敵か味方か分からぬ存在
次の日雨が上がり、数日ぶりの太陽が空高く昇っている
そんな明るい中、璉国の天幕の中は黒雲が立ちこめていた
仮面をつけていた者が連れてきた青年はやはり紗萄国第一王太子の紗景泉その人であった
璉国としては棚からぼた餅のようなものだ
戦わずして敵国の王太子を手に入れ、紗萄国の兵は3分の一が土砂で生き埋めになり、3分の1が逃げ出し、残りの3分の1が降伏した
それに比べ、璉国の被害は皆無だった
喜ばしいことなのだが、あの仮面の人物は閃王以外誰知り得てはいない
あれが誰かも分からないのに、この勝利を受け入れていいものか臣下達の中で話が分かれていた
「申し上げます。確かにあの仮面の者によって我々は勝利を得ましたが、誰とも分からぬものが我が軍の味方であったとなれば、またいらぬ敵を作ることになります。」
「だが!!この国は疲弊しきっている!!少しでもいい話題があれば国民は喜ぶ!!この勝利は我々璉国の勝利だ!!」
「何を言うか!!あんな化け物のような者が味方など!!ありえはしない!!」
「では、この王子をどうなさいます?今残っている兵の元に戻して戦いを挑みますか?千人と万人の戦いなど目に見えて分かっているでしょう!!」
閃は目の前で繰り広げられている話に嫌気がさしてきた
がやがやと騒ぎ立てる臣下達にイライラも募る
カチッ
刀を少し出してなおした瞬間に音がした
その音に誰もが反応した
その瞬間からその場が凍り付いた
誰もが王に視線を向けるとその雰囲気に飲まれた
心の臓を掴まれた心地である
呼吸すら出来ないほど凍り付いた世界だ
「・・・うるさい・・・」
ポツリと発した言葉と同時に閃は目をつぶった
王の眼光が閉ざされると共に官吏達は呼吸を取り戻したが、
数分もせずにまた再度その黒き眼光が開いた
ゴクリと官吏達は生唾を飲む
「先の戦いは我が軍の勝利とする。王太子については紗萄国に対して使者を送れ。降伏、もしくは和睦を受け入れるなら王太子を帰すと伝えておけ・・」
その威圧感に誰もが道を開き口答えは許されなかった
「も、申し上げます!!」
その緊迫感は兵の一言で破られた
「な、何事だ!!軍議中だぞ!!」
その空気を払うように将軍達は声をあげた
「そ、それが・・・あの・・・」
「何をもたもたしている!!早く言わぬか!!」
「は、はい!昨日の仮面を付けた者が現れました!!」
ガタン
誰かが口を開く前に閃は立ち上がって天幕の入り口を目指した
閃が一歩一歩歩くたびに黒のマントが空を舞う
「あ!王よ!お待ちください!!」
声をかけた臣下もいたが閃の目は外しか見えていなかった
テントの幕を払いのけるように動かして閃は外へと出て行った
「全く嫌な奴が王になったものだ・・」
「あぁ・・全くだ・・」
中に残された臣下達は閃王に対する愚痴をこぼした
多くの臣下がその愚痴を聞きながら誰も注意する者はいない
未だ王に対する不信感は強く、王を傍観希望する者が多い
王に付くべきか、それともまた別の王に付くか
まだ決めかけている
あの豪雨が嘘かのように今日は晴天である
雲一つない空は何処までも青い空であった
雨を含んだ土はいつの間にか太陽によって乾き始めていた
「王!こ、こち、こちらです」
閃を先導する兵は震えていた
そんなことは咎めることはせず閃は捜していた
神楽が傍にいる・・・こんな所にいて欲しくない・・・でも・・逢いたい・・ほんの少し逢えないだけでこんなに辛いとは・・・重症だな・・・
兵が案内したのは陣の端の場所だった
そこには多くの兵も集まってみていた
「あちらです」
兵が指さした方向は陣の端から100メートルほど離れた紗萄国の本陣があった場所だった
昨日までは川がありもっと距離があったと思えたが、今は土石流にのみ込まれた土が覆っているので近くに思える
「先ほどからあの場所に立たれて何かなさっています・・」
確かに遠く離れた場所にいる神楽は本陣のあった場所で動き回っている
何をしているかまでは分からないが、何かを地面にさしている
数分もせずに動きを止めた神楽は膝立ちのようになり、また数分動かなかった
そして立ち上がると繋いでいた馬へと向かい、一度こちらの本陣を見つめてきた
・・神楽・・・
閃は確かに神楽と目があったと思う
だが、その視線はすぐさま外され神楽は馬に跨って走り去ってしまった
「・・・お、おいアレって・・」
神楽をおっていた視線が兵の一声で先ほどまで神楽のいた場所に向かう
「・・・・っう・・」
閃は息が詰まる思いだった
紗萄国の本陣だった場所に多くの墓標がたてられていた
そしてその前には多くの花が飾られていた
「アレって・・・どういう事だ・・」
「何考えているんだ・・」
兵から不安げな声が上がる
もしかしたら味方かもしれないと思っていたのに敵国に墓を作り花を添えるなど璉国への反逆行為である
「・・・引き続きあの仮面の者が現れたら報告をせよ・・」
閃は自分への離反を意味するかもしれない神楽の行為から目を背け
マントを翻して歩き出した