その後
再会の夜。
ライブ会場の裏口で、ユウリとナオは無言のまま抱き合った。
ひとことも交わさずに伝わったものがあった。
それは、時を越えた“信頼”だった。
その日からユウリは、少しずつかつての記憶と向き合っていった。
訓練の日々、任務の重さ、失われた家族――そして、自由を知らなかったあの頃の自分。
だが、彼にはもうひとつの人生があった。
里親に育てられたあたたかい時間、友達と笑った学校生活、名前も知らない通学路の花の匂い。
ユウリは、ふたつの人生のあいだで立ち尽くしていた。
そんな彼に、ナオは言った。
「ユウリが選ぶなら、どっちでもいい。
でも、どちらも“君”が生きてきたんだ。
それだけは、忘れないで」
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しばらくして、ユウリは静かな街にある高校へと通いはじめた。
記憶を取り戻しても、スパイとして生きる道を選ばなかった。
国に戻れば、また命令が待っている。だが、彼の心が望んだのは、
「誰かのために生きること」ではなく「自分として、生きること」だった。
彼は、音楽に惹かれていった。
テレビから流れてきたナオの歌。
その“声”こそが、自分をここまで導いてくれたから。
小さなギターを手に入れ、曲を作り、放課後の部室で歌ってみる。
誰かの心に、何かが届けばいいと願いながら。
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ある日、ナオから連絡が来た。
「今度、ユニットで新曲出すんだけどさ。コーラス、やってくれない?」
彼は戸惑った。けれど、心のどこかで、それを待っていた自分がいた。
レコーディングの日。
スタジオでマイクを前にしたとき、ユウリは初めて「自分の声」をまっすぐに響かせた。
かつて誰かに仕えるために生きていた少年が、自分自身の声で、未来を奏でた瞬間だった。
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その曲のタイトルは――「ただいま」。
どこに帰るのかではなく、誰に向けて帰るのか。
その答えを、ユウリはもう知っていた。
誰かの過去に縛られながらも、
自分という“今”を選び取っていくことは、決して弱さではなく、
静かな、強さ。
ユウリの人生は、再びはじまった。
今度こそ、自分の足で、自分の名前で。