来訪者
レイチェルが現場に到着したとき、空き家の周囲にはすでに他の隊員たちが集まっていた。彼女はゆっくりと建物の中へ足を踏み入れたが、そこには異様な静けさが漂っていた。破れた家具や割れた窓ガラスが散乱し、埃っぽい空気が重く鼻を突いた。だが、その異様さはただの廃墟のそれとは違っていた。何か、得体の知れない気配がそこに宿っていることを、彼女は直感で感じ取った。
隊員たちは倒れている少年の手当てに追われていた。右足は無残に損傷し、痛みに歪んだ彼の顔は涙で濡れていた。リナの行方はまだ掴めず、捜索の声が飛び交う中、レイチェルは辺りを見回した。壁にうっすらと残る赤黒い染み、そして床に刻まれた不自然な模様。それは明らかに魔法陣の痕跡だった。ユウリという技術隊員が近づき、魔力探知機を慎重に操作する。デバイスは通常の異能者のそれとは異なる微弱で複雑な波形を示していた。
「これが犯人の使った罠か……巧妙すぎる」ユウリの声が震える。レイチェルは唇を噛んだ。普通なら目に見える形で現れる異能者の存在が、今回は完全に隠されている。彼女は胸の中で、あの“鬼”の仮面の男が再び動き出す姿を想像した。まだ捕まえられぬその影は、今まさに街のどこかで次の獲物を狙っているのだ。
その夜、レイチェルは自宅で窓の外を見つめていた。遠くの街灯がかすかに揺れ、通りを行き交う人影の輪郭がぼやけて見えた。彼女の中には不安と焦燥が渦巻き、現場で見た少年の無念が重くのしかかった。自分はまだ何も知らない――しかし、これから知ることになる恐怖は計り知れないだろうことを、本能的に理解していた。
街では市民たちの間に、事件への不安と噂が広がっていた。けれど表面上は平穏が保たれ、日常は繰り返されていた。そんな中、裏社会の薄暗いバーでは情報屋ジョン・リーが一枚の写真を見つめていた。写真には、あの鬼の面をつけた男の姿がぼんやりと映っていた。彼の声は冷たく、しかし興奮を隠せない。
「‘ストーカー’の動きが活発になってきた。政府も本気で動き出す。こっちも計画を進める時だ」
電話の向こうで低い声が答えた。何かが動き出そうとしている。
その頃、黒いフードの男は静かに次の“遊び場”へと向かっていた。街の灯りを背に、彼の姿はまるで幽霊のように溶け込んでいく。誰にも気づかれぬまま、逃げ惑う獲物を追い詰める。
彼の中に邪悪な喜びが満ちていた。殺戮は単なる行為ではない。恐怖を与え、絶望を刻みつけるための儀式だ。
笑う鬼の面の口元が微かに歪み、誰にも聞こえぬまま呟いた。
「また始まる……鬼ごっこが」