一時の別離②
すぐさま動き出した軍に食料や医薬品に武器などざまざまな物が動き始めた
夜通しに竜将軍は準備に追われた
日が沈み一度は後宮に戻って王に会うべきかと思ったが、次々に舞い込む書簡や軍についての報告に時間がとられいつの間にか朝を迎えていた
朝になっても竜将軍に時間はなかった
学校建築の途中は全て作業している者達に任せ、治療中の患者に対しては城に残る阿宗医師の副官達に事細かな指示を出し、一日中駆け回っていた
夕方になって王から朝議の間に来るように伝達があった
竜将軍が慌てて向かうとそこにはすでに集まっていた将軍達や官吏達がいた
「ここまで来い」
王の声に玉座に向かう赤い絨毯の上を歩く
昨日ぶりにあった閃の表情はやつれたように思える
心がズキリと痛み、それでも前に出す足を止めずに歩く
王の前につくと膝をつき頭を垂れた
「そなたに全軍を任せる上でこれをそなたに与えたい。」
王の言葉と同時に官吏達が頭を垂れた状態で何かを運んできた
「先ずはこれを・・」
ばさりと広げられた真っ赤な旗は黄金の竜が刺繍されていた
鮮やかな朱に浮かび上がる竜は剣を持っている
「それとこれも・・」
次に差し出したのはこの間使った王の宝剣だった
「!!」
「我が軍を任せる者にはそれにふさわしい物を渡しておく。何が何でも勝利しろ」
剣と旗を差し出す王に竜将軍は震える手で受け取り
「璉国に勝利を!!」
その言葉と同時に深く頭を下げた
そのまま座を辞した竜将軍は旗を翔大に渡して後宮を目指した
王の傍にいて見てしまった
閃の真っ黒な瞳が孤独を映していた
寂しい、悲しいと叫び声を上げていた
一刻も早く閃の傍に行きたくて残っている仕事は全て終えて、後は他の者でも任せられる仕事だったので全て押しつけてきた
早足から駆け足になりその後全力で走った
腰に差した宝剣がガチャガチャとなる
寵妃のいる楼閣では門番の兵はおらず入り口の扉が開いていた
すぐさま入り口に身を滑り込ませて、中から施錠する
階段を上っては鍵の開いた扉を開けて施錠を繰り返して
最後の扉を開けた
バンと静寂を破って扉を開いた大きな音がする
部屋の中は真っ暗でいつもであれば灯される蝋燭の灯りがない
だが人の気配がする
真っ暗な闇の中、人の気配のある方に足を向ける
手探りでゆっくりと前に進む
ヒヤリと後ろから人の気配を感じた瞬間視界がクリアになった
頭部の仮面の紐が外され、カツンと音を立て床に仮面が落ちた
振り返る間もなく後ろから閃が力強く抱きしめてきた
神楽の肩に頭を乗せ骨が軋むほど腹部に回った腕に力が入る
「・・神楽・・・神楽・・・行かないでくれ・・」
耳元で聞こえる泣きそうな声に腹部に回された腕を優しく振れる
「・・・閃・・顔が見えないわ・・顔を見せて・・」
神楽の声が聞こえたのか腕の力が緩むと共に神楽の視界は180度代わり閃の泣きそうな顔が見えた
抱きしめてくる手は神楽の顔を見た瞬間からまた強くなる
神楽も手を回して閃の背をゆっくりと叩く
「行かないでくれ・・・傍にいてくれ・・」
「閃・・それはダメだよ・・・。分かっているでしょう」
「分かりたくない!!何故神楽が行かないといけない!!イヤ、分かっているんだ!!だが・・・・イヤ、国なんてどうでもいい!!神楽がいれば「それ以上言ってはダメよ」
閃の唇に指を当て言葉を遮る
それ以上は王としては言ってはいけない神楽は必死に止めた
「閃必ず帰ってきます。私が貴方との約束を破ったことがありましたか?」
閃は一度考えて首を振る
いつどんな時でも神楽は閃の傍にいて傍にいることが当たり前だった
約束もずっと守ってきた
「だったら、私を信じて。貴方を守るためなら私は怖くない。」
「神楽!!」
閃の力強い抱擁を日が昇るまで受けた
神楽もこの時がずっと続いて欲しいと思った
だが、進むべき時間はきた
月が沈み逆の方角からうっすらと明るくなる
寝台に移動した二人は横になり抱き合っていた
「閃・・・行かないと・・・」
ビクンと反応する閃が置いて行かれる幼子の表情をしていた
最後にもう一度抱きしめた閃はゆっくりと立ち上がり
「先に行ってくれ・・・後で朝議の間に行く・・・」
「分かったわ。閃。大丈夫。戻ってきますから」
バタンと閉めた最後に「神楽」と呟く閃の声が聞こえたような気がした