言葉選び
関口美恵は感じのいい新入社員だった。
よく笑い、よくうなずき、相手の目をきちんと見て話す。
声も明るい。
姿勢もいい。
ただひとつ致命的な欠点があった。
言葉選びがだめなのだ。
名刺交換のときが特に危ない。
「佐藤博と申します」
「あ、博打の“博”ですね!」
にこやかに、はっきりと。
佐藤は一瞬止まり、それから「博多の博です。博多出身です」と苦笑いした。
「中村潔です」
「不潔の“潔”ですね!」
「……清潔です」
「田中強平です」
「強盗の“強”ですね!」
「いや、その例えは……」
本人に悪気は一切ない。確認のつもりなのだ。笑顔で言うから相手も怒るに怒れない。
上司の村田は毎回胃がきりきりしていた。
そして今日。
相手はわが社の大得意先、鈴木雄一社長。
同席予定だった女性社員が風邪で欠勤。やむなく美恵を連れていくことになった。
(さすがに今日は大丈夫だろう……)
村田は自分に言い聞かせる。
鈴木社長は噂の多い人物だ。女好きだのクラブ通いだの。
ただ、あくまで噂。商談は常に紳士的だ。
応接室。
「社長、本日はありがとうございます。こちら新人の関口です」
「よろしくお願いします」
鈴木は穏やかに微笑み名刺を差し出した。
白地に黒の文字。
鈴木 雄一。
美恵は両手で受け取り丁寧に目を落とす。
(頼む、余計なこと言うな……)
村田の背中に冷たい汗。
「あ」
美恵が顔を上げた。
「雄って……」
一瞬の静寂。
「おしべとめしべの、おしべですね」
応接室が固まった。
終




