休息できる場所
だが、朝日が昇っても何も起こらなかった。
嵐の前の静けさかと緊張を張り詰めていたが、笑みを浮かべて応えてくる兵達に、裏があるとは思えなかった。
礼音殿下と陣の中であったが、ただ笑みで別れの挨拶をするだけで何をすることはなかった。
兵を収集して出立した。
見送ってくる民に骸羅達は何度も振り返り、照れくさそうに笑う光景にほんの少し口角があがる。
一瞬であったが気が抜けた瞬間であった。
それから数日張り詰めていた。
いつ何が起きるとも分からない状況下で、王から伝令が来た。
伝令内容は竜将軍の凱旋パレードを行うとのことだった。
昼過ぎ頃に大通りを通っての凱旋をするため、将軍にふさわしい白の生地に金糸が使われている軍服に豪華な虎の鞍が送られてきた。
身につけて欲しいと囃し立てる兵達にしょうがなく着てみると、少し痩せたために少しブカブカだったが、裾の長さなどは完璧だった。
鏡で見ると、少年とは言いづらい青年が立っていた。
白い仮面越しにそれを見ると何とも情けないようだが、せっかく頂いた物だ、凱旋ではこれを使おうと綺麗に折りたたんで、直した。
翌日晴れ渡ったそれの元、大通りではたくさんの花びらが舞った。
ピンクや白、真っ赤な花びらは風に吹かれて幻想的な光景。
そして鳴り響く陽気な音楽。
人々は通りの両サイドから声を張り上げて叫ぶ
英雄の帰還を祝う声を。
「竜将軍!!!」
「キャーーーあれが竜将軍よ!!」
「「かっこいい!!!」」
「竜の化身のように強い方らしいぞ!!」
「それに医術などの面も卓越して敵国の民すら救った方らしいぞ!!」
「お優しい方なのね!!」
「こっち向いてくださいまし!!竜将軍!!」
黄色い声が広がる。
それに応えるかのように虎の上に乗った竜将軍がゆっくりと声のした方に振り返り手を振る。
「「「きゃーーーーーー」」」
と女性達の叫び声が轟き、失神者まで出た。
恐るべし竜将軍と色んな意味で竜将軍の人気は鰻登りに昇っていった。
王城にたどり着くと、あちらこちらから殺気を感じる。
妬み、憎悪、嫌悪、媚び諂う視線など様々な視線が身に降りかかるが、気にせずに歩き出した。
向かうは謁見の間。
今回の戦いの報告をせねばならない。
お借りした宝剣もお返ししなければならない。
気を引き締めて、胸を張って一歩を踏み出した。
謁見の間は多くの官吏達や将軍達が集まっていた。
中央に玉座に繋がる赤い絨毯を境に右と左に分かれた軍人達と官吏達。
ゆっくりとしかし堂々と赤い絨毯の上を竜将軍を歩いた。
玉座に座る王に向かって。
玉座の前の階段の前で歩みを止めて膝をついて
「只今帰還いたしました。」
「・・・・・・・・・」
誰もが凍り付いた。王が望んでいた竜将軍の帰還が報告されたとき王は喜んでいた。
しかし、今の王は一切の感情を出してはおらず、能面のようにただこちらを見ていた。
「・・・陛下。お借りしておりました宝剣をお返しいたします。コレがありました故にこの度の戦勝利を得られました。誠にこの剣と戦えたこと誇りに思います。」
「・・・。返さずともよい」
「陛下?」
あまりにもおかしい王の声に無礼と思ったものの竜将軍は顔を上げた。そして息をのんだ。
今までに見たことのない閃がそこにいた。やせ細り、目元には少し隈までできている。凶器じみた瞳は真っ正面から受ければ射殺されそうな程まで凶悪さまで持っていた。
「・・・陛下。では、この剣はお預かりしておきます。それと申し訳ありませんが、お願いがございます。」
「・・何だ」
「休息が欲しいです。連戦が続き、さすがに疲れました。一日で良いのです。休みをいただけないでしょうか?」
「・・・3日間休みを与える。戦いの報告もその後でよい。しかし、祝いの宴は今夜行う。よいな。」
「はい。ありがとうございます。」
それだけ言って王は退場した。
すぐさま竜将軍も退場したかったが三老達や官吏達に捕まってしまった。あーだこうだと話しかけられ、無礼にならない程度に話したが、足取りは違った。
振り切るようにその場から離れて、誰も見ていないところで後宮に潜り込み、すぐさま楼閣へと向かった。門番はいなかった。
すでに扉は開いており、入り込んで閉めた。
長い階段を駆けるように昇り、最上階へと着いた。
ギィーーと扉が音を立てて開いている。
それに導かれるように仮面を外して、ゆっくりと扉に近づく。
未だ昼間という時間帯なのに、部屋の中は真っ暗。
窓は閉め切られ、光は差し込んでこない。
「・・・閃・・・」
ポツリと呟やいた言葉を返すように背中から抱きしめられた。腹部に回る腕。項にかかる息づかい。背中全体に伝わる閃の熱。
「・・・おか・・り・・」
「・・えっ・・・」
「お帰り神楽・・・」
「う・・・っt・・」
閃の声が耳元で囁かれて蓋をしていた想いがこみ上げてきた一気に爆発した。
「はぅぁッ・・・怖かったよ閃・・。いつ死ぬか分からなくて怖かった・・ぅわぁ・・・」
溢れ出す涙が神楽の頬を濡らして閃の手へと落ちてくる。
分かっていた。未だ十代の少女が剣を持って戦場にそれも最前線に立つことはどれ程の恐怖がこの細い肩に乗ったのか、考えられない。
必死になって毎日を生きた神楽がやっと自分を出せる場所に戻ってきた。安堵できる安らかな空間へと戻ってきた。
泣き出した神楽はほんの数分泣いていたと思ったら、足から力を無くした。どうやら意識を失ったようだった。
横抱きにして持ち上げると、異常なまでに軽い神楽にゾッとした。
ほんの一ヶ月でここまでやせ細ることが出来るのかと言うほど神楽は軽かった。寝台の上に寝かせて、その横に潜り込む。
やっと私も眠れる。
包み込む神楽の体は小さくそして暖かかった。
二人して寝付いて、モゾリと腕の中で動く感触がする。
瞼をあげると、向き合うように寝転がり、胸元に神楽の頭がある。
閃が起きたことに気づかない神楽は耳を真っ赤にしながら、ゆっくりとその胸元に手をいて頬を近づける。
なにちょっと!?コレ可愛いんですけど!!俺は理性を試されているのだろうか??
ズッキュンと受けるその仕草に閃は必死になって理性を総動員させた。
背中に回した腕や手に力が入らないように頭の中で羊が1匹、羊が2匹とも数え始めた。
「閃・・・起きてるの?」
さすがの閃も心拍数までは抑えることが出来ず、耳を当てていた神楽には丸聞こえで、下から見上げるように神楽が見つめてくる。
「おはよう神楽。と言っても、夜だけど。もう間もなくで、宴が始まると思う。行かなければいけないな。・・・さぼるか?」
まるで昔に返ったような閃の顔にクスクスと笑ってしまう。
「ダメよ。閃。私が、ううん、竜将軍が行かないと。分かっているでしょう?」
寝台から身を起こして、横たわる閃を見つめてくる。
その視線は何処かもの悲しく、知らない笑みに見えてくる。
「神楽。いやだったらいつでも辞めて良いんだ。君を守ることはいつでも出来る。」
横たわった状態で手を伸ばすと、その手を頬に当てながら
「閃それはダメ。もう竜将軍は歩き出した。この国になくてはならない人物に成長している。私はあなたを守るために私の出来ることをしたい。お願い分かって。」
「・・・分かった。それより宴に出かける準備をしよう。どうやら宴には他国の者達も来ているようだからな。」
「他国の者?」
「あぁ。和平の使者という名目で今回の宴に出る予定だ。」
嫌な予感がする。もしかしたらあいつがいる可能性がする。
ふっと浮かんだ考えにむっと眉に寄せて考え込んでしまった。
「どうかしたのか?」
心配げに聞いてくる閃に何でもないといった感じで無理に笑みを作ったが閃が訝しげに見つめているので、失敗に終わったようだ。
「何でもないの。大丈夫だから。それよりちょっと湯浴みがしたいわ。良いかな、閃?」
それは簡単に言えば部屋から出て行けと言っている。
だが無理に聞きだそうとすれば神楽はさらに口を閉じるだろう。
「はぁ~」と大きな溜息を吐いて閃は何も言わずに部屋から出て行った。
「・・・・もしばれたら私は・・・」
ただポツリと零した言葉は誰にも聞こえることなく部屋の扉は閉じられた。