第8話 言葉のはじまり
森の村での静養は、思ったより長引いた。みんなの傷が癒えても、心はまだどこか擦れていて、それぞれが小さく考え込む時間を過ごしていた。
そんな中、リアが僕に言った。
「ねえ、ルイス。リアに文字を、教えて」
「……え?」
「冒険譚、すごいなって思ったの。私も何か書けるようになりたいの。ちゃんと、言葉で」
彼女の目は真剣だった。僕は戸惑ったが、断る理由もなかった。いや、正直ちょっと嬉しかった。
「これは“あ”の文字。この縦棒が長くなると"い"になる。」
「ええと、これが……“あ”? “い”? あ、あー、どっちだったっけ?」
広場の木の机の上に並んだ紙。リアは舌をちょっと出して、苦笑いしながら必死に書いている。
文字を書くたびに、眉間に皺を寄せたり、目を丸くしたり。
けれど、一文字ずつ覚えるたびに彼女の顔は少しずつ明るくなっていった。
「できた!」
彼女が書いた紙を僕の目の前に差し出した。そこにはたった三行の、でもなんだか不思議なリズムの文が並んでいた。
まぶしい ひかり きみがうまれた
なみだが ふって はなひらく
やさしいて ここにある
「……詩?」
「うん、そんな感じかなって思って」
僕は言葉が出なかった。すごく、変な文章だった。けど、読んだあとにほんのり温かくなる。
文章って、こういうのでも……いいのか?
《ルイスの冒険譚・抜粋》
リアが文字を習い始めた。すぐに詩のような文章を書いた。
ルイスは驚いた。意味はよくわからないけど、気持ちが伝わってくると感じた。
タクマがルイスの冒険譚を読んでいる。
「あれタクマ、この世界の文字を読めるの?」
「ああ、転生前のこっちの記憶もあるからな。それよりルイス。お前の文章、たぶん“報告書”になってるぞ」
「報告書?」
「オレの元いた世界では、文章ってな……感情も、風景も、音も、全部込めて書いた。読んだやつが、その場にいるように感じるくらいに」
ルイスはタクマの言ってることを理解しようとした。でも、それはあまりに遠い世界の話に思えた。
《抜粋ここまで》
「ルイスにはまだピンとこないかもしれないけど」
そう言ったのはレオンだった。
「世界間の文章の意義の違いかもしれない」
僕は意味がわからなかった。みんなも何も反応できずにいる。
「えっと、どういうこと?」
「世界によって、文章に込められる意義が違うのかもしれないな。こちらでは記録と証明の道具。でも、あちらでは……それ以上の何かなのかもしれない。ある状況を紙の上に表現する。発言も、周囲のできごとも、感情も。」
一同、少し顔が緩んだ。タクマは頷いている。
「いつも思うけど、レオンの言葉ってリアには難しい」
僕も思わず頷いてしまった。
「うん、すごく…言いたいことがすごく短くまとまってて。今みたいな解説がないとわからないんだ」
レオンの顔が、目に見えて曇った。
「……そうか。俺、ちゃんと、伝えてるつもりだったんだけどな……じゃあ、もしかして、あの時も、あの時も…」
この日、僕の中に新しい違和感が芽生えた。
書いているだけでは、伝わらない。
言葉って、難しい。けど、それでも。
伝えたいと思う気持ちは、きっと、何かを変える。




