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筆談            :約2000文字 :コメディー :会話劇

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/10/25

「はい、どーも! こんばんは。トコツクトコです! えー、さっそくなんですけどね、僕、エッセイを出したいなあって思っていましてね。ほら、芸人さんでようおるじゃないですか。自分の半生とか、売れるまでの苦労とか、昔の恥ずかしい失敗談なんかを本にしてる人。ああいうの、ええなあって思うんですよ。小説ってゼロから話を生み出さなあかんでしょう? 登場人物の名前を考えて、設定を練って、事件を起こして、最後にはちゃんとオチまでつけなあかん。そんなん、大変やないですか。でもエッセイなら、自分の人生を振り返って書くだけやし、なんや僕にもできそうやなって。もちろん、都合の悪いことは書きませんけどね。ははは! んで、本を出したら、本屋さんでサイン会なんか開いちゃったりしてね。『前からずっとファンでした。もしよかったら、このあと私と……』なんて言われちゃったりしてね、むふふふ。ほな、ちょっと練習してみよか。ええか? おおきに。ほいじゃ、おれが先生やるから、お前ファンやってくれや。ほな、いくで。いやー、どうも今日はよく来てくれました。どちらから? え? ああ、喉を傷めてるんか。そりゃお大事に。無理して喋らんでええよ。お、筆談で? いやあ、わざわざありがとなあ……ん?」

【お前をぶち殺しに来た】


「は!?」

【騒ぎになったら今すぐ殺す】


「いや、今も後も変わらへんやろ……と、とにかく、わかったから他のお客さんを巻き込むんだけはやめてくれ」

【それでいい。おれのことを覚えているか?】


「え……ちゅうことは、前にもどっかで会うたことあるんか……。いや、正直まったく覚えてへん……」

【ある女のことはどうだ?】


「ある女……?」

【茶髪】


「茶髪……」

【長さはミディアム】


「んー……」

【眉毛にかかるくらいのボブ】


「いや……」

【たまに後ろで結ぶ】


「いや、小出しにせんと最初からまとめて言えや! 町内放送の行方不明者情報か! んで、髪のことばっかりやな! 顔とか年齢とか、もっと他にあるやろ!」

【おれはお前が弄び、捨てた女の兄だ】


「え、妹……? いや、でも弄んだなんて、覚えないで……」

【まだ思い出せないか】


「おう、正直全然……いったい、いつの話なんや」

【あれは六年前のことだ……】


「六年前……まだ芸人として駆け出しの頃やな……」

【季節は秋。木枯らしが道路の落ち葉を舞い上げていた】


「秋か……」

【スーパーでは焼き芋の香りが漂い】


「あー、あるなあ。入口のほうで売っとるやつ。ええ匂いするよなあ」

【冬物はいつ安くなるのかと思い始めていた】


「いや、その情報いる!? このペースやと本屋閉まるわ! 名前を言え、妹の名前を!」

【たたたはたたたらたたたたたったつたたたたたき 狸】


「いや、暗号にすんな! んで簡単やな! 『た』を抜くんやろ。えーっと、『ハラ ツキ』さん?」

【違う。タハラ タツキだ!】


「じゃあ『た』を抜いたらあかんやん! ちゃんと作れ! ……ん? 『タハラ タツキ』……?」

【思い出したようだな。妹はお前に捨てられ、白ら命を絶った……】


「肝心なとこで誤字! 『自ら』やろ! 興奮して手元狂うたんか!」

【みずからいのちをたった。さんざんののしられ、しねとまでいわれ、こころをやみ、うつになった】


「全部ひらがなは読みにくいわ! まあ、『鬱』はおれも書く自信ないけどな」

【うつのせいで毎日うつ伏せで生活し、見ているこちらにまでうっくつとした気分がうつったほどだった】


「早口言葉か!」

【妹の死後、おれは抜け殻のように生きてきた。何もかもが虚しい。人の笑い声は、おれのがらんどうの胸にただ響いて、消えていった】


「急に重いな……」

【周りは、特に相方は妹の話に触れないように気遣ってくれた。だが、その優しさがかえって申し訳なく、つらかった。いっそくだらない話にして、全部笑い飛ばしてしまいたかった。……だが、おれにはその実力もなかった。もちろん、告発することも考えた。でも、無駄だ。無名の芸人が訴えたところで、相手は超人気芸人だ。誰も取り合わないだろう。それでも一度だけ、面と向かって妹のことを訴えた。もしかしたら、彼も自責の念に駆られているのかと思った。だが一蹴されたよ。もう疲れた……疲れたんだ。声も出なくなってしまった。すまん。すまん。ほんとすまん。次の大会、優勝目指していたけど、もう、おれは無理だ。すまん……】


「いや……それ、おれちゃうやろ」

【え?】


「『え?』やあらへん! 人違いや、人違い! ほんまアホやな。お前の妹を弄んだうえに、お前までゴミ扱いしたんは、あそこの審査員席に座っとる先輩や! おい、先生! あんたの次回作のエッセイにこのこと全部書いとき。ま、次があったらの話やけどな。ほな、どうもありがとうございましたー」

【この件について詳しく書いたエッセイ『遺書』。ウェブにて公開中】

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