。外に出ることを望まれていますが、それが許されずただ泣いておられるだけの弱い方です。何の後ろ盾も何の価値もない方だと嘆かれるだけの方です」
「だが現在は王の寵愛を一身に受けている存在です。その方を押しのけて何故貴方が我が国の姫を押されるのですか?貴方に何ら利益はないと思いますが?」
探るような陽月の目にふっと笑みを浮かべて、
「私はいずれこの国を去ります。戦いが無くなれば私のような存在はいらないのです。その時に王を支える存在が傍にいて欲しいのです。後ろ盾もなにもない神楽様より、紫翠様のような方に王の傍にいて欲しいのです。」
「・・解せませんね。何の利益もなく去るのですか?近衛兵隊長になりながら戦いが終わって去るなどと・・貴方の望みは一体何なのですか?」
「私はただ王が健やかにこの治世を治められればそれで良いのです。それ以上は望みはしない。・・・さぁ食事にしましょう。おいしいご飯も冷めてしまう。」
この話は終わりと示すかのように用意された食事に竜将軍は手を伸ばす。
話を続けたい陽月と紫翠であったが喋る気はない竜将軍に合わせて料理へと手を伸ばし始めた。
その後互いの国の状況について話し合いながら、食事を進めた。
時たま感じる紫翠の熱い眼差しに気づかないフリをし続けて。