覚悟を決める
一週間の予定だった滞在はいつの間にか一月もの時を要した。その間に軍の大半を国に帰国させたが竜将軍率いる近衛兵隊はそのまま残り、紗萄国の再建へと力を注いだ。
たった1ヶ月という短い時間であったが、王宮から、いや王から何度も帰るように何度も書簡で催促されたが、その度に
『未だに紗萄国の再建の見通したたず、このまま放り出せば紗萄国の民は死に絶えます。もうしばしお時間をください。璉国のためにございます。ご理解ください。』
といって返事を出した。
一切の感情を出さない文字で流麗に書き並べた文字を見ながら、何度となく溜息を吐く。
すでにこの文章を書いて何十通目になるだろうか。
閃の怒った顔が浮かぶが、医師として、また人として、困っているものを放り出すわけにはいかない。自分の中にある葛藤を押し込めて、再度書簡を出す。あと一週間、いや後数日でいい。時間が欲しい。そうすれば帰れる。
そうして何とか復興の目処がついた。これ以上は国同士の問題や紗萄国のための問題であるためにこれ以上の支援はいけない。
璉国ばかりに頼られれば、璉国も疲弊する。
これ以上璉国に疲弊は与えられない。それに、紗萄国が自立して立てなければ意味がない。他国に頼りきった国は必ず滅びる。一本筋が入らなければ、倒れてしまう。
冷たいようだが、ここで突き放さなければいけない。
紗萄国の次代のためにでもある。
そのことを紗萄国の王に伝えれば、
「よき部下を璉国はお持ちだ。我が国の民を助けていただきありがとうございました。王として感謝申し上げる。」
「いえ。永久の友好が続くことが我が願い。どうか、これからも璉国と共に栄えましょう。」
何とか璉国として面目も保たれ、一安心で王都に、いや閃の元に返ることが出来る。
気が緩んで湯浴みをして軽装のままで天幕を出てしまった。
暗闇の中星がきらめく
満天の星空を仮面から覗く
天高く何処までも続くきらめきに目が奪われていた
「これはこれは竜将軍。」
バッと振り返った先にはこれまた嫌な男がいた。
「礼音殿下。こんな夜更けに何か用ですか?」
「これまた冷たい台詞だ。明日がお別れというのに、そんな言葉はつれないなぁ。」
「そうですか、ではつれないままこのまま退散します。失礼します。これ以上顔を合わせることもないでしょう。」
「君は何故そんな格好を?」
退散しようと陣に足を向けると唐突に質問された
「仮面のことですか?」
「イヤ、その格好のことだよ」
「何処か問題でも?」
嫌な雰囲気が流れる。上から下まで舐めるように見つめてくる視線に身構えそうになるが、奴は一国の王子様だ。行動を一つ間違えれば戦争になりかねない。
「ふーーん。璉国は自分の身を偽って軍人になることが出来るのかい?」
「・・言っている意味が分かりかねます。」
「なら簡潔に言う。君は女だ」
一瞬で風を切る音が聞こえたかと思うと、礼音の首筋には竜将軍の剣が添えられていた。
目にもとまらぬ抜刀で相手を威嚇する。
だが礼音は飄々として笑みを浮かべていた。
「やっぱり君は女なんだね。名前は?」
「侮辱罪で首を跳ばしますよ・・・」
「真実だ。君は女で、色んな意味で君も女を偽っているのだから侮辱罪になると思うよ。君の方が首が跳ぶよ。」
「二度と顔を見せるな。そして近寄るな。次は本気で斬ります。」
チャキンと剣を戻して今度は足を止めることなく歩みを続けた。
天幕に入りうかつだった自分を呪った。
ばれてしまった。女であることがばらされれば、この状況下は崩される。ほとんどの兵を帰しているので、攻められれば我が軍はすぐさま負けるだろう。いやその前に璉国の兵達に殺されるのだろうか?まだ成すべきことも何も遂げていないのに!!
このまま逃げるか・・
イヤそんなこと出来ない・・
ここから逃げれば近衛兵隊は?
悶々としながらいつ飛び込んでくるか分からない状況下に神楽は覚悟を決めた。
軍にばれたならその時はこの身を滅ぼせばいい。私は誰にも名前を名乗っていない。
私が自害すれば、誰とも分からない。
いずれ閃の前から消えるつもりであった身なら少しでも閃の為に役立てて死んでいこう。
そして、朝を迎えた。