第6話 決断の代償
全滅の危機のパーティー。
勇者レオンに秘策はあるのか。
雨は止み、濡れた地面に冷たい風が吹いていた。月は雲に隠れ、ただ静かに、息を潜めているようだった。
倒れた仲間たちの間に、ひとりだけ立っていた。勇者レオン。
彼の膝は震えていた。右腕には斬撃の痕、左足は血に染まっている。だがその瞳だけは、真っ直ぐ前を見据えていた。
ツゲラが静かに歩を進める。鋼のような剣を肩に担ぎながら、悠然とした足取りでレオンへと近づいてくる。
「……やれやれ、しぶとい。君一人になってもまだ剣を捨てぬか、勇者殿?」
レオンは答えず、代わりに腰の袋からあるものを取り出した。
それは、赤く光るゼリー状の物体——魔の源だった。ツゲラの目が一瞬だけ細くなる。
レオンは口を開いた。
「これは…ヨゲラの命の代償だ。お前たちにとって、ただの戦力じゃない。『資源』でもあるんだろう?」
ツゲラは口角を上げた。
「ほう…?」
「今ここで、俺たちを見逃してくれるなら……魔の源の半分を渡す。だが、そうでないなら……」
レオンは足元の地面に、魔の源を置いた。剣の先で、今にも砕こうとしているかのように。
「……全部壊す。お前らが欲しがる源ごと、希望を消し去ってやる」
ツゲラはしばらく無言でレオンを見つめていた。その顔に、やがて薄ら笑いが広がる。
「なるほど。つまりこうだな?」
彼は楽しげに指を一本立てる。
「君に斬りかかれば、すべての魔の源が失われる」
次に二本。
「君と交渉して半分だけ奪ってから始末すれば、半分は手に入る。残りは失う」
そして三本。
「だが、もし君たちを見逃せば……いつか残りの半分も手に入る可能性が残る」
レオンは微動だにしない。剣を構え、ツゲラの選択をただ待っていた。
しばしの沈黙の後、ツゲラは軽く息を吐いた。
「ククク……愉快だ。実に理に適っている」
そして、彼は手を差し出した。
「……交渉成立だ。魔の源、半分受け取ろう。約束どおり、今日のところは引こう」
レオンは無言のまま、魔の源を慎重に半分に割った。ツゲラはそれを受け取ると、器用に小袋にしまい込んだ。
「それじゃあ、また会おう。まだ君たちに気力があるのならな。」
そう言い残し、ツゲラは踵を返して霧のように夜の中へと消えていった。
静寂が戻る。
レオンはゆっくりと地面に膝をつく。握りしめた剣が地に落ち、乾いた音を立てた。
「……生き延びたぞ、みんな」
傷だらけの体で、彼は倒れている仲間たちへと目を向ける。リアのかすかな息遣い。ドルナの呻き。ルイスの浅い呼吸。タクマの顔には、悔しさと驚きが入り混じった表情が残っていた。
レオンは静かに目を閉じた。
彼らを守るために、誇りを飲み込んだ。それが正しかったのかは、まだわからない。
だが今はただ——
「生きるために、俺は剣を下ろした」
夜は、静かに彼らの上に降りてきた。