楼閣の亡霊
王宮について、後宮に連れて行った神楽は官吏の者達は下女として扱うように新しき王に頼み込んだが、閃が頑として譲らず、
閃は神楽を寵妃として召し抱えた
寵妃として召し抱えられても婚儀を行うことも出来なかった
なぜなら神楽が眠り続けていた
その神楽の世話を閃は一人で行っていた
女官の誰一人として神楽の近くには近づくことは出来なかった
誰一人としてその寵妃の姿を見ることはなく
閃と神楽が村を出て一ヶ月が過ぎた
「神楽、幸せになるんだよ・・・」
いつもの村の光景で笑っている義母がいる
村人達の笑みと義母の笑顔に神楽も笑顔を返す
その瞬間義母と村人達が炎に包まれた
義母の悲鳴が聞こえる
村が焼けていく
感じる熱と人の焼ける匂いに助けようと手を伸ばす
だが底なし沼に囚われたかのように自分が動くことが出来ない
一生懸命に伸ばす手も届かない
張り上げる声は悲鳴にも似ていた
「はっっっ!!!はぁはぁはぁ」
飛び起きた瞬間あまりの頭の痛さに手で押さえる
呼吸が荒く、心臓の鼓動が異常に早く感じる
体が震え、噴き出した汗に嫌悪感を感じる
呼吸が少し落ち着いてくると
少し周りを見る余裕が出てきた
どこかの部屋の中なのか窓は閉められ日の光が全く入ってこないが
それでも、ガラス越しに入ってくる光が薄暗く部屋の中を照らしている
目をこらしてみてみるとそこら彼処に整えられた調度品
綺麗な絵や置物、見知らぬ場所に神楽の頭は混乱してくる
自分がきているのも村を出てきたときとは全く違う滑らかなさわり心地の服
自分のいる場所を確認したくて寝台の上から恐る恐る足を降ろし
いざ立ち上がろうとした瞬間
膝から下に全く力が入らず崩れるように床に倒れた
床には柔らかい敷物が敷いてあったため全身を強く打つことはなかったが
それでも痛い
「っっう!」
うめき声を上げながら足元を見る
足は自分の体についており異常なんて見られない
腕をついて上体を持ち上げようとしたがその腕さえ力が入らない
さすがにこれには神楽は焦りだした
「・・・なんで・・なんで・・どうして!!!た、助けて、閃!!!義母さん!!助けて!!!」
焦りは混乱を生み出し、冷静な判断力を奪う
神楽は何とか出る声を懸命に張り上げた
張り上げた声は楼閣の入り口を守る番兵達の所まで届いた
楼閣の最上階にいるらしい王の寵妃の噂は有名であったが
王が入城してすぐさまこの楼閣の一番上に閉じこめてしまったため
本当はいないのではないか、死人を入れているのだとか、色々な憶測がとんでいた
だが、その最上階から声がする
異常を知らしている声に本当であれば、すぐさま助けに行かなければいけないが
この楼閣は入り口を守る以外は何も番兵達には任されてはいない
この楼閣に入ることも、寵妃を守ることさえ任されてはいない
ただ入り口に立ち王以外を入れてはならぬという命を厳命されているだけだった
この楼閣の入り口の鍵さえ番兵達は持ってはいなかった
持っているのは新しき王、閃王のみだった
聞こえてくる声に番兵達は悩んで
「この声は怨霊の声だよ!!やっぱり死人がこの中にいたんだよ!!」
「そんなわけないだろう!!」
「じゃ!聞こえてくる声は何だよ!!」
あまりに悲痛そうな声に番兵達は顔を見合わせ悩み
しょうがなく、自分たちの上司に相談するしかないと駆けだした
番兵達が向かった先は兵部尚書
ここには8つの軍があり、その一つ一つを8人の将軍が管理している
それぞれの軍は色のよって分けられている
城の警護を任されている軍は蒼の軍と呼ばれている
その蒼の軍を任されているのが馬湊威
27歳にしてこの軍の将軍である
実力はあるが色男として有名で遊郭で名を知らぬものはいないというほどである
「馬、馬将軍!!大変です!!」
「ろ、楼閣で、楼閣で!!!」
一通りの礼儀を行って飛び込んできた兵達は将軍に詰め寄った
「何かあったのかい?」
このような状態に慣れている馬将軍は机に足をのせ、のんびりと新しい王から賜った勅令を手でもてあそんでいた
「大変なんです馬将軍!!楼閣の亡霊が出ました!!」
「さっきから亡霊の声が聞こえるんです!!」
「おっかねぇ!!」
ぶるぶると震える兵達に馬将軍の顔に笑みが浮かんだ
「本当か!!こりゃあいい!!最高の美姫に会いに行こう!!」
颯爽に部屋を飛び出し楼閣へと歩き出した
「えぇぇぇぇ!!いいんですか!!馬将軍!!」
「か、鍵持ってませんよ!!」
「声がするんだろう?だったらこの城を守るためには、亡霊を倒さないと!何の問題もないよ♪」
大股に歩く馬将軍を駆け足で追いかける兵達
明らかにこの将軍はこの騒ぎを楽しんでいた
端正な顔の口角が上がり、うきうきしている
一体どんな女だ!あの無慈悲の王が毎夜訪れる女とは!楽しみだ!
馬将軍の足はさらに速まった
後宮の門さえ軽々とくぐり抜け、最奥の楼閣へと向かう
だがその足も楼閣の前で止まってしまう
楼閣の前の入り口に身も凍るような冷気を放つ王が立っていた
ごっく、生唾を飲む馬将軍は自分の両手に大量の冷や汗が信じられなかった
多くの戦いを身をもって経験してきたが、ここまでの怒気と殺気を感じたことはない
後ろについてきていた兵達は腰が抜け、失禁している者もいる
「どういうことだ・・・」
王から放たれる言葉に鋭い刃物を感じる
「お、王よ・・何故ここに・・」
馬将軍もこの年下の王に声が震えてしまう
「私の質問に答えんか!!何故ここに兵がいない!!この場の守りを任せていたが、そなたの軍は命令一つ満足に果たす事が出来んのか!!」
閃の怒濤が響いた
その声に兵は失神している者まで出た
「も、申し訳ありません。この楼閣から声がするという兵から報告を聞き、中で何か起きているのではと、兵達が私の元に参りました。」
急いで王に跪いた馬将軍は事のあらすじを話した
「な、なんだと!!声がしただと・・・」
さっきまで閃の冷気が一瞬で消えた
閃は急いで入り口の錠に鍵をさした
慌てすぎて鍵がなかなかささらない
舌打ちをしながら閃は何とか鍵を開ける
扉を乱暴に押し開け中へと入っていく
馬将軍も続いていこうと思ったが立ち上がった瞬間に、膝が震える
膝からガクリと倒れた馬将軍は
「な、なんだあいつは・・・あれが・・・王か・・・やっかいな奴が王になったもんだ」
全身から出る冷や汗を拭きながら呟いた
「神楽・・・神楽・・」
何重もの扉の鍵を開け、最上階にいるはずの神楽に向かって足を縺れさせながら前に進む
兵が聞いたという声は今は一切しない
嫌な考えが閃の頭に浮かぶ
それを振り払うように最後の扉の鍵を回した
ダン!!!
大きな音を立てて扉が開いた
あまりの強さに金具が取れ、扉が外れて倒れた
荒い呼吸を繰り返して閃は部屋中を見回した
その視線は絨毯の上に倒れている神楽でとまった
「か、神楽!!」
駆けだして急いで背中に手を回し抱き起こす
乱れた前髪を優しく払って呼びかける
「神楽・・・神楽・・」
その呼びかけに反応するように神楽の瞼がピクリと動く
瞬きを繰り返し、ゆっくりとその眼をしっかりと開けた
「神楽!!!」
その嬉しさに閃は神楽を抱きしめる
「・・せ・・・ん・・・」
耳に聞こえる神楽の声が生きていると深く感じられる
「あぁ、俺だよ。神楽。神楽」
力強く抱きしめられ手、少しずつ神楽の意識が覚醒してくる
「・・・閃、閃・・・義母さんが・・村が・・・」
握り返してくる神楽の手が震えていることが閃の心をズキリと痛む
「あぁ、柳燕さんは、村は夜盗に襲われた・・・」
閃は嘘をついた
真実を知っているが話すわけにはいかなかった
こんなに弱っている神楽に真実を話せば自分の元から去ってしまうかもしれない
その恐怖が閃を嘘で固めた
「うっあぁぁぁぁぁぁ!!!」
閃にしがみついて泣く神楽を閃も強く抱きしめる
少しでも傷ついた神楽の心が安まるように何度も何度も頭を撫でた
神楽の鳴き声が止み嗚咽が漏れ始めた
「大丈夫か?今はゆっくり休め・・・」
膝と肩に手を回し、ゆっくりと持ち上げ寝台へと運ぶ
寝台に寝かせ、何か食べ物か飲み物を持ってこようと離れようとするが
閃の着物が引っ張られる
着物をしっかり掴んでいる神楽はイヤイヤと首を振っている
「神楽何か食べたくないか?喉も渇いているだろう?何か少し口に含もう」
なだめるように声をかけるがそれでも頭を振り続けた
「わかった。そばにいる。今はゆっくり休んで、後で少し食べよう」
一緒の寝台に横になり胸の中に閉じこめる
ずっとこのまま閉じこめてしまいたい
誰にも会わせず、俺だけに会って神楽を守っていきたい
誰一人として神楽を傷つけることは許さない
その覚悟を示すように神楽を強く強く抱きしめた