表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

足音のない来訪者

正午。薄雲が張りついたような空の下、レイチェル・フォンは書類の束を抱えて庁舎を出た。

異能調整省・治安監視課に所属する彼女は、新人としてまだ一ヶ月の勤務だった。

街は平和だった。表面上は。


通りには家族連れ、商店の喧騒、笑い声。けれどレイチェルはその雑音の奥に、なにか針のような違和感を感じていた。

いつからか、“あの都市”では、理由もなく人が死ぬようになったのだ。


「また……昨日もか」


彼女の上司が漏らした言葉が脳裏にこびりついていた。

記録に残らない殺人。異能反応なし。防犯魔眼セキュリティカメラにも映らない。

死体の傍には、決まって笑った仮面の絵が描かれていた。


レイチェルは午後のパトロールへと向かった。

訓練された警備ドローンが空を旋回し、警察型ゴーレムが無言で道を塞ぐように歩いていた。


だがそのすべてが、すでに“鬼”に見られていた。


* * *


その頃、住宅街の端にある空き屋では、子供たちの声がしていた。

廃屋に入って遊ぶなど本来は厳禁だが、放置されて久しいその建物には、警告の札すら薄れていた。


「ここで“鬼ごっこ”したらさ、マジ怖くね?」


黒髪の少年が笑った。彼はダンと名乗った。

彼の後ろで、妹のリナが不安そうに目を泳がせている。


「兄ちゃん、帰ろうよ……」


「何言ってんだよ、怖い話ってのはな、本当に体験して初めて面白いんだよ!」


そして彼らは知らなかった。

その建物の影には、すでに“フードの男”が立っていたことを。


彼はただ、首をわずかに傾けていた。

その鬼の仮面の口元が、にやけたように歪んでいる。


彼にとっては、些細な暇つぶし。

言葉を交わす必要はない。

ただ“追う者”と“逃げる者”を決めるだけでいい。


* * *


午後3時24分。

パトロール中のレイチェルに、監視塔から非常通報が入る。


「セクターD-7、魔力探知反応ゼロ領域で異常振動。地盤反応あり」


「探知反応“ゼロ”……?」


普通、異能力者が存在するなら微弱な波形があるはずだ。だが“ゼロ”というのは――

“何か”が、異能の観測そのものを妨害しているということ。


嫌な汗が背中を伝う。

レイチェルは銃を握り直し、隊員たちに通信を送った。


「第3分隊、今すぐD-7に集合。可能なら、レベル3以上の制圧準備を。対象の正体は……未確認」


その時、彼女はまだ知らなかった。

隊員たちがその場所に到着する頃、そこに「追いかけっこ」の“鬼”だけが残されていることを。


子供たちのうち、妹のリナの片方の靴だけが、階段の下に転がっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ