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1 後悔

 「ちょっといいか?嬢ちゃん」


 齢14の少女ーークリス・リードはふと聴こえた、聴き慣れない声の方向に振り向く。


 「ここは最近、勇者ハンナに救われた村か?」


 そこには、旅服を着て、大きな荷物を持った男がいた。年季のある大樹のような色をした髪に、鮮やかな緑色の目をした男で、おそらくクリスと歳はさほど変わらないだろう見た目をしていた。

 クリスは見慣れない男の顔と体を交互にジロジロと見続けると


 「……?聴こえたか嬢ちゃん。ここは前、勇者が来た村か?」


 見られるだけで口を開こうとしないクリスを不審に思ったのか、もう一度クリスに問う。


 「あ、ええ。そうよ。ここは前、勇者ハンナが最初に救った村よ」


 「そうか。ありがと。じゃあさいなら……と、言いたいところだけど」


 「……なにか?」


 「この村の大人、できれば村長さんとかと話してぇんだけど、さっきから子供しか見なくてな。ちょいと嬢ちゃんの親がいるとこまで案内してくれねえか?」


 「今日は収穫の日よ」


 「……?わりいが嬢ちゃん。俺は今日が何の日か知りたいんじゃなくて、嬢ちゃんの親のところに案内して欲しいんだよ」


 うっかり村の人ではない人に村の人しか知らないようなことを言ってしまった。

 よく、村にいるおばあちゃんおじいちゃんに今みたいな話を両手で数えられないほど聞かれたため癖になっていた。

 自分の過ちに少ししょんぼりとした表情を浮かべながら


 「今日はお父さん達は狩りにでてるわ。お母さん達はみんなで川に行ってるの。夕方まで帰ってこないわ。村には騒がしくてうっとしい子供と同じことを何度も聞いてくる学習できないおばあちゃんおじいちゃん、あと可愛くて頭のいい私しかいないわよ」

 

 「嬢ちゃんは言葉に優しさを持とうな」と男は苦笑する。


 「しかし困った。勇者ハンナの行方を聞くだけだしすぐ終わると思ったんだがな。今回と同じように功績が公表されるまで待つか?」


 「勇者様の行方を知りたいの?」


 「ん?ああ、そうだよ。クソ。もう少し早く来れば鉢合わせできたか。すぐに旅立つべきだったな」


 「ーー。」


 「なあ嬢ちゃん。ここら辺に宿はないか?今から出たとしても夜になって魔獣に会いやすい。出来れば安いところがいいんだがーー」


 「ーー私、勇者様の次の目的地を知っているわ」


 男の動きが止まる。集落の方向に向けていた顔をゆっくりとこちらに向ける。


 「それは本当か?嬢ちゃん。本当なら俺に……」


 「私、嬢ちゃんなんて名前じゃないのだけど」


 「……名前、なんていうんだ?」


 「クリスよ。クリス・リード」


 「そうか。悪かったな嬢ちゃーーじゃなくて、クリス」


 「それでいいのよ」と、クリスは成長途中の胸を張り、自慢げな顔で少年の顔を見た。

 鮮やかな緑色をまとった瞳が優しくこちらを見ていた。それを見つめていたらいつのまにか口を開いて、


 「当然あなたも名前を教えてくれるのよね。あと目的も教えてくれたら嬉しいわね」


 「ああ、そうだな。俺の名前はフェイト。家名はない。そんで目的は、勇者ハンナと会うことだ」


 「なんで会いたいのよ?憧れとか?」


 「俺の運命の人だからだ。俺は運命の相手を、勇者と探しに旅に出たんだ。それが理由さ」


 クリスは少し息苦しさを感じた。気持ちがいいとは決して言えない、クリスにはまだわからない感情。

 

 「じゃ、勇者ハンナの行方を教えてくれ。そのあとは宿に案内してくれると助かる」

 

 そんな感情を抱えたままクリスは男にーーフェイトに顔を向け、


 「さあ、早く教えてくれ。」


 「教えるわよ。ちゃんと。その前に少し約束を」


 クリスは、花のような可憐な笑みで、


 「あなたの旅に連れて行ってちょうだい。それが私の約束よ」


 そう、フェイトに言い放った。


__________________________________________


 クリスは勇者ハンナに救われたらしい。


 この村でクリスに会ってから、彼女はいつもフェイトのそばにいた。

 その度に勇者ハンナの行方を聞こうとしているが一向に口を開いてくれない。


 「私は勇者ハンナと姉様に救われたの」


 行方は教えてくれないが、勇者が来たこと、勇者がしてくれたこと、そして勇者と共に旅を出たと言うクリスの姉の話をしていた。

 その話をしている時はどことなく嬉しそうに、少し寂しそうに、見えた。


 「勇者様が村に来る前、この村には病気が流行っていたの。私も病気にかかったわ」


 「そのときに勇者様が来たの。すごく、綺麗な人だったの。私、見惚れちゃった」


 「勇者様はすぐに原因を見つけてくれてね。原因は川だったらしいの。上の方になにかがあったんだって」


 「この村で僧侶だった姉様と一緒にその川に向かったの。そのあと何があったのかとか聞かなかったけど、無事に綺麗な川に直してくれたわ」


 「原因がわかって、すぐに姉様が薬を作ってくれたの。薬を飲む前はずっと寝たきりだったけど、すぐに良くなって私もみんなも意識を取り戻したわ」


 「その意識を取り戻したとき、ちょうど姉様と勇者様の話を聞いたの。次に行く場所、そして姉様にもついてきて欲しいって話、聞いたの」


 「姉様は少し迷ってたけど、勇者様についていくことを決めていたわ。姉様は私が寝込んでいるうちに旅に出たの」


 「私…悲しかった。もう姉様に会えないかもしれないって思うと…」


 「だから私を、旅に連れて行って」


 川で遊んでいるとき、大人の仕事を手伝っているとき、ご飯を食べているとき、クリスは四六時中フェイトのそばにきてそんな話をしていた。


 「ダメだ。クリス。あんたはまだ幼い嬢ちゃんだ」


 四六時中くるクリスの願いは色んな理由をつけて断っていた。


 「ねえ、私を旅に連れてって。私、いっぱい話をするわ。楽しい旅路にしてみせるわよ」

 「大丈夫。俺は1人でも十分楽しい」


 「私、なんでも出来るって大人たちに評判よ。剣技や魔法を教えてくれたら魔獣を倒してあげるわ!」

 「それはいいな。俺は剣も魔法も凡人以下の役立たずだ。役立たずパーティーの誕生だ」


 「わたしの、からだを、すきに、つかって」

 「どこで覚えたんだよ。そんな言葉……」


 赤茶色の髪をたなびかせ、炎のように燃える目を輝かせ、クリスは諦めなかった。

 幼い少女を危険な世界に連れ込ませたくはない。


 少し前、この村の住人に教えてもらおうとしたが、全員が知らないと口を揃えた。

 この村で勇者ハンナを知っているものはこの少女しかいない。


 長居しすぎたことを反省し、出来るだけ速く少女の口から言い出さなくてはならない。

  

 それからも数日、成立されることはない交渉が四六時中続いた。


__________________________________________


 「ねえ、どうしたら私を連れて行ってくれるの?」


 「どうしたって連れて行かないさ。何回も言ってるだろ?」


 「じゃあ、魔獣を倒したら!?役に立つはずよ!」


 「ああ、魔獣を倒せたら考えるかもな。でも、この村は世界の端だ。魔獣なんて来ない」


 「魔獣を倒したら連れて行ってくれるのね!?約束よ!」


 「だから魔獣はいないって……」


 はしゃぐ少女を横目にフェイトは木を切っている。

 一向に勇者ハンナの行方を話してくれないクリスに、宿に泊まる日数は増えていく。

 それにより、通貨が無くなりそうなため村の仕事を手伝っている。

 手から体全体へと衝撃が伝わっていくため辛い仕事だ。


 「いい加減教えてくれないか?早く運命の人を探しに行かないとなんだよ」


 「じゃあ連れてって」


 「だめだ」


 「じゃあ教えない」


 終わらない交渉。そんな場面で突然音がした。


 ーー大きな鐘の音がした。


 「あ?なんだこれ?鐘か?」


 「この音……。何かあったんだわ!村に戻るわよ!」


 クリスは焦った表情でフェイトの手を引っ張り、細い足を速く回転させる。


 村では、川の方向の門の前で人だかりができていた。

 その人だかりの手前にいた青年に話しかける。


 「おい、どうしたんだ?何かあったのか?」


 「あ、フェイトさん。それが森に罠を仕掛けに行った奴らが怪我をして帰ってきたんです……」


 「怪我を!?大丈夫なのか?どうして怪我を……」


 「それが……。魔獣が、出たらしいんです。」


 「魔獣……?ここら辺には魔獣なんていないはず」


 「そのはずなんですが……」

 

 青年の声が詰まる。青年にも今の事態がわからないのだろう。 

 

 「とりあえず騎士団か冒険者ギルドに連絡をしてきます。これ以上被害を出すわけにはいかない……!」


 「ああ、そうだな。俺は……」


 ふと、ある違和感がフェイトの背筋を弱くなぞった。

 そして、顔が勝手に動くように振り向く。


 

 「……クリス?」


__________________________________________


 「ハァッ……ハッ……ハァ……」


 体全身が震えている。小刻みな震え。拍子よく震えている。

 赤茶色の髪をたなびかせ、村から持ってきた狩用のナイフを握りしめながら、少女ーークリスは走っていた。


 クリスは、村で魔獣と聞いた途端、姉に会いたい一心で家からナイフをくすねとり森へと走った。


 男は言っていた。魔獣を倒せれば旅に連れて行ってくれると。冗談のように言う彼だったが少女にとっては最後の希望だった。


 そして、運命がクリスの手に降り立った。


 魔獣は魔王城を中心に生息範囲を広げている。だが、その魔王城から遠い地域に位置するこの村では魔獣の心配はされていなかった。


 クリスは魔獣を舐めていた。危ないものだと、危険なものだと、そう知っていながら自分の力に才能に過信をし舐めていた。


 その結果今の状況をつくっている。


 クリスが森に入ったあとすぐに魔獣に出会した。


 クリスは一目見ただけで腰を抜かし地面に倒れ込んだ。その拍子に枝が折れ魔獣が気づきクリスを見た。


 真っ赤に染まった魔獣特有の瞳に、クリスの生存本能が訴えられ魔獣を背に森の奥へと逃げて行った。


 「ハッ……ハァハ……きゃっ!」


 後ろから来た魔獣がクリスの足を攻撃し、クリスの動きを止める。

 足から真っ赤な液体が出てくる。熱くどろりとした液体。痛みは感じない。恐怖しかない。


 真正面から魔獣はクリスを見下ろす。熊のような見た目に大きなツノ、紅の瞳。


 「こんなのっ……聞いてないわ!やだ!やだやだやだやだ!来ないでよ!」


 現実から逃れるために頭を左右に振る。

 手元にあったナイフを魔獣に投げる。近くにあった石を、砂を、泥を、見下ろす魔獣に投げつける。


 だが、魔獣は何も感じないのか、か弱い命の必死な抵抗を無意味にし大きな手をゆっくりと振り上げる。


 「いやぁ……!いやよ!こんなの!助けて姉様……!」


 ゆっくりと、ゆっくりと、魔獣の腕は自身の最高到達点まで振り上げる。


 「助けて、姉様ぁ!助けてぇ……!お姉ちゃん……」


  少女は、自身の肩を抱きしめこれからの惨状を受け付けないように視線を下にする。

 そんなことはお構いなしに、魔獣の腕は最高到達点に到着し、その腕を狙いに定め、


 「助けてぇ……フェイト」


 刹那、不格好な土の壁が少女と魔獣の間に境界線を張った。


 双方が突然出てきた壁に困惑しているとき、一つの影が少女の体を攫った。少女はその影に覚えがある。 その影はーー


 「ーーフェイト」


 年季の入った大樹の色をした髪。薄く、伸ばされたような、鮮やかな緑の瞳。


 フェイトはクリスの体を優しく抱き抱え村の方向に走っていく。

 

 後ろを見たとき、気が狂ったようき追ってくる魔獣と目があった。


 魔獣特用とする紅の瞳。その奥にどす黒く広がっている憎悪の感情。なぜそれを持っていて、自分たちに向けるのかはわからない。だが、その感情が魔獣の動力源となり男の体を捉え、大きな凶器となった爪で男の体に刻み込もうと見ている。


 目の前には村へとつながる野原がある。村はすぐそこ。だが、村に着く前に男を切り刻もうと大きな凶器は振り上がる。


 そしてすぐに大きな凶器が振り下ろされた。が、男は限界まで腰を捻り、腕を逸らし、少女を当たらないように前に胸の中に抱き抱えーー


 「やれ」


 男の呟き。


 誰にも聞こえないような声で、男は呟いた。


 なんの意味があって。なんの期待があって。


 その答えはすぐにわかった。


 耳の横で風を切り裂く音が鳴り、それと同時に後ろから目を焼くような光が発生した。


 その衝撃でクリスは男と一緒に地面に顔をあて倒れた。その後ろでは大きな光が魔獣の体を包み込んでいた。


 その光の正体はクリスを抱えた男が出るのを待っていた村の連中の弓から放たれた矢に付けられた衝撃を与えると発光する魔石だった。


 魔獣は甲高い悲鳴を上げ、ゆっくりと、森の中に逃げていった。


 その情景をぽかんと見ていたクリスは助けられた男をーーフェイトの存在を思い出す。

 すぐにフェイトに抱きしめられている体を出しフェイトの安否を確認する。


 「フェイト!?大丈夫?」


 フェイトからの返事はない。


 クリスはふとあることに気づく。


 フェイトの破れた服から見える腕。その腕が紫色に染まっていた。


 「フェイト!そんな……まって!まだお礼を言ってないのに!誰か!誰か来て!」


 「誰か」とクリスは村の連中が来るまで必死に声を張り続けた。


__________________________________________


  フェイトは村に運び込まれると、すぐに村の教会に運び込まれ治療を受けた。


 怪我は大したことはなかったが、毒により教会に運び込まれたあとも意識を取り戻さなかった。


 だが、勇者について行ったクリスの姉ーーパナケイアが作り混んでいた薬を与えられると毒は消え失せその翌日に目を覚ました。


 クリスは何度も謝り、心を込めて感謝をし、勇者の行方を教えた。


 「そうか。ヤチオ都市に向かったのか。ありがとうな、クリス」


 「明日には旅立つの?」


 「そうだな。出来るだけ早く彼女に会いたいからな。あー楽しみ」


 「……」


 「……勇者ハンナに会ったら同時に嬢ちゃんの姉にも会うだろうな」


 ふと男が呟いた。


 「あんたの妹が心配していたぞ、とでも言ってやろうか」


 男は独り言のように言っていた。クリスに自分の優しさがバレないように。

 そんな下手くそですぐバレる独り言にクリスは小さく吹いた。


__________________________________________


 男が目を覚ました次の翌日。一人の少女が旅立って行く男を見守って行った。


 ーー男は、ゆっくりと少女から離れていく


 ーーあの日勇者と一緒に静かに旅立った姉のように


 ーーあの日、自分は姉が旅立つことを知っていた


 ーー姉にはいろんなことを伝えたかった


 ーーしかし、姉の旅の邪魔になってしまうと思うと   勇気が出ず姉に伝えられなかった


 ーーそれをクリスは後悔していた


 ーー姉とちゃんと話すべきだったと後悔していた


 ーー伝えたいことを伝えられない


 ーー今回も伝えられなかった


 ーー旅立っていく男に初めて感じた感情を伝えられ   なかった


 ーー彼のことを思うと胸が熱くなり、苦しくなり、   狭く感じてしまうような感情


 ーーそれをクリスは伝えられていない


 ーーだが、いいのだ


 ーー今は、まだ、いい


 ーー彼と会えたという運命を信じて


 ーーまた運命が巡り合うことを信じて

 

 

 男が旅立つ姿を一人の少女が見ていた。


 その顔は雲のない青空のようになっていて、


 ただ一人、旅立ってゆく男の安泰を、


 クリス・リードは願っていた。

 

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