閃の思わぬ苦行
その後璉国軍は一度城に戻る事となった
これ以上の連戦は軍の疲弊をきたすと竜将軍が進言したことが理由だ
閃王が率いる璉国軍は大軍だ
居城に戻るにはこの軍を移動させるとなると2週間以上はかかる
城に戻るある日の夕方
朝と昼は虎達に王の護衛を任せ、治療に励む竜将軍が王の天幕にやってきた
日が沈む頃になると王の護衛に入るのが決まりとなっていた
いつもならある程度手の届くところで護衛をする竜将軍が一メートール以上離れた場所に立っている
虎は近づけるのに何故自分の傍に寄ってこない
眉間にしわの寄った閃は
「何故そばに来ない・・。それでは護衛に意味がないだろ」
「・・・・おう・・ら・・」
ポツリと呟いた竜将軍の声を閃は聞き逃さなかった
「ふっ・・翔大!!水浴びの用意をしろ!!」
王の命令に外の虎と共にいた翔大に王は命令を発した
翔大はちょうど虎に餌をやっている途中であったがいきなりの命令に、駆けだして水浴びの用意をした
王の天幕に用意されたのは成人男性がゆったりと入れるような浴槽に並々と入ったお湯
寝台の前に置かれた浴槽の四方を囲むように衝立も用意された
「陛下用意が出来ました」
竜将軍が閃に声をかけると寝台から立ち上がって、竜将軍の方に近づいてくる
竜将軍はあることを気にして離れようとするが、閃の方が早かった
伸びた手が竜将軍の腕を掴み、もう片方の手が仮面の紐を引っ張ってシュルリととけた
仮面が外れると戦場にふさわしくない幼げな表情の神楽が顔が見える
「神楽・・入りたかったんだろう・・風呂に」
「!!!!」
息をのむ思いだった。ポツリと呟いた言葉はきちんと閃の耳に届いていた
医師として衛生面に気をつけなければいけないが、女であることを隠している竜将軍である神楽は他の兵と一緒に水浴びをするわけにもいけない
兵に隠れて布で体を拭くことを出来るが、時間をかけるわけにもいかず、簡単にしか拭くことが出来ない
それゆえ体が臭うのではと思い、少し離れて閃の護衛をしていた
それに気づいた閃は浴槽の用意をした
とれた仮面を閃は顔に付け
「今は俺が竜将軍だ。お前が俺の守るべき王、閃王だ。気兼ねせずにゆっくり入れ。」
「・・・閃。」
「早くしろ。お湯が冷めるだろう」
「ありがとう。」
衝立の後ろに走って向かった神楽を閃は仮面越しに見送った
唯一その場にいることを許された虎だけがキョトンと仮面を付けた閃の傍によってきた
「今は俺が竜将軍だ。大人しくしていろよ」
閃の言うことが分かったのか虎はガウっと鳴いて閃の傍で横たわった
閃は苦行を強いられていた
衝立越しに聞こえるパサリと落ちる衣の音、ポチャンと聞こえる水の跳ねる音
全ての音が閃の欲望に反応した
一応ではあるが閃も歴とした成人男性で、それなりの欲望も持ち合わせている
ましてや愛して止まない人の艶めかしい音
想像するなと言う方が問題だ
据え膳食らわねば何とやらだが、神楽の心を手に入れてからではなければ意味がない
もしここで神楽を奪えば確実に神楽は自分の元を去りかねない
その恐怖だけが閃を欲望に勝たせていた
「閃・・その・・ありがとう・・」
衝立から顔を出した神楽の顔は湯に当たって真っ赤になっている
「・・そうかそれなら良かった。俺も入るから・・外にいてくれ」
「何を言っている!きちんと護衛をしないと!」
「た、頼むから少しだけ外にいてくれ」
神楽の顔を見れない閃はいそいそと衝立の裏へと逃げていった
神楽は手に残された仮面を顔に付けると衝立の前に陣取った
仮面を付けた以上竜将軍として職務を全うしなければいけない
竜将軍は閃が風呂から上がるまで護衛を全うした
それから城に帰り着くまで閃の苦行は続いた
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